019 オークの襲撃
ガッドと別れ、町の中を足早に歩く。
レイナにはいろいろ聞きたいことがある。少なくとも受けた依頼について聞いておかないといけない。冒険者ギルドでは混乱していてよく聞いていなかった。
「グレン洞窟って、どこなんだ?」
「南よ」
「南って……。どれくらい掛かるの?」
「行けば分かるわ」
近くにあるのだろうか?
ウシター山での依頼のように馬車で十日近く掛かるような遠い場所なら、旅の準備はできているんだろうか?
「途中、町があるから、そこに泊りましょう」
遠出確定なんだね。その口ぶりから、旅の準備はできていると認識し、依頼の詳細について聞いてみる。
「ボスって、どんな奴?」
「大きな狼って言ってたわ」
そういえば、魔物の名前とかを調べることができる魔法があるんだった。魔石屋に行って買ってこよう。ちょうど、先に見えるあの看板は魔石屋だ。
「ちょっと寄り道してもいい?」
「いいけど、どこに行くのかしら?」
「そこの魔石屋だよ。欲しい魔法があるんだ」
レイナの了承を得て魔石屋の扉をくぐると、やや薄暗い店内では老婆が店番をしていて、他には客はいなかった。
「見ない顔だね。新人かい?」
「この町には昨日初めて来たんだ。まだ冒険者になって二、三カ月ぐらいかな」
「そうかい。あんたの魔石を買いに来たのさね? まあ、魔法使いかどうかなんて、見りゃわかるさね」
頬を人差し指で掻く老婆。
言われるまでもなく、レイナはどう見ても剣士だ。
「今から少し遠出をするから、役に立つのがあればいいなって……」
「それなら、この辺りがいいさね」
老婆は無属性の魔石のリストの上を二か所、指差して続ける。「クリンアップ」を勧めてこないところから、実戦重視の選択だと分かる。
「防御力を上げるシールドの魔法と、攻撃力を上げるフォースの魔法さね。レベル制限が少し高いけど、お前さんなら到達できようて」
もう少し聞くと、「シールド」はレベル制限5で、「フォース」はレベル制限10だった。俺は容易くレベル10に到達したけど、一般にはなかなか難しいことらしい。
たくさんの冒険者を見てきた老婆には、成長していく冒険者と脱落していく冒険者のおおよその見分けがつくそうだ。セールストークかもしれないけどね。
レベル10にもなれば、本当は冒険者としては駆け出しは卒業しているんだけど、老婆にしてみれば、まだまだ新人なのだそうだ。
俺は既にレベル11になっているから、この魔法はすぐにでも習得できる。
そもそも、今までも俺のレベルよりも魔法習得のレベル制限のほうが高くても関係なく習得できていたから、俺にとってレベル制限は無意味だ。
老婆は、奥の棚から天秤のような形をした魔道具をカウンターの上に持ってきて、その右側の腕に取りつけられている筒の中にシールドの魔石を入れて蓋をした。
「この魔法はな、魔法使いの誰でもが習得できるもんじゃないから、ちゃんと見んといけん。適性があるか見るから、そこに手をかざしておくれ」
魔道具の左の腕には水晶のような玉があり、老婆はそこに手をかざせと言っているようだ。
言われたように手をかざす。
すると、水晶のような玉が光を発し、それを見た老婆が頷く。
「大丈夫さね。シールドができるなら、フォースは見んでもええさな。二個併せて金貨三十枚にまけとくし、どうさな?」
定価だと金貨四十枚以上になるから、大幅プライスダウンだ。
「買うよ!」
「あいよ」
老婆は、魔石に何か小さな魔道具を当ててから渡してくれた。
盗難防止用のロックが掛けられていたようだ。
この魔法を勧める理由をもう少し聞いてみると、どうやら実戦重視というより、新人には死なないで欲しいという意図があったみたいだ。確かに、補助魔法があれば戦力がかさ上げでき、きちんと運用できれば新人でも死ぬ確率が減るだろう。
「それと、このチェックって魔法が欲しいんだけど」
当初の目的の魔法について尋ねた。魔物の名前などを調べる魔法「チェック」。冒険者ギルドで魔物について予習するにも限界がある。記憶力の問題もあるけど、イラストと実際の魔物とでは合致しない部分もあるから、現物を前にして正しい情報を得られることは重要だ。
「ああ、それさね。あんた、ついてるねえ。昨日入荷したばかりさね」
この「チェック」の魔石は、購入希望者の数に対して入荷数が少なく、入荷すれば三日ほどで売り切れるそうだ。この店は予約を取っておらず、入荷日も不定期だから、本来であれば、この店に足繁く通う必要があった。
俺、ラッキー。
金貨二十五枚と少し高めだったけど、迷わず購入した。
リスト上は、金貨三十枚となっていたので、これも割り引いてくれているみたいだ。
