141 鬼人族の襲来
今日も朝から神聖道具「真理の鏡」をのぞき込む魔王。
「おおぅ。見えたのじゃ」
「何が見えたの?」
レイナが話しかけると、空間に映像が映し出される。
そこでは、冒険者が黒い影と戦っている。
「あの子はエルナ?」
「たまたま剣聖と行動を共にしておるようじゃの」
「あ、また一撃で倒しましたよ! エルナさん、めっちゃ強くないですか?」
倒れるようなモーションで、黒い影を次々と消し去って行くエルナ。
黒い影は鬼人族では?
それに、あの赤い剣は、アダマンタイト?
「今、剣聖は鬼人族と戦っておるのじゃ。お主らも知っておるように、鬼人族は生半可な冒険者では傷をつけることさえ敵わぬ。しかしじゃ、剣聖が共に戦っておる冒険者どもは、鬼人族を圧倒しておる」
「エルナさんが、剣聖さんなんですか?」
魔王は首を横に振ってユーゼに答える。
「エルナ・ドーレスは、確かに強い。しかし、剣聖ではないのじゃ。なぜ強いのかというとじゃな、エルナの祖先は、勇者のプロトタイプだったのじゃ。ちょっとでぃーえぬえーのいじり方を間違えての。時々発動する急所突きでは、安定して邪神と戦うことはできぬのじゃ」
とんでもないことを、サラっとカミングアウトする魔王。
「それじゃあ、剣聖って誰?」
そのとき、映像の男が大技を発動した。
男が剣を横に振るうと、前方の広い空間が水平に裂けて光が溢れ出す。
その空間の裂け目に触れていた鬼人族が、一斉に消滅した。
「剣聖はあの男じゃ。パンダ、お主もよく知っておろう?」
「あの男? 後ろ姿はガッドに似ているけど、ガッドはあんな凄い技は使えないし……」
魔王がニヤリとし、「そのガッドが、剣聖じゃ」と告げる。
嘘だよね?
なんでガッドが剣聖なんだ?
「悪いけど、私も以前、ガッドと共に戦ったことがあるわ。でも、とても剣聖と言えるような戦い方ではなかったわ」
俺とレイナ、それとガッドはフルッコの森やウシター山など、駆け出しの頃一緒に冒険した仲間だ。だから当時、ガッドの戦い方をよく見ている。
「ガッドはつい先日、剣聖の能力に覚醒したのじゃ」
そんな……。ある日突然、能力に覚醒するなんて。
レイナのほうも、口を半開きにして驚いている。
「取り込み中だけど、ちょっといいかい?」
映像に近づいて一頻り見た後で、エルバートが魔王のほうに向き直り、話に割り込んできた。
「僕には、鬼人族がこんなにたくさん現れていることの方が問題だと思える。これは一体どこなんだい?」
「気になるかの……。落ち着いて聞くのじゃぞ。いいかの? この場所はパンダタウンの周辺じゃ。ほれ、少し向きを変えてみるかの」
映像に映る足元。
あのごつごつとした岩場は、どこかの岩山の裾野かと思っていたけど、言われてみればパンダタウンの近くに広がる荒野だ。
向きが変わって、真っ直ぐに伸びた城壁が映しだされた。その上部には、等間隔に望楼が設けられている、
これは間違いなくパンダタウンだ。パンダタウンが大勢の鬼人族に囲まれている。
「あ、あの城壁は、パンダタウン! 早く助けに行かないと! パンダ、早く転移して!」
「私のカレンちゃんが! ちょっとパンダ、何ぼーっとしてるのよ! 早くしなさいよ!」
城壁の上に並んだ冒険者たち。それが次々と矢を撃ち出して、接近してくる黒い影、鬼人族を打ち抜いていく。
クロスボウが実用化されたんだ……。
人に憑依していない黒い影の状態の鬼人族に攻撃が効くってことは、矢じりにはミスリルを使っているのだろう。
そんな光景をあっけにとられて見ていたら、レイナに胸元を掴まれ、ミーナクランに首を絞められていた。
「慌てるでないのじゃ。確かに鬼人族はパンダタウンを、そして千年前と同じように世界樹を狙っておるのじゃろう」
魔王は俯いて少しの間を置いた。それから真剣な顔でこちらに向き直り、人差し指を立てて続ける。
「あの鬼人族どもは、一度すべてを倒しても、またすぐに現れるのじゃ……。故にじゃ。お主らは一刻も早く邪神を消し去り、その後で鬼人族と対峙せねばならぬのじゃ。今鬼人族に関わっておったら、邪神が神力を使うまでに間に合わなくなるからの」
千年前、初代勇者マニーラット一行には鬼人族の掃討を優先させた。
その結果、邪神が神力を溜めこむのに十分な時間を与えてしまい、不完全な形ではあったけど、神力を発動させるに至ったという苦い経験がある、と魔王は付け加えた。
「でも、パンダタウンに行ってもらうことには変わりはないのじゃがの。今、見てもらったように、パンダタウンの守りはまだまだ大丈夫じゃ。鬼人族の狙いは世界樹なのじゃから、すぐ近くのヤムダ村も問題ない。じゃから、お主らは加勢などせず、すぐに戻ってくるのじゃ!」
