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135 異相世界との別れ

 ダジィを聖パンダタウンに招いているうちに、異相勇者一行は土の精霊ノームを仲間に加えて戻ってきた。

 今後、俺たちはこの世界に居座り続けることはできない。だから、異相勇者には無駄のない、最短で最善な行動を教えて、この世界を良い方向に導いてもらうことにした。


 早速、異相勇者一行は、鉱山を解放しに獣都フデンへと旅立って行った。

 折角だから、ワックスも連れて行くといいよ、と助言もしておいた。彼のことも、良い方向に話が進めばいいなと願っている。


 聖パンダタウンの診療所には、今ではもう重傷者はおらず、本職の治療師だけで十分に治療ができている。


「俺たちも先に進もう」


 この世界での人助けも重要だけど、それ以上に、元の世界の邪神の活動を阻止しないと、人類が滅亡してしまう。俺たちは、それに必要なヤトの勾玉を拝借しに、この世界に来ているのだ。


「ええ。急ぎましょう」


 ルーズィヒ要塞に転移して、そこからエアカーで東へと向かう。


「やっぱり、この世界では、まだ邪神の封印は解かれていないみたいだね」


「そうね。魔物が全然いないわ」


 元の世界では、ルーズィヒ要塞の周囲に魔障の渦がいっぱい現れて、結構強い魔物が徘徊していた。それと比べると、ここは平和そのものだ。


 小国群の領域に入り、やがてグリンデル王国に到着した。


「ここは王城には寄らなくっても大丈夫だよね?」


「当り前じゃない! 私のパンダは、もうお父様とお母様には紹介済みなんだから、寄る必要なんてないわ! 次に会うのは披露宴かしら……」


 最後に小声で何か言ってたけど、声が小さすぎて聞き取れなかった。


 元の世界では、王城に寄って船を手配してもらった。でも、今回は王城に寄らないので、直接港に行く。


「船になんて乗らないで、飛んで行けばいいでしょ?」


「いや、それは流石に無理があるよ。船を探そう」


 港には数隻の船が係留されている。

 どの船も船首や帆先にはカモメが何羽もとまっていて、波の抑揚に合わせて静かに揺れている。

 その中で一隻、他よりも大きい船を見つけた。

 あれは輸送船じゃないかな?

 輸送船なら、ヤト国に行くはずだ。


「すみませーん。ヤト国に行きたいんだけど、船は出てないかな?」


 港を行き交う日焼けした男に声をかける。


「ヤト国? それなら、あの船だぜ」


 この男は、やはり一番大きな船を指差す。

 男に礼を言って、大きな船の元へと行く。


「あん? ヤト国に渡りたいって? それなら明日朝、日の出の時間に出港だぜ。乗船料は一人金貨三枚になる。遅れるんじゃないぜ」


 今度は船員らしき男に話を聞き、明日早朝にまた来ると約束して、宿屋へと向かった。


 翌未明に、宿を出て大きな船の元に行く。


「一人、金貨三枚だぜ」


 係の者に乗船賃を払い、船に乗る。

 ミーナクランが船に酔うのが分かっているから、すぐに「エア・ウォーク」で浮かべてあげると、ユーゼが「いつも二人だけでずるいです! 私も浮かべてください!」って言うから、今日はユーゼも浮かべている。

 ユーゼの隣を、泳ぐようにチャムリが浮かんでいる。

 チャムリは自分の魔法で浮かぶことができるから、俺の手間はかからない。


 船の航路になっているのは魔物がいない場所なので、船の上に魔物が現れることもなく、(くつろ)いでいられる。

 普段の移動では、常に周囲に魔物がいないか気をつけていないといけないから、今は本当に楽だ。


 だらだらーっと寛いでいるうちに、船は、和風な建物の並ぶヤト国の港に到着した。

 既に夕方になっていて、今日は元の世界と同様に、和風庭園のある高級宿屋に泊まることにした。


「何度来てもいいわね」


 庭園の木々には、竹とロープで雪囲いがされていて、これから訪れる冬に備えてある。


「当宿自慢の庭園でございます。お客様はご覧になられたことがございましたか?」


「い、いいえ、夢の中で来たことがあるの。夢に見るくらい、この宿には憧れていたのかしら」


御贔屓(ごひいき)、ありがとうございます」


 レイナの爆弾発言に、女将もびっくり。

 見え見えの嘘で取り繕うレイナという、滅多に見られない姿を目にできて、眼福だ。


「温泉、温泉! さあ! 温泉に行くわよ!」


 ミーナクランは温泉好きで、一目散に温泉へと駆けて行った。廊下は走ったらいけないんだよ。


「ここの湯は白くって、パンダタウンの温泉とは違うんですよ。パンダさん、なんで白いんですか?」


 硫化水素が混ざっているんだっけ?

