150 エピローグ
いくら待っても魔王は戻ってこず、俺たちは仕方なく、勇者の館へと戻ってきた。
女性陣が足早にチェダイリスの飼育部屋へと向かって行く。
「私はモフリンちゃんに慰めてもらいます。なんだかそんな気分です」
「わ、吾輩が慰めるのである! むぼっ!」
ユーゼに飛びついたチャムリは、先に肩に乗っていたバルシエーザに振り払われた。
飼育部屋の扉を開け、中央付近に集まっているチェダイリスの群れが目に映ると同時に、ミーナクランが駆け出す。
「カレンちゃーん! 元気にしてたー? もふっ!」
そして、チェダイリスのカレンに抱きつき、小言を漏らす。
「ちょっと聞いてくれる!? 魔王の奴ったら、私に黙っていなくなったのよ! 魔王のくせに生意気なんだから!」
カレンのつぶらな瞳がミーナクランの姿を捉える。その鼻は、まるでミーナクランに相槌を打っているかのように、ヒクヒクと動いている。
他の女性陣が皆、チェダイリスに抱き着いたちょうどそのとき。チェダイリスの群れの後ろで、ひょこっと何かが起き上がる。
「パンダ!? おおぅ! 会いたかったのじゃ~!」
「「「魔王!?」」」
魔王がチェダイリスを押し退けて俺に抱き着いてきた。
「皆、妾を置いてどこかに行ってしまって。もう戻ってこぬのかと思ったのじゃ。心配したのじゃ」
俺の胸に顔を押し当てて、頭を左右に振る魔王。俺の胸元が涙で濡れていく。
「「「魔王! お帰りなさい!」」」
「ぐすん。妾はガルデフォトスなのじゃ!」
涙を拭って皆の方へと振り返る魔王。
それを皆、笑顔で迎え入れる。
「か、勘違いしないでよね! あんたなんかいなくても、全然寂しくなんてなかったんだからね! ほんとっ魔王のくせに生意気なんだから!」
一人、強がっている娘もいるけど。
「魔王さん。本当に魔王さんなんですよね? 足、ついてますよね?」
「え? 足がないの? ……ミラクル・ヒール!」
「すぐに治してあげようとするミリィは優しいなあ。でも、死んでも足はなくならないぞ。一度死んだ私が言うんだから間違いない」
「わ、妾は生きておるのじゃ!」
「パンダ様。ガルデフォトス様のことですが、髪飾りは勇者の仲間の証と申されまして、その……」
ここで執事のハロルドが経緯を説明してくれた。
二日前に魔王がやってきて、髪飾りは勇者の仲間の証だからここに住むのは当然だと言って住み着いているんだとか。
確かに、魔王の髪にはパンダの形の髪飾りがつけてある。そして、それが勇者の仲間の証だということにも間違いはない。
レイナが魔王の前に歩み寄って手を差し出す。
「私はレイナ・スターファスト。魔王! 今日からあなたは、私の仲間よ!」
★ ★ ★
パンダたちが世界を旅した冒険譚は、「銀の髪飾りをつけた乙女たちが世界を救った伝説」として語り継がれていくことになる。
この新たな勇者の伝説に、世界中の人々は歓喜し、大いに沸いた。
そしてそれは、これまでの勇者と区別するために、「真の勇者」と呼ばれるようになる。
余談だが、髪飾りはステンレス製であって銀製ではない。それでも、民衆には広く「銀の髪飾り」と呼ばれることになる。
ここからは、魔王が勇者の館に住むようになってからの、その後の話――
パンダたち勇者一行は、異相世界に渡り、異相勇者たちと共に異相ベイム帝国へと進んだ。
元の世界において邪神を滅ぼしたことで、全宇宙で唯一の存在である邪神は、異相世界においても既に消滅しており、その結果、邪神を利用して世界を粛清しようとしていた異相ベイム帝国の残酷なまでの野心は、途絶えることとなっていた。
異相ミーナクランの執り成しで、勇者一行は異相ジークゴルトとの面会が叶った。
異相世界とはいえ、亡き兄と再会できたレイナ。そして亡き父と再会できたユーゼ。
