129 私がレイナよ!(地図)
明くる朝。俺たち勇者一行は、魔王城にやってきた。
「アダマンタイト鉱石は入手できたのじゃな? それで、武器は作れそうなのか?」
俺は、ダジィから聞いたことを魔王に伝える。
「そうか。まだかかるのじゃな。それなら丁度良い。失われたヤトの勾玉の代わりになる物を思いついたのじゃ。お主らはそれを取りに行くのじゃ」
魔王は「世界樹よ、マナをよこすのじゃ」と叫んで、俺たちを異相世界へと転送した。魔王の魔法容量だと、マナが足りないから、遠くにいる世界樹から分けてもらっているのだ。
この世界に帰る際に必要となる俺のほうがマナの消費が多くなるんだけど、前回俺たちを転送する前に「パンダの魔法容量は異常なのじゃ。それだけあれば戻ってこれる。そんな加護は与えてないのに、どうなっておるのじゃ、まったく」と言っていたし、今回も大丈夫だろう。
異相世界のムートリア聖国。聖都コプンカの入り口の前に俺たちは立っている。
ここから遠くにあるヤト国に行って、この世界のヤトの勾玉を拝借するのが俺たちの任務だ。
「なんだか、行き交う人々が慌ただしくないか?」
やや急ぎ足で町の中へと入って行く人々。
気になったエルバートが聞き込みを始める。
「そ、そんな馬鹿な……」
人々から得られた情報では、ベイム帝国がラウニール王国に攻め入り、ラウニール王国が敗北したそうだ。
北から大軍が押し寄せ、さらに南から魔物の群れが挟み撃ちをかけるように乱れ込んだ。両方へ救援に向かったラウニール王国の軍隊。その隙を突いて、王都ヴィーノが急襲され、陥落した。
ラウニール王国はベイム帝国に占領されたのだ。
だから、近日中にベイム帝国がここムートリア聖国に攻め込んでくると噂されていて、人々は逃げ惑っている。
どのみち、俺たちはラウニール王国の方へと向かわないといけない。嫌でもその事実を目にすることだろう。
異相世界は、時間軸が元の世界とずれているようで、少し過去の出来事が、今、起こっている。
エアカーに乗って街道を進むと、どこかで見たことのある後ろ姿にでくわした。向こうの一行もエアカーのような物に乗っている。ゆっくり進んでいるからすぐに追いつき、並走した所で挨拶でもしようと思っていたら。
「そこのあなたたち! 私たちの真似をするなんて、どういうことかしら?」
「そんなあなたこそ、私にそっくりね。安心したわ。私がレイナよ!」
「偽物!」
異相レイナが剣を抜きながら飛び降りて、俺の隣のレイナもそれに反応してエアカーから飛び降りる。そっくりでややこしいけど、髪飾りのあるほうが、元の世界の勇者だ。
銀色のレイピアとエメラルドグリーンのレイピアが交錯する。
パキン!
異相レイナの銀のレイピアが折れた。
そうか。この世界では俺がいないから魔法剣になっていないんだ。レイナのほうも、最初から相手の剣を折るつもりで切り込んでいた。だから、あっさりと折れたんだ。
「あなた、そんな剣で世界を救えると思っているの?」
「くっ!」
唇を噛む異相レイナ。異相エルバートたちも降りて臨戦態勢になる。
「みんな、ちょ、ちょっと待ってくれ。その、あれは、別世界の勇者一行だ」
慌てて仲間を止める異相セレス。
「その節はお世話になった。このとおり、僕たちの世界で、セレスティーナは復活した」
セレスの背を押すエルバートの説明に、向こうの一行はまったく話についてこれない。
仕方がないので、俺が経緯を説明する。
「異相世界? あなたが私? 夢でも見ているの?」
「そんな……。向こうの世界ではセレスが死んじゃうなんて……。ぐすっ」
「ミリィ大丈夫だ。この勇者たちが、死んだ私を復活させてくれたんだ」
俺たち勇者に世界を救う助言をしてくれるのが魔王。セレスを復活させるための助言をくれたのも魔王。
人類を滅ぼそうとしているのは邪神。その引き金になるのが鬼人族。
そして、鬼人族を操っているのがジークゴルト。あえて、ユーゼの父親だとは明かさないでおいた。
とにかく、勇者の使命は邪神を倒すこと。それを強調しておいた。
「なんだって!? 魔王は人類の敵ではないのか? それでは、僕たちは何のために世界を巡っているんだ?」
異相エルバートが混乱する。
「世界を巡ることは、勇者の使命よ。だから、旅は続けるといいわ」
「理解はできないけど、あなたは私。そこだけわかったわ」
レイナ同士が握手を交わす。
「これを使うといいわ……。今、切れるように直すから、少し待って。パンダ、直して」
エメラルドグリーンのレイピアを収納から取り出し、俺に渡す。これは練習用の物だ。刃先が丸くなっているから、俺が「クリエイト」の魔法で切れる形状に修正し、レイナに返す。
「改めて。これを使って」
俺が修正したレイピアは、異相レイナに渡された。
レイナは、ドラゴン特効が付く前のミスリルのレイピアを、既に世界樹魔法学校の生徒エルナにプレゼントしていたから、今は練習用の物を修正して渡すことしかできなかった。
エルバートとユーゼも、同じように武器を渡す。ただ、こちらは練習用の物ではなく、ドラゴン特効が付く前の物だ。
「これは素晴らしい剣だ」
「わーい。これがあれば、どんな魔物も、ガンガン殴っちゃえそうです! あ、邪神でしたっけ? どっちも同じです! どっかーんとやっつけちゃいます!」
異相勇者一行には、エルフの戦士、フィルマがいる。彼女の武器は弓とショートソードだから、俺の古いミスリルの剣を渡した。
「この剣は魔法剣だ、と、風の精霊が言っている。そんな珍しい物をもらってもいいのか?」
「うん。新しいのがあるから。それに、今、もっと凄いのを作ってもらっている最中なんだ」
もう一人。異相セレスについては、身に着けているのは護身用の剣であって、魔物との戦闘時はダークムーン・ロッドをメインに使う。だから、剣はいらないよね?
