132 チャムリは二度泣く(地図)
診療所の前に行くと、皆、既に出発の準備ができていた。
本来であれば、ミリィは居残りのほうがいいかもしれないけど、これから向かう先、その道中にも動かせない人がいるかもしれないということで、同行する。
異相世界のミリィは、両シャルローゼ、両セレスと共に居残りだ。
セレスが残るのは、護衛のためだ。まだこの町には衛兵もいないし、念のために残るよう頼んだ。
「王女殿下を守るのは当たり前のことだ。それにミリィを守るのも私の務め」
と、快く引き受けてくれた。
エルフのフィルマも残るんだけど、その理由は世界樹を見守りたいから。世界樹の再生はエルフ族の悲願だったんだし、その気持ちは分からなくもない。
「メ・モリーに飛んで、そこからオルドマインに行く。魔物がいるかもしれないから、戦えるように準備だけしておいてね」
「早く行くのである」
俺が転移魔法を発動し、メ・モリーに転移する。
そこからエアカーで細い街道を北東へと進む。
旅人や商人とすれ違うことはなく、快調に進んだ。
「見えてきた。あれがオルドマイン……」
オルドマインの町は、やはり、魔物の襲撃を受けたようで、多くの家々が倒壊していた。
路頭に迷う人々の姿。
倒れて動けない人も多くいる。怪我が原因なのか、食料不足が原因なのかはここからでは分からない。死んでいるのかもしれない。
「クールちゃーん!」
「ベス師匠! 無事であるか!?」
二人のチャムリが町の中へとすっ飛んで行く。
なんだ? ベス師匠って?
「町の代表者と話をつけてくる。パンダは転移石の設置と、バヌーナの林を早く作ってくれ」
エルバートも町の中に走って行く。
俺は転移石を設置し、バヌーナの種をまいて林を作る。種を切らしているから、バヌーナの実を二人のユーゼが食べて、種を植えてもらって木属性魔法「グロウス」で木に育てる。
そんな作業をしていたら、チャムリがやってきた。
「ユーゼ! クールちゃんを助けて欲しいのである!」
「ユーゼ! ベス師匠を助けて欲しいのである!」
と、それぞれユーゼを引っ張って行った。
どうやら、猫が瓦礫の下敷きになっているらしい。チャムリの力では瓦礫をどけることができなかったと。
先に着いたのは、それほど遠くない位置にある倒壊した家。
「クールちゃん! 助けを呼んできたのである! もう少し! あと少しだけ耐えて欲しいのである!」
「ニャ……ン」
「やっちゃいますよ! クールちゃん、頭を守るようにしていてくださいね!」
「「瓦礫なんて粉々にしちゃいます! 旋風落葉!」」
二人のユーゼが棍を下段から大振りして旋回し、瓦礫を浮き上がらせる。そして上空で瓦礫に強烈な一撃を入れて粉砕する。
「クールちゃん!」
血まみれで息絶え絶えな白猫。それをチャムリが抱え上げて「ミリィは、ミリィはどこであるか?」と血相を変えてキョロキョロ首を左右に振る。
「サーチ。ミリィは右手の方にいるね」
足が車輪に見えるくらい高速に突っ走って行った。
「次はベス師匠なのである。急ぐのである!」
次に訪れたのは、やはり倒壊した家のもと。
扉に掛かっていたであろう、猫の形をした表札が地面に落ちている。
「「やっちゃいましょう! 旋風落葉!」」
消え去った瓦礫の下からは、尻尾が二股に別れている黒い大きな猫と、婆さんが出てきた。
「「シエル婆さん!」」
「ベス師匠!」
両ユーゼが婆さんを抱えて、ミリィのいる方向へと向かう。
チャムリの視線が俺に向く。
え? 俺に黒猫を運べと?