 温泉マイスターじゃないから、詳しいことは知らない。


「きっと、火山から染み出た成分が混ざっているからだよ」


「そうなんですか! やっぱりパンダさんは物知りですね!」


「パンダ君は、何でも知ってるよねー」


 適当に答えた俺の良心に、二人の言葉がチクチクと刺さる。

 ワイワイ言いながら、女子全員が温泉へと消えて行った。


「僕たちも行こう」


 エルバートに誘われて、俺も温泉に行く。

 ああ、女性陣の今頃は、きゃっきゃうふふな温泉タイムなんだろうな……。


「ミリィ、胸が少し大きくなったんじゃないか?」


「そんなことないよ。セレスだって、ほら」


「くすぐったいって! あははは! やめ、やめ、あはははは」


「セレスは旅に出る前より、大きくなってますよ」


「ユーゼは、その、いつ見ても大きいと思うわ」


「私? 食べる子は育つんです! ほら!」


「何よ! 胸なんて、戦いの邪魔になるだけよ!」


「ミーナクランさんは……、もっとたくさん食べましょう!」


 耳を澄ませば、竹を束ねて作られた壁の向こうから、女子の声が聞こえてくる。

「きゃー」とか、「うふふふ」とか、とても楽しそうだ。


 それに比べて、男湯のエルバートは精神統一するかのように、ただ黙って湯に浸かっている。

 もしかして、聞き耳を立てているんだったりして。

 チャムリも耳がピクピクしているし。



 翌日。

 首府ラーナに向けて出発する。

 道の周囲に広がる田園には、あぜなどで日陰となる部分に雪が残っていて、最近雪が降ってから気温が上昇したことが(うかが)える。

 寒くなったり温かくなったりを繰り返して、この国はこれから本格的な冬になるのだろう。


 平和な道中だった。

 魔物に遭遇することもなく、首府ラーナにある王城の前までやってきた。

 この世界でも、王城は石垣の上に建つ四階建ての「お城」で、漆喰の塀に囲まれている。


 ミーナクランが門衛に紋章入りのペンダントを見せ、女王への謁見を求める。


「グリンデル王国の使者殿であるか。どうぞ、こちらへ参られよ」


 本当は使者じゃないけど、こうでもしないと女王に会うことができない。

 すぐに城内へと案内され、やはり、ほぼ待ち時間なしで女王と謁見できることになった。


 板張りの廊下を進み、謁見の間に入ると、一段高くなった所に女王が正座している。


「言わなくても分かります。勇者殿ですね。近日中にここへ世界を救う者が現れると、占いに出ておりました」


 膝の上に鹿の頭蓋骨をのせる。

 どういうタイミングで骨卜(こつぼく)をしているのか分からないけど、毎度、俺たちの来訪を当てるこの占いは神懸かっている。別世界から来る勇者のことまで当てちゃうんだしね。


「その他、悪しき者が解き放たれるとも出ておりました。それゆえ、(かんなぎ)を集め、日夜祈祷することで、この国を悪しき者から守っております」


「それなら話が早いわ。私たちはその悪しき者と戦わないといけないの。悪しき者を倒すには神器のヤトの勾玉が必要で、それがこの国にあると聞いてやってきたの」


「ヤトの勾玉……。いつの昔からこの城に保管されていたものか。一説にはこの国が建国されるずっと前からここにあったとも。ゆえに、ヤトの勾玉はこの国の象徴とも言える国宝です。それが悪しき者に対抗する神器だったのですか……」


 女王は後ろに控える者に「サブロウ。ヤトの勾玉をここに」と指示を出す。

 その者は一旦退室し、やがて、三方のような置台を両手で大事そうに抱えて戻ってきた。

 そして、女王の前に、そっと置かれる。


「こちらがヤトの勾玉になります。悪しき者と戦う勇者の元にあることが本来の姿なのでしょう」


 三方のような置台の上には白い紙が敷いてあって、その上に白いヤトの勾玉が載せられている。


「どうぞ、お持ちください。どうか、この国を、この世界をお救い下さい」


「ええ。確かにヤトの勾玉を受け取ったわ。必ず、私たちが悪しき者を倒して世界を平和にして見せる。あなたの期待を裏切らないわ」


 王城を出て、人目につかない所で聖パンダタウンに転移した。


 聖パンダタウンは、少しずつ、町として発展している。

 ここを旅立つ前と比べると、ずいぶん多くの人が訪れているのが分かる。


 少しの間をおいて、異相勇者一行が聖パンダタウンへと転移してきた。ちょうど、鉱山の依頼を終えてこの町に戻ってきた所だったみたいで、ばったりと顔を合わせることになった。


