144 世界のために~後編
俺たちは戦い続けた。
バルシエーザも、あの煉獄のブレスを浴びせるなど奮闘していた。
これだけやって、邪神にどれだけのダメージが入っているのか分からない。
それでも、神力を発動させる前に倒しきらないといけない。
杖の形に変化して、火球、吹雪、かまいたち、落石、雷撃と次々と魔法のようなものを撃ち出す邪神。
エルバートが盾で凌ぎ、後ろに漏れる分を、ミリィとシャルローゼが「ヒール」で癒し続けてカバーする。
「みなさん、怪我はありませんか?」
シャルローゼが心配そうに皆に問いかける。連続的な攻撃だったので、リキャストタイムのほぼない「ヒール」だけで回復をしていたのが気がかりだったのだろう。
「大丈夫だ」
盾役のエルバートが大丈夫なら、問題ない。
俺たちは、邪神の攻撃をなんとか耐え切ったところで、邪神が元の人型に戻る。
そこには大きな隙があり、それをレイナは見逃さなかった。
「勇者の技、行くわ! バーニング・エクスプロージョン!」
「合わせます。真理開眼! マニーラット様直伝の護符です。これで邪神は大幅に弱体化しているはずです」
ジャンプしたレイナの体が輝き、シャルローゼが邪神を光で包んで弱体化する。
レイピアが邪神を無数に突き、その突きに合わせて闘気も無数に放出される。それは大技ゆえの無防備で、反撃を受ければ直撃を喰らう諸刃の攻撃。
レイナの攻撃は、顔を庇うように前に出した邪神の右腕の肘から先を消し飛ばすことに成功した。が、倒しきれなかったこともあり、レイナは大きく振るわれた左手による反撃を喰らう。
「きゃっ!」
地面に叩きつけられ、大きくバウンドして横たえるレイナ。
余程ダメージが大きかったようで、立ち上がることができない。
「レイナさん! 今、助けます。……ミラクル・ヒール」
レイナの元へ走り寄り、シャルローゼが覚えたての魔法を発動する。
ミリィはさっきエルバートの治療を終えたばかりで、まだ「ミラクル・ヒール」は発動できない。それくらい、エルバートの傷が深かったとも言える。
「よくもレイナさんを! おいで、みんな! 滅殺乱舞!」
ユーゼの掛け声に合わせて、ウサギのポームから始まり、白い虎のフォーディ、黒い犬のモカ、黒い熊のマーサが、次々に現れて邪神を滅多打ちにする。そして最後にバルシエーザが踏みつける。あれ? チャムリがいないぞ?
「私だって、できるんだから! スーパー・ノヴァ!」
「みんな、待たせた。僕も勇者の必殺技を発動する! ファイナル・テンペスト!」
ミーナクラン、エルバートと次々と勇者の必殺技を発動する。
邪神は空間に吸い込まれるように圧縮され、大爆発を起こす。
そして、高速回転したエルバートが引き起こした雷嵐に巻き込まれ、嵐に舞う木の葉のごとく空中で何回転もして地面に叩きつけられる。
俺も天叢雲剣を手に接近戦を挑む。
「マウトリ流奥義! 輝月無量光!」
剣が光り輝き、斜めに振り下ろした剣筋は、地面に倒れた邪神の胸に光り輝く三日月模様を描く。
皆の連続した攻撃で、邪神は腕や足が千切れ、大分弱ったように見えた。
しかし!
