002 魔法の練習
薬草摘みの最中に魔物に遭遇し、急遽帰ることにした俺たちは、その後は魔物に遭遇することなく、無事ヤムダ村まで戻ってきた。
その間に俺のマナはある程度自然回復したようで、枯渇状態から脱することができた。
村に入ると、俺たちはすぐに村長の家に行った。人口もそれほど多くないこの村では、皆、村長と顔見知りだ。
「村長! 魔物が! フッカ谷に魔物がいたんだ!」
「なんと! パンダ君、それは本当かね?」
「本当だ。俺たちが倒したんだぜ」と、ガッドは胸を張る。
俺は魔法収納から魔石を取り出すと、村長に渡した。
「おお、これは……。キデン君を呼んできてくれないか」
村長は父キデンを呼ぶように言った。
父は魔法研究所に勤めていたので、魔法や魔石に関してそれなりの知識がある。
俺はすぐに呼びに行った。
父を連れてくると、村長は黙って魔石を父に手渡した。
父は手にした魔石を顔に近づけて内部の模様を確認する。
「……これはファングラビットの魔石だね。それと、こっちのはスラッシュマンティスの魔石だね」
ファングラビットはレベル2以上の者が数人で倒す魔物で、スラッシュマンティスはレベル4以上の者がパーティを組んで戦う強力な魔物とのことだった。倒せたのは運が良かったのかもしれない。
「これをお前たちが倒したと言うのか?」
父から返された魔石をちらりと見、村長が呆気にとられたような顔をして尋ねる。
「ああ、俺たちが倒したぜ! パンダの魔法も、ミリィの回復魔法も最高だったぜ!」
「こいつらがもし、村に襲い掛かってきていたら、たくさんの村人が犠牲になったことじゃろう。よくやった。お前たちは村の誇りじゃ」
村長は俺たちの頭を撫でる。
「だが、次また遭遇しても倒せるとは限らん。よって、お前たちを含め、村人全員、ナーガ山方面への進入は禁止とする。わかったな?」
ナーガ山とマール山の間にあるフッカ谷。その周辺では、今まで魔物の存在は確認されていなかった。マール山を越えた先には古代神殿があるだけだし、魔物はどこか遠くから流れてきたのか、それともそこで発生したのか。
村長は、すぐに王都に出向いて、魔物の調査と討伐の依頼をすることになった。王都には冒険者ギルドという施設があり、そこに依頼するらしい。
俺たちは、摘んだ薬草を薬屋に納めると、家路についた。
夜。
家の窓から空を見上げると、夜空には大小二つの月が浮かんでいた。
そう、この世界には月が二つある。大きい方は明月で、小さい方は暗月と言う。
夜空にはたくさんの星が輝いている。
前世でも田舎の方に住んでいたので星空は綺麗だったけれど、それと比較にならないくらいに多くの星が輝いている。
父が言うには、輝いている星のうち、半分くらいは魔法の素となるマナが結合して浮かんでいる物なんだとか。
星空を眺めながら、昼間の戦闘のことを思い出す。
ウサギの魔物と対峙したとき、接近して取りつかれると、集中することができず、魔法を発動することができなかった。
「俺も盾を持って攻撃を受ける方がいいのかな……。いや、それだと間合いを離せない」
いろいろ可能性を考えてみる。
「杖とかロッドはどうだろう……。いまいちだなあ。せっかく手に持つのだから少しは攻撃できる物がいいな」
手を動かして魔物を払うイメージをする。それは、剣で振り払う動きを連想させた。
「うーん……、剣かぁ。ガッドみたいに剣を持てば、間合いを取りつつ攻撃できるかもしれないね」
よし、明日、「クリエイト」の魔法で剣を作ってみよう。買うと高いだろうし。
自身のことを決めた後、ガッドの鉄の盾のことを思い出した。
戦闘後の鉄の盾は、表面がボロボロになっていた。
よく考えたら、鉄は焼き入れ処理をしないと、そんなに硬くないんだった。アニメとかで剣を焼き入れ処理しているシーンを見たことがあるけど、盾を焼き入れ処理している所って見たことがなかったので失念していた。