「グラントリー兄さん!」
「兄、さん!?」
ブリューレンのことを兄グラントリーだと知っているレイナと、それを知らない異相レイナ。
異相グラントリーの胸元に二人のレイナが飛び込む。
「父様!」
「父様!? 父様ですか!?」
同じように、二人のユーゼが異相ジークゴルトこと異相シエンゼの元へと駆ける。
今までのこと、そしてこれからのこと。
話すことはたくさんある。
二人のレイナと二人のユーゼ。元の世界の勇者と異相勇者。それぞれが流す涙の意味は違っても、それを優しく受け止める異相グラントリーと異相シエンゼ。
再会の喜びを思う存分感じあい、分かち合う。
十分な時が過ぎた頃。
平和的な交渉によって異相ジークゴルトから統鬼魔片を譲り受ける。
それを手に、真の勇者一行は鬼人族の次元へと移り、鬼人族のボス、恐呪怨鬼を討ち果たす。
これにより、異相ベイム帝国が擁していた鬼人化兵がすべて消滅し、異相世界における混乱に終止符が打たれた。異相世界に真の平和が訪れたのだ。
異相世界において、パンダたち一行は別の世界からやってきた真の英雄として「銀の髪飾りの救世主」と呼ばれるようになる。
この後、銀色の髪飾りは救世主を表す神聖な物として、また、聖パンダタウンは救世主ゆかりの地として、崇められることとなる。
元の世界において――
パンダと共に冒険し、後にパンダタウンの経営を任されたガッドは、優れた指導者として、また、剣聖の再臨として、文武両道の評価を歴史に残すことになる。
パンダが邪神に止めを刺した「マウトリ流終結奥義、夢幻八塵」は、ガッドから授かった神技として扱われ、神剣と共に真の勇者の伝説の一幕を彩る要素として語り継がれることとなる。
シルクハットの髪飾りの乙女、アカリアは、増え続けるパンダタウンの人口に対応するため、南の荒野を開拓し、第二、第三のパンダタウンを建設する。これにより、この地域はますますの発展と繁栄を遂げることになる。
この功績と共にアカリアは、パンダタウンの礎を築いた先見の明のある偉大な為政者として歴史に名を残すことになる。
忙しい政務の間に、アカリアは領主館から勇者の館へと住居を移し、勇者の仲間として、パンダと共に生活するようになる。
なお、荒野の整地はパンダにしかできないことであり、さらに誰も使用することができない転移魔法を用いて第二、第三の町を転移石で結んだパンダは、当代随一の魔法工事士として歴史に名を残すことになる。
桜の花の髪飾りの乙女、リブは、世界の要人がたくさん利用すると言われる、世界最高峰のくつろぎ亭の腕利きのオーナーとして世界に名を馳せる。
また、料理の革命を起こし、高級志向の一風変わった宿屋を展開する。
それらの先見性のある経営手腕が歴史書に載ることになる。その功績の裏にはパンダの料理と建設能力があったことは明白である。
世界樹魔法学校は、世界をけん引する多くの偉人を輩出することになる。
その中でも、鬼人族との戦いで、他の追随を許さない多大な戦果を上げたエルナは、転ぶと見せかけて的確に急所を突く「スライディング・キラー」の二つ名と共に、「エメラルドの英雄」の名で歴史に名を残す。もちろん、猫足跡の髪飾りの乙女として。
このことに関して当の本人は、「レイナさん、見ていてくれたかな?」程度の軽い反応しか示していなかったと、語られている。
ラノメーラとリックの姉弟は、卒業後、世界樹魔法学校の先生となり、多くの生徒に勇者パンダと聖女ミリアムの教えを広めていくことになる。
一介の孤児から、髪飾りの乙女や剣聖と共に戦った準英雄にまで登りつめ、さらに、先生として世界樹魔法学校を、この世界随一の名門校に育て上げるまでの功績を残すことになる。
もちろん、その影には理事長のパンダの名声にあやかろうと有能な生徒が集まった、ということもあるのだが。
