022 達成報告
ボスの魔石を拾い、近くに出現した白い光の環に触れてグレン洞窟から外に出た。
「あ……」
外に出た途端、レイナは立ち眩みでもしたかのように額に手を当てた。
「どうかした? どこか具合でも悪いの?」
「大丈夫。力が抜けていく感じがしただけ……」
レイナが言うには、洞窟内で魔物を倒せば倒すほどスピードや攻撃力が上がっていたけど、それが元に戻ったようだ。あれは自動発動するレイナの固有技らしい。
問題ないということで、そのまま帰路につく。
グレン洞窟のボスを倒したことによる効果なのか、道中、魔物に襲われることもなく、無事スレフィの町に着いた。
今日の冒険で、服や体が結構汚れたから、町に入る前に「クリンアップ」の魔法で二人の汚れを落としておく。疲れを癒すため、今日は剣の特訓はなしなので、もう汗はかかないはずだ。
魔法を掛けて綺麗になって行く過程で、レイナは小さく声を漏らして頬を赤らめた。いつものことだけど、どうしてだろう。
町の中に入ると、エグレイドでもそうだったけど、時折、レイナは往来の人たちの顔を確かめるように見ていることがある。
知り合いでも探しているのかな?
「知り合いでも探しているの?」
「え? な、なんでもないわ。それより、神殿、そう、古くからある神殿がどこにあるか知らないかしら?」
レイナは少し動揺して話題を変えてきた。
やっぱり誰かを探しているのかな。
「古い神殿だったら、ヤムダ村の近くにあるよ」
「ヤムダ村って……、パンダの故郷だったかしら」
昨日、商人のマゼンタに俺の故郷について話していたことを、レイナは覚えていたようだ。
「うん、リリク王国の南のほうだね」
「是非案内して欲しいわ。明日、行きましょう」
「行っても何もない所だよ?」
ヤムダ村の南にある古い神殿は、石造りの土台の上に、たくさんの石の円柱が整然と並んで石造りの屋根を支えている、古代ギリシャの神殿のような造りの建造物だ。中央に石板があるだけで、他にはとくに何もない。
先史文明の遺産だと考えられていて、古代神殿と呼ばれている。
幼馴染のミリィやガッドと一緒に、薬草採取の傍ら、立ち寄ったことがあるけど、本当にただの建物があるだけだ。土産屋がある訳でもない。
貴族女子の間では、神殿巡りが流行っているのかな?
「それでも行かないといけないの」
「そうなんだ。分かった。明日案内するよ」
町の広場では、マゼンタたちが商売している。
俺たちに気づいたマゼンタが声をかけてきた。
「やあ。無事に洞窟のボスを倒してきたようですね」
「ええ、大きな狼みたいな魔物だったわ」
「ご無事で何よりです。次はどこの魔物を退治しに行くのですか?」
「魔物退治はしないわ。ヤムダ村の南にある古代神殿に行くことにしているわ」
「ヤムダ村ですね。僕たちもここでの商売が終わったら向かおうと思っているんですよ。もしも会えましたらいろいろ案内をよろしく頼みますよ、パンダ君」
他愛もない話をして広場を通り抜ける。
途中、薬屋に寄って回復薬を補充し、宿屋に戻った。
昨日と同じ宿屋で、もちろん、レイナとは別室だ。
食事は宿屋の食堂でとる。
ほぼ塩だけで味付けされた、値の張る食材たち。
色とりどりの野菜を添えて見た目はいいけど、口に入れると物足りない。
メインとなっている猪肉のステーキにはコショウが使われている。コショウは高価で、安い宿の料理には使われない。これを見ても、この宿はそれなりに高級な宿だということが分かる。
「どうしたの?」
食が進んでいないことを怪訝に思ったレイナが尋ねてきた。
「あ、いや、明日のことを考えていたんだ」
この場で、料理がいまいちだなんて言えない。他の客に聞こえたらとんでもないことになるか、貧乏人には味の良さが分からないのだろうと罵られるかのどちらかだ。
だから、本当のことを言わずに誤魔化した。
「明日はエグレイドで依頼の達成報告をして、ヤムダ村に行くのよね?」
「うん。だけど、それだとヤムダ村に着くのが夜になるんだ」
「村には宿屋はないの?」