……あれ? 異相勇者一行は、まだ魔王に会っていないんだっけ。それなら、ロッドを使えないかもしれない。覚醒して初めて使えるようになるみたいだし。
仕方がないので、異相セレスには俺の練習用の剣を修正して渡した。
元の世界のセレスはまだ銀の剣だけど、アダマンタイトの剣を作成中だし、差がついてもいいよね?
「ユーゼさん。実はですね、パンダさんが、この世の物とは思えないくらいの、美味しい料理を作ってくれるんですよ。柔らかいパンに、独特な風味の調味料を使った料理。その調味料をトウモロコシに塗って焼くだけで、天にも昇る料理になるんですよー」
「わあー食べたいですー。もうお昼ですよね? そうですよね? ね?」
ユーゼ同士が食べ物の話をしだした。
おかげで、異相ユーゼに肩を揺らされて、俺の視界では大地震が発生中だ。
街道から外れて草原に入り、魔法で整地して休憩所を作る。
これだけ大勢の人数分のテーブルはないので、新たに魔法でテーブルと椅子を生成して追加する。
テーブルに上に料理を並べて行くと、いつもの顔なのに、その反応が初々しくってちょっとうれしくなる。やや、デジャブ感があるけどね。
「エル様~、至福の時間です~」
「これはどこかの王宮料理を分けてもらった物かい?」
髪飾りがないから、どっちのエルバートか見分けのつかない異相エルバートが、鶏の唐揚げをはふはふしながら食べている。
「エル様。パンダさんを連れて行きましょう」
「駄目ですよ! パンダさんは私のものです!」
「えー、ずるいですー! それなら、私もそっちの勇者になりまーす!」
「こらっ、ユーゼ! それは吾輩の唐揚げなのだ!」
どさくさに紛れて、異相チャムリの料理を盗み食いする異相ユーゼ。
え? 俺たち、異相ユーゼをテイクアウトするの?
レイナは両手を広げて、「それはないわ」と仕草で答えている。
いろいろ話をしたんだけど、異相勇者一行は、これからラウニール王国へと向かうところだった。彼らの情報だと、国境付近にベイム帝国軍が集結していて、その指揮をしているのが、金髪ツインテールの黒衣の少女らしい。
皆の視線がミーナクランに向かう。
「な、何よ!? 私、ここでは何もしてないわよ!」
「ここでは、ねえ……」
元の世界では白鳥城を急襲したり、ラウル平原で野戦に加わったりと、エルバートを悩ませ続けた彼女。きっと、異相世界でも、いろいろやらかしているに違いない。
食事休憩を終え、俺たちは異相勇者一行と共に、国境へと向かった。彼らも一応鉄板のエアカーを持っていて、歩くよりは速く進めるんだけど、曲がる際にゆっくりと曲がらないと乗員がすっ飛んで行く初期型のエアカーで、俺たちはそれに合わせて徐行して進んだ。
「そちらの世界のナルル博士が羨ましいな。似た感じの物なのに、こうも違うとは」
異相エルバートが話しかけてくる。
この世界でも、一号車に異相レイナ、二号車に異相エルバートなんだけど、異相エルバートは祖国の状況が気になって少しでも早く行きたいらしく、今は二号車が先頭になっている。俺はその隣を並走している。
「そっちのメンバーだと、誰が転移魔法を習得したのかな? この一件が終わってから、俺たちをナルル博士の所に転移で連れて行ってもらえると、少しは改良できると思うよ」
俺は異相世界の各町には行ったことがないので、俺の転移魔法では転移できない。一度連れて行ってもらえれば、次からは行けるようになるんだけど。
「ユーゼ。国境での戦いが終わったら、パンダをレダスまで連れて行ってくれないか?」
「はーい、エル様。ベイム帝国軍なんて、どっかーんと蹴散らしちゃいましょう」
異相勇者一行では、異相ユーゼが転移魔法を習得しているようだ。
これでエアカーを進化させられる目途がついた。今後、彼らの旅も楽になるはずだ。
「あれがベイム帝国軍のようだ!」
俺たちの進む先には、街道を占拠して並ぶ軍隊。その先頭には、ダークペガサスに跨る黒衣の少女の姿が。こちらの本人は濃紺色だと言うけれど、遠くから見ると黒衣に見える。
魔法で調べた結果、軍隊は人間ではなく、すべて鬼人化兵だ。