「鉱山のほうは、うまくいった?」


「ええ。聞いていた通り、ボス部屋のタイタンを倒して、外にある石碑を調べたら、鉱山からゴーレムが消えたわ」


「パンダ。あんたにも見せてあげたかったわ。私の魔法で、タイタンなんて、どかーんよ。どかーん」


「何よ! 私のパンダを誘惑しないで! パンダは私のもっといい所、あんたなんかよりいっぱい知ってるんだから、ね!」


「だ、誰なのニャ? 双子なのかニャ?」


「そうだぜ。初めて見たときは食べることに夢中で気にしてなかったけど、改めて見ると、そっくりだぜ」


 ポップとワックスが、俺たちを見て不思議そうな顔をしている。


「俺たちは、別の世界から来た同一人物なんだ。俺たちの世界を救うために必要な物を、この世界に借りに来たんだ」


「別の世界から来た、同一人物、ニャ……??」


「別の世界ってなんだ? 同一人物って同じ人って意味だよな? それなのに、なんで二人いるんだよ? 分かんねー!」


 ポップの頭から湯気が上がる。オーバーヒートするの早すぎ。

 ワックスは髪の毛をぐちゃぐちゃにかき乱している。


「神器、ヤトの勾玉をお借りするわ。これは、私たちの世界では失われているの。でも邪神を消し去るために必要な物」


「一つ、いいかい? 邪神って何かは知らないけれど、僕たちも邪神と戦わないといけないのだろう? それを消し去るために必要なヤトの勾玉を持って行くってことは、僕たちはどうすればいいのかな? また返しに来てくれるのかい?」


 異相エルバートの問いに、しばしの沈黙の時間が流れる。

 魔王から聞いている、本当のことを言うべきか。すべてを言わずに、前向きとなる部分だけを伝えるべきか。


「すべて話すわ。落ち着いて聞いて」


 レイナはすべてを話す決心をしたようだ。


「邪神を消し去るには、真の勇者パンダの力が必要なの。でも、この世界にはパンダはいない。だから、あなたたちは邪神を消し去ることができないの」


「なんということだ。僕たちは既に戦う資格さえないと言うのか」


「そんなー! それじゃあ、私たちは何のために世界を旅しているんですか!?」


「ユーゼには食べ物探しの目的があるから、旅は続くのである」


「いいえ。邪神を倒さなくとも、人々の不幸は世界中にあるわ。世界を旅して、それを救うことが私たちの使命よ」


 異相レイナは、口では勇者の旅を続けるべきだと主張しているけど、その目には闘志は感じられない。目先の不幸をいくら払っても、もっと大きな不幸に対抗することができない。そのことを理解しているのだ。


「そうよ。この世界の私が言ったように、みんなには旅を続けることが必要よ。そして、魔王に会うこと。これが最低限必要なことよ。でも、魔王と戦ってはいけないわ」


「前に聞いたときは、魔王は僕たちに助言をくれる存在だと言っていた。伝説の勇者が倒した魔王が、何故、勇者に助言をくれるんだ?」


「その辺りも、直接会って話すといいわ。旅すること自体が、勇者の使命なのだから。とにかく、魔王は私たちの味方。それだけは覚えておいて」


「にわかに信じられる話ではないけど、同じ勇者が言っていることだ。嘘ではないのだろう……」


 異相エルバートが納得する一方で、異相ユーゼは「魔王を殴れないのですか? ちょっとぐらい殴ってもいいですよね? そうしないと私たち、伝説になれませんよ」と、戦う気満々だ。


「その魔王が考えた、私たちの世界と、この世界の両方を救う方法。それが、この世界のヤトの勾玉を借りることだったの。邪神は、人知を超える唯一の存在。だから、私たちの世界でその存在を消し去れば、他の異相世界でも存在が消えるはずよ」


