014 麓の村(地図)
俺たちは、クレバーの町の南門付近で「灼熱大地」のメンバー四人と待ち合わせている。ウシター山に突如現れた大きなアライグマの容姿をした謎の魔物を討伐しに行くためだ。これは「灼熱大地」からの指名で合同で受けることになった討伐依頼だ。
「ソーリィ。待たせたな」
揃ったところで、冒険者ギルドが用意した馬車に乗って町を出た。
馬車はクレバーの南にある王都トトサンテを経由して西の方角に向かう。
そこから二日経過した辺りから、道中、魔物に遭遇するようになり、即席の七人パーティでの連携の良い練習となっていた。
もっとも、Bランクの「灼熱大地」の四人だけでも余裕で倒せる魔物しか現れないので、俺たちための練習という意味合いが強かったかもしれない。
それとは別に、夜、寝る前に、レイナによる剣の特訓が始まった。
反復横跳びに、さらに前後のステップを取り入れて剣を振るような訓練だ。
「踏み込みが甘いわ!」
ステップした先で、レイナが俺の剣を受け流して反撃を入れる。
訓練は、刃先を丸めた専用の剣で行っている。真剣でやっていたら、今頃俺は三枚おろしになっていただろう。
特別参加の回復係のユカミが打撲を治してくれるからいいけど、結構きつい訓練だ。
俺とガッドがボコボコにされる。
力量差が明らかなこの訓練でも、レイナにとっても剣技の訓練になっているようで、これからも毎日続けることになった。
出発してから八日目。
小高い山を縫うように越え、討伐依頼の出ている魔物が棲むウシター山が目と鼻の先という所までやってきた。向かいに見えているのが、ウシター山だ。
今いる坂道からは、麓の村の家々を見下ろすことができる。
谷間に緩やかな弧を描いた川が流れていて、それに沿うように家々が点在している。
これから麓の村で情報収集を行い、明日早朝からウシター山に入る予定だ。
坂道を下って村に到着すると、「灼熱大地」のリーダー、メルラドが馬車から飛び降りた。
「村長の所に行ってくる。トゥギャザー、パンダ、お前も一緒に行くぞ」
メルラドから指名を受け、俺も村長の所に行くことになった。
残りのメンバーは周辺の調査を行うことになっている。
俺はメルラドの後について村長の家へ向かう。
宿屋のないこの村では、村長の家は、毎年秋に領主から派遣される税関係の役人が寝泊まりする場所になっているから、とりあえず一番大きな家だろうと目星をつけている。
「なんだか活気のない村だな……。リアリー? 本当に人が住んでいるのか?」
最小限の顔の動きで辺りを観察するメルラド。
見える範囲では村人が一人も出歩いていない。
家々を見渡すと、晴れているのに洗濯物を干している家が一軒もない。よく見ると、樽のような物を軒下に置いている家がちらほら見受けられる。何かのまじないなのだろうか?
「何かあったのかな?」
さらに歩いて行くと、飼育されていたであろうニワトリが数匹横たわっている庭を目にする。
「ビーケアフル、注意しろ。ただごとじゃなさそうだ」
やがて他よりも大きな家の前に辿り着き、ドアをノックし、依頼を受けた冒険者が来たことを告げる。
「……」
反応がないので、もう一度強めにノックし、大きな声を出す。
「……今、参ります……」
奥の方から消え入りそうな声が聞こえてきた。
ガチャッ。
鍵が解除され、扉が開く。
「俺たちは依頼を受けてやってきた冒険者だ。話を聞かせてくれないか」
領主の兵士たちが一度討伐に行っているから、本当は北の町にある領主の館で話を聞くのが正解のような気がするけれど、今回、依頼書には領主ではなく麓の村で聞くようにとの但し書きがあるため、ここで聞くことになった。
こういうことは時々あるようで、メルラドは気にしていない。冒険者を軽んずる人、身分や爵位にこだわる人など、領主にもいろいろな人がいる、と教えてくれた。
「ゴホッ……。おぉ、よく来てくださった。ワシは村長のギュウ・ダルローじゃ」
メルラド、俺の順で自己紹介し、案内されるまま応接室に入った。
「お茶の一杯も出せないことを許してくれ」
椅子に座るなり、村長は謝りだした。水が枯渇しているとのことだった。
村長、のどの調子が悪そうだし、俺が飲み物を用意しようか。
「水で良ければ、用意できるよ」
お茶は魔法収納に入れていないため出せない。それでも、水なら魔法で出せる。
まずは取っ手付きのポットをイメージしながら「クリエイト!」と、土属性レベル20魔法を発動する。
