114 港町ドリポート
夕方、大陸の果てに夕日が沈む頃。船は砂漠大陸の港町ドリポートに入港した。
石で作られた桟橋に船が横づけになると、船から桟橋へ板が渡され、その上を通って船乗りたちが続々と荷物を降ろし始める。真っ暗になる前にすべてを降ろしたいようで、全員急いで作業をしている。
俺たちも船乗りたちに混ざって船を降りる。
「ここが砂漠大陸か……。確かに、町の中も、そこら中砂だらけだね」
ベージュのレンガを組み上げた家が建ち並んでいる。風化したのか、所々壁の表面が崩れ落ちたようになっていて、歴史を感じさせるような町並みだ。そして、足元だけではなく、家々の壁の隙間にも、砂が詰まっている。
町を行き交う人々の多くは、頭を覆う、白いローブのような形状の衣服を着ている。
「ここはとても暑いわ」
「ムートリア聖国のような湿気を帯びた暑さとは異なり、乾いた風が吹いています」
「船に乗るまでは年中涼しい国にいたのに、不思議なものだ。それでも、夜は寒いくらいに冷え込むらしいから体調を崩さないように気をつけよう」
「そうだね。もうすぐ日が沈むし、寒くなる前に宿に行こう」
「当然ね! 早く行きましょう。髪の毛に砂が絡まって気持ちが悪いんだから! もう、バッカみたい」
パンダタウンに転移してもいいんだけど、世界を見て回るという目的を達成するため、初めて訪れる町では宿を取ることにしている。
「あの宿が良さそうね」
今では、高級宿屋「くつろぎ亭」の価格設定に慣れたため、そこらにある宿屋は少しくらい高価でも、感覚がマヒして高いと感じなくなっている。
レイナが選ぶ宿屋は、お嬢様ということもあってか、もちろん、お高めな宿屋だ。
宿屋に入りカウンターで料金を払い、チェックインする。
備え付けのレストランでは、ディナータイムが始まったようで、宿泊客が大勢歓談している姿が目に入る。一応、ドレスコードがないことを確認してから中に入る。
隅の大き目のテーブルに案内され、皆でそこに腰かける。姿を隠しているチャムリを除いても、俺たちは七人もいるから、大きなテーブルになるか、二つのテーブルを合わせることになる。
白いクロスにの中央に、アロエのような植物が飾ってある。植物の根元の部分を覆うように蓋がしてあって、中の砂とか土とかがテーブルに飛ばないように工夫されている。
店員が置いていったメニュー表を見ると、肉類はヤギ肉がメインで、ごく少量に鶏肉がある程度だ。他には魚料理が多く、聞いたことも見たこともない魚の名前が連なっている。珍しい物では、サソリの焼き物があった。
サラダにはサボテンやアロエなど、この地域で育つ植物を使っている。
サソリの焼き物を頼まないのかって?
世界を見て回るのと、世界の珍しい食材を食べることは同義ではない。俺は無難にヤギ肉の料理にした。チャレンジ精神は魔王を倒すときまでとっておこう。こんな所で撃沈する訳にはいかない。
料理が来るまでの間、周囲の客の話声に耳を傾ける。
「ようやく明日出港ざますわ。悪天候で船が来ないとか、とにかく長く待たされたざます。おかげで手持ちの水の魔道具も魔石を全部使ってしまったざますわ」
「船が入港したのは天の助けだ。ここは水が高すぎる。三日前からさらに高くなった。おかげで水の魔道具に使う魔石も全部売り切れだ。金貨五枚のスープなんて頼めやしない」
水の魔石を船で輸入しているようで、船の航行が止まっていたから、水の値段が高騰したみたいだ。
そうか、スープは金貨五枚もするのか。メニュー表は店員が持って行ったし……。ああ、ドリンクメニューが残ってた。何々、紅茶が金貨二枚? どんだけー!
