020 商人マゼンタ
弔いを終え、街道に戻った俺とレイナ。
しばらくの間、道なりに進んで行くと、再び、前方から魔物の咆哮が聞こえてきた。左右に曲がりくねった道の両脇に木々や遮蔽物があって、魔物の姿はまだ視界には入っていない。
「魔物の鳴き声! どうする?」
「雄叫びが上がるってことは、誰かが戦っているようね。劣勢なら加勢しましょう」
歩速を上げ、それでも戦いの場が視界に入らないため、やがて走り出す。
道に沿って曲がりながら進んで行くと、木々の間から、二台の馬車が魔物の群れに囲まれている様子が見えてきた。
馬車は左側面を木々に寄せ、右側面は護衛とみられる数人で守られている。そして、その周囲を魔物が取り囲んでいる。
「またオークだ! さっきより多い」
見えるだけで十体はいる。さっきは三体で手いっぱいだったけど、これは……。
しかも、馬車を取り囲む魔物の後方に、他よりも大きな個体が控えている。人の身長よりも大きな剣を携えたあいつは――オーク・キングだ。
「あのでかい奴はオーク・キングだ! 他と格が違うから注意して!」
「わかったわ。あなたはそこから魔法を撃って!」
そう言うや否や、レイナは突っ走って行く。
「ウインド・ブラスト!」
こちらに近い二体に風の乱流を見舞わせ、転ばせる。そこへレイナが切り込んだが、与えた傷は浅い。
あ、忘れてた。
「フォース」
レイナの攻撃力を上げる。
一瞬こちらを見たレイナは、「遅い!」と言ったのかもしれない。次からは気をつけよう。
まだ起き上がれないオークに再び詰め寄ったレイナは、剣技を発動する。
「シャイニング・セーバー!」
オークの体に大きなZ字を刻み込み、刻んだ文字が輝く。
「浅い!?」
ここに来る前に出会ったオークであれば、あの剣技で深く切り裂くことができていた。しかし、この個体への切り込みは浅く、致命傷には至らなかった。
レイナが咄嗟に間合いを開いて次の一撃を繰り出そうとした所で、淡い黄色のマントを羽織った、馬車の護衛らしき人物から声がかかる。
「こいつらは、オーク・キングの加護を受けていやがる。嬢ちゃん、助太刀はありがてえが、生半可な攻撃じゃあ、逆に反撃を受けるぜ」
その声は、クレバーの町のギルドマスター、ローラン・ボウデンに似ていて、幾千もの戦いを生き抜いてきたような男の渋さがある。黒い短髪の彼は、筋肉質な腕で大きな盾と重そうな剣を軽々と操っている。
「そこの君、そこで孤立していると危ないですよ。馬車の後ろ側に回って魔法を撃ってくれると助かります」
盾とロッドを手にした、赤紫色のマントを羽織った男が、戦闘中とは思えない落ち着いた口調で俺に語りかけてくる。
確かに、言われたように標的が俺に向いた場合、ここから逃げ切れる自信はない。
「分かった。そうするよ」
「ありがとう。僕はマゼンタ。後ろに来たら、早速だけど、アイス・ウォールを出してくれないかい? 君ならできるでしょう?」
氷の壁「アイス・ウォール」。攻撃を防ぐ壁としては強度が不足しているけど、一体、どうしようというのか。
頷き、馬車の後ろ側――戦闘状況からみた「後ろ」であって、実際は木々に隣接した馬車の左側面――に到達次第、魔法を発動する。
場所の指定がなかったから、とりあえず、マゼンタの前に氷の壁を生成する。
「見事ですね。瞬時にこれだけの壁ができるとは、大したものです」
壁の幅は八メートルくらいで、高さは二メートルくらい。厚みは五十センチといったところか。
氷の壁は透き通っていて、向こう側が透けて見える。
「では、君はエア・スラッシュの準備をしていてください」
指示されるがまま、魔法の集中に入る。
何を考えているんだろう。
「防御を上げますわ。エリア・シールド!」
マゼンタの左にいる、濃い青色のショートヘアで水色のマントを羽織る女性が、味方全員の防御力を上げる。魔法の発動後、彼女は手に持つ槍でオークをけん制しながら、マゼンタの方へ移動を開始する。
それに呼応しているかのように、先ほどの黄色マントの男もマゼンタに近づき始めた。その隣にいたレイナも、仕方なく、マゼンタの方に近寄って行く。