ミーナクランの尻を追いかけ回す、ティーグルとガリッサは、後に髪飾りの乙女の勇者の伝承本を多く出版することになる。その内容は、ミーナクランの活躍が主体で、迷宮のボスの止めのすべては、彼女の変身後の「お仕置き」によるとしている。
いささか事実と乖離した内容ではあったが、幅広い層に大いに受け、「魔法少女ミーナクランの伝説」として、外伝的な扱いで世界中に広まることとなる。
その他、多くの孤児が世界樹魔法学校で学び、偉人となって世界に羽ばたくことになる。
それら生徒たちの心と体を鍛えた「灼熱大地」のメンバーは、偉大な先生として、世界樹魔法学校の校庭に銅像が設置されることになる。そしてその銅像についてだが、深夜になると、デン鬼のモデル、デンガルの銅像の頭にはツノが生える、と世界樹魔法学校の七不思議の一つになる。
「この学校の生徒が世界を守り抜いただなんて、アンビリーバブル、信じられないぜ! やはり時代は若者を中心に動いていやがったぜ!」
「メルラド。私はそんな生徒たちと関われて幸せです。若者の台頭。その流れを先読みできたメルラドは、私たちの掛け替えのない誇りです!」
「そうだぜ! ユカミの言う通りだ! 雷光の魔法使いだろうが、青い波動の剣士だろうが、ヒヨッコだったあいつらに、俺たちが活躍の舞台をお膳立てしてやったんだ。あいつらにとっても、俺たちは先生に違いないんだぜ!」
「だぶだぶ!」
「どちらかというと、あのときは俺たちの方がそいつらに助けられたんだがな! はははは」
彼らのことは、伝承上では危険な魔物に勇者と共に立ち向かった勇士として語られることになる。
パンダが世界樹魔法学校を通して魔法剣の作成方法を公開したことで、魔法剣が世界中に広まることになる。
ただし、誰もが作成できるのではなく、世界樹魔法学校で学んだ者などの、ごく一部の魔力を高めた者にしか作成できない貴重な物だった。
その結果、世界樹魔法学校への入学希望者が殺到し、第二、第三の学校が設立されることになる。
そして、その作成方法を編み出したパンダは、魔法剣の開祖として歴史に名を残すことになる。
魔法剣の存在が、多くの冒険者たちの、異次元迷宮攻略の助けとなったことは言うまでもない。
魔法剣を使うことで、異次元迷宮で命を落とす冒険者は減少し、また、その攻略が進むことで、異次元迷宮から魔物が溢れ出て近隣の町に被害を及ぼすという事態が激減することになる。
ダジィことダージリン・ガラビルは、勇者一行のアダマンタイトの武器を打った唯一無二の伝説の名工として、また、パンダタウンを鬼人族の脅威から守り抜いた冒険者たちに優れたミスリルの武器を無償で提供した仁心の鍛冶師として歴史に名を残すことになる。
その中でも、一部の優秀な冒険者に提供された純ミスリルの武器は、素材となった純ミスリル鉱石のすべてがパンダの提供した物であり、純ミスリル鉱石は過去にも、そして未来にも産出されることのない稀有な存在であったことから、リリク王国で新しいミスリル鉱脈を発見したことと併せて、パンダは土の精霊に愛された英雄として歴史に名を残す。
ただ、パンダ本人は土の精霊が爺さんの姿だと知っており、愛されると言うのは勘弁して欲しいと弁明していたのだとか。
ナルル博士と助手のエマリナは、パンダに髪飾りをねだって勇者の仲間入りを果たし、勇者の館に住むようになる。
ただ、二人の目的は異なり、日々パンダからいろいろな学問を習うナルル博士と、エルバートにつきまとうエマリナだった。
ナルル博士はパンダから学んだ知識を組み込むことで、革新的な魔道具を次々と開発していく。
「にゃははは。遂に完成したのだ」
「博士、今度は何を作ったんですか?」
「じゃーん。携帯型マジカル操作板なのだ」
