134 この世界のダジィ(地図)
「仕方ないわね。どうしてもって言うのなら、一緒に行ってやらないでもないわ。でも、私の足を引っ張るようなら、消し炭にしてやるんだから! べ、別にあんたのために行くって言ってるんじゃ、ないんだからね!」
ルーズィヒ要塞に押しかけてきた異相ミーナクランを説得し、異相勇者一行に加えることに成功した。
決め手は「グロシュベイム城の秘密の通路を知っているよね? それをこの世界の勇者に教えてあげて欲しいんだ」の言葉だった。
本来、ジークゴルトとミーナクランしか知り得ない情報のはずだから、それでようやく俺の言葉を信じてくれるようになったんだ。
「私がそっちの世界に行くわ! あんたがこの世界に残ればいいのよ!」
「私のパンダは渡さないんだから!」
そしていつの間にか、ミーナクラン同士が、本人にしか理由が分からない意味不明な言い争いを繰り広げていた。
「ほら、これがパンダからの贈り物よ。あんたには無いでしょ? どう? 分かった? これがパンダの隣に立つ証なの。ふふーん」
髪飾りを見せびらかすミーナクラン。
それを見て、異相ミーナクランが懇願する目つきで、俺に寄り添う。
え? 髪飾りをくれってことかな?
もう、大したのが残ってないし、好みに合わせて新しく作ってあげてもバチは当たらないだろう。
「クリエイト!」
生成したリスの髪飾りを異相ミーナクランに渡す。
ミーナクラン、チェダイリス大好きだしね。
「ぐほっ!」
俺の鳩尾に、俺の仲間のほうのミーナクランの正拳突きが入る。
どうして……。
意識が遠のいて行く。
気がつくと、俺は司令室の隣の休憩室で横になっていた。
「パンダ君、気がついた?」
「うん。痛みもないし、ミリイが治してくれたんだね」
体を起こし、頭を撫でると、にっこりするミリィ。
「そうだ! 異相勇者って、まだここにいる?」
「まだ司令室にいるよ」
俺はベッドから降りて休憩室を出、異相勇者一行の前に立った。
「もう聞いたかもしれないけど、人に憑依していない鬼人族に、剣でダメージを与えることができるって分かったんだ」
「憑依していない鬼人族? それはどんな奴なんだい?」
そこから? こちらの勇者は、人に憑依していない鬼人族とは会ったことがないようだ。
それに、このことから、まだレイナはこちらの勇者に話をしていないと分かった。
「黒い人影のような存在。憑依された人間にシャルローゼがお祓いをすると、一瞬背後に黒く浮かび上がる、あいつだよ。あれが独り歩きしていることがあるんだ。逢魔の霧の中だと、一切何もできないけど、霧から出てしまえば、ミスリルの剣で大きなダメージを与えることができるんだ」
「ミスリルの剣……。この剣のことね?」
レイナから譲り受けたミスリルのレイピア。
異相レイナはそれを手に取り、体の前に掲げる。
「そう。それなんだけど、ダジィに会いに行って、ミスリルの武器をたくさん流通できるように頼んでおいてよ。聖パンダタウンの東にあるスタンギル山脈でもミスリル鉱を採掘できるから、ダジィを聖パンダタウンに呼ぶといいかもしれないね」
「ダジィ? 誰だろう? 知らないな? みんな、知ってるかい?」
「いいえ、知らないわ」
「知らないですー」
「ううん、どんな人なの?」
「獣都フデンの鍛冶屋ダージリンだよ。赤い髪の女の子で、鍛冶の腕は世界一なんだ」
異相勇者一行は、獣都フデンには行ったことがあるけど、衛兵に捕まって嫌な思いをしただけで、そのまま町の中は素通りして古代神殿にだけ行ってきたとのことだった。だから、鉱山の解放もしていない。
本当にダジィのことを知らないので、仕方がないから、一緒に行って引き合わせることにした。
「こっちの世界のユーゼ、獣都フデンまで連れてってよ」
「私ですか? フデンですね? 行きますよー!」
ふわっと浮き上がり、視界が白くなって、次に見えたのが獣都フデンへの入り口の門だった。
「入都税が銀貨七枚? 俺たちの世界よりも高くなってない?」
記憶だと、銀貨五枚だったような気がする。五枚でも高いんだけどね。
入都税を払って町に入ると、すぐに広場になっていて、そこらじゅうで、だらけている獣人の姿が見られる。
これは、異相勇者一行が鉱山の問題を解決しておらず、いまだ鉱山関連の仕事がないのが原因なのだろう。
歩いていると、急に後ろから走ってきた子供が俺にぶつかった。
まだ同じことをやってたんだ? 異相勇者は犯人を捕まえることができなかったのかな?