マゼンタの後ろで弓を射ていた茶色マントの男は、速足で数歩前に進む。歩くたびに後ろで束ねてある銀色の長髪が小さく揺れ、歩きが止まったときには、静かに弓を構えていた。
全員が氷の壁の後ろに移動した直後、それが始まった。
「おい、そこのでくの坊! お前だよお前! オーク・キングさんよお」
黄色マントの男の声に続いて、マゼンタたち四人は、お尻をペンペンと叩いたり、あっかんべーをしたりしてオークを挑発する。
「こんな氷の壁も壊せねえのかあ? ああ?」
再び黄色マントの男の声が響く。水色マントの女性は、腰を折り、頭の上に両手で耳を形作って挑発する。他の二人は踊ったり飛び跳ねたりして挑発している。
レイナはこの状況についていけなくて、あっけにとられた顔をしている。
「悔しかったら、かかってきやがれってんだ!」
ある程度言葉が理解できるのか、それとも仕草が癪に障ったのか。青筋を浮かべたオーク・キングは何かを叫ぶ。
すると配下のオーク綺麗に整列し、一斉に槍を壁に向けて乱れ打つ。
槍衾!? 魔物がこんな統率の取れた動きをするのか。
オーク・キングは、その加護で配下の魔物の防御力や攻撃力を上げるだけでなく、配下を統率することができるようだ。
あっという間に氷の壁は破壊され、横一列に並んだオークは雄叫びを上げて前進する。
そして、ただ一歩踏み出しただけで、並んだまま突然、オークは胸の辺りまで地面に陥没する。
いつの間にか氷の壁があった所に落とし穴が設置されていて、オークはそれに嵌まり込んだようだ。
「よし! 今だ!」
黄色マントの男が声を上げ、手で俺に魔法を発動しろと合図を送る。
「エア・スラッシュ!」
「フレイム・ウォール!」
俺の魔法の発動に合わせたかのように、マゼンタが落とし穴の中に火の壁を生成する。
横一列に並んで穴に嵌まっているオークは、火であぶられ、そこに最大限集中したかまいたちが通りかかると火勢がさらに強くなり、業火のごとく火柱で焼き尽くされて行く。
一瞬で九匹のオークを魔石に変え、残るはオーク・キング一体のみ。
「嬢ちゃん、シアン、一気に行くぞ!」
剣を前に突き出して号令をかけ、真っ先に落とし穴を飛び越える黄色マントの男。
その後ろを槍を持った水色マントの女性とレイナが駆けて行く。
状況から、水色マントの女性の名前はシアンと言うみたいだ。
もう掛けられているかもしれないけど、一応駆け出した二人に「フォース」を掛けておいた。レイナには既に掛かっているから、掛けない。
オーク・キングは人の身長より大きな剣を頭の上に構えて上空に跳び上がり、自身の落下の勢いを乗せて振り下ろし、地面を穿つ。
衝撃波が周囲に広がり、それを黄色マントの男が盾で受け止める。
「延伸双牙!」
シアンが盾の横から突き出した槍は、まるで二本あるかのように二手に分かれてオーク・キングを突き刺す。そこへ後衛から放たれた矢も同時に突き刺さる。
「ローズ・スプラッシュ!」
怯んだ所にレイナが突進して乱れ突きを見舞わせる。突きに合わせて赤い花びらが宙を舞っている。
全身刺し傷だらけになったオーク・キングは、左手でレイナに殴りかかり、続けて右手で大剣を水平に勢いよく薙ぐと、そこから、大剣の軌跡が光を纏ったように飛び出した。
迫りくる光の刃を前衛の三人は急いでガードする。しかし、防ぎきれず、多少のダメージを負う。
「ちっ! リーダー、まだか?」
怒り狂って大剣を大きく振り始めたオーク・キングに対し、いろいろ攻めかかってはいるが、なかなか有効なダメージを与えられない前衛の三人。マゼンタの後ろから来る矢の援護も、大剣により、ただの棒きれのように落とされる。
この状況を打開すべく、俺の放った「フレイム・ランス」が、オーク・キングの左肩に突き刺さる。心臓を狙ったのだけど、激しく動き回るため狙いが逸れた形だ。これでオーク・キングの動きがやや鈍る。
「……おまたせ。エクスプロージョン!」
黄色マントの男の催促に、ロッドを高く掲げて答えるマゼンタ。