「パンダさんが、スマホと呼んでいた物ですね?」
日々、世界が驚愕する魔道具が考案されていく。パンダの記憶にある物の再現が多いのだが……。
その他、ナルル博士は、パンダから学んだことを体系的にまとめて学問の書を発行し、世界の学術レベルを著しく向上させることに成功する。
これらの功績により、ナルル博士は魔道具界の偉大な開拓者として、また、学問の師として世界に名を馳せる存在となる。
そのナルル博士に基礎となる教養を身に付けさせたパンダは、学問の祖として、また、奇想天外な魔道具を考案する発明王として歴史に名が刻まれることになる。
平和になり、転移石でパンダタウンと接続される町が増え続けた。
ネコ・サギ団は、そんな転移石を使って世界を股にかけ、世界中の悪を暴く盗賊団。
盗んだ金品は孤児院や貧しい村々に寄付され、伝説の義賊として、吟遊詩人が彼らの歌を多く残すことになる。
「お前たち、今日はあの悪徳商人を狙うよ!」
「根こそぎ盗むザマス!」
「むっふぅー! やるっぺ!」
団長のアネーゴは、温泉で子供の姿に戻ることもあるが、その一糸乱れぬ統率力で、世界中の他の盗賊を駆逐することに成功する。盗賊女王。後世の人は彼女のことを、そう呼ぶことになる。
「アネーゴ様、そんなに多くの盗品を抱えると、お腹のハリなのか盗品なのか分からなくなるザマスね」
「ああん? なんだって? もう一度言ってみな! お仕置きが足りないようね!」
「どしぇー! お許しを!」
「むふぅー……。プスプスプス」
アネーゴは、相当のムチの使い手であったとも、記録されている。そして、ムチによる愛を表現する吟遊詩人が多く現れるようになる。
ワックス王子は、パメイド王と共に、ジドニア獣国を支える。大国ラウニール王国と正式な同盟を結んだ功績は、その後のジドニア獣国の繁栄の礎として、歴史家から多大な評価を得る。
また、レイナのスターファスト公爵家の後ろ盾を得てエセルナ公国と友好な関係を構築し、これまでの人族との険悪な関係だった歴史を塗り替えることに成功する。これにより、ワックス王子は偉獣人十傑に選ばれることになる。
その陰に、「ケモミミ帽」をかぶったパンダ一行の功績があったことは言うまでもない。
そんなワックス王子とパメイド王にはコンプレックスがあった。
それは、武闘大会で優勝できないことだ。いつも決まってレイナが優勝する。
個人戦では太刀打ちできないと悟った二人は、「二対二形式」の試合を考案し、戦いに挑んだが、レイナとパンダの二人組には勝つことができず、異次元迷宮に籠って修行を重ねるようになる。
魚の髪飾りの乙女、猫獣人ポップは、「トラップ・スター」の二つ名で、ワックス王子と共に世界中の異次元迷宮を探索し、幾多の隠し部屋から珍しい宝箱を発見するという偉業を成し遂げることになる。
「もっと強い奴と戦うのニャ。でも強過ぎる奴は、いらないのニャ」
これが猫獣人の本能に基づく発言かどうか、後世では議論を呼ぶことになる。
「こんな所にブラックドラゴンがいるなんて、あり得ないのニャ! 逃げるのニャ~!」
「ポップ姉、逃げるのかよ!」
「クククク。最近調子に乗っているから、ちょっと脅かしてやったのダ~」
時折、バルシエーザにイタズラされているとも知らずに、ポップは罠を発動しながらあちこちを走り回るのであった。
猫の髪飾りの乙女、ミーナクランは、「猫カフェ・ミーナ」で猫やチェダイリスのカレンと戯れる日々を送る。もちろん、住居は勇者の館であって、日中の気が向いた日だけの務めであるが。
この店では、「黒炎の魔女の靴跡」という名のクッキーが、男性客の間で爆発的な人気となる。正式名称は「可憐な妖精の靴」なのであるが、それは浸透していない。
「ミーナ様が二人いらっしゃる!」
