148 真の戦勝会
夜も明け、戦勝会が自然とお開きになった頃。
中央広場には、酒に酔って寝転がる人、いびきを上げて寝ている人、まだ酒を呷っている人など、たくさんの人がいる。
「ねえ、レイナ」
「うん……? パンダ、何かしら?」
レイナは眠っていたようで起こしてしまった。
「俺たちは確かに邪神を倒したり、鬼人族のボス恐呪怨鬼を倒したんだけど、俺たちだけが称えられるのは違うと思うんだ」
「どういうことかしら?」
一度、両手を前方に真っ直ぐに伸ばして体のこりをほぐしてから答えるレイナ。夜通しの宴会開けは、流石につらそうだ。
「すべてをお膳立てしてくれた魔王こそが、本当の意味で救世主だったんじゃないかな?」
「そうね……。一歩間違えたら、私たちは魔王を倒していたかもしれない。そうだとしたら、このような平和が訪れることはなかったでしょうね」
レイナは朝日を眩しそうに眺め、それから周囲を見回しながら答えた。
「だから、本当の意味での戦勝会を……」
「聞こえましたよ! 宴会ですね! 行きましょう! どこですか? すぐに行きましょう!」
酒に酔ったユーゼが「二次会だー!」と言わんばかりに叫び出す。
「ユーゼは飲みすぎなのである」
結局、この件はアカリアに相談して、明日以降に、有志で執り行われることになった。
アカリアは酔っていないけど、後片付けがあって今すぐは無理なんだ。
それに、将軍たちにしこたま飲まされたエルバートは、将軍たちと一緒に酔いつぶれているし。
翌日。
勇者の館に、魔王城行きの転移石を設置して、真の戦勝会に向けて移動する。
「魔王城に行こう」
「真の戦勝会を開きましょう」
「宴会です、料理です!」
五百年前の伝説の勇者による設定変更の影響で、魔王は魔大陸から出ることができない。それで、俺たちが向かうことになった。
メンバーは、世界を守る戦いにおいて功績の大きかった者らしいけど、違う気もする。
勇者一行と髪飾り組、それとワックスだ。
今では、俺から送られた髪飾りは「勇者の仲間」と言う特権階級の証みたいな役割になっている。
そんなつもりはなかったんだけど……。
ナナミ、リブ、アカリア、クラリス、エルナ、ポップがそれに相当する。
あ、魔王もパンダの顔の髪飾りをつけているから、これに含まれるね。
「ここが魔王城……。お兄様、怖い!」
「クラリス、大丈夫だ。名前は魔王だけど、伝説に出てくるような怖い存在ではないよ。とってもいい人だ」
まだ魔王の顔を見たことのないクラリス、ナナミ、リブは少々怯えている。
伝説だと、魔王は人を喰らう大きな魔物のようになっているから、仕方のないことかもしれない。
ポップとワックスは「強い相手なら、戦ってみるのニャ!」、「おう! 俺も伝説の仲間入りだぜ!」などと粋がっている。
エルナは、レイナの腕を掴んでいるけど、怖がっている感じはしない。どさくさに紛れてって感じ?
アカリアは、それを見て真似をするように、俺の腕を両手で抱え込む。
む、胸が当たってるよ……。
魔王のいる謁見の間の扉を開けると、その姿を見て、皆、安堵を通り越して驚きの表情になる。
皆の目には、後ろに控えている執事のセバスチャンの方が、魔王に見えているかもしれない。
普通、小さな女の子が魔王だなんて、思わないよね。
もっとも、魔王に見せてもらった伝説の勇者との戦闘の映像だと、その当時は俺たちと同じぐらいの年齢に見えたけどね。
それに、魔王って名前は、伝説の勇者が勝手につけたものだから、本当は魔王って名前じゃないし。
「おおぅ。パンダ、鬼人族のボスはうまく倒せたかの?」
「うん。まずはその報告をするよ。俺たちは、鬼人族の次元で恐呪怨鬼を倒した」
「流石は真の勇者じゃ。妾の目に狂いはなかったのじゃ。して、見慣れぬ者がおるのは何故じゃ?」
魔王は両手を広げて、両足をパタパタ忙しなく動かす。それから手を顎の下にやり、首を傾げて見せる。それで上半身はやや落ち着いたけど、まだ足がパタパタ動いている。足を動かしているから、体も微妙に揺れている。
「知らない振りをしているのダ~。ガルデフォトスは神聖道具で覗いていたから、全部知っているのダ~」
そわそわしながら話す魔王に、バルシエーザがツッコミを入れる。
確かに、いつもよりおめかししているような気がする。既に、俺たちがここに来た理由を知っているのかもしれない。
「阿呆竜は黙るのじゃ!」
「覗き~、覗き~なのダ~」
「今日は、世界を代表して魔王に感謝を伝えに来たんだ。魔王、ありがとう。いくら感謝してもしきれないくらいだよ。それで、ここで祝宴を開こうと思っているんだ」
「うむ。パンダの感謝ならどれだけでも受け止める自信があるのじゃ。もっと言ってもよいぞ。それに祝宴もどんとこいなのじゃ。パンダの手料理なら、どれだけでも食べる自信があるのじゃ」
魔法収納から、あらかじめ用意しておいたテーブルや椅子を取り出す。
料理も、もちろん魔法収納から取り出して並べる。
今日の料理は俺が作った物ではなく、リブとナナミ、クラリスが作った物だ。
「なんだ、パンダの作った物ではないのか……」
何回か魔王城に泊めてもらったことがあって、そのときに俺の作った料理を提供していた。
でも、それだけで違いが分かるのか……?