 ここまで聞いて、異相レイナの目に希望の光が灯る。


「私たちの世界にも、救われる未来があるのね。真の勇者パンダ。あなたにこの世界の未来を託すわ」


 俺は異相レイナと、固く握手を交わす。


「俺たちが、必ず邪神を倒して見せるよ」


「私も、あなたの世界に……。いえ、そちらには既に私がいるわ……。パンダ、うまくやるのよ。あなたなら、できるわ」


 異相レイナが、名残惜しそうになかなか握った手を離さないでいると、異相エルバートが一歩前に出て俺に問う。


「ヤトの勾玉を手に入れたのなら、もう元の世界に戻るのかい?」


「うん。ここでの目的は達成したんだ。だから、あとは戻るだけだよ」


「それならパンダさんの料理で、パンダさんのお別れ会をしましょう!」


 異相ユーゼが送別会を提案する。送られる俺が料理するって言うのが解せないけど、今夜は、閉店後の「カフェ・ナナミ」を貸しきって、俺たちの送別会をすることになった。


 俺は料理の準備をしないといけないから、送別会が始まるずっと前の時間だけど、「カフェ・ナナミ」に来た。


「ナナミ、悪いね。まだ営業時間中だったけど、厨房を借りるよ」


「ううん。お兄ちゃんの料理が見られて、ナナミ、幸せだよ」


 まだ閉店前なので本業は他の店員に任せ、俺につきっきりで料理を手伝ってくれている。


「お兄ちゃん、これくらいの焼き加減でいい?」


 鶏肉の照り焼きの焼き加減を確認するナナミ。

 それに、今が一番忙しい時間帯のはずのリブもここにいる。宿屋の方は大丈夫なんだろうか?


「宿屋の方は、姉のモモセスに任せているから大丈夫よ。それよりもパンダ君。このスポンジは、ハチミツの量を増やしてあるのね?」


 二人とも、一つでも多くのことを学ぼうと必死だ。

 ついでに二人のミリィもいて、ミリィ同士で教え合っていたりもする。


「パンダ、醤油の量はこのくらいでいいかしら?」


 この世界の母マーシャも俺の料理をもっと覚えようと、料理に精を出している。


「まだですか? もう焼けましたよね? そろそろ煮えましたよね?」


 何故か、ユーゼが試食係として椅子に座ってフォークを手にしている。

 別に試食係なんて要らないんだけどね。


 お店が閉店の時間となり、会場が整えられていく。

 送別会には、異相勇者一行の他、この世界のガッド、アカリア、リブ、ナナミ、メジー商会、ナルル博士、エマリナ、ダジィ、それと俺の父母が参加している。


「明日、他の世界から来た勇者のみんなが、自分たちの世界に旅立つわ。お世話になった勇者のみんなを盛大に送り出してあげましょう!」


 ワーッ! と会場が盛り上がる。


「自らの世界だけではなく、この世界をも救ってくれると言う真の勇者に感謝の気持ちを込めて、乾杯!」


 異相レイナの開会の挨拶に続き、異相エルバートの乾杯で送別会が始まった。

 とくに催し物がある訳でもないので、歓談タイムだ。

 俺たちの席の周りに、皆が集まってくる。


「パンダ君の商売センスには脱毛です! 間違えました脱帽です! 私はまだ大丈夫なんですよ、ほら」


「会長! お互いに若い者の話すことではありませんわ!」


「あははは、そうでした。我々はパンダ君から多くのことを学びました。パンダ君がいなくなっても、その意思は我々メジー商会が引き継ぎます。必ずや、この聖パンダタウンを世界一の商業都市にして見せましょう」


「もう会長。そこは今までありがとう、でいいのですわ」


 メジー商会の面々が去ると、ガッドとアカリアが俺の前に来た。


「パンダ! 俺は世界中の孤児を救って見せるぜ! そっちの世界の俺と競争だって伝えてくれ!」


「パンダ先生! 私の夢を(かな)えて頂いてありがとうございます。向こうの私は、更に進んだことをしていると聞いています。私も、パンダ先生の偉業を一人でも多くの人に語られるよう、学校を創設したいと思っています」


 孤児院が始動したみたいで良かった。一人でも多くの孤児を救ってもらいたい。

 アカリアは、元の世界と同様に学校を開設したいようで、今夜は俺を寝かさないつもりらしい。もちろん、暗闇であんなことをするためだ。……学校の建設だよ。


「パンダ、お前はまだ何か知っているのだ。全部吐くまで帰ったら駄目なのだ。ほら、今すぐ吐くのだ」


「博士、そんなにいっぱい教えてもらっても、ランドウ研究所は今のことだけでもいっぱいいっぱいですよ」


「そうなのだ……。残念だけど、ちょっと教えてもらっただけで魔道具界の常識が一変したのだ。これは世紀の大発見なのだ。だから、本当はパンダを帰したくない。また来るのだ!」