ステンレス製のポットができた。横に座っているメルラドの顔が引きつったような感じがしたけど、気のせいだろう。
続けて水属性レベル1魔法「ウォーター」でポットに水を満たす。こぼさないように注ぐのは結構コントロールが難しい。
次に、コップを三つ生成し、水を注ぐ。
「どうぞ」
「おおお! なんということじゃ。ありがたや、ありがたや」
村長は拝むように感謝の言葉を話す。
やや震える手でコップを掴み、口元へと寄せる。
「……ふぅ」
のどを潤したところで、村長の話が始まる。
ここ数カ月の間に村人や家畜が次々と原因不明の病に伏せていって、村ではどうすることもできず、領主に調査の依頼をすることになった。
当時、村を流れる川の水は今みたいに紫色ではなかった。
領主から派遣された調査官が長期間調査することにより、病気の原因はなんらかの毒であり、さらに川の水が怪しいことが突き止められた。
調査官は、川を上流へと遡って行った。すると、徐々に周囲が紫色に変わって行き、ウシター山の中腹付近まで行った所で、大きな魔物が紫色の煙を発する腕を川に突っ込んで何かを洗うような仕草をしている現場に出くわした。
調査官は即座に逃げだし、無事山を下りることができたが、この魔物がすべての原因ではないかと結論づけた。
この村では昔から魔石を利用して水を取ることはしておらず、飲み水は主に井戸水で、洗濯や家畜の水は川の水を利用していた。
残念ながら毒は井戸水にも浸透しており、それが判明してからは、雨水を樽に溜めて飲料水としているのが現状だ。
なお、雨水を溜めて飲料とする分には毒の影響がみられないため、村では、純粋に川の水およびそれが浸透した地下水に毒が混ざっていて、それを摂取すると病になると考えている。
毒に汚染された水さえ摂取しなければ感染はしない、ということだ。
調査官が帰ってから十日ほどして、領主から派遣された討伐隊がやってきた。その構成は、領主に仕える騎士や兵士で編成され、精鋭揃いだった。
ウシター山に踏み入った討伐隊は、目的の「大きな魔物」に遭遇した。
魔物の名前は「凶変アライグマ」で、固有種だった。
ちなみに、魔物の名前等を調べる無属性魔法が存在するけど、クレバーでは売り切れていたため、俺は習得していない。
魔物は、そのガタイの大きさに似合わず愛くるしい顔をしていたため、油断して近づくと、突然立ち上がって桁外れの膂力で討伐隊を蹂躙し、さらに長く伸びる爪で切りつけてきた。
討伐隊は態勢を立て直して応戦したが、鋼の鎧のように固い毛皮に攻撃を阻まれ、さらに爪を避けて間合いを詰めたところで鋭いキバによる噛みつきを喰らい、その数を減らしていった。
最終的に隊長が撤退命令を出し、討伐隊は壊滅的な損害を受けて下山した。
「領主様の兵士では、手に負えんかったんじゃ」
遠い目をして説明する村長。
「状況は分かった。明日、早朝に討伐に向かうが、今夜はそこの広場で野宿しても構わないか?」
窓から広場が見えている。
「もちろん大丈夫じゃ。本当は部屋を用意したいところなんじゃが、あいにく家内も皆寝込んでおってのう……」
村長と別れて外に出ると、村長の家の隣には大きな広場があった。その隅の方に行き、おなじみの土属性レベル20魔法「クリエイト」を発動した。
魔法で石の水槽を生成する。水槽の大きさは、幅と奥行きが三メートルくらいで高さは二メートルくらい。
さらに、水槽の底に脚を設けて宙に浮いた形とする。
側面にステンレスの管をつけ、その途中にボールバルブを生成する。ボールバルブの取っ手を回転すれば、管から水が出る仕組みだ。
本当は水道の蛇口みたいな物を作りたかったけれど、俺の魔法ではゴムを生成できないから、金属だけで簡単にバルブを作るとなると、内部で球体を回転させて流れを制御するボールバルブしか思いつかなかった。
水槽に魔法で水を張る。これで簡易給水塔ができた。どうせ俺たちが魔物を倒せば使わなくなるし、飲料とするときは沸騰させるということで、衛生面には目をつむる。
「アンビリーバボー! 信じられねえ! お前、とんでもないな」
メルラドは、驚く所がたくさんあって説明しきれないと言うけど、驚く個所はおおまかに三つに集約される。「その歳でレベル20なの?」「魔法容量、どんだけあるんだ?」「あの取っ手はなんだ?」
明日一緒に戦う仲間なので、俺のレベルは10で魔法容量はまだまだ余裕があるということを正直に答えておいた。
