130 己の敵は俺?(地図)
「国境に集結した部隊を壊滅させた。これで僕たちはラウニール王国解放の突破口を開くことができた」
「このまま進む? それとも、ナルル博士の所に行く?」
「ナルル博士の所に行きましょう。一日で改良したって話でしょ?」
異相レイナが、ナルル博士に会いに行くことを即決した。
元の世界において、乗員が慣性ですっ飛んで行くエアカーは、俺が原理を教えてあげることで、その日のうちに、乗員がすっ飛ばないエアカーに改良された。
エアカーの改良に一日かけても、ラウニール王国は広いので、十分に元が取れるはずだ。
「了解でーす! レダスに飛んじゃいますよー」
異相ユーゼが転移魔法を発動し、俺たちはメキド王国へと転移した。いつも俺が発動していたから、他人に発動してもらうのは初めての感覚だ。それは、転移石に触れたときと同じ感じだった。
こちらの世界の王都レダスにおいても、王城の尖塔が一本、途中からなくなっていて、ロック鳥による襲撃があったことが窺える。
「やっぱり、この世界でもメラニー山まで、ロック鳥を退治しに行ったのかな?」
「良く知ってるな。王城が魔物に襲撃されるなんて、滅多にないことなんだけど。同じことが起こるのが異相世界ってものなのかい?」
「うーん……。同じ行動をしている分については、同じことが起こりやすいと思うけど、この世界には俺がいないんだ。だから、基本的に違うことが起きると思うよ。ロック鳥の襲撃については、それを引き起こした者の環境が、まだ向こうと同じだったんじゃないかな?」
「そういうものなのか」
異相エルバートとしては、まだ異相世界とは何かを完全には理解していない。同じ人がいる世界、程度の認識だ。
「うん。ロック鳥を城に襲撃させて、宝物庫にあるイーヌスの涙を奪う。当時、犯人はそれを成さないといけない環境にあったんだ」
ここで異相レイナが話に割り込む。
「ちょっと待って。ロック鳥の襲撃には犯人がいるの? それに宝物庫? 知らないわ。ロック鳥が奪ったのは城の一部よ」
「城の一部。そこが宝物庫だったんだ。犯人はジークゴルト。封印された邪神を復活させようとしている。恐らく、封印を解くのに必要なのが、イーヌスの涙なんだ」
この世界には俺がいないから、異相勇者一行は、盗まれた尖塔をメラニー山から持ち出すことができなかったはずだ。だから、それが宝物庫だということを知らないのは当然のことだ。
「三つの神器のいずれかと、光の巫女の血。それが揃うと、封印を解くことができちゃいます」
「ユーゼ、なんで知っているんだ?」
「だって私、賢者になったんですよー。賢者の知識を受け継いだから、分からないことはないんですよー」
右手の人差し指と親指を直角に立てて、顎の下に添えるユーゼ。
「こらっ、ユーゼ。嘘を言ってはいけないのである。ユーゼが分かるのは、代々の賢者が得た知識だけである。そして、積極的に検索したときだけ、その答えが得られるのである。だから、普段はカラッポのユーゼのままなのである」
「なんですってー! カラッポとは何ですか! ポカポカ!」
「ぎゃー!」
「そんな……。私たちは犯人の目的を阻止できなかったの……」
「向こうの世界に帰って邪神を倒した後でなら、俺たちも協力するよ。魔王……、この星の管理人には秘策があるみたいだし」
「あなたたちが力を貸してくれるのなら、助かるわ」
話をしているうちにランドウ研究所の前にやってきた。ここでもやはり、他の建物とは違うグレーの鉄板の建物で、すぐに分かった。
「ライキャーク、ライキャーク」
押しボタンによる声で、二人のセレスがビクッとしているけど、この辺も、元の世界と同じだ。若干イントネーションが違う理由は不明だ。
「なんだ、勇者一行なのだ? む? 目がかすんでいるのだ? むむむ?」
赤い髪に二束おさげ。白衣を着た少女は紛れもなく、ナルル博士だ。しきりに目を擦っている。
「目を擦っても治らないよ。実際、二人ずついるんだから」
「は?」
「俺はパンダ。異相世界からやってきた勇者の一人。二人ずついるうちの片方も、皆、異相世界からやってきた勇者なんだ」