俺はすぐに子供の手を掴む。間違いない。同じ顔の犬獣人の子供だ。
「いててて、離せよ! 人族が俺に触るんじゃねえよ!」
「これを俺のポケットに入れようとしたんだよな?」
子供が手に持っているのは、ピンク色の宝石のついたネックレス。
「な、なな何でそんなことが分かるんだよ……、ハッ!」
慌てて両手で口を塞いでいるけど、既に白状したも同然だ。
「俺はすべてお見通しさ」
「こんな子供が犯人だったなんて……。私たちはまったく気づかなかったわ」
異相勇者は、前回訪問時に衛兵に捕まって、さんざん絞られたそうだ。
今回はまだぶつかっただけだし、お互いに衛兵に連れて行かれるようなことはしていない。
俺は、この町の住民がお腹を空かせているのを知っている。だから、この子供にお菓子を分けてあげた。
「人族の食いもんなんか……。クンクン……。く、く、食ってやらあ!」
俺の手からむしり取るようにお菓子を取って、夢中にがっつく犬獣人の子供。
「う、うめえ!! なんだこれ! うますぎるよ!」
尻尾をブンブン振って、すっかり俺に懐いてしまった。
そして、俺たちに勝手についてくる。
「あ! あのベンチで寝てるのポップさんですよね?」
「うむ。ポップなのである」
ベンチからだらりと手をたらして寝そべっているポップ。周囲にハエが飛んでいても、時々耳をピクッと動かして追い払うだけで体は動かさない。
「兄ちゃんたち、役立たずのポップの知り合いか?」
「そうだね。彼女には後で会うから、今は先に行こう」
「ポップは、バイト先の店が潰れて、ベンチで寝るのが仕事になったんだ」
歩きながら周囲を見渡すと、元の世界よりも多くの店や宿が閉店に追い込まれているように見える。鉱山の閉鎖が長引いている結果なのだろう。
「きっとまた、元気なポップが見られるようになるよ」
広場を通り過ぎ、北へと歩いて行く。
その先の、大きな邸宅の入り口の階段の所で、虎獣人の子供がぐったりと座り込んでいる。
「ワックスさんですよ?」
「姉ちゃん、ワックスを知っているのか?」
ユーゼは「ふふーん」と、顔の横に人差し指を立て、「ジドニア獣国の王子さんですよね?」と続けた。
「あいつは弱虫だから、王子なんかじゃねえよ」
この世界のワックスは、武闘大会で優勝できなくて、王位継承権を失ったそうだ。
決勝戦の相手は元の世界と同様にボン・チャーリンで、残念ながらワックスは敗退した。それで王位継承権はボンの物となった。
「王城を買い取ったチャーリン家が次期王家になるんだから、ちょうどいいんじゃねえかな。王城復活だぜ」
一代で王城を買い取るほどの財を築いたチャーリン家。
元の世界では、息子の武器となる木製のチェイン・ウイップにまで大金をつぎ込むほどの力の入れようだった。
それほどまでして、王になることに拘っている。
元の世界では、決勝戦の審判がわざとらしく転んだりしてめっちゃ怪しかったし、チャーリン家は他にもいろいろと不正をしているのかもしれない。
それを暴くことができれば、準優勝のワックスに王位継承権が戻る可能性があるけど、首を突っ込むのは俺たちの仕事ではない。この世界の勇者に成り行きを任せよう。
それよりも、ダジィの信頼を得るため、鉱山の問題をなんとかしないといけない。それだけは外せないイベントだ。そして、その起点がワックスになる。
「お腹がすいてるんだよね?」
魔法収納からチーズケーキを取り出してワックスに差し出す。
「え? いいの?」
輝く目で俺を見つめ、俺が頷くより先に、かっさらって食べ始めた。