そして、運ばれてくる料理に、当り前のようにスープや煮物があるのを見て、愕然とする俺。
前払いなんだけど、皆の支払う姿を確認していなかった。
ミーナクランとミリィは、俺みたいに通常の料理を頼んでいて、少しだけほっこりとした。それでも、他の宿と比べると結構高いんだけどね。
水に限らず、ここは砂漠地帯だから、食料の生産が困難で料理の値段が高くなるのは仕方がないことだ。
「明日は冒険者ギルドに寄るわ」
新しい町に入ったら、冒険者ギルドに寄って困りごとがないか確認するのが、レイナとエルバートのルーチンワークみたいな物になっている。
何か良い依頼があるといいねと言いたいところだけど、それがあるということは町民が困っている訳だから、それはそれで良いことではない。
返事は「何かあるかな」程度にとどめて、やや風味の強いヤギ肉の焼肉を食べる。これは、十分に育った大人のヤギの肉なんだろうね……。
翌朝、冒険者ギルドにおいて。
「困りごとですか。はあ……」
レイナとエルバートに詰め寄られ、受付嬢が困っている。
「依頼料は決して高くないのですが、こちらなんていかがでしょうか?」
バインダーのような物の中から、一枚の依頼票を選び出し、俺たちに見せる。
冒険者ランク指定なし。突然枯れた井戸の内部の調査。銀貨八枚。
「ご存知のこととは思いますが、ここ砂漠大陸には駆け出しの冒険者はほとんどいないんです。皆、アルカディア大陸に流れてしまいますから」
遥か昔、魔王が台頭し、伝説の勇者が活躍した時代に、砂漠大陸の魔物が急に強力になったと言われているそうだ。
こんな所でも魔王の影響が出ているのか。早く魔王を倒さないといけない。
砂漠大陸の魔物は強すぎて駆け出しには手が出せない。でも、冒険者は魔物を倒さないと強くなれない。その結果、駆け出しの冒険者はこぞって海の向こうに渡ってしまうそうだ。
その反面、Bランク以上の冒険者が、砂漠大陸の中心都市チェダイに集まっている。砂漠地帯に存在する異次元迷宮からは、高価な魔道具や魔法剣などの武器が手に入り、高位冒険者には人気の町となっている。
受付嬢の勧める依頼には裏があって、井戸の内部を確認しようとした町民が、魔物の声を聞いたという噂が流れている。それでも、それを真実とすると依頼料が跳ね上がるので、町としては調査ごときに大金を出せないからその噂は認めない。その結果、高位冒険者には安すぎる依頼料になっている。
そして、船の往来が止まっていたから、駆け出しの冒険者が戻ってくることもない。だから、誰も受けることのない死に依頼となっていた。
受付嬢は、冒険者の顔をみれば、おおよその冒険者ランクが分かるそうで、俺たちに頼めるような依頼じゃないけど、「受けて頂けないでしょうか?」と付け加えた。
「いいわ。ローズ・ペガサスが受けるわ」
「ありがとうございます。そちらに依頼票が掲示してありますのでお持ち頂けますか?」
依頼票は掲示してあっても、それだけでは町民の困りごとかどうかまでは分からない。そのため、レイナとエルバートは、いつもわざわざ受付に顔を出して聞き出している。
「これかな」と、ミリィが掲示板から剥がしてカウンターに持ってくる。
レイナが冒険者カードを提示し、受付が完了する。
「お気をつけて、いってらっしゃいませ」
井戸のある詳細な位置を聞いていたレイナが先頭になり、町の中を歩いて行く。
所々で「み、水……」と言う人がいるので、魔法で水を生成して分けてあげる。
「ああ、生き返る思いです」とか、「家族の分も……」といった具合で、水不足が結構深刻化していることが分かった。
「少し待っててくれる? 給水塔を作るよ」
「わかったわ」
以前にも水不足の集落で同じことをしてきたので、レイナは何も疑問には思わない。
でも、完成した給水塔を見て、
「な、何よこれ。水を溜めておけるとか、どうなっているのよ? どう考えたらこんな仕組みに……。はっ! べ、別に褒めてる訳じゃないんだからね!」
ミーナクランが感心し、シャルローゼが珍しく口を大きく開いて給水塔を眺めていた。
付近にいる町民は、これが何だか分からずに遠くで見守っている。それでも、俺がコックをひねって出てくる水をコップに入れて飲む姿を見せると、わっと集まってきて、我先にと喧嘩して水を奪い合い始めた。
「慌てなくっても、そうなくなる物でもないから。順番に並んで汲んでいってよ」
「みなさーん、並んでくださーい!」
「あんたたち! 並ばないとあげないわよ! 欲しいのなら並びなさい!」
誰かさんの睨みが効いて、ようやく並び出す町民たち。
時々割り込もうとする輩がいるけど、並んでいる町民が「後ろに並べ!」とか秩序を保とうとするようになってきたので、この場を任せて俺たちは先に進むことにした。
この後も、目的の井戸に到達するまでの道中、何か所か給水塔を作成していった。町民の反応はどこも同じで、最初は我先にと奪い合う。あまり並ぶということが浸透していない国なんだなと思った。
「あれが目的の井戸ね」
町の中を歩き続け、ようやく依頼の井戸と思われる場所に到着した。
この井戸の径は一メートルほどで、一人ずつしか下りられない。もしも魔物がいると危険だからと、最初にエルバート、次に明かりの魔法のためミリィという順番になった。
「エア・ウォーク」
浮遊する魔法を皆にかける。これでゆっくりと井戸の中に下りることができる。
皆が順に下りて行く。
最後に俺とミーナクランが残った。ミーナクランは浮かぶだけなら問題ないのだけど、移動しようとなると、今でも自力で浮遊の制御ができないから、俺が触れていないといけない。
「先に入って俺の足に掴まってよ」
「ふん! なんであんたの足を掴まないといけない訳? あんたが私の足を掴みなさいよ!」
先に行けとの指示なので、俺が先に入る。そして、ミーナクランの足首を掴もうと手を伸ばしたら、白いパン……。
「ごぶっ!」
「な、ななな、何見てんのよ!」
顔面に理不尽な蹴りを頂いた。魔法で浮いていなかったら、井戸の底まで一直線間違いなしだ。
「はわわ! な、な、何触ってるのよ!」
バコっ!