この世界の人から見れば、俺が異相世界の人間になる。だから、このような説明になってしまう。
「異相世界……。興味深いのだ。それはなんなのだ!?」
ナルル博士が食いついた。俺の知っている範囲で、異相世界について説明をしてあげた。
「それなら、異相世界とやらにも私がいるのだ?」
「博士。なに立ち話、しちゃってるんですか……。あれれ? みなさん双子だったんですか?」
奥からエマリナさんがやってきた。ややこしくなったので、もう一度異相世界について説明をした。
「と言うことで、向こうにもナルル博士はいるんだ。そして、向こうのナルル博士が発明した乗り物を見せたくって、ここにやってきたんだ」
「おおぅ! 早く見せるのだ!」
俺の腕を引っ張るナルル博士。
「町の外で見せるから、魔法の鉄板を調整できる道具を持って、町の外に来てよ」
「分かったのだ! すぐ行くのだ!」
ピュンっと音を立てて奥へ行き、「待たせたのだ」と戻ってきた。
町の外に出て、エアカーを魔法収納から取り出す。
「何なのだ、この材質は? 見たことがないのだ。それにガラスを使っているのだ。向こうの私は儲かっているのだ?」
「ははは、博士が作るのは、コントロールボックスだけだよ。車体は俺が魔法で生成したんだよ」
そう言って、「クリエイト」で新しいエアカーのボディを生成する。
「うわっ! 驚いたのだ。ガラスは魔法で作れるのだ?」
「そんなことはどうでもいいから、ナルル博士、これに乗ってみてよ」
「わ、私は乗らなくても大丈夫なのだ」
「そんなこと言わないで。乗らないと違いが分からないと思うから」
俺が普段使っている一号車。それに無理やりナルル博士を乗せる。
彼女の手がガタガタと震えている。こちらの世界でも、速く動く乗り物が怖いんだね。
そんなことはお構いなしに、俺はエアカーを発進させる。
急旋回、急停止、急加速。
「どう? 違いが分かった?」
ナルル博士の口から白い物が抜け出すようにして浮かび上がっている。
「ち、違うと、いうことが、分かった、のだ……。ぷしゅ~」
「あっちの博士は、すぐに理解したよ。いい? 原理を説明するよ? 力は質量と加速度の積で……」
伸びていても、ちゃんと話は聞いていたようで、起き上がると急に眼を光らせ、異相勇者の持つ魔法の鉄板に飛びかかるように乗って、コントロールボックスの調整を始める。
「できたのだ。これですっ飛んで行くことはないのだ!」
異相勇者同士が顔を見合わせる。そして異相ユーゼが実験体となり、魔法の鉄板に乗る。
最初は恐る恐る、徐々に旋回し、それが大丈夫だと分かると、速度を上げて急旋回を試す。
「ひゃっほー! これはいいですよー! どれだけ曲がっても飛んで行かないです!」
もう一台の方も調整が済んだようで、異相レイナが試乗する。
「そうね。これなら大丈夫そうね」
「えへん! 向こうの私には負けないのだ。しかし! 私の真の敵は、パンダ、お前なのだ!」
己の敵は向こうの己、じゃなくって、己の敵は俺?
どうしてそうなった!?
「魔道具界に革命を起こせるような知識は、向こうの私でも、持っていないと自信を持って言えるのだ。しかも、パンダは聞いたことを話すような感じではなかったのだ。つまり、これはパンダの知識に違いないのだ!」
「あ~あ。もう、分かったよ。向こうのナルル博士に教えたことを全部教えるから、それでいいよね?」
「包み隠さず、全部教えるのだ!」
「博士博士、それは人に物を教わる態度ではありませんよ」
「うむ……。パンダ君、教えてくれなのだ。テヘっ」
ウインクし、どこかのお菓子屋のキャラみたいに舌を出したスマイルで教えを乞うナルル博士。
そんなスマイルはいらないから、ちゃっちゃと教えることにした。
「まずは、石鹸から――」
石鹸の材料、ディンプル式の鍵、エスカレーター、手動印刷機……。何か抜けているかもしれないけど、重要なのは一番最後の手動印刷機で、俺たちが元の世界に戻ったあとで、異相シャルローゼの護符の作成に協力してもらいたい。ジェットコースターなどの遊具は、省いたけど、いいよね?