「ああ、俺、二人に踏みつけてもらいたい!」
なぜか「猫カフェ・ミーナ」にはミーナクランが二人いて、客を足蹴にしたり、踏みつけたりしていた。
リスの髪飾りの乙女、異相ミーナクランが、こちらの世界の勇者の館に住みついて、毎日パンダに纏わりついている。
二人のミーナクランは、生き別れた双子の姉妹だと言う設定を世間に広めたのだが、名前が同じことに誰もツッコミを入れなかった。
「ちょっとパンダ! 今日は私と新しいチェダイリスを見に行く約束なんだからね! 早くしなさいよね!」
「パンダ! 今日は私とヤト国の温泉に行く約束よね! せっかく誘ってあげてるんだから、感謝しないさいよね!」
「え? 俺、そんな約束してたっけ?」
「「今日はそんな気分なの!!」」
「婿殿、両手に花ですな。はっはっは! 余も負けておられませぬな!」
ミーナクランの父、コルネリウス王は、ほぼ毎日、パンダタウンに通っている。世界中の浮気相手に会いに行く中継地点として。
二人のミーナクランのことについては、たくさんの吟遊詩人が新しい物語を紡いでいくことになる。近寄る男はおろか、邪神さえも焼き尽くした双子の黒炎の魔女として……。
翼の髪飾りの乙女、ナナミは、この世界にお菓子の革命を齎した「お菓子の神様」として、歴史に名を残す。パンダタウンの躍進は、ナナミの店があったからこそ成し得た物だと、後の歴史家の多くが語っている。
「お兄ちゃん、新作だよ! 食べてみて! ほら、早く!」
多くの人を驚かせ、魅了したお菓子のすべては「お兄ちゃんのため」の物であり、日々新しく開発されるお菓子を口にするパンダは、体重が増えたらしいのだが、その詳細は公にはされていない。
「幸せの大きさが、体重となって現れただけだよ」
勇者の館の敷地内を、ランニングするパンダの姿が見られるようになったとか……。
その他、ナナミはお菓子だけでなく、料理の腕も一流だったと、歴史書には記されている。
兄パンダが稀代の魔法使いであったこともあり、ナナミにもその才能が有り、密かに魔法の訓練もしていたとされているが、その真相は不明である。
ト音記号という、不思議な図形の髪飾りの乙女、クラリスは、ナナミと共に「お菓子の神様」として歴史に名を残す。
とくに、バヌーナを使ったお菓子、それとムースの開発に注力し、世界中が驚く多くの甘味を作り出すことに成功する。
「すべては、お兄様の喜ぶ顔を見るため」
王族ながら「猫カフェ・ミーナ」で働き、彼女の「エンジェル・スマイル」は、兄のみならず、世界中の男性諸氏の心を独占したと伝えられる。
「あんたたち、たまにはミーナのスマイルも注文しなさいよ!」
「ミーナ様は足蹴がいいのです! スマイルはクラリスちゃんに限ります!」
「みなさん、ミーナクランさんのスマイルも頼んでね。ニコッ」
「「「はいっ!」」」
また、世界に先駆けて猫についての書物を多く発行し、クラリスの名は「キャット・メサイア」として世界中に広まる。これらの書物により、飼い猫の環境が大いに改善され、また、多くの猫玩具が開発されることになる。
偉大な魔法使いパンダの妹ナナミが、密かに魔法の練習をしていることに対抗して、クラリスも魔法の練習を始め、後に二人は魔法少女「マジカル・スイーツ」を結成して活躍したとかしなかったとか、伝承上ではいろいろな憶測が残されることになる。
「ムース・フローズンパウダー・テイクアップ!」
「チョコに代わってアイシングよ!」
なにやら変わった料理言葉が流行したのも、この二人によるものではないかと、後の世で議論されることとなる。
ウサギの髪飾りの乙女、シャルローゼは、護符の力をもって、世界の至る所で起きる不思議な怪事件を次々と解決して行く。
