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146 鬼人族の次元~後編

「これが鬼人族のボス!?」


 薄い板のようだった人影が体積を持つように膨らみ、ミノタウロスに似た容姿の、黒くて巨大な異形の者になった。その体長は五メートルぐらいあるだろうか。黒い斧を手にしている。

 ただれた表皮には、コブのような盛り上がりがいくつもあり、モゾモゾと(うごめ)いている。


 凝視したことで、こいつの名前が分かった。


「こいつは、醸腫暗黒鬼(じょうしゅあんこくき)。魔王の言っていた鬼人族のボスとは違う!」


「ボスじゃなくても、倒すしかないわ」


「あーやだやだ。気持ち悪いわ。燃えてなくなりなさい! ……メガ・エクスプロージョン!」


 ここは逢魔の霧の中とは違って、魔法が撃てるようだ。

 ミーナクランの放った魔法は、醸腫暗黒鬼の体の中心から広がる爆発となり、爆炎が周囲を包み込む。それは、醸腫暗黒鬼を一撃で仕留めたかのように思えた。


 爆炎の中から突然、黒い斧が斜めに振り下ろされる。


「ぐっ!」


 それを、即座にエルバートが盾を構えて受け止めた。しかし、勢いを殺しきれずに斧が左肩に刺さる。

 傷口から立ち上る黒い煙。

 エルバートは膝を落とす。


「呪いを解きます! 解呪(かいじゅ)!」


「治って! ハイ・ヒール!」


 シャルローゼが呪いを解き、ミリィが傷を癒す。

 盾役のエルバートが脱落している間に、さらなる攻撃をさせないため、レイナとユーゼが右へ左へと攻め立てて醸腫暗黒鬼の意識をそちらに向けさせている。


「私の魔法を受けたのに無傷って、おかしいでしょ!?」


「多分、魔法を無効化する障壁だよ。障壁には魔法の威力を軽減する物、貫通させない物などいろいろあるみたいだね。こいつの障壁は、その中でも最悪の、魔法を本当の意味で無効化する物みたいだ。シャルローゼ、魔法の障壁を消してくれる?」


 以前にベイム皇帝と戦ったときは、魔法を貫通させないタイプの障壁があり、敵の体の中心を起点とするミーナクランの魔法は不発になっていた。しかし、ここでは魔法を発動することができた。それでも、まったくダメージを与えていない。