オーク・キングの腹部が白く輝いたかと思った瞬間。それが火炎として爆発的に広がり、オーク・キング全体を炎と煙で包み込む。
最後の悪あがきとばかりにオークキングは我武者羅に剣を振るう。でも、黄色マントの男に止めを刺され、やがて大きな魔石に変わった。
「やりましたわ」
シアンは地面に立てた槍に縋るようにもたれかかり、濃い青色の髪が数瞬遅れて顔を覆う。
「久しぶりに手応えのある魔物だったぜ」
黄色マントの男が地べたに座り込み、黒い短髪を掻く。
「ありがとう、君たちのおかげで楽できました。僕はマゼンタ・メジー。ここにいる仲間たちとメジー商会を運営しているんですよ」
槍を持つ水色マントの女性が、シアン。
剣を持つ黄色マントの男性が、レグホーン。
弓を持つ茶色マントの男性が、アンバー。
ロッドを持つ赤紫マントの男性が、マゼンタ。メジー商会の会長。
他に、エグレイドの拠点には、回復魔法を使うシャトルーズが留守番をしている。黄緑マントの女性とのことだ。
「私はレイナ・スターファスト。ローズ・ペガサスのリーダーよ」
「俺はパンダ・クロウデ」
マゼンタはレイナの名前を聞いて少し驚いたような表情をみせて、すぐに取り繕い、話を続ける。
「僕たちは、元々冒険者をやっていて、稼いだお金を元手に商会を立ち上げたんです。だから僕たちは商人だけど護衛を雇っていないんですよ」
冒険者時代はBランク冒険者にまで登りつめた実力者揃いだ。
Bランクにまで至る冒険者は少ない。迷宮のボスなど、大物を攻略しないと到達できない領域であり、多くの冒険者は命を落とすか、到達できずに引退する。
短期間に二組のBランク冒険者に知り合えた俺って、ついているのかもしれない。
元冒険者だから、「さん」付けで呼ばないで、ということも付け加えられた。口に出していないけど、頭の中では敬称なしで叫びまくっていたから、助かった。あんなに戦えていたから、普通、商人だとは思わないし。
「こんな所でキングに遭遇するなんて、思ってもいなかったですよ。いや本当に助かりました」
そもそも、従来は街道には強力な魔物が現れることはなく、彼らだけで余裕で対処できていた。
通常、オークは人里離れた山奥や森の奥に集落を作って生活しており、今までオークが集団で街道に出現するなんてことはなかった。せいぜい、群れからはぐれた者が二体程度現れるだけだった。
今回のオークの集団は、集落にオーク・キングが現れて、集落から独立して新たな棲み処を求めて徘徊していたものとマゼンタは推測している。
マゼンタは、オーク・キングと正面からやり合うには、エグレイドで留守番をしている仲間を加えたフルメンバーでも苦戦していたかもしれないと振り返る。
オーク・キングの広い攻撃範囲に対抗するには、魔法や弓などの遠距離攻撃が有効なんだけど、キングには生半可な魔法や弓は届かない。ほぼすべてを大剣で打ち消してしまうから。
集中して大規模な魔法を放てば打ち消されずに済むけど、集中している間、前衛が耐えなければならず、どうしても手数が足りなくなる。
今回、俺とレイナが加わったことにより、手数が増え、前衛が崩れずに済んだ。
「改めて言いますが、君の魔法は凄いですね。フレイム・ランスがまるで燃え盛る丸太のような太さでしたし、僕にはあれほどの魔法は撃てませんね」
レベル制限30の「エクスプロージョン」を発動できるマゼンタは、もちろんレベル30以上の魔法使いだ。ちなみに、ウシター山のボスの魔石から、俺も「エクスプロージョン」を習得していたんだけど、「フレイム・ランス」のほうが早く発動できるので、今回は使用しなかった。
レベル10台の俺の魔法がレベル30台の魔法使いのものよりも強力だというのが、いまだに信じられない。前に一緒に依頼をこなした「灼熱大地」のニキシも同じことを言っていた。
なお、今回の戦闘で力が漲るような感覚があったので、改めて冒険者カードを見てみると、俺のレベルは13に上がっていた。昨日11だったから、今日の戦闘で二つ上がったみたいだ。
「俺は、自分の魔法が凄いと言われても実感がないよ」