「この地に縛られし悪霊よ、あなたのしがらみは光となり消え去りました。ですからもう、あなたの居場所はここにはありません。天に昇るのです! 修祓!」
鬼人族の存在が消え去っても、人々の心に潜む闇は完全に消え去った訳ではない。シャルローゼは、それが生み出す魑魅魍魎を祓うことができる類ない存在であり、彼女の活躍は、「シャルローゼの祓魔伝」として後世に残されることになる。
また、その秀でた回復魔法により、多くの人を癒し、たくさんの命を救った。その功績はミリアムと並んで「二人の聖女様」として歴史に刻まれることになる。
三日月の髪飾りの乙女、セレスティーナは、光の巫女ミリアムと対を成す闇の巫女として、魔王ことガルデフォトスの片腕を担うのが本来の役割なのであるが、世界が平和に保たれている今では、ダークムーン・ロッドを使うこともなく、パンダに買ってもらったチェダイリスを、ミリアムと共に愛でるのが日課となっていた。それにはパンダも加わることが多く、さらにガルデフォトスも交ざって、四人は不思議な関係だったと後世に伝えられることになる。
「ミリィ。今日はあの赤い花について語り合おう。もちろんパンダも一緒に」
「うん。あの花は芍薬なの。ユーゼさんが賢者の庵の付近に生えていたものを持ってきてくれたんだよ」
「芍薬と言えば、妾のように慎ましい乙女のことを現すのじゃ。ん? パンダは理解できたかの?」
「ちょ、魔王! 抱き着かないでくれよ。全然慎ましくないじゃないか」
「魔王さんばっかり! 私も一緒にするの」
「私はみんなを同時に、抱きかかえたいぞ! ミリィもパンダもガルディも。ほーら、つーかまえた!」
五百年前の伝説の勇者によるシステムの書き換えは、次元警察によって修正され、今では魔王は「ガルデフォトス」と名乗ることも、魔大陸から出ることもできる。だから、髪飾りの乙女たちは魔王と呼ぶことも、ガルディと呼ぶこともあった。
ハートの髪飾りの乙女、ミリアムは、真の勇者たちの度重なる死闘の中において、その秀でた回復魔法で勇者たちを危機から何度も救った立役者として、また、勇者と共に世界を巡る間に多くの人命を救った掛け替えのない「聖女様」として、世界のあらゆる者から敬われるようになる。
「あの、私そんな大層な人じゃないよ……」
命の尊さを知るセレスティーナ、それと、もう一人の聖女シャルローゼと共に積極的に世界を巡り、多くの命を救うことになる。
そんな三人のことを、歴史書では、以下のように記している。
至上の聖女、ミリアム。
祓魔の聖女、シャルローゼ。
聖騎士、セレスティーナ。
ミリアムの持つブライトムーン・ロッドは、聖女の象徴として、世界中の教会にその模造品が飾られるようになる。
「このロッドは、私の前世、ララフィとしての思い出。大切にするの」
世界を渡り歩く傍らで、勇者の館にいるときには、ミリアムはよく厨房に立って料理をしていたとされている。
「今日の料理は愛情を込めて作ったんだよ。だから、パンダ君に食べてもらいたいの……」
その料理の腕は、一流シェフを上回ると噂されているが、近しい者にしか料理が振る舞われなかったため、正確な記録はない。ただ、ミリアムは世界一の料理を提供するくつろぎ亭の娘であり、その腕を疑う者はいない。
謎の動物の顔の髪飾りの乙女、魔王ことガルデフォトスは、真の勇者を正しき道へと導き、世界に平穏を齎した重要人物。真の勇者の教導者として永遠に語り継がれることになる。
「この髪飾りはパンダの顔なのじゃ。わかるか? 愛しいパンダなのじゃ」
魔王は自身の髪飾りについて、いつも真の勇者パンダを引き合いに出すのだが、誰一人としてそれを理解できなかったと言われている。
世間において、「魔王」と言う呼び名は、いつの間にか、善人のことを表す言葉として定着し、さらにそれが美化されて行き、世界の聖職者がこぞって魔王のようになりたいと言い出すようになる。悟りを開けば魔王になれる、とも。