焼き入れ処理とは、高温に熱した鉄を水などで急激に冷ます処理で、鉄の組織は高温状態を維持したまま常温まで冷まされ、その結果、処理前の通常の鉄よりも遥かに硬くなる。
今度、焼き入れ処理と同じ組織の鉄の盾を魔法で作ってみよう。これが、恐らくアニメとかで使っている鉄の盾なんだろうね。
これで「クリエイト」の魔法で作る物がまた一つ増えた。ちゃんとした鉄の盾を作る。
翌朝。
畑仕事を手伝った後、朝食をとり、村の東に広がる荒野へと向かった。
村道を歩いて行くと、自然とガット、ミリィと出会う。ミリィはミリアムの愛称だ。
「おーい、パンダ。どこに行くんだ?」
「荒野で魔法の練習をしようと思うんだ」
「面白そうだな。俺も行くぜ」
「私も行くよー」
三人で連れ添って歩くこと五分ほど。ゴツゴツした岩が周囲を埋め尽くす荒野に着いた。
なお、この世界の時間の単位は地球と同じく「時分秒」だ。
それでも「分」と「秒」を正確に表示する時計がヤムダ村にはないので、地球とまったく同じかどうかはわからない。だから俺が言う「分」「秒」は、俺の勝手な感覚によるものだ。
毎月、教会で子供たちにいろいろ教えてくれる神父さんが言うには、現在使われている時間とか長さの単位はムートリア聖国が発祥の地らしい。
長さの単位も「メートル」、「キロメートル」で、前世の単位と同じだ。実際の長さまで同じかは分からないけど、近いような気がする。
「ここって、なんでこんなに荒れているんだろうな? 村からそんなに離れていないのにな」
ガッドが周囲を見渡して疑問を口にする。
ヤムダ村の属する、ここリリク王国では、人口に対して土地が圧倒的に余っているので、荒れ地や森を開拓して畑としたものは、私有地として認められる制度がある。
それでも、見渡す限り岩だらけの土地だと、開拓のしようもなく手付かずとなる。
ほんの少し離れたヤムダ村では豊かな土壌が見られるのに、ここは岩だらけ。広大な荒野だ。よく見ると、所々に、岩には少し焦げたような跡もある。
ミリィは両手を広げて深呼吸でもするかのように深く息を吸い、目を閉じた。
そして、右手を掬うように持ち上げると、ぎゅっと手を握って言った。
「ここって、マナが濃いよね?」
え? マナって感じるものなの? 俺にはよく分からない……。
「そうか? 俺にはわかんねえなあ」
ガッドが先に答えてくれた。
「ふーん、そうなんだ」
「マナが濃い場所なら、魔法の練習に向いてるかもしれないよね。まあ、根拠はないけど」
ちょうどテーブルになりそうな岩を見つけたので、そこに歩み寄る。
「さて、ガッドの盾から作ってみようか」
「お? そうなのか?」
「ガッドの盾、昨日の戦闘でボロボロになったよね? だから、もっと硬いのを作るんだ」
と言って左手を額に当てて「焼き入れ処理」された鉄の盾をイメージする。
「クリエイト!」
テーブルとなる岩の上に、五角形の盾が生成された。
「おおお! 何度見てもすげえなあ」
「ガッド、その盾はお前の物。ちゃんと使えそうか、確認してよ」
ガッドは盾を手に取り、表をまじまじと見た後で裏側の取っ手の部分の確認もする。
それからしっかりと装備してみて感覚を確認する。
「大丈夫だ! 問題ないぜ」
「それじゃあ、強度を確かめるから盾を構えてみて」
「おう、こうか?」
「行くよ! エア・スラッシュ!」
ガッドが盾を構えると、俺は風属性魔法をその盾目掛けて放ち、破断しないことを確認する。
うん、大丈夫そうだ。
「次は剣で切りつけるから、まだ構えてて。クリエイト!」
続けて同様に鉄の剣を生成する。初めての俺専用の剣だ。
俺は鉄の剣を手に持ち、ガッドの盾に切りかかる。
ガキン!