「それでは、集中にそれほど時間の掛からないファイア・ボールで試してみましょうか」
そう言うと、マゼンタは魔法の集中に入る。
「……ファイア・ボール!」
両手で囲んだくらいの大きさの火球が飛んで行く。
俺も集中して魔法を放つ。
「……ファイア!」
人を丸ごと飲み込みそうな大きさの火球が轟々と音を立てて飛んで行った。
同じ火属性のレベル1魔法でも、その呼称は習得した人によって異なることがある。
一般的には「ファイア・ボール」であって、俺の「ファイア」のように異なる呼称で習得する人は少数派だ。両者の違いは性能であったり、アレンジ性であったり様々だ。
だから、俺の魔法が凄く見えるのは、その呼称の違いのせいだとも思っていた。
だけど、初めて魔法を撃ったときや、魔法の練習で徐々に火球が大きくなっていったことを思い出すと、マゼンタの火球は、まさに練習の途中で見た大きさだったから、俺の火球が大きいのは練習の結果、つまり火属性魔法の熟練度の差なんだろうという結論に至る。
「凄いですわ」と、シアンは顔を見上げて目線で火球を追う。
その隣で、「でっけえ」と、目を丸くして火球を見つめるレグホーン。
アンバーは、ただ黙ってじっと見つめている。
「分かりましたか? これが君の魔法の凄さですよ」
「ありがとう。理解できたよ。でも俺が凄いんじゃなくって、練習すれば誰でもできるようになると思ってるよ」
一緒に魔法の練習をしていたミリィの回復魔法も、常識を覆すほどの回復力を誇っている。だから、俺だけが特別だとは思っていない。
「それは本当のことでしょうか? だとしたら、僕がまだ冒険者だったら君を師匠として弟子入りしていたでしょうね」
「ちげぇねえ。はははは」
回復薬を使ったレグホーンが、黄色のマントを風になびかせて立ち上がり、豪快に笑う。
話が一段落ついたところで、オークを一斉に嵌めた落とし穴について尋ねてみた。
あれは、弓を持ったアンバーが発動したもので、レンジャーの道を極めると習得できる特技とのことだった。魔法とは違って詠唱もエフェクトもなく、敵に気づかれないよう、隠密裏に発動するものだそうだ。
「会長。休憩も兼ねて、ここでお昼にしましょう」
いろいろ長く話し込んだこともあって、昼食にするにはいい時間になっていた。
シアンがござのような物を敷いて、手際よくパンや干し肉を並べて行く。
「君たちも一緒にどうですか?」
そう言って、マゼンタが干し肉をこちらに差し出してくる。
顎が鍛えられそうな硬いパンと塩辛い干し肉。それを見た俺は即座に遠慮した。
「いいえ、俺たちは自分のを食べるから、大丈夫だよ」
俺は魔法収納からテーブルと椅子を出し、さらに木皿に載った料理を並べて行く。
俺とレイナの分の準備ができた。
レグホーンに回復薬をもらって回復したレイナに座るように促してから、俺も椅子に腰かける。
すると、マゼンタとその仲間、それに馬車の御者二人が加わってテーブルを取り囲んだ。
「こ、この香りは、なんでしょう?」
マゼンタが顔を左右にゆっくり回して匂いを確かめる。
「あ、これ? これは俺が焼いた鶏肉の照り焼きだけど……」
「芳ばしい香り……」と、目を閉じたシアンも、マゼンタと同じように湯気につられて顔を動かしている。
「よかったら、どうぞ」
「お、いいのか? 遠慮はしねえぜ」
魔法収納から取り出すや否や、レグホーンが筋肉質な腕で皿をかっさらっていった。
俺が人数分配っている間に、レイナはスープをスプーンで掬い、口に含む。
「こ、このスープは初めてだわ! パンダ、あなたこのスープはどうしたの?」
豚肉とジャガイモ、キャベツを牛乳で煮込んだスープ。
ああ、レイナにクリームスープを振る舞うのは初めてだったかもしれない。
「俺が作ったんだけど?」
「そうじゃなくって。これはもう、スープとは言わない、まったく異なる料理よ」
「気に入ってもらえたのなら、嬉しいよ」
鶏肉の照り焼きをフォークで刺し、ナイフで切り分けて食べるレイナ。
