011 フルッコの森~中層
俺たちは毎日フルッコの森に通い、魔物退治に精を出している。
早いもので、初めてここに来てから十五日が過ぎていた。細かいことを言うと、その内の一日は休養日だった。
通常、冒険者は雨の日を休みとすることが多く、定期的に休むことはない。
しかし、森の中に入れば多少の雨は影響しないので、フルッコの森に挑む冒険者は、ほぼ休まない。休むのは、疲れたとき、大雨のとき、怪我をしたとき、儲けた金で遊びに行くときぐらいに思える。
俺には前世の記憶で蓄積疲労という概念があり、疲れが溜まらないよう、俺たちは定期的に休むことにしている。
最初ガッドは「今日稼ぎに行かなくってどうするんだ?」と聞いてきたけど、理由を説明すると納得してくれて、「ふうん、そういうものか」と受け入れてくれた。
連日の戦闘で、俺たちのレベルは二つ上がって6になった。レイナは7だ。
受付のステラさんは、報告する達成内容と、俺たちのレベルの上がる速度とを見比べて首を傾げていた。他の冒険者と比べて、レベルの上がり方が相当早いらしい。
レベル制限10の魔法「サーチ」が使えるから、魔物討伐の効率は他の冒険者より圧倒的に高く討伐数が多い。それでも討伐数と比較して、レベルの上がり方が相当早い、と言われている。
それでも、レベル6になってからは、なかなか上がらない。
「最近はレベルが上がらなくなったわね」
「そろそろ、もう少し奥の方に行ってみようか?」
「そうだな。受付のねーちゃんは、レベル8くらいまでは浅い層がいいって言ってたけど、ここの魔物、歯ごたえがねーよな」
「まあ、そうだね」
「お前たちの攻撃が強力だからな」
ガッドの攻撃も十分に強力なんだけどね……。
現在、ガッドには俺がクレバーに来てから作成した魔法剣を装備してもらっている。駆け出しの冒険者が装備できるような品物ではないので、浅い層の魔物にはオーバースペックと言える。
魔法剣は、ガッドが使うときよりも、俺が使うときのほうが威力が大きくなるから、ガッドは少し嫉妬気味になっているのかもしれない。
なお、レイナのレイピアは銀製で鉄製の物よりも良く切れるので、戦力の底上げとして、まずはガッドの剣を魔法剣にすることを優先した。
だから、レイピアについては、最近になってようやく、毎夜、魔法剣になるよう魔法を通している。
そして、レイナの剣技には目を見張るものがあり、俺やガッドの剣の扱いが、子供のちゃんばらのようにさえ見える。
また、ガッドは魔法を使えないから、俺の魔法に嫉妬している部分もある。俺の魔法が強力なのはヤムダ村での練習のおかげだけどね。
「ちょうどいいタイミングで、コボルトの群れを発見! 浅い層で一番の強敵のはずだから、こいつらを倒すことができれば、もう少し奥の魔物に挑んでもいいんじゃないかな」
「ええ。倒しに行きましょう」
森の奥へと向かうため「サーチ」で周囲を確認したら、それほど遠くない位置でコボルトが七体、群れているのを発見した。
皆の同意を得て、コボルトの討伐に向かう。
「七体か、多いな」
忍び足で近づき、コボルトを視界に捉えたガッドは、剣を握りしめてつぶやいた。同じ七体でも、聞くのと見るのとでは大きく捉え方が違ったようだ。
間近で見ると、足の発達した大型犬が武器を持って二足歩行しているようにも見える。いや、犬は武器を握れないからね。
「嬢ちゃん、後ろに回り込んで不意打ちしてくれ。俺とパンダは正面から突っ込む。やつらを挟み込もうぜ」
「わかったわ」
レイナがコボルトに気づかれないように大回りして後ろに迫る。