 ナルル博士は本当に名残惜しそうに、エマリナさんに抱えられて去って行った。

 ランドウ研究所には、石鹸や無料石の判定の魔道具など、短時間で多くの物を開発してもらった。


「ミスリルの武器の普及。あたいに任せときな! この町の近くにもミスリル鉱の鉱脈があるって話じゃないか。あたいの作った武器で、世界中の魔物がいなくなるようにしてやるぜ」


「ダジィには、これからも働いてもらわないといけないんだ。収納の魔道具を持ってる? そう? それならこれを研究してもらいたいんだ」


 時間的に進行の遅れているこの世界の勇者一行の穴埋めを目論んで、ダジィにアダマンタイト鉱石を渡す。


「こ、この赤く透き通るブロックは一体?」


「アダマンタイト鉱石だよ」


「ア、アダマンタイト鉱石だって!? 神話の鉱石が、ここに……。分かった。あたいがこれを物にして見せる。それがあんたの狙いなんだろ?」


「これで、この世界の勇者の武器を作って欲しいんだ」


 アダマンタイト鉱石のブロックは、なんとか、ダジィの収納の魔道具に収まった。結構高級な収納の魔道具だったみたいだけど、ブロック一個でいっぱいになった。


 次にやってきたのは、異相勇者一行。


「パンダさん、帰っちゃうんですか? 収納にはまだいっぱい料理が入ってますよね? 全部私がもらっちゃいますから、置いていってください」


「ユーゼ。それは送り出す言葉なのであるか? 追い剥ぎの言葉みたいなのである」


「パンダ。世界樹の再生、感謝する。エルフを代表して礼を言う」


 この世界では、エルフの次期族長フィルマが勇者一行に加わっている。

 世界樹を(よみがえ)らせることはエルフ族の悲願だった。だから、彼女はそれについて礼を言っているのだ。


「パンダ、また来るんでしょ? 次に来たときには私の故郷グリンデル王国を案内してあげるわ。絶対よ、絶対にまた来なさいよ! 待ってるんだからね!」


 リスの髪飾りを指でいじりながら話す異相ミーナクラン。

 元の世界では、グリンデル王国でミーナクランの父母にいろいろ振り回されたものだった。

 そういうこともあって、この世界では王城をスルーしたんだけどね。


「パンダ君の凄い所、そっちの私にいっぱい聞いたの。もっともっと知りたい。だから、そっちの私に、もっといっぱい見せてあげて欲しいの」


「元の世界に帰っても、ミリィを悲しませるんじゃないぞ。それに、私も……」


「セレス。あなたは、あなた自身が皆を悲しませないことを宣言するのが、先ではないでしょうか?」


「あはは、そうだな。私は死なないことを、ここに誓おう」


「これで皆様が、安心して旅立てるというものです。お戻りになられても、どうかお体に気をつけてください」


 仲良し三人組の次に現れたのが、異相エルバートと異相レイナ。


「異相世界……。僕はまだ夢を見ている気分だ。それぞれの世界に勇者がいる。僕は、僕たちの世界を守ることしかできない。でも、パンダ、君には二つの世界を救うという使命がある。たとえ、君が別の世界の人間だとしても、そして、いなくなってしまっても、僕は世界を平和に導く真の勇者はパンダだと公言させてもらうよ」


「ええ。パンダ、あなたならやれるわ。私も共に戦いたいけれど、それはもう一人の私に任せるわ……」


 異相レイナはまだ何か言いたそうに、俺を見つめて黙って立っていたけれど、何かが吹っ切れたのか、去って行った。


「新しい宿屋は大好評よ。パンダ君、本当にありがとう。パンダ君のおかげで、私の夢が叶ったわ」


「お兄ちゃん、行ってしまうの? 私、一生忘れない。お兄ちゃんとの思い出は私の宝物。お兄ちゃんに教えてもらったことは、私の誇り……。うぅ。また……、また来て欲しい……。そのときまでに、世界中の人を笑顔にするお菓子を作って待ってるよ……」


 涙を流すナナミ。

 もう一度来るという約束はできない。本来であれば、ここに来ることすら、できなかったのだから。今は、管理人権限の特例で世界をまたいでいるだけなんだ。


「ああ、パンダ。私の息子。元の世界に戻っても、あなたは私の息子よ」


「パンダは自慢の息子だ! パンダは世界の敵とやらになんて負けない! 胸を張って行ってこい!」


 親指を立てて俺を励ます父キデン。


 俺は、そして勇者一行は、元の世界のみならず、この異相世界の命運をも握っている。

 これからの戦いには絶対負けられない。

 俺たち勇者一行が、そんな強い思いを皆に宣言し、送別会はお開きとなった。

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