「このメインディッシュも格別だわ! パンダ、今日からあなたを私の専属料理人に指名するわ」
温かい鶏肉の照り焼きを夢中になって堪能していたマゼンタ一同は、今の会話を耳にして我に返る。
「スターファスト家の専属料理人って言やあ、国を代表する料理人じゃねえか」
俺の背中をパシンと叩いて手を差し出すレグホーン。これはパンをくれ、の意思表示だろう。
レグホーンにパンを与え、「スターファスト家って有名なの?」と尋ねる。
スターファストって、どこかで聞いたことがあるような響きだけど、思い出せない。
「お? 知らねえのか? スターファスト公爵家って言やあ、エセルナ公国で一、二を争う名家だぞ」
「こ、公爵……」
やば! 貴族様とは知らずに、今まで普通に接していた。
「なあに、家が貴族だろうが王族だろうが、冒険者になったら、家柄なんてほぼ関係ねえ。対等な関係さ。うちのリーダーも、元貴族だからな。三男だけど」
「こんな会長のことを元貴族だなんて、誰も思っていませんわ。会長は会長ですわ」
助かった。今までの行いの数々で、無礼打ちとかにされるかと思ったよ。
一安心し、魔法収納から取り出して、パンを配りだす。
「よかったらパンもどうぞ」
話でお預け状態になっていたレグホーンは、他の者にパンが配られるのを見て、ようやくパンを口にする。そして、即座に唸り声をあげる。
「うおお! なんじゃこりゃあ! 柔らけえ!」
「柔らかいだけじゃありませんわ。ほんのり味がついていますわ。ああ、素敵……」
シアンは違う世界にトリップして行った。
今日のパンは、バターを混ぜ込んで焼いたパン。
今までにパンを振る舞った人たちの反応から、柔らかいだけで感動することは分かっていたけど、バター味にすると、さらにその効果が上がる。
バターも、作るのに苦労したから、これだけ喜ばれるとその苦労も報われる。
「これはとんでもなくおいしいですよ! しかも今まで食べたことのない柔らかいパン。それに芳ばしい鶏肉。これは商人として見逃せませんねえ。大きな商売の匂いがしますよ! ぜひ、私共と組んで、世界に広めましょう」
「俺、冒険者だから……」
「そこをなんとか!」
「うーん。リリク王国のヤムダ村に行けば、今のような料理を振る舞っている宿屋があるんだ。くつろぎ亭って言うんだけど、俺が教えた料理がいくつかあるから、行ってみるといいよ」
「分かりました、くつろぎ亭ですね。この仕事が終わったら、早速向かいましょう」
「あ、人気があるみたいで、もしかするとトトサンテで予約しないと泊れないかもしれないよ」
「分かります。この味。一度食べれば二度食べたくなる。二度食べれば四度食べたくなる。予約してでも行きたくなるのは必然です」
しばらくパンを堪能するマゼンタ。
「パンダ君。そういえばさっき、あなたが鶏肉を焼いた、と言いましたね?」
「言ったけど……」
マゼンタの目が光る。
「つまり、あなたはこの照り焼きに味を付けた材料を知っているってことですね? しかも持っていたりしますよね? ぜひとも教えて頂きたい!」
マゼンタは金貨を十枚取り出して俺に差し出す。情報料ってことらしい。
俺の中で、情報に価値があるということを理解しているマゼンタに対して、好感度が上がる。
「醤油だけど……。店には売ってないよ」
「店に売ってないのに、どうやって手に入れたんですか?」
「俺の家で作っているんだ。だから、店では売ってない」
魔法収納から壺に入った醤油を取り出し、「これだよ」と言って蓋を開けて見せる。
マゼンタは大事そうに両手で壺に手を伸ばそうとする。
「分けられるほど持ってないから、譲れないよ」
「そ、それは、パンダ君の実家を訪ねれば売ってもらえる可能性があるってことですね?」
「まあ、ほとんどがくつろぎ亭に卸していると思うから、売ってもらえるかは分からないけどね」
「パンダ君の実家も、えっと、ヤムダ村にあるのですか?」
「うん、ヤムダ村だよ。クロウデ家は一軒しかないから行けばすぐ分かるよ」
さらに照り焼きは醤油に砂糖とワインを混ぜて焼くことを教えると、もう十枚金貨が追加された。