ガッドが軽く手を上げて合図を送ると、レイナが背後から襲い掛かった。それと同時に、ガッドが正面から切りかかり、俺も魔法を撃つ。
「ローズ・スプラッシュ! 仕留めたわ」
音を立てない踏み込みで接近し、連続の突きが決まる。突きに合わせて赤い花びらが舞うこの剣技は、とても洗練されていて美しい。攻撃後も、素早くステップして魔物の間合いから離れている。
「エア・スラッシュ! 魔法で切り裂く!」
「おっしゃあ! ダブル・スライス! 俺も仕留めたぜ!」
俺が発動した旋風が、かまいたちとなって、コボルト二体を裂く。
続けて飛び出したガッドの剣技は、一振りで二本の切り込みができる不思議技だ。恐らく、二本のうちの一本は、剣速で作られた空気の刃による物のようだ。この世界の物理法則は地球の常識では語れないところが多々ある。
ガッドの攻撃は、魔物の一体を魔石に変えた。
前後から攻撃されて、コボルトは大混乱に陥った。剣を構えて立ち尽くす者、後ろを振り向いて転ぶ者。
俺も剣を構えて走り込む。その間にガッドとレイナが一体ずつ仕留め、残りは一体となった。
間合いに入るなり俺は横なぎに剣を振るった。まるでカッターで紙でも切るかのようにスパッと切り込みが入って行く。これが魔法剣の威力なのだろう。
俺の剣で深く切り裂かれたコボルトは、断末魔を上げて魔石に変わる。
「奇襲になったから、実力を測ることができなかったね」
「いや、奇襲できることが実力だろ?」
そうとも言えるか。ガッドはいいこと言うな。
自分たちよりも数の多い魔物に、正面から堂々と渡り合うということは避けるべきで、奇襲という方法を思いついて実行できたことは、それだけの実力があるとも言える。
また、挟み撃ちには、戦力の分散というリスクが考えられた。それでも、魔物が混乱したことでそのリスクを帳消しにできた。魔物を混乱させたことも実力のうちなんだ。
「私たちでも、十分倒せる魔物だったわ」
まあ、コボルトの噛みつき攻撃とか見てみたかった気もするけど、痛い目に合わなかったから良しとしよう。
力が漲るような感覚があったので冒険者カードを見ると、レベルが7に上がっていた。ガッドも同じことを思ったのか、冒険者カードを見ている。
「おう、レベルが上がったな」
「よし! 奥へ行こうか!」
奥といっても最奥とかではなく、中層と呼ばれる所までだ。
冒険者ギルドの資料によると、広大なフルッコの森の中層に到達するにはおよそ五日かかる。
俺たちの荷物は全部収納に仕舞ってあるし、クレバーの宿は連泊の契約にはしていないので、今すぐ中層に向かっても大丈夫だ。
もちろん、野営に必要な道具は揃えてある。食料も、ヤムダ村で作った物の他、「休日」に宿屋の食堂を借りて作った物などを魔法収納に仕舞ってある。
魔法収納にまだ食料が残っているのに、わざわざ作ったのかって? それは在庫の種類を増やすことで、野営でもいろいろな食事をしたいからなんだ。
魔石屋で「エア・カーテン」の魔石を購入して習得したから、俺たち三人だけでも野営できるはずだ。
先日の朝に試しに使った感じだと、三十メートルくらいの半径に魔物が入ると感知し、ブルッとした感覚が体に伝わる。なお、感知する半径をもっと狭くすることもできる。
ここは森の中なので、木々が魔物の移動の邪魔をする。
魔物は三十メートルの距離を全速力で直線移動して来ることはできず、木々を避けることで、実質的にはもっと遠くにいる魔物を発見しているのと同じ効果となる。
それに、今まで戦った魔物には、三十メートル先の俺たちを発見する能力があるようには思えない。
だから、感知半径については信頼を持てる。
