017 旅の芸人団
町の中央広場に近づくと、軽快な音楽と、聞き覚えのある声が聞こえてくる。旅の芸人団のライニー、セシィ、エミィの声だ。どうやら客寄せをしているみたいだ。
中央広場に踏み入ると、客寄せをする女性陣の後ろで男どもが会場を設営したり、客の整理をしたりしている。
馬車に乗り合わせたときよりも男共の人数が増えているのは、先触れとして先行して町に入っていた団員が、数人を現地で雇っているからだ。
「不思議な奇術を見においで~」
「踊り子ライニーの華麗な踊りを見られるのはここだけだよ~」
ポンっと煙に包まれ、一瞬のうちにライニーとセシィの位置が入れ替わって、ライニーが踊りを披露する。
通りすがりの人たちが「わぁっ」と言って注目する。
近くで肉の串焼きを販売している屋台のおっさんは、つい見惚れて肉を丸焦げにしている。
ガッドも似たような感じで、だらしなく口を開けて放心状態になり、突っ立っている。
「面白い見世物もあるよ~」
お手玉のような物を六個、空中に放り上げ続けながら左右にステップするエミィ。すべて受け止めたかと思うと、今度は逆立ちして足でお手玉を始める。
「「「さあ、間もなく始まるよ~。寄ってらっしゃい見てらっしゃい」」」
高く張られた布の幕で周囲を囲い、その中ではドタンバタンと木製の何かを配置する音が絶え間なく続いていた。それが今、ようやく落ち着いてきた。
客寄せにつられて人々が次々と集まってくる。
「「「みんな、待ってるよ~」」」
笑顔で手を振り、幕の中に入って行くライニーたち。
俺たちも客の行列の最後尾付近に並ぶ。あっという間に長蛇の列だ。
入場整理をしている男は俺たちの顔を覚えていて、恩人からは入場料は取れないと言うからその厚意を受けることにした。
会場に入ると、既にいっぱいの人がいた。
待つこともなく、すぐに公演が始まる。
「本日は我々の芸を見に来て頂きまして、ありがとうございます……」
ボスッ!
シルクハットを被った団長のポンザクックが開演の挨拶をしている最中に、ステージ横から大きなボールに乗ったピエロが出てきて彼をはね飛ばす。
ポンザクックは大げさな動きでステージ上を転がり、突っ伏す。
「さあ、ショーが始まるよ~。心行くまでお楽しみください!」
ピエロの挨拶に、どっと歓声が上がる。
起き上がったポンザクックが、ピエロを追いかけてステージ脇へと消えて行く……。
ステージの両脇から男女二人ずつ走って現れて、左右に並ぶ。
何をするのかと思いきや、全員同時に剣をくるくると回るように山なりに投げてキャッチボールのように受けたり投げたりを繰り返す。
その間を、先ほどのピエロがおおげさに仰け反ったり転んだりしながら剣を躱して進んで行く。
「ひゃっ」
観客から声が飛ぶ。
最初は二人一組で一本の剣を投げていたんだけど、途中から二本になる。
まるで酒に酔ったかのような千鳥足で、危なっかしくピエロが剣と剣の隙間を縫うように歩く。
途中で胡坐をかいて座り込み、首を左右に揺らした直後に、急に立ち上がり、大きなしぐさでくしゃみをする。
そのとき、ピエロの左右両方から、くるくる回る剣が飛んでくる。
「危ない!」
「キャー!」
観客の誰かが叫ぶ。
まさに剣が刺さるかというタイミングで、なぜか剣の回転が止まり、凍り付いて落下する。
観客からは安堵の息が漏れ、すぐに拍手に変わる。
「今のは、一体どうなっているの!? 剣が空中で止まったわ」
レイナが頻りに感心している。
あれは恐らく魔法を使ったんだね。多分、ピエロの……ラッセルと、ステージ下に潜んだ誰かが……恐らくエミィが水属性の魔法「アイス・ウォール」で剣を止めたんだ。
こんな感じでいくつかの演目が進み、手品が始まった。
ポンザクックがシルクハットから鳩を出し、箱に入れる。
それから、箱の天板、前板、側板と順に取り外していくと、そこに鳩はいない。
もう一度箱を組み立て、ポンザクックが両手を広げる。
すると、ドラムの音にタイミングを合わせて天板が開き、中からエミィが出てきた。
そしてエミィが空中に浮かぶ。
ポンザクックがフラフープのような物を彼女に通して、吊り下げていないことをアピールする。
あれは、風属性の魔法で浮いているのかな……。「ウインド・ブラスト」だとして、レベル制限10の魔法だから、エミィはまだ小さいのにレベル10以上だってことか。俺たちと同じぐらいのレベル。それでもあの野菜の魔物に勝てなかったんだ。魔法の熟練度の差なんだろうか。