邪神は、あたかもそこに重力などないかのように、ぬらりと浮かぶように起き上がる。
そして、その眉間が輝きだす。
「危ない! イージス!」
眉間から拡散ビームのような光が次々と撃ち出され、エルバートが展開した防御範囲を広げた盾でこれを防ぐ。それでも、そのうちのいくらかは消えずに貫通して来る。
「「神秘のヴェール」」
髪の色が変わり、覚醒したミリィとセレスが、互いにロッドをクロスさせる。すると、空から虹色のオーロラが降りてきて、それに触れるだけで、邪神の放つ光は霧のようになって消えて行く。
攻撃が無効化されたと悟るや否や、邪神は光を放つのを止め、その全身を輝かせて、再び周囲から光の粒を吸い寄せ始める。
『ウヌシャー、ホクチ』
「まずい、また神力の発動の準備に入った!」
「魔王の話だと、邪神が球体になると、神力を発動する直前だと……」
邪神の体がみるみるうちに丸くなり、大きな白い球体に変化した。
「時間がないわ! ミリィ、セレス、お願い!」
魔王から聞いていた攻略法。それは千年前の戦いで、邪神を封印した際に得たものだ。
球体が赤く変わると、差し違えても神力を発動してしまう。
なんとしても、その前に倒しきらないといけない。
球体となった邪神に、唯一効果のあった攻撃。
レイナの要請に応え、ミリィとセレスが向かい合い、見つめ合って互いのロッドの先端を合わせる。
「「神秘の断罪!」」
上空がピンク色に染まり、そこから先端がハート形をした巨大な矢が降ってきて、球体となった邪神を貫いた。
「みんな、今こそパンダに力を届けるんだ!」
エルバートの掛け声で、ミリィ、セレス、シャルローゼが神器を高く掲げる。
「パンダ君は私の誇り!」
「パンダはどんな宝石よりも輝く、私の光!」
「パンダさんは私とマニーラット様が果たせなかった夢!」
「パンダは掛け替えのない人!」
「パンダさんは私の糧!」
「パンダは私のものよ!」
皆から光が立ち上り、それが神器に吸い寄せられて行く。
「「「「パンダ(君、さん)、行っけー!!」」」」
三つの神器が眩しく輝いて、そこから、俺の手にする天叢雲剣に光が届けられる。
それを受け、天叢雲剣が黄色く輝きだした。
「みんな、ありがとう。みんなの思い、この剣にのせる!」
俺は白い球体となった邪神に向かって走り出し、剣を大きく振りかぶる。
「俺にしかできないこと。俺がこの世界に呼ばれた理由。今こそ果たすときだ! みんなの思い、剣聖の技、そして真の勇者の力。すべてをここに! マウトリ流終結奥義! 夢幻八塵!」
上段からの縦の一振りが、邪神を八等分するクロスした四本の切り込みとなる。数瞬の間をおいて、裂かれたその切り口から、眩しく輝く光が溢れ出す。
大地が大きな地震のように揺れる。
大気が荒れ狂うように吹き荒む。
俺は左手で顔を覆うようにして邪神を見続ける。
溢れだした光が、やがて光の粒となって舞い上がる。
『ハミタテヴィ、ギー、ムギッ! (齎される、人、栄光)』
俺は、光の粒となって消え行く邪神を呆然と見つめていた。
邪神は消える際に何かを言っていた。それだけは、何故か、意味が分かったような気がする。
地震が収まり、風が止む。
もう、そこには邪神の姿はない。
「やったぞ! パンダ! 僕たちは邪神を倒したんだ!」
俺の元へ皆が駆け寄ってくる。
「パンダ! あなたならやれると思っていたわ!」
「パンダ君、凄いの!」
「パンダさん、最高です! 早くご飯にしましょう! 戦ったら食べる。それも勇者の使命です!」
「マニーラット様の果たせなかった勇者の使命。パンダさんのおかげで果たすことができました」
「パンダ、君は世界の救世主だ!」
覚醒の解けたミリィとセレスは、いつもの髪色に戻っている。
ある者は俺に抱き着き、またある者は剣を持つ俺の手を握る。
「ふん! 私のパンダならできて当然よ! ご褒美に……」
ミーナクランが俺の頬にキスをする。
「あー、ずるいです!」
「きゃ!?」
自分もキスをしようと迫ってくるユーゼに、手で目を隠すように覆うミリィ。
そんな二人の合間を縫って、レイナも俺の頬にキスをする。
「よくやったわ。これからもよろしくね」
レイナの言う「これからも」とは、どういう意味なのか。
あ、これから鬼人族を倒しに行くってことか。
「むほっ! もしかすると終わったのであるか? 吾輩の出番が……」
邪神の攻撃でどこか遠くに飛ばされて、ようやく戻ってきたチャムリ。
チャムリは覚醒が解けたようで、いつもの姿に戻っている。
「大バカ猫の出番はないのダ~」
「大バカではないのである! 大精霊なのである!」
小さな白竜の姿に戻ったバルシエーザを、チャムリが追いかけ回す。
「邪神は消えた。もうここには用はない。魔王の元へ、報告に行こう」
「ええ。魔王が待っているわ」
「うん。戻ろう!」
「食事は? 食事ですよー!?」
魔法収納からチョコビスケットを取り出してユーゼに渡し、魔王城へと転移する。
魔王城では、玉座に座った魔王がいつものように足をパタパタさせて待っていた。
「おお、戻ってきたのじゃ!」
「魔王、邪神を倒したよ!」
「神剣に刻まれて、邪神は消え去ったわ」