上を見ずに掴めとか、無理難題をおっしゃる。
足をさわさわしたのは、上を見ていないからであって、ただ掴むだけのことがこれだけ難しいことだとは、夢にも思わなかった。
それからもいろいろハプニングがあったけど、なんとか井戸の中へ下りることができた。
内部は広い空洞で、他のメンバーは既に、ミリィの灯す明かりと共に先の方に進んでいた。
足元がぬかるんでいるため、俺は浮かんだまま追いかける。たくさん蹴られた右手で、ミーナクランの左手を掴んで。
「パンダ君、遅かったの。待ってても来ないから先に進もうってなって」
「ミリィが待とうとしていたのは分かるよ。ありがとう」
皆は念のため隊列を組んで進んでいて、後列のミリィにようやく追いついた。
井戸の中は、外と違ってずいぶんと涼しい。
これなら、今日一日、井戸の調査をしていれば快適だね!
そう思った矢先。
「見つけたわ。この穴が怪しいわ」
「ああ、なんだろう? 最近掘った感じがするな」
早速何らかの手掛かりが見つかった。
「サーチ! ……穴の先に魔物がいるの。イビルサンドワーム、レベル45」
「チャムリ、魔物を呼んできてください」
「なんで吾輩が?」
「修行して強くなったんですよね? それに、この穴のサイズなら、私たちが入るより、チャムリの方が身動きが取りやすいですし……」
「「わっ!」」
ユーゼとチャムリが同時に驚くくらい急に、穴の中から魔物が、キバのついた大きな口を開けて這いだしてきた。五メートルほどの体長で、径は一メートルぐらいある。
「あわわ、おっきなミミズですよ!?」
「吾輩、食われるところだったのである……」
「やるわ! ローズ・スプラッシュ!」
エルバートが盾技で盾の有効範囲を広げ、ミリィが補助魔法で皆の攻撃力と防御力を上げる。その頃には、レイナが魔物の茶色い胴体に連撃を浴びせていた。
それでダウンしたのか、魔物は真っ直ぐに横になった。
突如、魔物がそのまま転がりだし、エルバートが必死にそれを受け止める。
「剛力相殺! ……?」
シャルローゼが物理攻撃弱体化フィールドを形成しようと杖で護符を突き立てたけど、発動しない。
どうやら、地面が濡れていて、護符の図形が滲んで崩れたため発動できなかったみたいだ。
それを見た俺は、「クリエイト」で、シャルローゼの足元に土台を生成する。
「ありがとうございます。これで大丈夫です。剛力相殺!」
今度はうまくいったようで、エルバートが魔物を押し返し始めた。
「ミミズの親戚は近寄らないでください! 火炎撃・芍薬!」
「俺も攻撃する! アイス・ランス!」
ユーゼの攻撃に合わせて俺も氷の槍を発射する。
さらにエルバートも「シールド・チャージ」を発動して、盾で一気に魔物を押し出す。
魔物が上体を起こして口から何かを吐き出す。レイナはそれをすべて躱して魔物の懐に入り、「シャイニング・セーバー」を発動する。
魔物の胴体にZ字状の光が浮かぶ。ここは薄暗いからか、いつもより眩しく光っているように見える。
ほどなくして、魔物は魔石に変わった。
「やったわ。他にも魔物がいないか調べましょう」
「その前に、この穴を塞いでおくよ。ランド・コントロール!」
穴を塞いだ。これで足元に溜まる水が穴の中に落ち込んで行くのが止まった。
やがて雨季になれば、ここにも水が溜まるだろう。
それから俺たちは、井戸の内部を結構長い時間探索し、魔物が入り込んだであろう横穴を発見した。でもその先には魔物はおらず、魔法で塞いで完了とした。他には穴はあいておらず、調査はこれで終了とした。
井戸から出るときは、入るのが一番最後だったミーナクランが率先して一番最初に出ようとした。
「べ、別に暗い所が怖い訳じゃないんだからね!」
ミーナクランの手を引き、魔法で少し浮き上がらせてから足に持ち替える。
「み、見たわね! 変態!」
ガシ! バコ!
外へ向けて上昇中、俺の顔に足跡がいくつもつくのだった。なんだろう、このデジャブ感は。下りるときにも同じ目にあったな……。白い布きれ恐怖症になりそうだ。
井戸から全員出たことを確認し、魔法で井戸の中に水を生成する。
まあ、焼け石に水だろうけど、やらないよりはマシだろう。
一応、この町では井戸水は沸かしてから飲んでいるようなので、魔物による雑菌については考慮していない。
冒険者ギルドで調査結果を報告し、魔石を見せて依頼完了となった。
銀貨八枚にしては一日かかる大仕事だった。
レイナとエルバートが満足そうにしていたので、良しとしよう。