他に使えそうな魔法があるかもしれないので、火や水などの属性魔法のリストを見せてもらった。でも、品揃え的にはクレバーと大差なく、目ぼしい物はなかった。
「ここで魔法を習得してもいい?」
「ああ、構わんさね。外でやると眩しいけんのう」
早速、購入した魔石を手に「習得」と念じる。
光り輝く魔法陣が現れて消えて行く。
購入した三つの魔法すべてを無事習得できた。
「ありがとう、習得できたよ」
老婆は驚いた顔を見せてから、すぐに笑顔に変わり、
「ふぉっふぉっふぉ。お前さん、若く見えるがレベル10になっとったか。今覚えた魔法は、お前さんたちの底力を上げるがの、本当の実力が上がっている訳じゃないから、魔法が掛かってないときの不意打ちとかに気をつけるさね」
老婆ともう少し世間話をしてから店を出る。
老婆の息子は、冒険者として旅立ってすぐに魔物に殺されたそうだ。だから、新人には特別割引で魔石を売っているとのことだった。
レイナが先導する形で、石造りの家が並ぶ通りを、足早に歩いて行く。
「なあ、レイナ。南の町へは、どうやって行くつもり?」
「馬車よ。他に何かある?」
「いや、歩いて行くのかと思ったからさ」
そのまま歩いて行くと、やがて、門の傍にある乗合馬車の停留場に着いた。
レイナはそのまま馬車に乗り込もうとする。
「お客さん、料金。料金払ってから乗ってください」
「え? 私?」
乗合馬車の料金受取係の人に呼び止められ、目を丸くするレイナ。
「金貨一枚だよ」
立て看板に書いてあることを教えてあげると、レイナは「そうなんだ」と呟いてから金貨を支払い、改めて馬車に乗った。俺も金貨を支払って乗車する。
移動に一人金貨一枚も払ったら、安い依頼をパーティで受けていたら赤字だ。宿屋にも泊る予定だし。今回の依頼はランクC制限だから、赤字にはならないはずだろうけど。あれ、報酬いくらだったっけ?
今更ながら、依頼票をしっかり見ていなかったことを悔やむ。
そういえば、レイナは乗合馬車で出かけることは初めてなのだろうか?
初めて出会ったときは街道を歩いていたし。
その後に一緒に乗合馬車に乗ってもらったけど、あのときは、俺がレイナの分の乗車賃を支払ったから、レイナは乗合馬車に乗車賃が必要だということに気づいてなかったのかもしれない。
「乗合馬車で出かけるのは、初めてだった?」
「そうよ」
定刻になったようで、馬車がゆっくり動き出す。
「レイナはエグレイドに住んでいて、リリク王国で俺たちと出会ったのが初めての遠出だったのかな?」
「それは違うわ。私はアベンチュリンに住んでいたのよ」
アベンチュリンって、確かエグレイドの東にある、この国で二番目に大きな都市だ。
きっと、遠くから歩いて来ていたんだね。
レイナは冒険者ランクがC以上だから、アベンチュリンの周辺だと、ランクを上げやすい依頼が多いのかな? エグレイドにはそんなのはなかったし。
でも、人の過去を詮索するのも気が引けるから、聞かないでおこう。冒険者ランクの上げ方なんて、今はどうでもいいことだし。
ガタン、ゴトンと馬車の縦揺れが多くなり、舌を噛む恐れがあるので会話を打ち切る。
一時間ぐらい揺られた頃だろうか。この馬車の前方を護衛している冒険者が、御者に停止を求めた。
「魔物の声が聞こえた。声の感じからそう遠くないと思う。確認してくるからここで待ってくれ」
御者に確認を取ると、馬車の前方を護衛していた冒険者は、馬車の右側を護衛している冒険者を引き連れて前方へ向かって走って行った。
今いる位置は緩やかな上り坂の途中で、坂の頂上より先が見えない。
この馬車の護衛は全部で二人だったから、今は護衛がいない状態になっている。
護衛の二人が坂の向こう側に行ってしばらくすると、遠くから魔物の咆哮らしき音が聞こえ、やがて静かになる。
「今の声は!? 魔物?」
「そのようね」
前方を凝視する。見えるのは上り坂の頂上までで、その先は見えない。きっと向こう側で……。
「護衛の人が襲われている?」
「加勢に行きましょう!」
俺とレイナは頷き合い、馬車から降りて御者の元に行く。
「護衛の人たち、戻ってこないから俺たちが……」
「うわあ! 魔物だ!」
御者の瞳に、前方から走りくる三体の魔物の姿が映り込んだ。
「きょ、今日の運行は中止だ! エグレイドに戻る。君たちも早く乗りなさい」
「いいえ、私たちは早くグレン洞窟まで行かないといけない。だからエグレイドに戻る訳にはいかないわ」
「そうか。気をつけてな」
引き留める素振りさえ見せずに、御者は忙しなく馬車を回頭させ始める。
「ちょ、護衛の人たちはどうするんだ?」
