149 求刑は魂の消滅
『まだ場所も教えていないのに、せっかちな人たちですね。丁度いいわ。あなたたちが重要参考人として出廷すれば、罪を軽くできることでしょう。ここであなたたちに会ったのも運命の巡り合わせに違いありません。行きましょう』
スピカが指を鳴らすように人差し指を立てると、上空に円盤形の乗り物が急接近し、底から淡い色の光を放つ。
その光の元へ行くと、空に浮かぶ円盤の中へと吸い込まれていった。
全員が乗り込んだところで、キーンと甲高い音が鳴り、すぐにキュルルゥと抜けるような音に変わる。
『着きました。降りましょう』
早っ! 近かったのかな?
『うふふ。裁判所は大陸を二つ渡った所にあるわ。皆さんの星だと、大陸を渡ることはあまりされないようですね』
円盤から降りると、前方には、白いドーム状の建物があった。
少しだけ近づくように歩き、スピカがやはり指を鳴らすような仕草をする。
すると、俺たちは建物の内部へと転送された。
スピカはそのまま建物の中を進んで行く。
俺たちはその後ろを、周囲を見回しながらついて行く。
「見慣れない壁だ。石にしては表面に透明な層がある。床も同じに見える。僕たちは、まるで少し浮かんだ所を歩いているみたいだ」
床も壁も、白い。
でもその白い素材の上に、ガラスのように透明で厚いコーティングがされている。
『汚れの付着を防ぎ、滑り止めにもなるワカナナバ加工された建材ですよ。そちらではまだ実用化されてないようですね。この建材は見た目も耐久性も優れていますし、汚れなくて便利ですから、早く実用化されるといいですね』
俺はこっそり、魔法「アナライズ」で解析する。
使われているのは地球で発見されていない素材。
将来、こういう建材が出回るのか……。感慨深くなる。
壁に等間隔に設けられているプレートは、洗浄の魔法が自動で発動する物らしい。魔法じゃなくって科学技術かもしれないけど。
床は、先ほどのワカナナバ加工のおかげで汚れの付着はしない。でも、人が歩けばホコリなどのゴミは出る。それをこのプレートが綺麗にしている。
「外から建物の中に転送する技術があるのに、建物の内部では歩くんだね。各部屋に転送する機能はないの?」
『もちろん、転送する機能を備えたビルもあります。ですが、なんらかの理由で転送装置が機能しなくなった際、中の人たちはそこまでの経路を把握していない訳ですから、避難退出ができなくなります。ですから、よほど明確な避難通路を確保できない限り、設置する許可は下りないのですよ』
便利だからどこにでも設置する、と言うことにはならないんだね。
『着きました。こちらです』
扉を開けると、その先には――。
「おおぅ。パンダ! それに勇者の皆まで! どうしてここにいるのじゃ?」
魔王が、恐らく被告側であろう席に座っていた。
扉の開く音で振り向いた魔王と目が合った。
スピカが裁判官に軽く会釈して、俺たちを魔王の後ろにある弁護人の席へと誘う。
まったく気づかなかったけど、俺たちが重要参考人として裁判に参加することが既に申請・承認されていた。
『それではこれより、審理を開始する。被告人、前へ!』
魔王が手錠のようなものを嵌めたまま、証人席へと歩み出る。
『妾はまお……、ガルデフォトスなのじゃ!』
『検察官、起訴状の朗読を』
『被告人は――』
要約すると、俺たちの住んでいる星、惑星トーテミイにおいて、魔王は宇宙の意思に反する行いをした。異相世界の生物を別の世界で再生する行為のほう助も行った。宇宙管理法第三条と、次元管理法第二十条に反している。
先ほど、連れ去られる際に次元警察から聞いたのと同じだ。もっとも、俺たちにとってそれは「先ほど」の出来事でも、ここでは数日経っているようだけど。
魔王がいなければ、俺たちの星の人類は滅亡していたんだ。
それなのに、それを阻止したことを犯罪として扱うなんて間違っている!
『弁護人、意見を述べよ』
『被告人は、宇宙の意思には反しておりません。宇宙管理法第二条、各惑星の原生物が宇宙の真理に従い、幸福を追求するように導くこと。これに則り、原生物が幸福になるように導いたのです。また、異相世界の生物を別の世界に再生したことは、やはり、宇宙管理法第二条に従う行為であり、次元管理法の適用は免れることでしょう。そして、それを立証すべく、ここに重要参考人をお連れしました』
『重要参考人、意見を述べよ』
重要参考人って、俺たちだよね?
魔王の無実を訴え、なんとしても釈放してもらわないと!