「う、うめぇ! こんなうまいもん食ったの初めてだ!」
「父ちゃんにも食べさせたいんだよね? これ持って行ってよ。それと、この人たちも連れてって」
もう一個、チーズケーキをワックスに渡し、異相勇者には二人分の料理を持たせる。
「これを僕たちに運べって言うのかい? 一体これに何の意味があるんだい?」
「行けば分かるよ。俺はここで待っているから、うまく話をつけてきてね」
「私の分はないんですか!」
異相ユーゼが物欲しそうな顔で俺に確認する。
「うまくいったら、あとで分けてあげるよ。だから、つまみ食いしないでね」
異相勇者一行を見送ると、俺の前には目を輝かせる犬獣人の子供が。
「俺の母ちゃんにも、分けてくれよ、な?」
仕方なく犬獣人の子供にもチーズケーキを渡すと、「ありがとよ、兄ちゃん!」と言ってどこかに走って行った。
しばらく入り口の前で待っていると、ワックスが紙を一枚持って扉から出てきて、走って町の中に消えて行った。あれは冒険者ギルドに向かったんだろう。うまく話が進んでいるみたいだ。
次に出てきたのは異相勇者一行。
「鉱山のゴーレムをなんとかしてくれって頼まれたよ。それで、明日、鉱山に行くことになった」
「困っている人がたくさんいたなんて……。それを助けるのは当然のことだわ」
「ゴーレムなんて、可憐な妖精ミーナクラン様の魔法で粉砕してやるんだから」
「うまく行きましたよ。早く分けてください!」
王から依頼を受けてきたみたいなので、異相ユーゼには歩きながら食べられるお菓子とバヌーナを渡す。もちろん、元の世界のユーゼにも。
そしてそのまま鍛冶屋へと向かう。
異相勇者がダジィに会いに行くのは本当は鉱山の問題を解決してからが正しい順番になるんだけど、フライングで先にダジィと面会をする作戦だ。
がさつな雰囲気の建物が並ぶ獣人街を抜け、精巧に整えられた建物が並ぶドワーフ街に入った。
鍛冶屋が多くあるはずなんだけど、金属を叩く音は聞こえてこない。ただ一軒、ダジィの鍛冶屋からだけ、音が聞こえてくる。
「あれがダジィの鍛冶屋。話をつけてくるから、この世界の勇者のみんなは、ちょっと外で待っててくれる?」
「ああ、頼む。良い知らせを待ってるよ」
「パンダ。あなたに任せるわ」
俺たち元の世界の勇者一行は、鍛冶屋の扉を開けて中に入った。
そこでは、見える位置に炉があって、その前でダジィが作業をしている。
いくつか剣や盾が飾ってあるのも、元の世界と同じだ。
「なんだい? うちは一見さんお断りだよ!」
赤毛を後ろで編むように束ね、分厚い皮の作業エプロンをつけたダジィが、ぶっきらぼうに俺たちを追い払おうとする。
「ダジィ。落ち着いて俺たちの話を聞いて欲しい」
「客人。あんたらに会うのは初めてのはず。あたいは忙しいんだ。ほら、帰った帰った」
これでは取り付く島もない。
ちょっとマナー違反になるけど、あれを使おう。
「俺はパンダ。まずは、これを見て」
「ん? ……これは、パメイドの奴の紹介状? ミスリルの武器を作って欲しいだって? あいにく、ここにはミスリル鉱石はないんだ。パメイドの奴も分かっていることなんだがな」
「ミスリル鉱石なら、ここに」
魔法収納からミスリル鉱石を取り出す。間違えてアダマンタイト鉱石を一瞬出してから仕舞ったのは、内緒の話だ。
「うわ、大きいな! でもな、ミスリル鉱石を持ってきても精錬しないと使えな……」
それからダジィの鑑定が始まる。その後の純ミスリルに対する反応も言葉も、元の世界とほぼ変わらない。