「これだけ待って、やってきたのは魔物だけだ。しかもありゃあ恐らくオークだ。男には容赦ない魔物だって聞いている。だから、残念だが、もう……」
話している間に、俺は馬車につられるように元来た道を戻り始めていた。しかしレイナだけはレイピアを手に持ち、魔物を迎え撃つ態勢で立ち止まっている。
どう見ても、この馬車の速度だと魔物に追いつかれてしまう。
どちらにせよ、馬車に乗っていても戦う羽目にあうだろう。
習得したばかりの魔法「チェック」のおかげで、魔物の名前が分かる。あいつらはオークだ。この魔法はわざわざ唱えなくても、対象の魔物を見て意識するだけで発動できる。
オークはレイナの目前まで迫っている。
豚のような鼻からはブヒブヒと音を漏らし、口からは鋭いキバを覗かせる二足歩行の魔物。こげ茶色の毛皮で覆われている丸太のように太い腕には、武器が握られている。槍を持つ者が二体、大きな斧を持つ者が一体。槍の先端は赤く染まっていて、恐らく馬車の護衛をしていた二人を刺したのだろう。
「シールド」
躊躇なく、覚えたての魔法をレイナに掛ける。
レイナの全身が緑色に輝き、すぐに光が収束していく。
お、この魔法、リキャストタイムほぼゼロだ。俺にも掛けておこう。
自分自身にも魔法を掛け、レイナの斜め後ろに位置取ると、魔法収納から剣を取り出す。
数ではこちらが不利だ。連携されないように注意しないと。
さらに、槍にしても斧にしても、俺たちの剣よりもリーチがある。とくに俺はその有効範囲内に入らないように攻撃しないと危険だ。
剣先を槍のオークに向けて魔法を放つ。
「ファイア!」
集中がほぼなくても、今では人の頭ぐらいの火球を撃つことができる。旅に出てからも、火属性魔法の熟練度が上がっているんだ。ただ、ヤムダ村にいたときより、熟練度の上がる速度は遅い気がする。
レイナが魔法に呼応して突き進む。
オークの敏捷性はそれほど高くなく、魔法を避けようとせず、太い腕で顔の前を覆って受け止める。
そこにレイナの連撃が入る。
ちょうど魔法を防御しようとしていたからか、レイナの連撃を喰らっても、オークはあまり大きなダメージを受けた感じではない。
「さっきの魔法、フォースを」
槍と斧の攻撃を巧みに躱したり捌いたりしながら、レイナが魔法を催促する。「フォース」は先ほどエグレイドで購入したばかりの、物理攻撃力を増加させる魔法だ。
「分かった。フォース!」
レイナが赤い光に包まれ、光が発散していく。
すると、レイナが突き出したレイピアが、それを防御しようとしたオークの腕を貫いた。
「それで防いだつもり? シャイニング・セーバー!」
そのまま剣技を発動し、突き刺したままのレイピアで、強引に大きなZ字を描くようにオークを切り裂いた。刻まれた文字は、光輝いて血しぶきに変わり、オークは断末魔と共に崩れ落ちる。
「次!」
「ストーン・バレット!」
レイナの動きに合わせて、もう一体の槍のオークに石弾を撃ち込む。
これにより、折角の槍のリーチが、魔法を防御しようとして手を引くことで無意味になる。
「ローズ・スプラッシュ!」
石弾の着弾に合わせるように、レイナが剣技でオークを防御の上から無数に突き刺し、すぐに右後方へ飛び下がる。
「ファイア! 当たれ!」
接近したレイナを狙って槍で突こうとした所に、準備していた火球を撃ち込む。
オークは腕を伸ばした直後で、今度は防御は間に合わない。
事前に申し合わせていた訳ではないけれど、レイナとは攻撃の息が合う。普段の訓練の成果だろう。
槍のオークは火球の直撃で吹き飛び、やがて魔石に変わる。
これで二体のオークが魔石に変わった。
残っているのは、斧を持ったオークだ。
味方がやられて怒りを露わにしたオークは、大きな斧を両手で握り、体ごとぶん回して迫ってくる。まるで砲丸投げのような挙動に、斧を飛ばしてくるのではないかという危惧が頭をよぎり、なるべく離れるようにと本能が警鐘を鳴らす。
「ストーン・バレット!」
後ろに下がりながらオークめがけて放った石弾は、斧に弾かれ、どこか遠くへ飛ばされた。
「そんな……」
接近する回転体に、レイナは攻撃することができず、ただただ後ずさる。
「二手に分かれましょう!」
そう叫ぶと、レイナは右へと逸れて行く。
それを追尾するように、回転したままのオークが迫る。
「狙いはレイナか! それなら……」
俺は魔法の集中に入る。
その間、レイナを執拗に追い回すオーク。
よし、レイナのおかげで十分な時間が取れたぞ。
「これでやっつける! フレイム・ランス!」
轟々と音を立てる火の渦を纏った槍を、オークめがけて発射する。
「え?」
なんと、俺の魔法を打ち消そうと、オークの斧が、回転の勢いを乗せて俺目掛けて投げ放たれた。
どうなる?