リブもナナミも、俺より上手に作るから分かるんだろうね。
「パンダの匂いがしないのじゃ」
へ、変態!?
こうして、魔王を囲んでの宴会が始まった。
皆で、今までの俺たちの活躍を語り合っていく。
旅立ちからレイナとの出会い、ユーゼたちとの出会い、ポップたちとの出会い、セレスとの死別……。
「あれ? 魔王って俺たちと一緒に冒険している訳じゃないけど、やたら詳しく知ってるよね? セレスが死んだことも知ってたし」
「ガルデフォトスは覗き魔なのダ~」
「阿呆竜、黙るのじゃ! 生まれた時からずっと見ておった訳ではないのじゃ。そうじゃな。メキド王国で神器のイーヌスの涙を手に入れた辺りから、真の勇者が間違った方向に進まないかと、観察の頻度を上げたのじゃ」
魔王は、結構前から、神聖道具を使って俺たちを観察していたようだ。
「勇者の力は大きいのじゃ。その力を違う方向に向ければ、それこそ、世界を混沌に陥れることも容易にできてしまうからの。でもまあ、ここ最近は目が離せないと言うか、じゃな……」
肩を竦めるように、もじもじする魔王。
何を照れているのか?
そのとき、魔王の斜め後ろの空間が輝いた。
「うわっ!」
「何?」
光が収まると、そこには三人の人影があった。
やたらSFっぽいヘルメットや防護服を着た、完全武装な人達だ。
「我々は次元警察だ! 管理人ガルデフォトス。お前の行動は、宇宙管理法第三条、並びに次元管理法第二十条に反している。よって、お前を逮捕する!」
カチン、と長方形の手錠のような、ハイテクの塊のような物を魔王の手に取り付け、魔王を連行しようとする。
「あなたたちは何者!? 魔王に危害を加えると言うのなら、容赦しないわ!」
「原生物か……。よかろう。ガルデフォトスはこの惑星の管理人。特定の原生物が惑星を汚染するような行為を行わないか監視する者。その管理人自らが、宇宙の意思に反する行いをしたのだ。これは重罪に値する。それに、異相世界の生物を別の世界で再生する行為のほう助も行った。これは管理人の権限を逸脱した行為。よって我々はガルデフォトスを重罪人として連行する!」
「待って! 魔王は何も悪いことはしていないわ」
レイナの言うことに耳を傾けもしないで、魔王を先ほど輝いた位置へと連れて行こうとする。
それでも、レイナは剣を抜くことはできない。相手は理路整然と根拠を述べたからだ。
この世界では、領主が領民を裁くことは普通のことで、それと照らし合わせて、魔王の上位の者が魔王を裁こうとしているということを理解したのだ。
そして、飛び掛かろうとするポップを押さえている。
「トランスポート! …………。移動できぬな。ガルデフォトス。お前は活動可能範囲を書き換えているようだな。システムを改変するとは、罪の上乗せだ」
次元警察は、何やらブツブツ小言を漏したかと思うと、その前の空間にスクリーンが現れた。
あれは以前、魔王に見せてもらった、伝説の勇者が勝手に書き換えたという設定画面だ。
『管理権限レベルAデノ接続ヲ確認……』
「活動可能範囲だけではなく、名前まで書き換えるとは……。それで逃れられるとでも思っていたのか?」
次元警察が忙しなくスクリーンを操作すると、『設定ヲ完了シマシタ』と応答があった。
「おおう、パスワードなしで書き換えたのじゃ!?」
「我ら次元警察には、管理権限レベルAが与えられている。星々の管理人はレベルCだ。だから、お前にできないことでも、我々にはできる。このように改変して罪から逃れようとする輩が後を絶たないからな」
「隊長! 惑星シェダルアダーラとの再接続が完了しました!」
「よろしい。では改めて行くぞ! トランスポート!」
次元警察の面々は、魔王を連行する形で、光り輝いて消えて行った。
突然のことで、あっけにとられたままの俺たち。
「ちょっと、何よ、今の? 魔王が消えちゃったじゃない。パンダ、どうするのよ!」
「魔王は、悪い人じゃないわ。それがどうして……」
「せっかくの料理が、冷めちゃいました」
「ユーゼ。今はそれどころじゃないのである!」
全員、どうしたらいいのか分からずに、おろおろしだす。
次元警察とやらは、魔王を惑星シェダルアダーラへ連れて行くみたいなことを言っていた。
…………。
……。
それって、どこにあるんだろう?