「そこの者! 止まりなさい!」
異相ミーナクランが叫ぶ。
話し合いで済むかもしれないと思い、エアカーを降りて前に進む。
「止まりなさいって言ってるでしょ! 何よ、ムートリア聖国ではペアルックが流行っているの? って、なんで私の真似をしているのよ! 可憐な妖精ミーナクラン様の真似をしたくなるのは分かるけど、実力もないのにそんな格好されたらたまらないわ。消し炭になりなさい! ……メガ・ファイア!」
「メガ・ファイア! あんたなんて、二流よ、二流」
ほぼ集中なしで火球を放った、こちらのミーナクラン。明らかにこちらから飛んで行く火球の方が大きい。
空中で火球同士がぶつかり合う。
「な、何よ! 今のはまぐれよ。そうに違いないわ。私の真似をしているからって、いい気でいられるのもここまでよ! …………ギガ・アイス・ランス!」
「ギガ・アイス・ランス! まだ分からないの? あんたオツム弱いでしょ?」
今度は氷の槍を放ち合う二人。
空中で衝突し、突き抜けて異相ミーナクランに刺さる。
「げほっ! な、に、もの……」
「私が本物のミーナクランよ。覚えておきなさい」
どこまで聞こえていたのかは分からない。ダークペガサスから崩れ落ちる異相ミーナクラン。
今、嘘を教えたよね。何が「本物」だよ。まったくもう。
「だ、大丈夫なの? ……ミラクル・ヒール」
ミリィが異相ミーナクランを癒す。
すると、ダークペガサスが、地面に落ちた異相ミーナクランの首元をくわえて、その背中へと押しやる。
数秒の後。意識を取り戻したときには、ダークペガサスが羽を広げていた。
「はっ! 私は今……。お、覚えておきなさい!」
空へと舞い上がりながら捨て台詞を吐く。
「残っているのは、全部鬼人化兵。だから俺が魔法で倒すよ。……インフェルノ!」
「パンダは手加減をしないのか? 敵兵とはいえ、彼らにも家族がいるはずだ」
俺の発動した魔法が、鬼人化兵を広範囲に焼き尽くす。
異相エルバートがそれを見て、苦言を呈する。
「あれは、もう人ではないんだ。人に戻すこともできない、完全に鬼人族と同化した存在。彼らが、これ以上人を殺めないよう、俺たちが消し去ってあげることが、唯一の救いなんだ」
「そうだったのか……」
「パンダさん、私にも残しておいてくださいよー」
「そうですよ。新しい棍、使いたいんですから!」
異相エルバートの鎮痛な面持ちとは対照的に、ユーゼペアがやる気満々なんだけど、少しぐらいは残るから出番はある。
前衛組が、残った鬼人化兵に向かって突進して行く。
「凄い威力ですよ! ばんばん殴っちゃいましょう!」とか「凄いわ、この切れ味」など、やられている鬼人化兵が可哀想になるセリフを言いながら。
「あそこに強そうなのがいますよ! チャムリ、行っきますよー! 虎吼流星撃!」
元は将軍だったのだろう、マントを纏った鬼人化兵。
それに向かってチャムリが飛んで行く。
「ぬお! それは吾輩の獲物である!」
「吾輩のユーゼが呼んだのである! 邪魔するな、なのである!」
召喚獣のチャムリでも、どっちのユーゼが発動した技なのか分からないようだ。
結局、二人で取り合うように鬼人化兵を殴っている。
「「ふっ。お前はもう、消えるのである」」
それでも、決めゼリフは見事にシンクロする。
「吾輩が仕留めたのである!」
「いや、吾輩の方が肉球半分だけ深く入れたのである!」
「「なにを~! ムガっ、ボコッ、バコっ!」」
仲良く喧嘩を始めた。
ユーゼは喧嘩を止めないんだね。むしろ、喧嘩を煽っていたりする。
「チャムリ、行け! そこです! ほら、やあ! 行け行け!」
「私のチャムリは負けないんですからね! 今ですよ! 右パンチ! え? 何やってるんですか! 今度こそ左パンチですよ! 行け行けー!」
その頃、上空では。
大きく目を見開き、地上で起きた惨状を見下ろす異相ミーナクラン。
「何よ! インフェルノって!? あの魔法だけで、私の部隊が一瞬で燃え尽きたわ。それにあの男……」
赤くなった頬に手を当て、ダークペガサスを北へ向かわせた。