次は箱を三つ積み上げた中にセシィが入って切断されていく手品だ。
ポンザクックが切断した頭部の箱を持ち上げて床に置く。
すると、箱につけられている窓を開けてセシィが顔を出す。
ニコッ。
「な、生首ー!」
「いやーっ!!」
あまりの衝撃に、観客の何人かが青い顔をして倒れる。俺は前世の記憶の中のテレビで見たことがあるからそれほど驚かないけれど、それでも実際に見ると、本当に頭部が切断されたんじゃないかという錯覚に陥る。
薄々感じていたことだけど、どうやらヤムダ村だけでなく、この世界の人たちは娯楽をあまり知らないように思える。だから、このショーも手品だと知らず、本当に切り離された生首が微笑んだように見え、観客の皆には刺激が強かったのだろう。
レイナは下を向いて顔を両手で塞いでいる。
ガッドも青い顔をして、セシィの顔の方を指差して固まっている。ぎこちなくこちらに向き直り、「あれ、本物だよな? 首、切れてるよな、な?」と、訴えかける。
「ははは。やだなあ、手品だよ。切れてないから大丈夫だよ」
ステージ上では、今度は胴体が入っているであろう箱を離れた床に置く。すると、そこからセシィの腕が、にょきっと生えて手を振ってまた引っ込んで行く。
「いや、だって、最初に三つに切っただろ? な?」
前世の記憶には、似た感じの手品のタネがある。テレビでよくタネ明かししてたしね。でもそれを教えてしまうと面白みが半減するから、ガッドには教えない。
ただ、生首に見えたのは、セシィの髪型をしたエミィだったんじゃないかな? だから、やっていることが似ているように見えるけど、多分、タネは違うと思う。
「よーく観察して考えると、どうやってるか分かるよ」
ポンザクックが床に置いた胴体の箱に再び手をかけ、とても重そうにして腰を落とすと、突如箱から伸びた手によって、「失礼ね!」と言わんばかりのビンタが見舞われる。
「パンダ、お前どうやってるのか見破ったのか?」
「まあ、そんなとこかな」
「教えろよ!」
「やーだね」
ガッドに肩を掴まれてグイグイ揺さぶられる中、手品も佳境に入り、三つの箱が元通りに積み上げられて行くのを視界に捉えていた。
「ガッドぉ。ズデージ見なぐでいいのかぁ?」
揺さぶられているおかげで変な声になったけど、意思は伝わったようだ。レイナも顔を上げてステージを見る。
「お、おおお?」
「あ!?」
組み合わされた箱の中から、元通りのセシィが出てきて両手を上げる。
そしてそれと同時に、ポンザクックが、自身の衣装をばっと捲り上げる。すると、ポンザクックがどこかに消えて、そこには、もう一人のセシィが立っていた。
どっちかがエミィなんだろうね。
周りの観客は興奮で物凄いことになっている。スタンディングオベーション。所々刺激が強すぎて倒れたり、うずくまったりしている人も見られる。
ガッドとレイナも割れんばかりの拍手を送っている。
やがて拍手が止む頃には、手品道具が片づけられ、踊り子のライニーがステージ中央に立っていた。周りには楽器を持った旅芸人の皆がいる。
高く掲げられたライニーの右手が振り下ろされると、楽器の演奏と、それに合わせて踊りが始まる。
最初は、手品の興奮を醒ますようにゆっくりとした歩調で動作しながら手を振り、時折大きく動き、それでいて静かに舞う。
しばらくすると、演奏のテンポが上がり、それに合わせてスキップしながら回転するように舞う。
ああ、これは蝶の舞なのかな。綺麗な花畑をキラキラ輝く蝶が舞う。なんだかそういう感じに見えてきた。
そして、締めくくりでは、蝶が目の前を、そして頭の上を光の粉を散らして飛んで行って舞は終了する。
ガッドの目からも光の粉が出てるけどね。
レイナは、華麗な踊りに完全に魅了されて、我を失っている。
静寂な時が続く。
観客は皆、我を忘れて見入っていて、拍手することさえ忘れるほどの放心状態となっている。
パチ、パチ……。
数人が我に帰って拍手しだすと、それにつられたかのように観客全員が一斉に怒涛の拍手をしだす。
さらに、ピーピー口笛を吹く人や、「ライニーちゃーん!」とか叫ぶ人がいっぱいいて、もう、耳が痛い。
こんな感じで、旅の芸人団の公演は、ユーモアあり、衝撃あり、綺麗どころありのとても見どころのある楽しいショーだった。