ちょっと、手がしびれる。それをごまかすように盾と剣の双方を見分する。
剣が少し刃こぼれしたけど、盾の方はほぼ傷ついていない。
剣も「焼き入れ処理」の鉄で作ったものだ。それでも、刃先はとがっているので盾の平面に打ち負けて欠けたのだろう。刃こぼれは「クリエイト」の魔法で直せるから問題ない。
「うまくいった。この盾があれば、昨日の魔物ぐらいなら大丈夫だね」
「おお! 本当に貰っていいのか?」
「うん。その代わり、ガッドは俺に剣術を教えてよ」
ガッドの家は、先祖がどこかの王家に仕えたこともあるらしく、代々剣術を嗜むことが仕来りとなっている。
「分かった。ミリィもいるし、実戦形式でやるぜ!」
「えー、そうなの? でも、なるべく怪我しないで欲しいの」
突然話を振られたミリィは、目を丸くする。
「ちょっと待って……。クリエイト!」
真剣を使って実戦形式の訓練をやると、バッサリ切られる未来しか見えない。
それで新たに二本、鉄の剣を生成した。
「ガッド、訓練にはこの剣を使おう。刃先を丸めてあるから、体に当たっても切れることはないよ」
先に生成した真剣を岩に立てかけ、刃先を丸めた訓練用の剣でガッドと向き合う。
こうして、ガッドとの剣術の訓練が始まった。
ガッドの指導の下、しばらく打ち合う。
そして剣の扱いの差を直に感じる。
俺、本当に素人なんだな……。
切れない剣でも打撲などの怪我をするので、それをミリィが治して行く。
二時間くらい経っただろうか。体力的に限界が来たので、今日の剣の訓練はここまでにして、少し休んでから魔法の練習に切り替える。
父から聞いた所では、魔法には属性ごとに魔法熟練度があって、相当回数、魔法を使い続ければ最大威力が上がっていくらしい。
しかも、発動までに要する時間も短縮できるようになるとのことだった。
「魔法の練習を始めるよ。……ファイア!」
集中し、魔法を発動すると、拳ほどの大きさの火の玉が荒野の先に飛んで行く。
「……ストーン・バレット!」
同じ属性の魔法を連続で撃つには、しばらくの間、待たないといけない。
それでも他の属性の魔法なら短い待ち時間で撃てるようになる。だから、火属性ではない土属性の石弾を発射した。
石弾は人指し指第一関節くらいの大きさだ。それを確認し、少し待ってまた火属性の魔法を撃つ。
「ファイア!」
……。
「なあ、魔法って魔法容量だか何だかがあって、何発でも撃てるものじゃないんだろう?」
首を傾げてガッドが尋ねる。
「そうだね。昨日はすぐにマナが尽きて撃てなくなったけど、今日はまだまだいけそうだよ」
「ふふふ。ここはマナが濃いの。だからだと思うよ」
ミリィが人差し指を立てて回しながら答える。
「そうなんだ……。ストーン・バレット!」
まだまだ撃ち続けそうだと分かったガッドは、さっき作った盾を構えて俺の前に立った。
「受けて立つぜ!」
ガッド、見てるだけだと退屈なんだろうな……。
盾の強度はさっき確認してあるし、怪我しないよう、威力や速度を落として盾に撃ち込んでみようか。
「ガッド、行くよ! ファイア!」
あれ? 盾で受けると見せてぎりぎりのところで避けやがった。
避けるのも訓練のうちなんだとか……。
腕の辺りを少し火傷したようだけど、それはミリィが治してくれる。
「ストーン・バレット!」
「……ファイア!」
……。
もう、何発撃ったか分からないけど、結構な数を撃ったと思う。
それでも、火の玉は拳よりも大きくすることはできず、魔法の熟練度アップには相当な練習が必要だということが分かった。
「ところでさあ、パンダは剣を持つんだろ?」
「ああ、そうだけど?」
「じゃあ、剣を持ったまま魔法を撃たねぇと、意味ないんじゃねえか?」
「そ、そうかな?」
剣を岩に立てかけたままだったのを、ガッドに指摘された。
実戦では、剣を腰に下げたままの、素手の状態で魔法を撃つことが多いかもしれない。だけど、魔物が間近に迫り、魔法を撃つための集中ができなくなり、間合いをとったり身を守ったりするために剣を持つこともあるだろう。そのときに魔法を撃てなくなるのでは困る。
右手に剣を持ち、切っ先をガッドが構える盾に向け、魔法を撃つべく集中する。
左手で撃つという選択肢もあったけど、あえて剣を持つ右手で撃つ。
場合によっては両手で剣を構えるかもしれないし、それに、なんか格好良さそうじゃない?