「くつろぎ亭って宿屋があるんだけど、人気店で、予約がないと泊れないんだ。だから、明日は王都で宿屋に泊まって、明後日ヤムダ村に行こうか」
「わかったわ。でも、村の宿屋で予約しないと泊れないって普通じゃないわね。交通の要衝だとしたら他にも宿屋がありそうだし……」
公爵令嬢というだけあって、村の宿屋という物の存在意義を良く理解しているようだ。
村に一つしかない宿屋といえば、通常は商人や冒険者、季節によっては領主の調査官などが泊る所で、空き部屋があるのが一般的だ。
大きな街道の中継点にあるような村では、宿屋がいくつもあり、やはり空き部屋を期待できる。
「灼熱大地のみんなが泊まりに行った、あの人気宿だよ。実際に行ってみれば分かるから、楽しみにしてればいいよ」
「もったいぶるのね。まあいいわ。楽しみにしてるわ」
トトサンテで宿泊せずに直接ヤムダ村に行って、俺の家に泊るということも考えたけど、夜分遅くに女の子を連れて帰って、両親に「ただいま。この子を泊めてよ」なんて言うのは抵抗がある。
次の朝。
朝一番の乗合馬車でエグレイドに向けて出発した。
帰りの道程は順調で、魔物の襲撃もなく、夕方にエグレイドに到着した。
門番に依頼の証明書と冒険者カードを見せると、入都税は免除された。
俺たちはすぐに冒険者ギルドに向かった。
まだ混雑するには早い時間帯だったけど、いくつかある受付には既に数人ずつ並んでいる。俺たちは透き通るような緑髪が特徴のフローライトさんの列に並ぶ。
どこに並んでも同じくらい人がいるから、話をしたことのあるフローライトさんの所を選んだ。
決して綺麗な人だからという、やましい気持ちに従った訳ではない。ないったらない。
……そこの君、レイナには内緒にな。
はっ? 俺は誰と話しているんだ?
いろいろ妄想しているうちに俺たちの順番になり、レイナは冒険者カードと依頼票をフローライトさんに渡す。
レイナがパーティリーダーだから、レイナの冒険者カードだけを提出すれば、俺の冒険者カードにも依頼達成の記録が残る仕組みになっている。
「ローズ・ペガサスのレイナ様。達成報告でよろしいでしょうか? では、左手の応接室Bでお待ちください。清算はそちらで行います」
レイナが、途中「はい」と答えると、応接室へ向かうように案内された。
応接室に移動して待つことしばらく。
扉が開いて、太りぎみでスキンヘッドのおっさんが入ってきた。
「がははは。お前たちがグレンバスターウルフを倒した冒険者か。若いな」
体の大きさに比例するかのような大きな声。
「おっと、俺はアークス・ディスチャー。ここのギルドマスターだ。えっと、お前らは……っと」
隣にいる職員が持っている冒険者カードを奪い取り、確認する。
「……レイナ・スターファスト。ん? スターファスト?」
公爵令嬢が冒険者をしていることが珍しいのかな?
「ゆ、勇者だったのか。なるほど。それなら納得だ」
ギルドマスターはどかっとソファに腰かけ、職員もその隣に静かに座る。
今、勇者と聞こえたけど聞き違い? レイナは勇者……?
スターファスト……。
思い出した!
伝説の勇者、レンダ・スターファスト。巧みに剣を操り、魔王を翻弄した女性。
確かに伝説の勇者の姓はスターファストだ。
レイナは伝説の勇者の子孫だったのか。つまり、レイナは現代の勇者?
低レベルながら人並外れた強さをもつレイナの秘密が分かった気がする。
あ、出会ったときにスターファストって名乗っていたし、秘密にしていた訳ではないのか。
伝説の勇者は四人いて、他の三人は――
ブリカン・サンモニグ。時に盾で受け止め、時に剣で果敢に攻める勇敢な男性。
エリミナ・スワンプ。古今東西、右に出ることのない強力な魔法を放つ女性。
フォルリッテ・シュトウェンズ。回復魔法と補助魔法で勇者一行の命を守った女性。
小さい頃に幼馴染たちと勇者ごっこで遊んでいたときは「レンダ」、「ブリカン」のように呼んでいて、フルネームで言うことはなかったから忘れていた。
レイナが勇者だってことは!
俺はレイナと共に魔王を倒す旅をすることになるのだろうか? まじ?