気になる効果時間については、店の人は、通常の人は一時間くらい持続して、Bランクの冒険者だと長時間持続するようなことを言っていたけど、俺が試しに発動した時は、朝から夜まで持続したままだった。つまり一晩以上の持続時間があった。
「今日はこの辺りで野営して、明日から奥へ進もう」
「ええ。そろそろ夜になるわ。急いで準備しましょう」
小川のほとり、少し開けた所で野営の準備をする。
魔法収納からテーブルと椅子を取り出し、料理を並べて行く。
「野営の準備って、早くできるものなのね」
「嬢ちゃん。パンダは異常だから、こいつが常識だと思っちゃいけねえぜ」
「魔法収納から出しただけなのに、ひどい言われようだよね……」
席について食事にしようとすると。
「蚊が飛んでくるわ」
レイナが、飛んでくる蚊を追い払っている。他にも、バッタのような虫が近づいてきたら追い払っていた。虫が苦手のようだ。
そんなレイナにも安心の、蚊よけオイルがクレバーの雑貨屋で売られていたので、買ってある。
フルッコの森を攻略する冒険者には人気があるらしい。
「これを体に塗ると、蚊が来なくなるらしいよ」
魔法収納から取り出すと、レイナは、さっと瓶をかっさらい、腕や足に塗り始めた。
「なんだか、スッとするわね」
こちらに漂ってくる匂いから予想すると、ミントを主成分としたオイルのようだ。匂いも、スッとするのも、ミントに含まれるメントール成分による物だろう。
「ダニにも効果があるみたいだから、安心して寝られるね……。あ、クリンアップすると全部とれちゃうから、寝る前にもう一度塗ってね」
野営のときでも、寝る前には魔法「クリンアップ」で体を清める。でも、そうすると、虫よけオイルも落ちてしまう。
蚊よけオイルを塗って少し落ち着いたところで、レイナは姿勢を正す。
「今日も食事ができることに感謝して、いただきます」
いつもの食事前の挨拶をして、食事が始まった。
「柔らかいわ! パンダ、あなたこのパンはどうしたの?」
ああ、レイナに料理を振る舞うのは初めてだったっけ。
これまで魔物の討伐に来ているときは携帯食で済ませていたし、宿屋では宿の料理を食べていた。
「俺が焼いたんだけど?」
「そうじゃなくって、どこで売っている……。え? 今何て?」
「俺が焼いたって言ったけど……」
「このパンを作れる料理人なんて、世界中を探したって、どこにもいないわ」
パンを持って眺めてみる。そんな物なのかなあ。
「俺の故郷のヤムダ村でも、同じパンを振る舞っている宿があるから、そのうち、柔らかいパンが世界中に広まるよ」
「このメインディッシュも、何ともいえない素敵な味わいだわ。このような料理、きっと世界中のどこの王様も食べていないと思うわ」
レイナの故郷でも、料理といえば、塩味が主流なんだろう。
今日の料理は、ひき肉と細かく刻んだ玉ねぎを醤油で炒め、仕上げに水で溶いた片栗粉を混ぜてとろみをだした物だ。醤油の風味と玉ねぎの甘味が、片栗粉に包まれて口の中で蕩けるようになる一品だ。
本当はパンじゃなくってご飯に合うんだけど、今の所、米の存在は確認できていない。
ちなみに、ひき肉は、包丁で自作した物だ。この世界ではひき肉は販売していない。
レイナの食事の所作は洗練されていて、まるで良家のお嬢様みたいだ。俺みたいに田舎育ちじゃなくって、都会育ちなんだろうね。
「ところで、魔物を倒すときのレイナの剣捌きって、とっても綺麗に見えるんだけど、誰かに習ってたのかな?」
「毎日、訓練はかかさなかったわ。それに、師匠にいろいろ教わったから、それで上達したのよ」
レイナは道場にでも通っていたんだろうか?