「パンダ、頼むのである」
大きすぎてチャムリには持てないし、仕方がない。黒猫を抱えてミリィの元へと急ぐ。
「ミラクル・ヒール」
ミリィの回復魔法で婆さんが全快する。
「おやおや。ここは天国かえ? 爺さんや。先に天国で待っている爺さんはどこかね?」
「「シエル婆さん!」」
両ユーゼは、この婆さんのことを知っているようだ。
「おやおや、久しぶりだねえ。あんたも死んだのかい? それに双子だったんだねえ。そうかいそうかい」
「「死んでませんから!」」
二人の説明で、婆さんは自分が生きていることを把握し、ミリィに「聖女様、ありがたいねえ」と礼を言っていた。
ミリィの隣では、先ほどの白猫が、異相世界側のチャムリとべったりラブラブになっていた。
「にゃん、にゃにゃーん。ポッ!」
「助けてくれるなんて、素敵……。ポッ! と言っていますよ」
猫語の分かるユーゼが翻訳してくれる。異相チャムリはデレデレだ。
こっちのチャムリは男泣きに泣いている。
「わ、吾輩もこの世界に生まれていれば……」
それからしばらくして黒猫の治療も終わり、チャムリと肉球を合わせて挨拶をしている。なんと元の世界では、この黒猫がチャムリに修行を課していたらしい。だから師匠なんだとか。でも、この異相世界ではそういう関係ではない。
「助けてくれた礼をしたいのであるか? それなら……、グフフ」
チャムリは腹黒い笑みを浮かべて、何かを黒猫に話していた。それも人語で。なんとなく聞こえたのが、「あやつの修行をするのである」だったんだけど、どういう意味なんだろうね。
俺はユーゼを連れてバヌーナの林作りを再開する。
日が暮れてきた頃、作業を終えて聖パンダタウンに戻った。
治療所の前を通ると、そこには、出かける前よりも多くの怪我人が列をなしていた。
ミリィもこちらでの治療に戻っていて、明かりの魔道具の下で治療をしていた。
「パンダ、話がある」
エルバートとレイナに囲まれて、明日の話をする。
町民がたまたま町に来た商人から聞いた話では、スタンピード、魔物の大群は、シエル婆さんのいたオルドマインの町を襲ったあと大街道に向かったようだ。そして、そのまま大街道を北上したらしい。
だから、明日は大街道を北へと進みたい、と。
「それに、陥落したランハード城が心配だ」
ランハード城は、白鳥城の正式名称で、一般人は白鳥城と呼んでいるけど、王子のエルバートは正式名称を使う。話を合わせるために白鳥城と呼ぶこともあるけどね。
大街道の北端に王都ヴィーノが位置していて、そこに白鳥城がある。
最終目標地を白鳥城とし、明日からはできるだけ北進することで合意した。
翌朝。
王都ヴィーノへと続く大街道を、エアカーで北進する。
今日はミリィを居残りにした。移動時間のほうが長くなるし、聖パンダタウンに増えた怪我人を一人でも多く治療しないといけないからだ。
通りかかった宿場町では、転移石を設置し、エルバートが町の代表者に話をつけるという方針でどんどんと先に進む。バヌーナを植えないのは、このあたりは、頻繁に商人が行き来していることが確認できたからだ。
次の宿場町は魔物に荒らされておらず、突然、魔物の痕跡が消えていた。
「魔物はどこに行ったんだろう?」
異相エルバートが周囲を確認して困惑している。彼は、レイナの兄ブリューレンには会っていないようだ。あれ? 正しくはグラントリーって名前だったかな?
ブリューレンは魔物使いで、魔物を操ることができる。魔障の渦のような物から魔物を呼び出すことも、仕舞うことも……。
夕方まで北進を続け、聖パンダタウンに戻る。
町の開発について打ち合わせをしたり、料理を教えたりして、翌日また北進する。
数日で、白鳥城のある町、王都ヴィーノに辿り着いた。
「陥落したとは聞いていたけど、戦火の痕は見られないな」
エアカーから降りた異相エルバートが町並みを見て歩いている。
「俺の世界では、ベイム帝国軍は、空から白鳥城へ直接攻め込んだんだ。それと同じなら、町にはそれほど多くの被害は出ていないはずだよ」
「ええ、そうよ。町を襲っていたのは着地点がずれて町に落ちた兵士だけなんだから。私の町になるんですもの。壊す訳ないでしょ」
「私の町?」
「ちょっ! そこは軽く聞き流しなさい! もう済んだことなんだからね!」
異相エルバートのツッコミを、ミーナクランは突き放す。ボケたり取り繕ったりはしない。
済んだことだと言うけれど、この世界では、現在進行中だ。
「同じだとするなら、シャルローゼが居る方がいいね。狭い城内なら、戦うよりも祓う方が楽だし。それに、もしも程度の軽い人がいたら元に戻せるかもしれない。シャルローゼを連れてくるよ」
俺は聖パンダタウンから、シャルローゼを連れてきた。
「鬼人化兵を、私が祓えば良いのですね」
城門は開かれていて、門衛は鬼人化兵だった。
「悪しき者よ。消え去るのです。修祓!」
シャルローゼが護符を使って密呪を唱えると、門衛は霧散する。
「こっちの世界だと、私は一国一城の主ね……。現実を話しただけなんだから、細かいこと気にしないでよね!」
再び位相エルバートの視線を浴びて、言い繕うミーナクラン。
位相エルバートにとって、家族や家臣たちの安否が最も気になることであり、その原因を作った位相ミーナクランを、心のどこかで許せないでいる。
そっくりさんが気に障ることを言えば、冷めた視線が向くことは容易に理解できる。
門をくぐり、いつもなら綺麗に手入れされているはずの庭の中を進む。そこには所々に戦いの痕が残っていて、魔法で燃えたり、兵士が倒れ込んで潰されたりした痕なんだろう。
城の正面扉を守っている兵士も鬼人化兵で、シャルローゼによって消し去られた。
俺たちは正面から堂々と城内へと進入した。
★ ★ ★
部下の兵士を失ってからというもの、毎日が退屈でつまらないわ。
私、可憐な妖精ミーナクラン様の部隊が、ああも簡単にやられるなんて。
思い出しただけで腹が立つわね、もう!