取っ手については、思いついた、ということにしておいた。前世の記憶があるなんて言ったら、魔女裁判みたいな所に連れて行かれるかもしれないし。
俺はレベル10なのに、レベル制限20の魔法を習得して使うことができる。メルラドはそんな人は見たことがないと言っていた。まあ、魔法研究所に勤めていた俺の父が「世界中で過去に数人」しかいないと言っていたし、珍しいことなんだろう。
★ ★ ★
「ねえ、あそこ!」
リーダーとパンダ君が村長に会いに行っている間、私たちは村およびその周辺を調査することになったのですが、歩いていてふと目に入った家の窓の先に、人が倒れている姿がありました。
「おい、誰か! 誰かいないのか? いるなら開けてくれ! …………。おい、ユカミ、誰も出てこないぜ。どうしよう?」
魔法使いのニキシがその家のドアをノックしましたが、返事はありません。不審に思い、今度は隣の家に何かあったのか聞こうと訪ねても、やはり誰も出てきません。
いつも背中に大きな盾を背負っているデンガルが、「むうぅー」と唸りながら細い目でドアを凝視しているかと思ったら、体当たりしてドアを壊しちゃったじゃないですか!
そして、突入して発見したのは、毒に侵されたような症状で苦しむ村人たちでした。
デンガルがすぐに解毒薬を飲ませます。
しばらく様子を見ていましたが、症状が軽くなるだけで完治はしませんでした。
この症状……。もしかすると、返事のなかった隣の家にも毒に倒れた村人がいるかもしれません。
すぐに隣の家へと行き、デンガルが扉を破壊します。
「う、うぅ……」
やはり、毒に侵された村人が倒れています。
先ほどと同様に解毒薬を与え、私たちは外に出ました。
きっと他の家にも毒で苦しんでいる村人がいるはずです。
周辺の調査をガッド君とレイナさんに任せて、私たちは村の中を見まわることにしました。
「川の水、紫だぶ」
その途中で目に入ったのは、家々の傍を流れる川です。その水が紫色になっています。ですから、川の水になんらかの異変が起きていることが分かります。
「おーい、ユカミ。こっちもだ。来てくれ」
私は冒険者になってからいろいろな事件に遭遇しましたが、こんな村中が毒に侵されているなんてことは初めてでした。
「キュア・ポイズン」
苦しんでいる村人に解毒の魔法を掛けてあげます。
やはり完全には効いていないようですが、顔色を見れば、苦しみは少しは和らいでいるように見えます。
全員を救ってあげたいのですが、私の魔法容量だと全員は無理ですから、重症の人や小さな子供から優先して魔法を掛けていきます。
前衛で毒に侵されることもあるデンガルが、手持ちの解毒薬を村人たちに分けてあげています。それでも、全然足りません。
症状が軽い何人かの村人から聞いた話では、川の水と井戸の水に毒が混ざっているということでした。だから、食べ物は大丈夫ですが、飲み水に困っているとのことです。
私たちのパーティの水を分けてあげましょうか。今夜と明日に必要な分だけを残しておけば、魔法使いのニキシがいますから、それ以降の水はなんとかなるはずですよね。
でも、収納カバンはリーダーが持って行きましたし、今は無理ですね。あとでリーダーに相談しましょう。
早速、ニキシは訪問した家々で魔法を使って水を生成していましたが、彼のマナはすぐに底をつきました。村中に行き渡るだけの水を確保するなんて、私たちだけでは無理な話ですね。
マナの尽きたニキシは、デンガルと一緒に家々を回り、重症者がいれば私を呼ぶようにしています。ただ、扉の鍵が閉まっていて返事のない家もありますから、そのときは、デンガルが体当たりで扉を……。非常事態ですから、やむを得ないのです……。
私は呼ばれた家に行き、解毒の魔法を掛けてあげます。
もう、何人に魔法を掛けたか分からなくなりました。そろそろ私のマナも尽きそうです。
こんな私にできることは、早くリーダーに合流して調査結果を報告することぐらいですね。いろいろ歩きまわって、リーダーが訪問している村長の家は把握できましたから、あとは向かうだけです。
ニキシ、デンガルと共に村長の家に向かいました。
「なんじゃ、ありゃあ」
さっき通り過ぎたときには、あの広場には何もなかったはずです。だからニキシが驚いています。
大きな声でこちらに気づいたパンダ君が、「あ、これのこと?」と指を差しています。
「これは給水塔だよ」
そう言うと、手の平を差し出して、その上にコップを生成したではありませんか。
あれは鉄のコップでしょうか?