「戻る? そのまま邪神を倒しに行くのではなく?」
レイナの問いに、頷く魔王。
「お主らの目先の使命は、剣聖をここに連れてくることじゃ! 急いで行ってくるのじゃ!」
「ガッドを? 仲間にするってことかしら?」
魔王は椅子の上から飛び降り、映像のガッドを目で追う。
「剣聖には、パンダに剣技を伝授してもらわねばならぬのじゃ。伝授が終われば、またパンダタウンの守備に戻ってもらうがの」
「そんな悠長なことを……。それこそ間に合わなくなるわ」
「お主らが心配するほどの時間にはならぬ。今、剣聖はパンダタウンの北側を守っておる。ほれ、行って参れ」
しぶしぶといった態で、俺たちは魔王城を発った。
パンダタウンの入り口に降り立つと、周辺の壁の向こうから戦いの音が聞こえてくる。
旅行者を狙う盗賊とかが心配だから、前回の、エルバート不在の長期休暇のときに、町の外の転移ポイント付近も壁で囲っておいて正解だった。
もし、囲ってなかったら、何も知らずに転移してきた旅行者が鬼人族の餌食になるところだった。
「町の中を通って、北口から外に出よう」
本当は、町の入り口じゃなくって勇者の館に転移するほうが、早くガッドに会うことができるんだけど、皆、町の中が心配で、町の入り口に転移することを拒む者はいなかった。
町の中は人の行き来がいつもの半分以下で、その人々も旅行者ではなく、冒険者って感じの人がほとんどだ。建物を見れば、窓を閉じている家々が目立つ。
いろいろ見渡してみたけど、とくに鬼人族に入り込まれている様子はなく、被害もないように見える。
メジー商会の前を通ると、ちょうど扉を開けて、マゼンタを筆頭とするメジー商会の面々が出てきた。
「やあ、パンダ君じゃありませんか。皆さんもこれから鬼人族と言う魔物を討伐に行かれるのですか? それにしては、入り口のほうから歩いてきたように見えますけど」
「会長、きっと皆さんは夜通しで戦ってこられたんですわ」
「それなら続きは俺たちに任せとけ! はっはっは」
「そうね。私たちはパンダタウンにお世話になっているんですもの。ここで恩返しをしないとね」
「……」
赤紫色マントのマゼンタ、水色マントのシアン、黄色マントのレグホーン、黄緑色マントのシャトルーズが、思い思いのことを言っている。茶色マントのアンバーは、頷くだけで相変らず無口だ。
「メジー商会のみんな。申し訳ないけど、パンダタウンの防衛、頼んだよ」
「パンダ君。ご存知のように、僕たちメジー商会の幹部は、元はBランク冒険者なのです。ですから、我々に任せて頂いて、皆さんはお休みください」
なんか盛大に勘違いしているようだけど、防衛を任せるのは本当のことだ。悪いけど誤解を解いている暇もないし、町の外へと出て行くマゼンタたちとは逆に、俺たちは町の中央へ向かって進んで行く。
「あ、お兄ちゃん!」
ナナミの店の前を通ると、いつも満席のナナミの店も、半分以上、席が空いている。店内から見えたのだろう、ナナミが店の中から出てきた。
「外に、黒い魔物がいっぱいいるって聞いたんだよ」
「ナナミが無事で安心したよ」
「うん。世界樹魔法学校の生徒さんが、町を守ってくれているんだよ。みんな小さいのに、世界中を飛び回って、そして、パンダタウンの危機にまで立ち向かってくれている。私は、そんな彼らに差し入れをあげることしかできないけど、本当に助かっているんだよ」
「お兄様!」
クラリスも店から出てきて、エルバートに抱き着く。
「クラリス、大丈夫だ。パンダが作ったこの町は、決して鬼人族などに屈することはない。僕たちはこれから町を離れ、世界の敵と戦いに行く。だから、クラリスは僕たちに代わって町の皆を支えてくれないか?」
クラリスの頭を撫で、そっと引き離すエルバート。
「そんな。お兄様……。世界の敵と戦うだなんて……。こうして、ずっと一緒にいたいです。でも、我がままを言っていられるような状況ではないと分かります。お兄様、お気をつけていってらっしゃいませ」
悲しそうな顔でエルバートの腕に縋りつき、すべてを言い終えると、その手を離すクラリス。
「ああ、行ってくる」
「ナナミも、留守を頼んだよ」
ナナミに手を振り、中央広場へと向かう。ガッドのいる場所へと至る北門は、そこから北へ向かった所にある。
『真の勇者よ。今、この地の周囲に邪悪な者が多数現れています』
中央広場の世界樹が煌めいて俺たちに話しかけてきた。
邪悪な者……、鬼人族のことだ。
鬼人族は世界樹を滅ぼそうとして、世界樹のあるパンダタウンに押し寄せてきている。