講演が終わって会場の外に出ても、その興奮は冷めない。
「すっげー面白かったな!」
「ええ、素晴らしい演目だったわ」
「実際に見ると、迫力とかその場の雰囲気とか、全然違うよね」
「? どこかでこのショーのこと聞いていたのか?」
「い、いや、こっちの話。あははは……。ほら、冒険者ギルドに行こう!」
ガッドを含め、まだ誰にも前世の記憶があることは言っていない。だから誤魔化して道を小走りに進む。
冒険者ギルドに入ると、中は冒険者で溢れかえっていた。
「混雑しているわね」
「ありゃあ。見事に晩飯の時間と被ったな」
「それもあるけど、ショーを見てた人も結構いるんじゃないかな」
「おう、それもそうだな。あれを見ないなんて、考えられねぇな」
冒険者ギルドに向かう道の途中に、ショーを告知する立て看板がいくつか置いてあったから、皆、ショーのことを知っているはずだ。これは、芸人団の先触が設置した物で、数日前から置いてあったのだろうし。
また、途中小走りしたとはいえ、俺たちは結構最後の方まで会場に残っていたから、先に会場を出て冒険者ギルドに向かった人がいてもおかしくはない。
「折角だから、明日こなす依頼も受けて行きましょう」
受付の前には人がたくさんいるから、先に掲示板の方に行く。
「また、街道付近の魔物の討伐でもいいかもね」
「他にもいろいろあるぜ。変わったの受けてみようぜ」
「そうね……。この依頼なんてどうかしら」
レイナは掲示板の依頼を一通り見ると、一枚の依頼票を手にする。
「え、これ?」
「町の人々が困っているのを見過ごせないでしょ」
「ボス討伐、なのか!?」
――グレン洞窟のボス討伐。洞窟から魔物が溢れ出して近くの町に襲い掛かっている。洞窟のボスを倒し魔物を鎮静化せよ。
俺が戸惑ったのは、そこじゃなくって、依頼に書いてある冒険者ランク制限についてだ。この依頼はCランクとなっている。
「それ、Cランクの依頼票だよね? 俺、まだ冒険者ランクはDだから、受けられないよ」
「大丈夫。私がパーティ・リーダーになればいいから」
「ええええ?」
確かに、パーティを組めば、そのリーダーの冒険者ランクで依頼を受けられるとは聞いていたけど……。
レイナは冒険者ランクCの依頼を受けられる? 冒険者ランクがC以上?
颯爽と受付に行くレイナ。俺とガッドは掲示板の前に取り残され、慌てて後をついて行く。
待つことしばし。受付のフローライトさんに、まずは今日の依頼の達成報告をする。
「魔物の駆除の達成報告ですね。えっと、Dの六エリアですね……」
魔石を鑑定の魔道具に載せ、透き通るような緑髪を耳にかけるしぐさを織り交ぜながら、浮かび上がる文字を確認する。
「凶変化した魔物がいたようですね。ご無事で何よりです。カースラディッシュとバイトキャロットの凶変体。この二体には特別報酬が出ます」
戦った野菜の魔物が、聞いていた情報と異なる行動をすると思ってたら、凶変化した魔物だったそうで。
凶変化した魔物は危険だから、通常、俺たちのようなDランク以下の冒険者は、それを見つけたらすぐに冒険者ギルドに報告して欲しいと言われた。
その場合、ギルドは凶変化した魔物の討伐依頼を別途出すことになる。募集対象はCランク以上の冒険者で、元になる魔物の種類や、もたらされた魔物の特徴によってはBランク以上に限定されることもある。
今回の凶変魔物二体の脅威度は、凶変体のうちでも下位に位置する物とされている。
まあ、あいつら間抜けな挙動が多かったしね。
ちなみに前回の凶変アライグマは新種または固有種らしく、脅威度の正確な判定はなされなかった。けど、被害の大きさから、中位と上位の中間くらいだとトトサンテのギルドマスターは言っていた。
「それと、これを受けるわ」
レイナが「グレン洞窟のボス討伐」の依頼票を提示する。
「パーティリーダーを、私に変更して頂戴」
さっきまでは俺の冒険者カードで手続きをしていたんだけど、ここでレイナの物と入れ替える。
これまでは俺が名目上のパーティリーダーとなっていた。これで実質のリーダーであるレイナに交代だ。俺とガッドはレイナにパーティ勧誘されたのだから、これが正しい形だろう。
受付のフローライトさんが、それを受け取って手続きを進める。
あれ? 本当にCランク指定の依頼を受けられるんだ? レイナは冒険者ランクC?