「今は森の中だからできないけど、森から出たら、あなたたちも訓練するわよ」
レイナの見立てでは、ガッドはそれなりに剣を扱えているそうだ。でも、俺の剣の扱いは全然できていないらしい。
それに、レイナがよく使うステップなどの動的な部分は、俺もガッドも致命的に欠如しているとのことだ。
「ありがとう。俺たちももっと強くならないと、世界を見て回ることなんてできないしね」
今は森の奥へ向かっているからまだ先の話になるけど、森から帰還したら、スパルタ教育が始まる予感がする。
食事を終え、魔法で生成したベッドを配置して野営する。
ベッドはジュラルミンの骨組みの上に、雑貨屋で購入した布団を敷いた物だ。布団自体は、雨に濡れてもいいように、魔法収納の中に予備をいくつも用意してある。
万一、魔物が接近してきたらすぐ戦えるよう、靴は履いたままなので、ベッドの上の布団は足元を短く折り畳んでいる。
ただ、就寝用に通気性のある靴に履き替えていて、足元の防御力はないに等しい。裸足だと足裏が痛くて戦えないから、とりあえず履いているというレベルの物だ。
翌朝。
「魔物の接近を感知する魔法エア・カーテンは、便利だね。本当に不寝の番を立てなくても問題なく一晩過ごせたよ」
「ええ。これなら万全の体調で進めるから、まだまだ奥へ進めそうね」
「おう! 体力全快だぜ! どんな魔物でも、掛かってきやがれってんだ!」
俺たちは浅い層を、野宿を繰り返して奥へと進む。魔物との遭遇頻度も上がり、幾度も魔物を倒した。
そろそろ中層と言われるエリアに到達する頃合いだと思った矢先。
「モスビートル二体、三十メートル先!」
遂に中層の魔物を「サーチ」で捕捉した。
カブトムシを大きくしたような魔物モスビートル。
黒褐色の硬そうな外殻に身を包み、角を入れた全長は一メートルぐらいある。外殻には緑色のコケのような物が生えていて、長生きしていることが窺える。
モスビートルはのそのそと歩き、まだこちらには気づいていない。
「ファイア!」
冒険者ギルドで読んだ「魔物の書」に書いてあった通りに、弱点と思われる火属性の魔法を先制で喰らわせる。
すると、地球にいたカサカサ走る黒い虫のような素早い動きで、急速に突進してきた。
ガツン!
それを受け止めたガッドの盾がいい音を立てる。
「おりゃあ! パワー・ソード!」
盾を引いて一瞬しゃがみ込み、ガッドは地面から一気に剣を切り上げる。
ガッドの渾身の一撃を受けてモスビートルは仰け反りはしたけど、致命傷には至っていない。
「私が行くわ! シャイニング・セーバー」
続けてレイナがZ字状に切り裂いた。しかし、まだ倒れる気配はない。
「こいつら、強い!」
俺は剣で牽制して間合いを取りつつ、魔法を撃つ。それでもまだ倒せない。ガッドも小競り合いを続けている。
「パンダ! もっと威力を上げてくれ!」
ガッドから指示が飛ぶ。
これまで火災になることを恐れて威力を弱めて撃っていたけど、考えを改め、集中する時間をとり、威力を上げて発動する。木が燃えれば、「ウォーター」で消せばいいのか……。
「……ファイア!」
俺の身長くらいの火球が轟音を立ててモスビートルに向かう。魔法の発動に合わせてガッドとレイナは左右に退避する。
火球はモスビートルに直撃し、間近にあった木を薙ぎ倒して吹っ飛んだ。
いつも思うことだけど、火の塊なのに、まるで質量がある物体が衝突したときのような現象になる。魔法の七不思議って感じ。いや、不思議は七つ以上あるけど……。
ガッドがそれを追いかけ追撃する。腹を見せてひっくり返っているので、ガッドの剣でも容易に切り込めている。
その間に、レイナがもう一体と対峙していた。
俺は、「ストーン・バレット」で石弾を撃ち出して、火属性魔法が再び撃てるようになるまでの時間を稼ぐ。
「よし、今だ! ファイア!」
大きな火球が飛んで行く。
レイナに意識が向いていたモスビートルは、火球をまともに喰らい、地面を転がって行く。
「やあ! 仕留めたわ」
追い打ちをかけたレイナは、剣を鞘に仕舞って勝利の宣言をする。そこには魔石だけでなく、焦げた外殻も残っていた。これは武器や鎧などの素材になるため、持って帰れば高値で買い取ってもらえる。
「中層の魔物は強いね……」
「ああ、そうだな。こんなのが群れになって襲ってきたら、倒せねえな」
「群れには関わらないで、安全に倒せる魔物を狙いましょう」
今回の戦闘を教訓として、しばらくは三体以上の魔物はスルーし、二体以内の魔物だけをターゲットとすることにした。
やっぱり三人だけのパーティだと、三体以上の上位の魔物と戦うのは難しい。
その後、人間と同じ大きさの木人の魔物ウッドウォーカー、膝ぐらいの大きさでリスのように外観がかわいらしいけど爆裂するドングリを口から噴射する魔物エイコンボンバーなど、群れない魔物を中心に倒していった。
幻惑するデスマッシュルームや、武器を持った集団のゴブリンなど、基本群れでいる魔物は発見次第、遠くへ逃げるという作戦で討伐を進めた。
野営は浅い層の近くで行い、討伐は中層側。安全第一だ。
中層に来て数日が過ぎた。
今、頭に角の生えた狼のような魔物ホーンウルフと戦っている。
こいつは仲間を呼ぶこともある危険な存在で、なるべくなら戦いたくなかったけど、「サーチ」で魔物のいる位置に何か扉のような物があると分かったため、確かめようと近づいたら襲われてしまった。
どうやら、こちらが風上だったようだ。
風向きを考慮せずに近づいたことを、今さらながら反省している。魔物も鼻が利くみたいだ。
躍り出た魔物の角がキラリと輝く。
「ストーン・ウォール!」
間髪入れずに魔法で石の壁を作って応戦する。
ドスッ!