利き手の右手の方が魔法を撃ちやすい、ということも加味している。
……?
なんだか思うように魔法に集中できない感じがする。
「むー……。ファイア!」
果たして、剣の先からは、ロウソクくらいの火が出たかと思うとすぐ消えた。
「ぷっ。なんだそれ。あっはっは……」
ガッドに笑われた。
一方、ミリィは思う所があったのか、真剣な眼差しで、
「ねえ、もう一回やってみて欲しいの」
剣を持つ右手をガッドの盾に向けて、魔法を撃つ準備をする。
まだ笑いが収まらないようで、ガッドの盾は小刻みに揺れている。けど、どうせそこまで届かないから問題ない。
息を整え、火球を撃てるようになるまで待つ。
「……。ファイア!」
さっきと同じ結果になった。
「わかったの。えっとね、パンダ君は魔法を撃つとき、マナを右腕に集めているでしょ?」
「うーん、言われてみれば、そうかもしれない。そんなこと意識していなかった」
ミリィはマナが見えるのか、感じるのか分からないけれど、マナの流れが分かるようだ。
「それで、マナは腕には集まっているけど、剣には集まっていないの。だから、魔法がちっちゃくなるの」
「えっと、つまり、剣にマナを集めるよう意識すればいいってことかな?」
「たぶん」
言われた通り、剣にマナが集まるよう意識してみる。
なかなか難しい。
そもそも今まで腕にマナを集中させていたことすら意識していなかったのに、それを剣に集中させろと言われてもなあ。
「なんとなくだけど、いい?」
ミリアム先生のありがたい助言が始まる。
「えっとね、マナを体から剣に通すんじゃなくって、ここに浮かんでいるマナを剣に集めるようにするの。腕から撃つときも、腕の周囲のマナが腕に吸い込まれていたよ」
ミリィは、両手で剣の周囲に空気を集めるようなジェスチャーをする。
俺は今まで、体内のマナを魔法に変換して発動していると思っていた。ミリィの見立てだと、体内のマナは呼び水のような役割で、その流れに大気中のマナが吸い寄せられて集まってきているとのことだ。
その結果、大気中のマナが濃いこの場所だと、体内のマナの消費が少なくなっているのかな?
「うーんとね。魔法を撃つんじゃなくって、剣で魔法を吸収するような感じ?」
「そ、そうなんだ。やってみるよ」
大気中のマナが剣に集まるよう意識する。意識する。意識する。
……。
数分後。
なんとなく、剣にマナが集まってきたような感じがする。
これならいけそうだ。
「ファイア!」
剣先から、拳より少し大きくなった火の玉が射出された。
「できた!」
「おめでとー!」
「やるじゃねぇか」
こうして、剣を持ったまま魔法を撃てるようになった俺は、この練習を続けて行くことにした。
このときはまだ、火属性魔法の熟練度が上がっていることには気づいていなかった……。