「向こうの私め。抜け駆けをしていたのだ。しかし、それも今日までのこと。あっという間に、追い抜いてやるのだ」
多分、向こうのナルル博士は、今頃くしゃみをしていることだろう。
俺以外の勇者一行は、ナルル博士への説明が始まる前に、宿屋に行ってもらった。だから、もうここにはいない。宿屋での手続きの際、同じ顔で同じ姿の二組の客に、宿屋のおじさんが目を白黒させていたに違いない。
遅くなったけど、俺も宿に行き睡眠をとる。
翌朝。
転移魔法で国境沿いに戻ってきた。ここには目標となる転移石を設置しておいたから、町でなくても転移魔法で戻ってくることができた。
「これが新しい魔法の鉄板……。エアカーって言うのかしら? ローズ・ペガサスに相応しい乗り物だわ」
昨日新たに生成した物に加え、もう一台生成して異相勇者一行にエアカーの車体をプレゼントした。
異相レイナは、エアカーが気に入ったと言うより、前についている大きなガラスに興味津々だ。頬擦りしているし。
それならと、こぶし大のミスリル玉を魔法で生成してプレゼントしてあげた。マナの枯渇ぎりぎりまで消耗したけど、レイナの喜ぶ顔には代えられない。異相レイナだけど。
「なんて素敵な宝石なのかしら……。スターファスト家の家宝にするわ」
「ちょっとパンダ。私には? ほら!」
手を差し出す元の世界のレイナ。
「レイナには、もうあげたよね? それに、もうマナが枯渇しそうだし……」
「ふーん、そうなんだ? 向こうの私にはあげるのに、私にはくれないんだ? ふーん……」
ふてくされるレイナ。明日、マナが回復したら作ってあげるということで、どうにか機嫌を直してもらった。ここでも、己の敵は俺だったのか!? 異相レイナには負けたくない、だけどそれにプレゼントする俺は敵だ、と。
レイナの他にも、ふてくされている者がいた。
ミリィさん、ユーゼさん、ミーナクランさん、そんな目で見ないでくださいますか?
「ミリィには、また新しい料理を教えてあげるから、一緒に作ろう、ね? ユーゼも、今日の昼食は五人分に増量するし。ミーナクランも、猫カフェ用の新しいお菓子のレシピを考えておくからさあ……」
どうして俺は女性陣の機嫌取りをしないといけないのだろう?
え? セレスまで?
それに、普段感情を顔に出さない、完璧な王女のシャルローゼも、その目は何?? 異相レイナが頬擦りしているミスリル玉に釘付けなんだけど……。
「セレスは、この世界のことが一段落したら、チェダイリスを見に行こうね……。シャ、シャルローゼは、後日ミスリル玉を作るってことでいいよね?」
体中、嫌な汗でびっしょりになった。
何してるんだろう、俺。
何とか平常運転に戻った俺たちは、大街道を進む。
途中で寄った宿場町や村などは、荒らされていて、宿屋でもまともに食事ができなかった。
大街道の東端にあるメ・モリーの町に寄ると、そこは惨憺たる状態だった。
家々が倒壊し、明日の生活も見通せずに人々が路頭に迷っている。希望を失い、人々の目が死んでいるのだ。
「これはひどいな」
「大きな町だから、臨時の家を建ててあげるにしても、全員の分を用意するとなると相当の時間がかかる。それだと俺たちの世界の人類が滅亡してしまうかもしれない」
「「怪我人を癒してあげたいの……」」
二人のミリィの声が重なる。同じ人間だから、考えることも基本的に同じだ。
「うーん……。ユーゼ、ヤムダ村に転移することはできる?」
「私ですか?」
「違う。もう一人の方」
「私ですか? ヤムダ村ってどこです? 知りませんよ」
見た目が同じで反応も同じだから、ややこしい。髪飾りを見て見分けるしか方法がない。
「じゃあ、エセルナ公国で行ったことのある町はどこ?」
「えっとですね、サフィって言う、海のある町ですよ」
駄目か。エグレイドにでも寄ってくれていればすぐだったんだけど。