石の壁に、魔物から射出された角が深く突き刺さる。盾だと貫通していたかもしれない。
魔物の頭には射出したはずの角がまた生えてきて、いつまた発射されてもおかしくない。
「おっかねえなあ」
「あれを喰らうと助からないね」
石の壁に身を隠して様子を窺う。もちろん、次に発動する魔法の準備をしながら。
「ライトニング!」
壁に半身を隠して、射程の短い雷系の魔法を放つ。
雷系の魔法は、誰も使いこなせないと父が言っていた。
俺が使えるのは、ひょっとしたら電気の知識があるからかもしれない。電気を使わないこの世界の人にとっては、電圧とか電流という概念がないから、雷は高電圧じゃないと発生させられないということに気づかないのだろう。
それに、電圧を高める必要があるからか、他の魔法よりも発動までに少し時間がかかる。
剣の先から轟音とともに稲妻が迸る。眩しく煌めく稲妻は魔物の体に纏わりつき地面へと消えて行く。
「きゃっ」
レイナは驚いて頭を抱えて座り込む。
「大丈夫。これは雷の魔法だよ」
発動さえしてしまえば、火属性の魔法と違って、これは光の速度で発生するから魔物に避けられることはない。
「もう! 驚いたんだから! ローズ・スプラッシュ!」
魔物はマヒ状態になったようで、動けない。
レイナは立ち上がり、壁から飛び出して無数の刺突を浴びせる。
やや遅れてガッドも走り込み、剣技「ソニック・ブレイド」を発動した。
「ふう。なんとか仲間を呼ぶ前に倒せたな」
魔石を拾い、目的の扉のような物の近くへと歩み寄る。扉の周囲には黒い霧のような物が渦巻いていて、不気味な感じがする。
「これって、異次元迷宮ってやつじゃねえか?」
冒険者ギルドに設置してあった資料によると――
魔障の濃い地域では、異次元迷宮が生成されることがある。
迷宮の中は魔物が跋扈し、それは迷宮外部の魔物よりも少し強い。倒せば少し大きい魔石が手に入る。
最奥まで進み、迷宮のコアを破壊すれば、迷宮は消滅し大きな魔石になる。
数年間コアの破壊を免れれば、迷宮はその規模を大きくしていき、やがてコアが迷宮のボスに変化する。そうなると、ボスを倒してもやがて再生し、迷宮を消滅させることは困難となる。
新たに異次元迷宮を発見したときは直ちに冒険者ギルドに報告、またはコアの破壊を行うこと。
「い、一攫千金ってやつだよな? な?」
少し、どもるように言うガッド。
魔石は大きくなれば買い取り価格も高くなる。
それに、迷宮のコアを破壊できれば、確か最低でも金貨百枚ぐらいになっていたはずだ。
異次元迷宮か……。腕に覚えのある冒険者であれば、他の冒険者に先んじて攻略するんだろうな。
ガッドは凄く行きたそうだし。中の魔物が手に負えなかったら、すぐに戻ってこればいいかな。まだ回復のポーションも八本くらい残っているからなんとかなるだろう。
「入ってみる?」
「ああ、中を見てみようぜ」
「行ってみましょう。きっと、良い修行になるわ」
安全第一はどこにいったのか……。
駆け出し冒険者が陥る典型的な失敗とならないよう、緊張感を持って挑もう。