少し気をよくした俺は、魔法収納から簡易竈と網を取り出し、その上に既に煮てあるトウモロコシを並べる。
皿に垂らした醤油を刷毛につけ、その刷毛でトウモロコシに塗り込んだら、竈を点火する。魔道具だから炭は要らない。
トウモロコシを転がして全面に薄く焦げ目をつける。焦げ目の面積に比例して醤油の焦げた芳ばしい香りが辺りに充満する。
「醤油を塗って焼くだけで、これだけの料理ができるんだ」
「いや、食う前からうまいってわかる匂いじゃねえか! たまんねえ、くれ、早くくれ!」
商会の会長を差し置いて真っ先に焼きトウモロコシにかじりつくレグホーン。筋肉マッチョがかじりつく姿は絵になっている。
「うんめえ!」
周囲に木霊するかのような大声で絶叫するその口からは、何粒か実が飛び出すが、誰も指摘しない。皆、大人だね。
無口なアンバーは、トウモロコシをかじるたびに、輝いて風になびくエフェクトを出している。束ねた銀髪と茶色のマントも風に揺れている。
焼きあがるたびに皆に配り、最後にレイナと俺の分を皿に載せる。もう、レディファーストとか公爵令嬢様だとかいうことは、すっかり頭から抜けている。
レイナはテーブルについて平静を保っているようだけど、足元の辺りが、少し、待ち切れなそうにそわそわしている。
レイナの前に皿が置かれると、フォークでトウモロコシを刺し、ナイフで実をそぎ落とし、それを改めてフォークで掬って口に入れる。
お嬢様は、トウモロコシにかじりつかないみたいだ!
「おいしいわ! 今日食べたどの料理も、生まれてからこれまでに食べたどんな料理よりもおいしい!」
そして、フォークを刺しなおし、別の面の実をナイフでそぎ落とす。
「パンダ、あなたは最高の仲間ね!」
フォークで掬って口に含む。
「でも、昨日の剣の腕前はまだまだだったから、宿に着いたら、特訓よ」
昨日の夜、盗賊団に剣で挑んで相手にならなかったところを見られていたようだ。
現状、俺の剣技は、下級の魔物には問題なく通じるけど、格上の相手にはまったく通用しない。
レイナには、今までもいろいろ教わっている。でも、それほど上達していないらしい。
「ははは。よろしく頼むよ。俺も剣で活躍できるようになりたい」
「にーちゃん、剣士だったのか。ま、剣持ってるのは見たけどよ。無理すんじゃねえぞ」
口の周りについたトウモロコシの破片を腕で拭いながら、レグホーンが言う。
「剣は攻撃というより、魔法の間合いを取るために使っているんだ」
「そんなもんかねえ」
昼食の休憩を終え、目的の町スレフィに向けて出発する。
マゼンタたちもその町に向かうので、馬車に一緒に乗せてもらった。
馬車の荷台は商品でごった返していたけど、商品同士を寄せたり重ねたりして、なんとか俺たちが乗るスペースを確保できた。
馬車の中でレグホーンに聞いた話では、商品はこの他にも、高価な収納の魔道具をいくつも用意して入れてあるそうだ。収納の魔道具の多くは冒険者時代に揃えたもので、流石元Bランク冒険者と言ったところか。
午後は魔物に出会うこともなく、スレフィの町に着いた。エグレイドのように頑強な壁ではないけれど、周囲は壁に囲われている。
門番に、冒険者ギルドが発行した今回の依頼の証明書と冒険者カードを見せると、俺とレイナの入町税は免除された。マゼンタは仲間の分をまとめて払っていた。
「僕たちは広場で商売を始めますから、ここでお別れですね。またどこかで会えましたら、いろいろ話を聞かせてください」
マゼンタが言うには、どうも、俺から商売の匂いがプンプンするらしい。
「よっ、洞窟のボスの討伐、がんばってこいや!」
「成功をお祈りしますわ」
町に入ってすぐに、商売を始めるマゼンタたちに別れを告げ、俺とレイナは宿屋に向かう。目的地はマゼンタに聞いたお勧めの宿屋だ。
それは冒険者が泊るにはやや高級な感じがする宿だった。
冒険者になったとはいえレイナは公爵令嬢だから、安宿に泊まる訳にもいかないだろう。多分、マゼンタはそういうことを考慮してこの宿を勧めたんだと思う。