「承知しました。妨魔霧散(ぼうまむさん)!」


 護符を杖で突くと、醸腫暗黒鬼の周りの空間に無数のひびが入り、透明な何かが割れて砕け散る。


「ありがとう。これで魔法が効くはずだ! ……フレイム・ランス!」


「ふんっ! 見てなさい! ギガ・アイス・ランス」


 巨木のような火の槍と、巨大なつららのような氷の槍が、轟音を立てて飛んで行き、醸腫暗黒鬼の左右それぞれに刺さる。


「ギシャァァ! ブゴー! ゴロス!」


 醸腫暗黒鬼は体をくねらせ、痛がるそぶりを見せる。そして、赤く目が光り、それと同時に表皮のコブが爆発し、周囲に向かって一斉に飛び出す。


「いやっ!」


「な、何ですか!? 可憐大輪(かれんたいりん)!」


「シャドウ・シールド!」


 勢いよく飛び出したコブは、それぞれ血の滴るガイコツとなり、前衛の三人に噛みつかんとする。

 ユーゼは棍を回転させて、かろうじてコブの飛来を防いでいる。けど、レイナには三つのガイコツが噛みついた。

 ぺたんと座り込むレイナ。


「あのガイコツでも、喰らうと呪いになるみたいだ!」


「もう少し近づければ、呪いを解けるのですが……」


 次々と爆発するコブの飛来が収まらず、シャルローゼはレイナの元に近づくことができない。


「王女殿下! あなたに気配を消す魔法をかける。それで進むんだ!」


「ええ、お願いします。でも、王女殿下と呼ぶのはこれで最後にしてくださいね」


 いつもは名前で呼び合っているのに、戦闘中に気持ちが昂ぶると、つい「王女殿下」と口走るセレス。

 指摘されることで自分の発した言葉に気づき、セレスは頭を掻いてはにかむ。


「ダークネス・クロース! 私の魔法はそれほど長くは持たない! シャルローゼ、呪いを解いたらすぐに戻ってくれ!」


「セレス、承知しました」


 闇のように黒くなり、やがて視界から消えたシャルローゼ。


「ふんぬー!」


「フレイムボンバーなのダ!」


 チャムリとバルシエーザが、魔法を発動し、表皮上に絶えなく生成され続けるコブを消し去ろうとする。

 俺とミーナクランも魔法で攻撃を仕掛け続けている。


「レイナさん、ハイ・ヒール」


 呪いが解けたのを見届けたミリィは、射程ぎりぎりのところからレイナに回復魔法をかける。

 セレスの使った気配を消す魔法は、シャルローゼの声も消したようで、いつの間に呪いを解いたのかまったく気づかなかった。


 起き上がったレイナはいったん後退し、エルバートの盾の後ろに立つ。

 その隣には姿を現したシャルローゼもいる。


「助かったわ。呪われると、意識がなくなるようね。ただ、連続で攻撃してこないのが唯一の救いね。あのまま斧で切りつけられていたら、危ないところだったわ」


「闇雲に斧を振るったり、コブを飛ばしたりするだけだしね。ただ、それぞれに隙がなくってなかなか近づけないのも事実だけど」


 俺も神剣で切り込みたいのが本音だ。でも、その間合いには入れそうにない。


「それにしてもこの鬼人族、どれだけタフなのよ。私の魔法をこんなにも耐え続けるなんて、信じられないわ」


「ブゴー! ガエセ、オウノ、アガシ!」


 醸腫暗黒鬼が俺を睨む。

 真っ直ぐに振り下ろされた斧は、今までのように闇雲に振ったのではなく、間違いなく俺を狙ったものだ。

 エルバートが割り込んでなんとか受け止め、それからもう一度俺目掛けて斧が振り下ろされ、エルバートの盾が俺の頭の上を覆う。


「パンダ、何か狙われることでもしたのか?」


「さっきまでと変わったことはしてないけど、どうしてだろう?」


「そうか。理由は分からないか。とにかく早く倒そう。そうしないと、ずっと狙われそうだ」


「コイツを倒すのは、ボクに任せるのダ~。シャルローゼ、力を貸すのダ~」


 ゴールドドラゴンの姿になっているバルシエーザが、鎌首を下げてシャルローゼに何か説明をしだす。

 やがて、鎌首が上昇すると、シャルローゼが護符を三枚手にして杖を掲げる。

 それに合わせるかのように、バルシエーザが大きく息を吸う。


修祓(しゅばつ)!」


「アグリ・デスブレイズ、なのダ~」


 すべてを焼き払う炎の奔流。それが護符を巻き上げて醸腫暗黒鬼へと向かう。

 全身を、周囲すべてを煉獄の炎に焼かれ、ブレスが収まる頃には、醸腫暗黒鬼の姿がなくなっていた。


「見たか! ボクのスーパー必殺技!」


「むほっ。単にブレスに護符を混ぜただけなのである……。イタイ、イタイのである!」


 ブレスを吐き終わって小さな白竜に戻ったバルシエーザが、チャムリの頭をつついている。


「先に進もう。ここはあまり気分のいい場所じゃない」


 ここは大気までもが赤黒く染まったような、目標物も何もない空間。

 ただあるのは、上空に浮かぶ、逆さの町並みだけ。

 そもそも、どちらが俺たちが向かうべき方向なのかすら分からない。


「あっちよ」


 こういう時は、レイナの勘に頼るしかない。

 空間に浮かんでいるようで、それでいて両足はきちんと地面を捉えている、不思議な空間。

 歩いていると、自分たちが動いているのではなく、空間そのものが動いているのではないかと錯覚すら起こす。

 レイナの勘を頼りにボスを探す。

 それなりの時間歩き続け、遂に俺たちは、上空に逆さのお城が浮かんでいる場所に辿り着いた。


「上! 何かが落ちてくるわ!」


 逆さのお城がそのまま落下して、地面となる赤黒い空間に刺さる。

 それは、元の大きさのままではなく、小さく、模型のようになって。

 続けて、上空から赤い雫が滴り落ち、何体もの人影のような鬼人族になる。


「ギシャマァ……」


「……ブッゴロス」


「雑魚なんて、引っ込んでなさい! メガ・ヘル・ファイア!」


「メガトンプレス、なのダ~」


「吾輩も負けないのである! ふんぬぅ~」


 ミーナクランが発動した左右に広がる炎の壁。それで討ち漏らした者を、バルシエーザが押し潰す。ミスリルとかアダマンタイトの武器ではないけれど、バルシエーザの物理攻撃は効いている。チャムリの虹色の魔法も、ある程度は効いている。