「え?」
予期せぬ出来事に、ニキシが固まっています。
多分、土属性レベル20の魔法「ジェネレイト」でコップを生成したようですが、パンダ君って、レベル20でしたっけ?
いいえ、「ジェネレイト」ではなく「クリエイト」って唱えていましたよね。オリジナルの魔法でしょうか。
ごくごく稀に、オリジナルの魔法を発動できるようになる人がいると言いますが、こんな、まだ成人したばかりの冒険者ができちゃうなんて、少し嫉妬しちゃいそうです。
「……」
ニキシも同じことを思っているのでしょうか、言葉に詰まっています。
「ここをひねると、水が出るよ」
コップを渡されたニキシが、恐る恐る「給水塔」に近づきます。「給水塔」は、石でできていて、四角い石の箱が四本の脚で支えられています。
側面にある、ピカピカ光る管についているレバーを回すと、水が出る仕組みのようです。
「「おおおおお!」」
デンガルも一緒になって驚きます。
レバーを回すと水が出たり止まったりします。パンダ君はボールバルブと言っていましたが、見るのも聞くのも初めての物です。魔石を利用して水を出す魔道具は、レバーを倒すと水が出るようになっていますし、回すのは珍しいのではないでしょうか。
そういえば、この村のいくつかの家には水を出す魔道具がありましたが、あれは領主様が支給した物のようでしたね。でも、交換用の魔石を支給していなかったのでしょう、皆、魔石のマナが枯渇していました。領主様はケチなんでしょうね。形だけの支援といったところでしょうか。
「あ、水は今入れたばかりだから飲めるけど、時間が経ったら沸騰させてから飲んでね」
「こ、この石の桶に……、まさかとは思うが、魔法で水を入れたのか?」
ニキシが驚愕の表情でパンダ君に迫っています。私も、どうやって水を満たしたのか知りたいです。
「ウェイト。まあ、待て」
リーダーのメルラドが間に割って入りました。
「お前たちが来たってことは、報告があるんだろ?」
驚きが止まらない私たちは聞きたいことがいっぱいで、リーダーに報告に来たことをすっかり忘れていました。
リーダーの顔を見て少し冷静になれた私たちは、促されるまま、リーダーにこれまでの経緯を説明しました。
すると、リーダーは「よくやった」と労ってくれました。
「ワンスモア。もうひと仕事だ。お前たち、もう一度村内を回ってくれ」
パンダ君が生成するバケツに水を入れ、村内の家々を回ります。すべての家へ届けるのは大変なので、歩ける村人がいる家には広場に水があることを伝え、各自で汲みに来てもらいます。
ガッド君とレイナさんも合流し、バケツを持って歩いてもらいます。
すべての家を訪問し終えた時には、辺りは暗くなっていました。
早く夕食の準備をしないと、真っ暗になったらまともに料理はできません。明日討伐に行きますから、今日は十分栄養を取っておかないといけないのです。そのため、干し肉で済ます訳にはいきません。
そんなことを考えながら野営地となる広場に戻ってくると、そこにはついこの間フルッコの森で見た光景が広がっていました。
「待ってたんだ。冷めないうちにどうぞ」
テーブルの上に湯気の上がる料理が並んでいます。
遠慮なんてしていられません。素直に「ありがとう」と感謝して料理とパンをもらいます。
はむはむ。
これ。この柔らかいパン。柔らかいだけでも素晴らしいことなのに、ほんのりと何かの風味がして、ほっぺが蕩けそうです。
パンダ君はバターを練り込んであるって言いますが、バターって何でしょう?
馬車で移動しているときには、リーダーの方針で、あえてパンダ君の料理を頂かなかったのですが、こんなにおいしい料理を討伐の依頼遂行中に頂けるなんて夢のようです。
料理の話を聞くと、ヤムダ村の宿屋で同じような料理を頂けるというではないですか!
しかも、いま頂いている料理よりもおいしいというのですよ!
これは行くしかありませんね。この依頼が終わったらヤムダ村に行きましょう。
パーティメンバー全員同じ意見のようで、ヤムダ村行きが決定しました。どんな料理が待っているのか、今からワクワクが止まりません。