俺、勇者エリミナの子孫じゃないよ。いいのかな。
「さて、魔石を出してもらおうか」
魔法収納から今回の冒険で得た魔石のほぼすべてを取り出した。全部ではないのは、魔石は魔道具に嵌めて使うことができるため、いくつか所持しておきたかったからだ。
職員が持ってきたトレイの上にすべて載りきらないで溢れたため、職員は慌てて追加のトレイを取りに行った。
そんな光景の傍らで、ギルドマスターは取り出した魔石の中で一番大きな物をつかみ取り、顔の前まで持っていって覗き込む。
「うむ……。間違いない。グレンバスターウルフの魔石だ」
グレン洞窟のグレンバスターウルフは数年で復活するらしく、その魔石を何度か見たことのあるギルドマスターは、魔石を覗き込むだけでグレンバスターウルフの物だと識別できるようだ。
戻ってきた職員は、溢れた魔石を拾って新しいトレイに載せている。
「それにしても多いな。魔物の異常発生とは聞いていたが、これほどとはな」
「道中のオークの分も含んでいるわ」
マゼンタたちと倒したオークの群れのうち五体と、その前に倒した三体の分が含まれている。なお、助っ人という形だったので、オーク・キングの魔石はマゼンタに譲ったのでここにはない。
「ああ、オーク・キングが現れたってやつだな。あれにもお前らが関わったのか」
「商人が魔物の群れに襲われていたので、助けに入ったわ」
「そうか。報告では倒したのは商人のマゼンタだったな。あいつめ、冒険者から足を洗って商人になりやがって。エセルナ公国を代表する冒険者だったのにもったいない。イトーイの洞窟であいつらは……」
懐古の情に浸るギルドマスターに、職員が肘打ちを入れて、意識をこちらに戻す。
「おふっ。グレンバスターウルフの魔石は魔法入りだ。見たところ、水属性のレベル20魔法のようだな。どうする? 持って帰るか、ギルドが引き取るか」
「持って帰るよ」
レイナに相談せず、即答した。
魔法入り魔石は、魔法の習得のため、俺がもらっていいことになっている。
ギルドマスターはレイナの方を見て、レイナが頷くのを確認する。一応、パーティリーダーはレイナだからだ。
「よし、清算だ。茶でも飲んで待っててくれ」
そう言って、ギルドマスターと職員は部屋から出て行った。
「水属性の魔法入りの魔石……。早速ここで魔法を習得するよ」
俺はテーブルの上に残された大きな魔石を手にして習得と念じる。すると、魔石から光り輝く青い魔法陣が現れて消えて行った。
「アイス・ランスを覚えたよ」
「良かったわ」
この後、すぐに職員がキッチンワゴンのような台車を押して戻ってきた。ワゴンの天板には収納袋が二つ載っていて、二段目には空の皮袋がいくつか載せられている。
収納袋は収納の魔道具だったみたいで、そこから、いくつもの大きな皮袋を取り出してテーブルの上に並べて行く。
一つの皮袋には金貨二百枚ずつ入っていて、口を紐で硬く結んである。結び目には冒険者ギルドによる封がしてある。
皮袋の数は十七個あり、報酬は金貨三千四百枚ということだった。
例のごとく、ボス討伐の報酬には色がついていて、実際に倒した魔物の数より報酬が多くなっている。
レイナが皮袋の数を確認し、受領書にサインする。
いつものルールに従い、パーティ資金として千七百枚分を皮袋に入れた状態で魔法収納に仕舞い、残りを半分にして八百五十枚を別の色の皮袋に入れてから魔法収納に仕舞う。色の違う皮袋は、気の利く職員が用意してくれた物だ。
レイナも八百五十枚を自分の収納の魔道具に仕舞う。皮袋の下に黄色の魔法陣が現れて消えていく。
俺の魔法収納は、収納するときに白い魔法陣が現れるけど、レイナの収納の魔道具は黄色の魔法陣が現れる。
この辺りは、純粋な魔法と、それを模倣して創作した魔道具との違いによるものだろうか。
報酬としてテーブルに並べる金貨は、枚数の確認の他、大金を認識させるパフォーマンスの意味合いが強い。
報酬のすべてを持ち帰ることを前提としているのであれば、一枚で金貨十枚分の価値のある白金貨を用意するはずだからだ。
そういうこともあって、次々と消えていく皮袋を眺めながら、職員の顔がひきつっていた。
一般に、大きな報酬は一部のみ受け取り、残りを冒険者ギルドに預けることになる。収納の魔道具がなければ荷物になるだけで、収納の魔道具を所持していても、その容量の大半を金貨で占めると冒険に支障があるからだ。
俺の魔法収納はどれだけ入るのか。収納する物体の体積で決まると言われているけど、現在、その上限を試したことがない。魔法の練習を始めるまでは、それほど多くは入らなかったんだけどね。
ヤムダ村で農作業を手伝っていたときに、広大な畑の収穫物を全部入れても全然埋まった感じがしなかったから、金貨の皮袋なら、どれだけでも入りそうだ。
だから、パーティ資金は俺の魔法収納に入れることになっている。まあ、レイナの収納の魔道具は高級品のようでそれなりの容量があるみたいだけど、今後のことも考えて、ね。
冒頭のレイナの立ち眩みの原因は、自動発動の固有技が終了したことによるのですが、その技名については、資料集のほうに記載してあります。興味がありましたら、ご覧ください。
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