レイナの説明に、魔王は「うむ」と頷き、「よくやったのじゃ!」と笑顔になる。
そんな感動的なシーンの傍らで、ユーゼはビスケットを貪り続けている。
「お主らは、妾の見込んだ通りの働きをしたのじゃ。真の勇者の活躍で人類は滅亡の危機から救われたのじゃ。今宵はゆっくり休むとよい」
邪神を倒したことで、一応の勇者の仕事は一段落となった。
あと、やらないといけないことは……、
「俺たちの世界の邪神を倒したんだから、異相世界から借りている神器を返しに行かないといけないよね?」
「異相世界のことじゃな? その神器は返しに行かなくても良いのじゃ。お主らの働きによって、あちらの世界の邪神も消えたことであろう」
「でも異相世界って、世界線がどこかで分岐した、独立した世界なんでしょ? どうしてこの世界の邪神と繋がっているの?」
位相世界に神器を借りに行く前に、こちらの邪神を倒すと向こうの邪神も消えることは聞いてはいたけど、詳細まで聞いていなかったから、半信半疑だった。
「どう説明すればよいかの……」と、魔王はパタパタさせていた足を止め、肩肘をついて考え出す。「うーん」と唸り、「そうじゃ、こんなんでどうかの」と、片手をグーにしてもう一方の手の平にパシンと叩き合わせる。
「パンダ。これから妾が言うことを頭の中で想像してみるのじゃ。よいかの? まずはそこでビスケットを食べているユーゼから、ビスケットを奪うチャムリ」
ユーゼから食べ物を盗るなんて……。チャムリの未来が末恐ろしい。
「うん、想像したよ」
「ブルブル! わ、吾輩は命知らずなのであるか?」
恐れ慄くチャムリ。
俺の言葉を待っていた魔王は、人差し指を立て手首を振りながら続ける。
「次は、ビスケットを食べるユーゼの隙を窺うだけで、奪うことはしないチャムリ」
まあ、隙を窺うだけでも、ユーゼに警戒されて危険な感じがするけど。そんなことを思いながら、「想像できたよ」と答える。
「よろしいのじゃ。どちらも、ビスケットを食べるユーゼという事実の中に、お主が空想のチャムリを送り込んだのじゃ。これで二つの世界が成立したのじゃ。この二つの世界を作ったのはパンダ、お主なのじゃ。お主の意思次第で、どんな世界も想像できるのじゃ。これを前提として――」
魔王は次のような話をしてくれた。
今、二つの世界を作ったのが俺で、そこに空想のチャムリを送り込んだのも俺。
この二つの世界は、唯一の俺が想像して作った空想の世界。
俺が空想の世界をいくつも作ることができるし、そこに空想の人物を登場させることもできる。
それを前提として現実に目を向けると、世界線の異なるいくつもの異相世界がある。
それぞれの異相世界は、唯一の宇宙の意思が創造した世界。
そこに、邪神という意志の力を送り込んだのも宇宙の意思。
これは、俺が想像したチャムリとは異なり、俺自身が俺の想像の中に顕現したような物だ。
宇宙の意思は物質ではないから、そのようなことができるのだ。物質の俺には無理だ。
唯一の存在である宇宙の意思を世界から追い払えば、どの世界線においても、宇宙の意思は世界からいなくなるのだ。
つまり、この世界で邪神を追い払えば、異相世界においても邪神はいなくなるのだ、と。
「要するに、邪神を倒したというのは、正確には、この世界から追い払ったということになるのじゃ」
「なんとなく分かったよ。俺たちは宇宙の意思に創造された世界にいるってことで合っているのかな?」
「大体は、そんなところじゃ」
「難しくて、よく分からないわ」
「私のパンダなら、こんなことぐらい、理解できて当然よね」
低い胸を反らしてふんぞり返るミーナクラン。
なぜ、そこでドヤ顔になるんだ?
「俺たちが、世界から邪神を追い出したから、異相世界の邪神もいなくなった。だから、異相世界の邪神を倒しに行かなくってもいい」
「うむ。その通りなのじゃ」
「もぐもぐ。流石パンダさんです! 世界のお菓子を邪神の魔の手から守りました!」
「僕たちはこの手で邪神を倒した。これで世界に残る脅威は鬼人族のみ。みんな、鬼人族を倒しに行こう!」
ここで魔王が手の平をこちらに向けて、「まあ待て」と言った。
「鬼人族については、今のところ冒険者どもがうまくあしらっておる。今日はもう遅いのじゃ。今日はゆっくり休んで、明日また出直して参れ」
そして、小声で「もちろん、ここに泊って行ってもよいのじゃぞ」と付け加えた。前回のこともあって、魔王城に泊ることを強く言えなかった魔王。
「パンダタウンに戻りましょう」
レイナの一言で、魔王はガクッと肩を落とす。
「カレンちゃんが待っているわ。パンダ、早くして頂戴」
「じゃあ、魔王。また明日だね」
「せめて、癒しの泉ぐらいは使って行くのじゃ……」
寂しそうな顔の魔王と別れ、俺たちはパンダタウンへと転移した。
なっしんぐ☆です。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
邪神の発した思念の意味は、以下のようになります。
『オコー、ウヌシャー』排除する、人類。
『ムレ、ケッヨ』満ちる、神の力。
『ウヌシャー、ホクチ』人類、終わり。
『ハミタテヴィ、ギー、ムギッ』齎される、人、栄光。
某古代言語をアレンジしたものです。