『しかしながら、邪悪な者を打ち滅ぼしたとしても、また新たな者が際限なく湧き出ることでしょう。ですから、それに意識を向ける猶予はないのです。今まさに、宇宙の意思の完全なる復活の時が近づいています』
魔王も同じようなことを言っていた。
『真の勇者よ。取り急ぎ、宇宙の意思の活動を止めるのです』
「分かっているよ。俺たちは邪神と戦う。町のことは、戦ってくれているみんなに任せて、俺たちは俺たちにしか、できないことをする」
「私たちが、必ず邪神を倒してくるわ……。だから、世界樹は町のみんなを見守って欲しい。今こそ、あなたの与える安らぎ、癒しが必要な時だわ」
『そうですね。邪悪な者につけ入れられることのないよう、人々の念が安らかな物になるように致しましょう。近くであれば、邪悪な者から受けた呪いを解くことも致しましょう』
世界樹と別れて、北門へと向かう。
北門をくぐると、前方の上空に不気味な黒い物体が浮かんでいるのが見えた。
「あ、あれは何!?」
「邪神……、のようだね」
以前ベイム帝国で見たときは頭だけだったのに、今では上半身が付いている。
「ああん? なんだって? あれが邪神なのかい?」
「話には聞いていたザマスが、なんともおぞましいザマス。あーブルブル。身震いが止まらないザマスよ」
「むっふぅー」
ネコ・サギ団が、町の北門付近を守ってくれているみたいだ。
ミスリルの武器が支給されているようで、アネーゴのムチは、ミスリルのチェインウイップに変わっている。ボットンのゲンコツにも、ミスリルのナックルダスターが握られている。ただ、回復係のムッキーのモーニングスターには着色してあるのだろう、いつもと同じ色をしている。
「ほらほら、黒い影がお出ましだよ。お前たち、ネコ・サギ団の名にかけて、ここを抜かせるんじゃないよ!」
「アイアイサー! ネコ・サギ団がパンダタウンを守り抜くザマス! ロック・プレス、ザマス!」
「むっふぅー! ゲンコツ・スマーッシュ!」
彼らに任せておけば北門は大丈夫そうだ。俺も何発か火球や石弾を飛ばしながら、ネコ・サギ団に礼を言って横を通り過ぎる。
「邪神は、ゆっくりとだけど、西に向かっているようね」
「西に何かあるのかもしれないね。急いでガッドと合流しよう」
魔法でガッドの居場所を調べると、ガッドはここよりも東の位置で戦っていることが分かった。
俺たちはその場所へと急いだ。
「ボクの闘気、受けてみる? エメラルド・ブラスト!」
「喰らいやがれ! マウトリ流奥義! 星刻裂破!」
見つけた!
エルナが緑色の闘気を放ち、ガッドが上段から剣を振り下ろして前方に爆発を起こす。
ここが封印された荒野じゃなかったら、地面が吹き飛んでしまうような大きな爆発だ。
そして、エルナが毎回一撃で倒している訳ではないことを知り、少しだけ安心する。もしも急所突きを毎回発動してたら、最強のチートだよね。
「あ! レイナさん!」
まだまだ周囲には黒い影がいるのに、そんなことお構いなしでこちらに向かって走ってくるエルナ。
仕方がないから、俺とミーナクランが範囲魔法で周囲の鬼人族を焼き払う。
「エルナ、頑張っているわね」
「うん! ボク、レイナさんの町を守るため、魔物をいっぱい倒したよ」
レイナに褒められ頭を撫でられて、もしも尻尾があったらブンブン振っていそうなエルナ。
「それなら、私たちはここをエルナに任せても大丈夫ね」
「うん! レイナさん、任せてよ! ボク、全部やっつけるから! そして、もっともっと強くなて、レイナさんの隣に立って戦えるようになるよ!」
そんな二人を置いて、俺たちはガッドの元へ行く。
「ガッド!」
「ん? なんだ? パンダじゃねえか」
そっけない会話だけど、これには「ここは俺たちで間に合っている。パンダは他に行け」と言う裏の意味があるのだろう。
「ここにいるみんな、聞いて欲しい」
「C班のリーダーは私、ラノメーラです。パンダさん、改まって何か御用でしょうか?」
ラノメーラって、リックの姉だったっけ?
俺は「C班」と一緒に冒険者実習をしたから、大体は顔見知りだ。エルナの他、あと二名が新参者のようだ。
「みんなには悪いんだけど、しばらくの間、ガッドを借りる。戦力ダウンになるだろうけど、ガッドが戻ってくるまでの間、耐えて欲しい」
「俺を借りる?」
「ガッドさん、私たちは大丈夫です。勇者パンダさんが助けを求めているのです。どうぞ、勇者の力になってあげてください」
「あ? ああ」
「じゃあガッド、行こう! なるべく早く戻すから、急いで行こう!」
俺は、ここに直接戻れるように、この場に転移石を設置し、魔王城へと転移した。