「このミスリル鉱石は、ダイダム山脈の鉱山で採取した物なんだけど、実は、まだ鉱山は解放されていないんだ」
「解放されていなけりゃ、ゴーレムがいっぱいいて採掘なんてできないだろ?」
ここで、俺は仲間の紹介を始める。
「俺たちは、別の世界からきた勇者なんだ。俺たちの世界では鉱山を解放し、もうミスリル鉱石を採掘できるようになっているんだ」
「はあ? 別の世界だって? 冗談も休み休み言いやがれ」
「外の勇者! 入ってきて」
外で待っていた異相勇者たちを鍛冶屋の中に招き入れる。
「あんたら、双子の同好会でもやってんのかい?」
「いや、今入ってきたのが、この世界の勇者なんだ。彼らが、明日、鉱山の解放に向かうんだけど、別の世界から来た俺たちはそれに付き合う時間的な余裕がないから、順序が逆になったけど、先にダジィと勇者を引き合わせたんだ。さっき見せた紹介状は、実は俺の世界のパメイド王が書いた物なんだ」
「別の世界ねえ。にわかに信じられないけど、ここまでそっくりさんが並ぶと、嘘とも言いにくいな……」
ダジィを信じさせるには、あと一押し必要だ。
「これを見て」
レイナが自らのレイピアを差し出す。
ダジィは眉をしかめながらそれを受け取り、鑑定を始める。
「こ、これは! やたら純度の高いミスリル……。純ミスリルでできた剣じゃないか。それに、ドラゴン特効の効果までついているぞ! なんだ、この剣は……。伝説級の逸品じゃねえか」
「それは、私たちの世界のダジィが打った物よ」
柄から剣先まで、まじまじと見つめ直すダジィ。
「あたいが言うのもなんだけど、確かにこれを作れるのは、あたいしかいない。これを見せられりゃあ、客人が別世界の人間だって信じるしかないよ」
「信じてくれてありがとう。改めて、こちらが今後ダジィの世話になる、この世界の勇者だよ」
「初めまして。ローズ・ペガサスのリーダー、レイナよ」
「エルバートだ」
自己紹介が始まる。
それが終わったところで、俺の目的を話す。
「ダジィには、今後、ミスリルの武器を世界中に、たくさん流通させて欲しいんだ」
「たくさんって言ってもなあ、ミスリル鉱石がないからなあ……」
「それは、この世界の勇者が、近いうちに解決してくれる。だから、ダジィには鍛冶屋を聖パンダタウンに移転してそれに備えて欲しいんだ」
「聖パンダタウン? 聞いたことがないな」
ある程度、町の説明をして、実際に見てもらうことになった。
王に承認を得る前のフライングになるけど、転移石を設置し、それから聖パンダタウンへと飛ぶ。
俺がダジィの案内をする一方で、ユーゼには、この世界の勇者に土の精霊ノームを仲間に加えるように説明を頼んでおいた。鉱山に土の精霊ノームを連れて行かないと、純ミスリル鉱は採取できないし、聖パンダタウンの東の山脈にあるミスリル鉱脈の発見もできない。
「ここが聖パンダタウン……。人の往来が多いな」
「転移石でいくつかの町と繋がっているからね。獣都フデンともさっき繋げたから、行き来は容易だよ」
「あのでっかい木はなんだ!?」
「あれは世界樹だよ。世界樹があるから、向こうの山脈でミスリル鉱石が採れるようになったんだ」
「世界樹って言えば、おとぎ話の神木じゃないか。それに、あの山でミスリル鉱石が……。決めたぜ! あたいはこの町で鍛冶屋を営むよ」
決心が変わらないうちに、鍛冶屋の建物を魔法で生成する。
「こりゃたまげたな。建物をサービスしてくれるって言うのか!」
聖パンダタウンに、有名店がまた一つ増えた瞬間だった。