そもそも宇宙船がないから、行くことすらできない。
「魔王が! 魔王が拳を交える前にいなくなったのニャ! ムキー!」
「待てよ、ポップ姉!」
突然走り出すポップと、それを追うワックス。
そっちは外への扉じゃないぞ!
扉をバーンと開けて隣の部屋に入って行った。
それだ!
俺は一つの可能性を思いついた。
「みんな。もしかしたら、魔王のいる惑星に行けるかもしれない」
皆に説明して、ポップの入って行った部屋に全員で移動する。
ここには、俺がガッドから剣技を伝授してもらった際に使用した、次元転送の魔法陣がある。
あのとき魔王は、「魔法陣の中の者を、目的の場所に送り届けたいと強く願える者」が、「魔法陣の中心の者を思った所に飛ばす儀式ゆえ、違う星に飛ばしてしまうこともあり得るからの」と言っていた。
だから、この魔法陣を有効利用すると、惑星間移動ができるんじゃないかな?
魔法陣の中心には、勇者一行が並ぶ。
五芒星の燭台の前には、それぞれエルナ、ナナミ、クラリス、ポップ、アカリアの五人が立つ。
リブとワックスは、起動装置らしき演台のような所に立つ。
「みんな、俺たちを魔王のいる所へ飛ばすよう、強く願うんだ!」
燭台の前に立つ五人は手を合わせて強く願い始める。
「レイナさんを、恩人の魔王のいる所へ連れて行くんだ! 絶対に、行くんだ!」
「お兄様を魔王様の元へ!」
「パンダを魔王の所へ飛ばすのニャ! コブシがうなるのニャ!」
「お兄ちゃんを魔王さんの所へ! うん。お兄ちゃんなら大丈夫だよ!」
「パンダ先生のやることは、世界の誇り! 私が全力でサポートします!」
全員バラバラなことを願っているような気がするけど、魔法陣が輝きだした。
「行くぜ! 次元転送! ポチッ!」
ワックスが魔法陣を起動させると、視界がブレ始め、やがて、目の前には超未来的な世界が広がった。
高層ビルが林立し、空中を円盤が飛び交う。
それでも緑が豊富で、草や木々がビルの周りを囲んでいる。
「ここは? ここに魔王がいるのかしら?」
「恐らく、惑星シェダルアダーラ。魔王が連行された惑星だよ」
道行く人たちは、魔王のように頭に短いツノを生やしていて、背中には羽がある。
肌の色も、紫色だったり、白色だったり、いろいろな人がいる。
そして、皆、朗らかにしていて、平和な感じがする。
「まず、武器を仕舞おう。人々は誰も武器を持っているようには見えないから、もしかすると、武器を所持しているだけで違法で捕まるかもしれない」
「そんなことがあるの? 武器がないと、魔物から身を守れないわ……。でも、魔物がいる感じではないわね。仕舞いましょう」
剣技を伝授してもらうときは、魂だけがどこかの次元に転送された感じだったけど、今回は体もろとも、別の星に転送されている。だから皆、武器を持っている。
『あなたたち、見慣れない人。困りごとは良くないわ』
それぞれ武器を収納へと入れていると、突然、道行く人が念話で話し掛けてきた。
どうして困っているように見えたのか謎だけど、これは渡りに船だ。もしかすると、魔王がどこに連行されたか知っているかもしれない。
「俺たちは、ある人がこの星に連行されたから、連れ戻しに来たんだ」
『ある人とは、どのような人でしょう?』
「魔王って言うんだけど、クリーム色の髪の毛の女の子」
『魔王……。ガルデフォトスさんのことかしら? 先日のニュースでは重罪人として取り上げられていました』
俺は魔王の本当の名前まで話していないのに、この女性はそれを言い当てた。
それに、魔王がここに連れてこられてニュースになったのが「先日」と表現した。
転送で惑星間移動するのに時間がかかったのか、それとも、この星では時間の流れが違うのか。
『うふふ。あなたたちは惑星トーテミイからの来訪者ですね。心で会話すると、すべてがわかるんですよ。そう、あなたたちはガルデフォトスさんに恩を感じている。そして、その救出を心から願っていると』
「それで、そのニュースでは、魔王はどこにいるって?」
女性は透き通るような黄色の髪を掻き上げ、『私はスピカ。ガルデフォトスさんの弁護人です。これから裁判所へ向かうところでした』と告げる。
「そこへ行けば、魔王に会えるのね?」
「行こう! 僕たちは一刻も早く魔王を救わないといけない!」
『まだ場所も教えていないのに、せっかちな人たちですね。丁度いいわ。あなたたちが重要参考人として出廷すれば、罪を軽くできることでしょう。ここであなたたちに会ったのも運命の巡り合わせに違いありません。行きましょう』