でも、あの魔法を発動した男の顔を思い出すと、何故か頬が熱くなって胸がドキドキするわ……。
きっと頭にき過ぎているのよ。私が負けるなんてあり得ないんだから! 今度会ったらただじゃ済まさないんだからね! ……でも、すぐには殺さないわ。ちょっとだけどんな人か確認してみるのよ。ちょっとだけよ。
それに、私の真似をした魔法使いまで連れていて……。
そんなに私に傍にいて欲しいのかしら?
え? これって、私に気があるんじゃない?
あの男、私に惚れているに違いないわ!
やだ! 跪かせて私の靴でも舐めさせようかしら。
戦いの中で、ちらっとしか目に入らなかったけど、とっても可愛い猫ちゃんを連れているのよね。分かっているじゃない。私のそっくりさんを連れて、私の大好きな猫ちゃんをも連れている。
やっぱり、私に惚れているんだわ! うふふ……。
べ、別にあの人のことが気になるって訳じゃないんだから、ね!
次に会うまでに、ちょっと心の準備が必要なだけなんだから。
バーン!
突然、謁見の間の入り口の扉が無造作に開けられたわ。
「誰!? ここが、可憐の妖精ミーナクラン様のお城だと知っての狼藉?」
「会いたかったよ。ミーナクラン」
「ちょ、ちょっといきなり、ななな、何言ってるのよ!? あんたバカじゃないの?」
心の準備をする暇もなく、あの人が現れたわ。
そして、いきなりの告白!?
ドキドキが止まらないわ。
あの人が何か言っているけど、心臓がバクバクして耳に入らない。
落ち着きなさい、ミーナクラン。ここで下に出ると、男女の関係ってずっと私が下になるって言うでしょ。ここは私が実力を出して、私が上だって見せつけないといけないわ。
「…………ギガ・アイス・ランス」
「ミーナクラン、話を聞いてよ!」
「イージス!」
キザな男が前に出てきて私の魔法を盾で受け止めたわ。「うっ」とか声を漏らしてたけど、やるじゃない。私の魔法を盾で完全に受け止めたのは、あんたが初めてよ。喜びさない。
「あんた、まだ分からないの? 私たちに勝てると思ってるの? バカじゃないの?」
私にそっくりな女が、私みたいな口調で挑発してくる。
「そんなことは、私に勝ってから言うことね! …………メガ・ファイア!」
「メガ・ファイア!」
「あ、ああ、謁見の間が……」
魔法まで真似するなんて、この女、よっぽど私に憧れているのね。
キザな男がうろたえているけど、よっぽど私の魔法が怖かったのね。
ふん! もっと怖がりなさい!
あ!?
目の前に迫る火球。
どうして!?
視界が炎で満たされ、そして暗転する。
………………。
…………。
……。
ここは、床の上?
一瞬気を失っていたのかしら?
あら? 目、目の前に猫ちゃん!
「猫ちゃーん!」
「むほっ! は、離すのである! コラ! コノ!」
「やだ、離さない!」
猫ちゃんは、もう、私の物よ。
ぎゅっと抱きしめちゃうんだから。
この暖かい感触。いいわあ。猫ちゃん。
「むはっ! むごっ!」
「チャムリは私のです! とっちゃダメですよ!」
「コラッ、むほっ! ユーゼ! むはっ! 引っ張るななので……」
一瞬、後ろの首元を誰かに掴まれ、私の視点が急に高くなる。
姿を隠していたダークペガサスのシュバルツが、私の襟元をくわえて背中に乗せたから、びっくりして猫ちゃんを離しちゃったじゃないの。
「げほっ。く、苦しかったのである。涙が止まらないのである……」
シュバルツが羽ばたき、天井に空いた穴から外へと飛び出す。
あの人にいい所を見せられなかったじゃない!
次に会ったら、絶対に見せつけてやるんだからね!
それに、猫ちゃん二匹いるみたいだし、一匹ぐらい分けてくれてもいいじゃないの。
力尽くでぶん取ってやるんだから!