 雑魚を一掃すると、ひと(きわ)大きな赤黒い雫が落ちてきて、周囲にドス黒い煙を撒き散らす。

 その煙の中から、巨大な人骨が現れ、両手に持つ剣を振り回す。

 頭には王冠のような物、背中にはマントのような物を身に着けている。体長はやはり五メートル前後だ。


「怨、ヨゴセ……」


「今だ! インフェルノ!」


 雑魚を一掃しようと準備して、発動前に決着がついていたため待機状態だったレベル50魔法を、ようやく発動する。


「ガエセ……」


 足元から吹き上がる荒れ狂う炎の中、巨大な鬼人族は一歩ずつ俺たちに向かって接近してくる。

 骨についていた肉片が焦げている様子を見ると、魔法がまったく効いていないのではなく、こいつの体力がバカみたいに多くて耐えきったという感じだ。


「こいつが、恐呪怨鬼(きょうじゅおんき)。鬼人族のボス!」


 前衛の三人が武器を構えて前進する。

 補助魔法「シールド」や「フォース」は、いつものようにミリィが既に前衛の三人にかけている。


 振り回す大剣を避けて「ローズ・ブラスト!」と、闘気を放つレイナ。

 その逆サイドでは棍で大剣を弾き、「光破撃(こうはげき)白百合(しらゆり)!」と、白い花を咲かせるユーゼ。


 大剣を振り回しながら、恐呪怨鬼は胸の辺りから巨大な肋骨をブーメランのように射出した。

 それは例えるなら、マンモスの象牙が三本、くるくる回転して飛んでくるような感じだ。この世界にマンモスがいたかどうかは分からないけど。


 盾で受け流そうとし、肋骨の回転の力が強すぎて腕を完全に負傷するレイナ。

 ユーゼのほうも、肋骨をまともにくらって大の字にダウンする。


「「ミラクル・ヒール!」」


 シャルローゼとミリィの最大級の回復魔法を、この早い段階で使うことになった。

 再び発動するには数分待たないといけない。その間、大きな怪我をしたら取り返しがつかないことになる。


 そんな、こちらの事情なんてお構いなしに、恐呪怨鬼は攻め続ける。

 今度は、歯が飛んできた。


「シャドウ・シールド!」


 すべての歯をエルバートの幻影の盾が受け止め、足元に落ちて行く。

 すると、その歯から紫色の煙が上がり、エルバート、レイナ、ユーゼを包み込む。


「バヌーナ、僕のバヌーナ……」


「いやーっ! 虫! 虫! 来ないで!」


「わ、私の隠していたお菓子を、食べちゃいましたね! 許しません!」


「ガエセ……」


 エルバート! 何故俺の股間を噛もうとする!?

 レイナ! レイピアを振り回すな! 虫なんていないよ!?

 ユーゼ! 俺がユーゼのお菓子を食べるなんて、自殺行為をするわけないだろ!?

 何故、三人は俺を狙う!?