「魔王は、俺たちの星の人類を、消滅の危機から守ってくれたんだ!」
『言葉を発するのか……。よい。続けよ』
一度裁判官が戸惑いを見せたけど、そのまま続けるように促す。
「魔王は、邪神が人類を消滅させようとしていることを俺たちに教えてくれた。そして、その大元の原因となっているのが人類の発する負の感情にあることも教えてくれた。魔王の導きで、邪神による人類の消滅は回避でき、人類の負の感情が生み出した鬼人族を滅ぼすこともできたんだ。魔王のおかげで、人類は安寧な世界を取り戻せたんだ!」
「ええ、魔王のおかげで、私たちは消滅せずに、こうして生き延びることができたわ。そして、私たちは、幸せになれた!」
レイナが俺の腕を掴む。ミーナクランとミリィが反対側の腕を掴む。それを見て、はっとしたユーゼがレイナの隣に割り込んでくる。やや遅れてセレスがミリィと俺の腕の両方を掴む。それを微笑ましく眺めるシャルローゼ。
「パンダさんは、世界に美味しい物を広めたんですよ! それを魔王さんと分かち合って何が悪いんですか! 美味しい物が食べられれば幸せじゃないですか!」
『言葉には言霊がのる。言葉を聞くだけで重要参考人の記憶さえも伝わってくる。重要参考人の発言は真実であり、パンダタウンと呼ばれる町が人々に幸福を誘起し、それが世界中に広まっていることが併せて伝わってきた』
ユーゼの論点は少しずれていたけど、うまく真意が伝わったみたいだ。
「私、知ってるの。パンダ君はずっと世界のために戦ってきた。それを魔王さんが支えていたことも!」
「異相世界の生物を別の世界に再生したというのは、邪神を倒すのに私が必要だったからだ! それがなければ、私は死んだままだった。だから、魔王に非はない!」
『光の巫女と闇の巫女……。宇宙の意思の波動すら跳ね返す、星の守り手か。その巫女が被告人の逸脱した行為は星のために行われたと主張するのであるか』
「僕たちは魔王の無実を主張する! 魔王は五百年、千年と長い年月をかけて人類を滅亡の危機から救おうとしていた! その努力がようやく実を結んだんだ。それを犯罪人に貶める行為は断固として認められない!」
「千年前。魔王様は、人類が滅亡しないよう、初代聖王マニーラット様を導いてくださいました。そこには悪意などなく、これは、ただ人類の幸福を願った行為だったと信じています」
「ガルデフォトスは馬鹿だから、本当のことをうまく説明できないだけなのダ~」
『むぬぬぬ! 阿呆竜! 一言余分なのじゃ!』
『被告人、静粛に!』
「吾輩は大精霊チャムリなのである! 邪神を消し去ることも、鬼人族を滅ぼすことも、セレスを生き返らせることも、人類の幸福に必要なことだったのである!」
『大精霊トール・チャムリまでも被告人を擁護するのか。大精霊の見てきた記憶が鮮明に伝わってくる……』
「邪神は、消滅するときに、『ハミタテヴィ、ギー、ムギッ!』って言っていた。これは、何故か俺にも意味が理解できた。邪神が『人に栄光が齎される』ことを願ったんだと」
「私にもはっきりと分かったんだからね! 信じなさいよね!」
『宇宙の意思が、そのようなことを! これも真実であるか……』
この後もしばらく裁判が続き、検察側の求刑は死刑よりも重い「魂の消滅」だった。
『被告人。最後に何か言いたいことはあるか?』
『わ、妾は、パンダの元へ帰……』
涙ながらに話し出した魔王。
その途中で、視界が白くなり、魔王の声が途切れた。
裁判の途中に、俺たちは皆が待っている元の星、魔法陣の上に戻されてしまった。
時間切れだったようだ。
「はぁはぁ。パンダ先生、どうでした? 魔王先生は取り戻せましたか?」
「レイナさん。ボク頑張ったんだよ! はぁはぁ。一生懸命祈ったんだよ!」
「お兄ちゃん!」
「お兄様!」
「魔王がいないのニャ……」
「みんなごめん。魔王を連れ戻すことができなかった。俺がもっとうまく説明できていれば、きっと……」
「パンダのせいじゃないわ……」
求刑が魂の消滅だと聞いて、皆の目から涙が零れ落ちる。
魔王を祝うために、折角魔王城に集まってもらったのに、悲しみが場を包み込んでいる。
こんなはずではなかった。魔王を称えずに何を祝うと言うのか。
それから数日。
魔王城で魔王の帰りを待ったけど、一向にその気配がない。
俺たちは、世話になった執事のセバスチャンに挨拶をして、パンダタウンに戻ることにした。
そのときの、皆の沈痛な面持ちが、悲痛な想いが、俺の心を締め付ける。