いくつか、この依頼の注意点のような物の説明があったけど、混乱している俺の耳には入ってこなかった。
「さあ、明日はグレン洞窟よ!」
報酬を受け取り、冒険者ギルドを出る。
さて、宿に向かおうと思ったときに気がついた。
そういえば、まだ宿の手配をしていなかった!
辺りは暗くなり、宿を探すには少し遅い時間だ。
何軒か宿屋を回り、ようやく部屋を確保できたのは、大通りから少し離れた所の、貴族の邸宅が点在する場所にある宿だった。
主に貴族に用事がある商人が利用する宿らしく、併設している食堂には冒険者はいない。そのためか、とても清潔感のある食堂だ。白いテーブルに、窓際には綺麗な花を束ねた白い花瓶が置いてある。
なんだか場違い感が半端ないので、明日以降は冒険者が泊るような宿を見つけよう。
ちなみにここの宿代は高めだった。
何事も経験なので、外に食事に行かず、宿の食堂で値の張る料理を堪能することにした。
一応、ドレスコードはなかったので、今は装備を外しただけの普段着でいる。
まあ、旅する商人を相手にしていれば、ドレスコードなんて採用できないのだろう。
この国での料理事情を知りたいから、おすすめの料理を注文してみた。
運ばれてきた料理は、食材は良いものを使っているのだろうけれど、味付けが塩っぽいものにコショウのような香辛料を振りかけただけという素朴な物だった。
香辛料が高級品と聞いたことがあるから、こういう物なんだろう。
俺たちは、あえて何も言わずに黙々と食事を済ませる。
俺たち、ちゃんと空気読んだよ。
あの場で「まずい」とか言ったら、「高級品の味も分からない下賤な者」とか言いがかりをつけられそうだしね。
部屋に戻ってようやく食事の感想を言い合う。
ちなみに、レイナは別室だから、感想を言い合うのは俺とガッドだけだ。
「高いメシでも、うまくねぇなあ」
「いい食材だったし、塩とコショウだけで味付けするなら、牛肉を焼けばそれなりにいい味になると思うんだけどね。メインディッシュの豚肉は、なんか物足りなかったよね」
「スープに硬いパンを浸して食うのも、変わんねえな」
「まあ、たまには硬い物を食べて顎や歯茎を鍛えることも重要なんだけどね」
歯茎の辺りを人差し指でトントンと触ってみる。
「よし、決めたぞ! 冒険者で一旗揚げて、身寄りのない子供らに柔らかいパンを分けてやるぜ」
「ふーん。ガッドもパンを焼けるようになったんだっけ?」
「お前が焼くんだよ」
「えええーー」
多分、柔らかいパンを高値で売る方が冒険者を続けるよりも早くお金が貯まる気がする。
でも自分の首が締まるので、あえて黙っておいた。俺はもっとこの世界を見て歩きたいし。
しばらく歓談し、「クリンアップ」で体や服を綺麗にして、寝ることにした。
弾力のあるベッド。綿がふんだんに使われているようだ。
ガッドはあっという間に寝つき、いびきをかいている。
別にガッドのいびきが気になる訳じゃないけど、なかなか寝つけない。
布団の中で、旅の芸人団のショーのことを思い返す。
アクションや手品に魔法を取り入れると、記憶にある手品よりも、もっと奇想天外なことができるんだね。
魔法をもっと使いこなせば、今よりも集中に必要な時間が短くなるから、実戦でも、ショーでやっていたように飛んでくる剣を魔法で止めることができるかもしれない。
そんなことを考えてベッドの上でゴロゴロしているうちに、いつの間にか夜中になっていた。