そんな、神聖化された魔王の現実は、勇者の館でパンダに駄々をこねるお子様のようだった。
「パンダ、妾は今日は手品ショーを見に行きたいのじゃ。連れてってくれないと次元警察を呼ぶのじゃ~」
「俺が連れて行かなくっても、魔王は一人で行けるじゃないか」
「パンダが行かないと駄目なのじゃ!」
パンダの腕にしがみつく魔王。
今日も、にこにこ顔でパンダとお出かけだ。
真の勇者と魔王が、手を繋いで歩くパンダタウン。まさに、平和そのものだ。
フォークとスプーンの髪飾りの乙女、ユーゼは、シエンゼから引き継がれた代々賢者の記憶をもとに、聡明な大賢者として歴史に名を残す。
ただ、残念なのは、世界中の料理や食材についてばかり関心を示し、他のことについては尋ねられたことに答える程度にしか、その記憶を活用しなかったことだ。
それでも、多くの食材の情報をパンダに提供して新しい料理の発展に尽くすことで、「食の賢者」の二つ名を後世に残すことになる。
「パンダさん、今日の料理は何ですか? もう、待ちきれないです! ちゃんと賢者の記憶に残すんですからね。ほら、記憶に残す用と、すぐに食べる用。それと、後で食べる用。もう一皿はおかわり用です! 全部で五皿分です! 早くしてくださいね!」
「おい、ユーゼ。それなら全部で四皿なのである。一皿多いのである」
「うふふ。後で食べる用にも、おかわりがいりますよね?」
「吾輩の分ではなかったのであるか? ショボーン」
何故か、次代の賢者には料理の知識が多く引き継がれたと言う……。
そんなユーゼの傍らにいるチャムリは、真の勇者と共に戦い抜いた猫形の大精霊トール・チャムリとして、崇められるようになる。でも、いつも料理にばかり興味を持つユーゼの隣にいたせいで、いつの間にか、チャムリのことが「食の大精霊」と湾曲して伝わり、それにあやかろうと、多くの料理屋に羽の生えた猫の置物が設置されるようになる。
星の髪飾りの乙女。そして真の勇者パーティ「ローズ・ペガサス」のリーダー、レイナは、故郷アベンチュリンに兄グラントリーの墓標を設け、花を添える。
「兄さん。私は勇者として、パンダと共に世界を救ったわ」
レイナの頬を、一筋の涙が伝う。
「今までも、そしてこれからも。パンダと共に歩いて行くわ。私たちが世界の平和を守り抜く。だから、兄さん。天国で見守っていて」
空にグラントリーの笑顔が浮かび、そっと消えて行く。
それは、グラントリー自身が目指した平穏なる世界を、完全な形で実現できたレイナへの祝福であったのだろうか……。
ガラス、ミスリル、アダマンタイト。
レイナの生家スターファスト家では、三種類の宝玉が、家宝として代々引き継がれて行くことになる。
この中に、何故、ミスリル玉が三つあるのか?
後世では、それがパンダからレイナへのプロポーズのプレゼントだったと解釈されている。真実は、共に旅をした仲間のみぞ、知る。
勇者の館、その正面の庭で――
「にゃはは。撮影の魔道具ができたのだ! みんなで撮影するのだ!」
中庭に勇者全員が集まり、記念撮影をする。この魔道具は、短い時間の録画が可能なのだとか。
髪飾りの乙女たちがパンダを囲む。
「パンダ君は、私の誇りなの!」
「パンダは、どんな宝石よりも輝く、私の光よ!」
「パンダさんは、マニーラト様を超える、私の夢!」
「パンダは、掛け替えのない人だ!」
「パンダさんは、私の糧ですよ!」
「パンダは、私のものなんだからね!」
「パンダは、パンダなのじゃ~」
「おおう。時間切れなのだ。私が映らなかったのだ」
「博士、博士。それで良かったのですよ」
勇者の館。
これからも、髪飾りの乙女たちが、ここでパンダと共に過ごすのであった。