「キュア・コンフュージョン!」


 ミリィが混乱を治す魔法を唱えた。けど、三人には効果がない。


「レイナ、俺だよ! うわ! 危な! レイピア危ないって! ユーゼも! 俺が盗み食いするわけないじゃないか! やめろって! うはっ! エルバートも!」


 三人は、執拗に俺を狙い続ける。

 日々の特訓がなければ、この攻撃を避けられなかったことだろう。

 アダマンタイトの武器を振り回されては、喰らった瞬間に三枚おろしになってしまう。


「ミリィ、なんとかして! お願い! 俺、ピーンチ!」


 さらに恐呪怨鬼まで、俺を狙い始めた。


「ミリィ、あれをやるぞ!」


「うん、セレス」 


 髪の色が変わり、覚醒状態になったセレスとミリィが、ロッドを立てて目を閉じる。


「幻は、心の奥に潜む迷い」

「疑いは、信じることを忘れた醜態」


「「すべてを解き放て! 聖なる波動!」」


 二人同時に目を見開いてロッドを掲げる。

 すると、ロッドから白い波動が広がり、混乱する三人の体を突き抜けて行く。


「はっ! 僕は何を?」

「虫が消えたわ」

「あ、ありました! 私のお菓子!」


 迫りくるレイピアが、俺の顔面スレスレの所で停止した。

 ユーゼはポケットからチョコビスケットを取り出して、モグモグしだす。

 エルバートは即座に向き直り、恐呪怨鬼の攻撃を受け止めてくれた。


「オウノ、アガシ……」


「さっきの醸腫暗黒鬼(じょうしゅあんこくき)も、何か同じようなことを言ってなかったか?」


「そう言えば、おうの、あがし? がえせ? 同じことを言ってたかもしれないね」


「王の証を返せ、と言っているのではないでしょうか?」


「「それだ!」」


 シャルローゼが、翻訳してくれた鬼人族語は、なぜかストンと腑に落ちた。


「王の証って、何? 私は知らないわ」


「俺を狙ってくるから、俺が持っている物? ……これだ! 統鬼魔片!」


 魔法収納から、丸く一体化した統鬼魔片を取り出す。

 すると、最初に落ちてきた逆さのお城が光を放つ。


「あれだ! あれが、ちょうど丸い窪みになっている! パンダ、あそこまで行けるか!?」


 統鬼魔片を見て、暴れ狂う恐呪怨鬼。 


「ガエセ、ガエセ……」


「エルバート! ここでこいつを押し留めて! その間に行ってみる!」


「私だって役に立つんだからね! ギガ・ウォール!」


 エルバートが恐呪怨鬼の大剣を受け止め、ミーナクランがお城までの道に壁を作る。


「うおーーっ!」


 俺は走る。とにかく走る。

 後ろから、シャルローゼの呪いを解く密呪や、ミリィの回復魔法を発動する声が聞こえてくる。

 エルバートが攻撃を喰らったのだろう。それでも振り返らずに走る。


 急げ!

 もうすぐだ!


 ここだ! 届け!

 両手を伸ばして倒れ込むように、統鬼魔片を窪みに嵌める。


 カチッ!


 窪みに嵌まった統鬼魔片が、周囲の赤黒い空気を吸い込み始める。


「エルバート! うまくいったよ!」


 後ろを振り向くと、俺のすぐ後ろに、恐呪怨鬼が大剣を下ろして突っ立っていた。

 エルバートを突き飛ばして、俺を追いかけて来ていたようだ。

 今、恐呪怨鬼は、暴れるのを止めている。


「オウノ、アガシ、モドッダ」


 俺は身構える。けど、恐呪怨鬼は攻撃してこない。

 恐る恐る横を通り過ぎて仲間の所に戻ろうとすると、


「オウノアガシ、モドッダイマ、ワレハ、ギエネバナラヌ……。ヤレ」


 シャルローゼさーん、通訳プリーズ。


「オバエノゲンデジカ、ヤレヌ。ハヤグ、ヤレ」


「恐呪怨鬼が言っているのは、王の証が戻った今、我は消えねばならぬ。()れ。お前の剣でしか、殺れぬ。早く殺れ。とのことです」


 こちらに走ってきたシャルローゼが翻訳してくれた。


「俺に、剣でとどめを刺せ、と言っているの?」


「どうやら、そのようです」


 俺の手には、天叢雲剣あまのむらくものつるぎがある。

 邪神との戦いで皆の思いを寄せてからは、薄い黄色の輝きを放っている。


「パンダ。無防備な相手を(あや)めるのは、気が引けるかもしれない。でも、それは世界のためだ。やってくれ!」


「あなたの剣で、世界を、鬼人族の次元を変えるのよ!」


 レイナに背を押され、俺は恐呪怨鬼に向き合い、剣を上段に構える。

 恐呪怨鬼は、一切抵抗してこない。


「これも世界のため! マウトリ流激烈奥義! 神通滅鬼(じんずうめっき)!」


 上段からの縦の一振りで、恐呪怨鬼の体に三本の切り込みが入る。剣そのものは体の芯を捉えた位置で止まった。それでも、三本の切り込みは止まることなく足元にまで至る。

 そして剣先から大量のマナが放出され、体の芯で大爆発を起こし、恐呪怨鬼の体を消し飛ばす。


「終わった、のか……」


 そこに残ったのは、半透明な男の人の姿。やたら先進的な服装からすると、先史文明時代の人間なんだろうか。


『何かに憑りつかれ、何かを求めて多くを破壊する夢を見ていた……。ありがとう。目が覚めた。これで天へと旅立てるよ』


 にこやかな笑顔を残し、上空に昇るようにして消えて行った。

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