一瞬、時が止まったかのような感覚。
火の槍は、斧を粉砕して突き進み、オークに刺さって胴体を突き抜けて行く。
体に穴の開いたオークは片膝をつき、天を仰ぐ。
数秒の間をおいて、やがて魔石に変わった。
俺は、これで戦闘が終了したと安堵の息を吐く。
貫通力のある魔法じゃなかったら、飛んでくる斧に撃ち負けていたかもしれない。
「レイナ、怪我はない?」
「大丈夫、掠り傷よ。先に進みましょう」
そう言うと、携帯袋から薬草を取り出して口に含み、歩きだす。
乗合馬車はもう戻ってしまったから、ここから先は歩いて行くしかない。
レイナの携帯袋って収納の魔道具だよね。冒険者ランクCだし、高価な収納の魔道具を持っているし、いろいろ気になることがある。
「それって収納の魔道具だよね?」
レイナの横を歩きながら尋ねる。
「ええ、そうよ。着替えを入れても嵩張らないし、とっても便利よ」
レイナは右手を携帯袋に添え、笑みを浮かべて話した。
「どこで買ったの?」
「これは両親からの餞別よ。何も要らないって言ったのに、どうしても持って行けって」
「そうなんだ。両親って、冒険者とか商人だったりするんだ? それで、両親の使ってた物を譲ってもらったとか?」
「いいえ、違うわ。これは私のために買った物よ」
両親が使っていた物を、旅立つ子に譲る。そう考えたが違ったようだ。
高価な魔道具を買い与えるという事実から、レイナの両親はお金持ちだと推測できるけど、卑しいことは聞かない。
「ふーん。うちの俺への餞別は、母と妹の愛情料理だったよ」
「それ、いいじゃない。私の母は料理なんてできないわ」
レイナの母は、レイナみたく剣士だったりするのだろうか。
ん? 母が料理をできないってことは、高い確率で、娘のレイナも料理できないんだろうな。
そんな話をしているうちに、坂を登りつめ、やがて下りになる。
「あ、あれは……」
指差す先には、様子を見に行った護衛とみられる二人が横たわっている。
近づいて、レイナは首を横に振る。
彼らには、いくつもの刺し傷があり、既にこと切れていた。
俺は、血まみれな彼らの衣服から冒険者カードを探し出し、魔法収納に仕舞う。
冒険者カードは、次の町の冒険者ギルドに渡すことになる。
彼らの荷物は馬車に載せたままだろうから、ここにはない。あれば、それも併せて渡すことが推奨されている。
「弔いましょう」
きちんと弔っておかないと、夜にアンデットモンスターになるかもしれないし、このまま放置しておくと、血の匂いで魔物が寄ってくることも考えられる。
街道から脇の草原に入り、少し離れた所で魔法「ランド・コントロール」で穴を掘って、二人を埋める。墓標として、二人の武器を立てておく。
魔物のいるこの世界では、人は常に死と隣り合わせだ。魔物に挑む冒険者の死はそれほど珍しいことではない。
冒険者を続ける以上、彼らのように、いつか俺も魔物に殺されるかもしれない。そうならないよう、強くならないといけない。もっともっと魔法や剣の練習をして熟練度を上げて行こう。
目を閉じて、亡くなった冒険者の冥福を祈った。