仕方ない。またナルル博士のいる町に飛んで、そこからエアカーで南へ下るしかないか。
エアカーで飛ばせば、三日ほどでエグレイドに行けると思う。
「そうなんだ……。残念だけど、それだとヤムダ村に一番近いのはメキド王国の王都レダスってことになるね。そこからぶっ飛ばして移動しても三日はかかるけど、その間、みんなで手分けして手当てしててくれる?」
「わかったわ。ここは私たちに任せて、あなたはヤムダ村を目指して」
「パンダタウンに行くの? 私も行くわ。いいでしょ?」
ミーナクランが一緒に行くと言い張る。
異相勇者一行は、ちんぷんかんぷんで話についてこれていない。
「この世界には俺がいないから、パンダタウンは存在しないんだ。でも、ヤムダ村の荒野に行けば、マナの消費を抑えて回復魔法を使えるようになるから、怪我人をそこに連れて行って癒すことにするんだ」
「聖地……。パンダなら悲願を成就できると、風の精霊が言っている」
悲願とは、世界樹の復活のことだろう。もちろん、それも行う予定だ。
「えっとね。ヤムダ村の傍にある荒野に行くとね、魔法を使ったときのマナの消費が少なくなるの。それに、マナの回復も早いんだよ。だから、ここで治療を続けるよりも多くの人を癒すことができるの」
「ミリィは賢いなあ」と、どっちのセレスの発言か分からなかったけど、セレス同士が「うんうん」と頷きあっている。
「パンダタウンがないのなら、行ってもしょうがないわね」
ミーナクランはあっさりと同行をあきらめた。
俺は早速、単独行動を始める準備をする。
魔法収納から、非常食を取り出して皆に分ける。いつも俺が食料を担当しているから、持ち合わせは少ないはずだ。
出来立ての料理を出さないのは、皆の収納の魔道具だと時間経過で腐ってしまうからだ。俺の魔法収納は時間を止められるけど、皆のはそうはいかない。
町の人にも分けられる食料として、壊れた城壁の外にバヌーナの種をまき、木属性魔法「グロウス」で一気に果実を実らせる。
バヌーナの実一本にはたくさんの種があるから、ユーゼに何本か食べてもらって種をさらにまき、町の周りをバヌーナの林のようにする。
異相エルバートもバヌーナを喜んで食べていた。食の好みは異相世界でも同じだ。
「これで数日は食料がもつだろう。次は休憩所となる簡易的な建物を生成して、そこにベッドを配置して……」
両方の世界の勇者一行が寝泊まりできる建物を魔法で生成し、ベッドを配置する。
ベッドについては、位相勇者の分はないけど、いいよね?
「よし、準備完了! 俺はヤムダ村に向かうよ。みんな、ここは任せた!」
この荒れ果てた町には、三千人以上の町民がいる。たくさん植えたバヌーナでも、それだけで今後すべてを賄える訳ではない。あくまでも、町民同士で助け合って町を立て直してもらうことが前提で、バヌーナの木はその礎のようなものだ。
俺は、転移魔法でメキド王国のレダスへと飛んだ。
「急いで行こう! 少しでも早く着けば、それで助かる人が一人でも増えるかもしれない」
異相ミリアムと異相シャルローゼは、剣を使った魔法の練習をしていないはずだから、魔法容量はそれほど大きくなっていないんじゃないかな。だとすると、回復魔法を連発するのは厳しいだろう。
エアカーで街道を爆走する。すれ違う旅人が驚いて転んだりしているけど、速度は維持したままで「ごめんなさい!」と声を上げるので精いっぱいだ。
日没までにできるだけ遠くへ進まないといけないから、旅人には申し訳ないけど、減速なんてしていられない。
街道上に魔物が現れても、魔法で吹き飛ばすか、戦わずにすり抜けて進んで行く。
やがて乾燥した平原が草木に覆われるようになり、山々の裾野を通り過ぎる。右手に見えるのはメラニー山だ。あそこでロック鳥と戦ったのが懐かしい。
俺は、街道を飛ばして進んだ。




