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105 城塞都市シュイブンバーグ

 夜、暗くなってから、俺が思いついた作戦を実行に移す。

 軍勢の大半を西にある橋の前へと移動させ、残りを橋とは反対側の東へと移動させる。

 東に向かうのは精鋭として選抜されたメンバーと、俺たち助っ人一同だ。

 獣人兵も一部だけが東に向かい、大半は西に向かってもらった。


 西に向かった隊が、橋の前に到達し、大声をあげて敵の目を引く。

 湖の東側に到達した俺は、魔法で湖上に桟橋と、大きな船を生成した。

 計算して船を生成した訳ではないから、本当に浮かぶか自信がなかったので、船の左右には突き出した舷外浮材(アウトリガー)を取り付けてある。


 およそ三十人の精鋭が船に乗り込み、俺が船尾で魔法を発動して水流を発生させ、それを推力として都市を囲う城壁に向かって真っ直ぐに船を走らせる。

 城壁の上を巡回する兵士には気づかれていない。


 船を城壁の根元まで寄せ、船を横づけさせる。


「……ファイア!」


 十分に集中してから発動した火球は、城壁を破壊して大きな穴を空ける。

 遠くから見てその色で分かっていたけど、この城壁には強化の魔法が掛けられていない。だから魔法で破壊することができた。


「ちょ、ちょっと! なんでそんな大きな火球になるのよ! おかしいでしょ!?」


 ミーナクランは調子が悪そうだから休んでいてもらおうと思ったけど、頑としてついて行くって言うから、船に乗っている。


 魔法収納から、あらかじめ生成しておいたジュラルミン製の板を取り出して架け橋とする。


「行くのニャ!」


「おう、突撃だ!」


 真っ先に元気な二人が飛び出し、船に乗せてきた兵士と、エルバートを含むローズ・ペガサスのメンバーがその後を追うように城壁の内部へと消えて行く。

 上陸した彼らには、まずは侵入場所付近の制圧を担当してもらう。

 俺はあと三往復して残りの兵士を運ぶ。


 最後の便にジェルマン将軍が乗り、これで東側に割り当てられた兵士が全員乗船したと伝えてくれた。


 船を城壁につけ、運んできた全兵士が城壁の内部へと入った所で俺も船から降りる。


「あれ? 戦いの声が聞こえないな? 結構派手に城壁を壊したから、守兵が押し寄せてくると思ってたんだけどね」


 全員が城壁の中に侵入したことで、城壁の侵入口を制圧し続ける必要はなくなった。全員で城を目指して進軍する。

 この作戦には迅速な行動が重要なので、体力のあるローズ・ペガサスのメンバーと獣人部隊が先行することになっている。

 ただ、俺は今回の作戦の立案者だから、ジェルマン将軍と共に後続隊として進む。


「いやあ、魔法使いが一人いるだけでこうも簡単に城壁の内部に侵入できてしまうと、ラウニール王国としては、これからの防衛策について、その基準を見直さないといけませんね」


 ジェルマン将軍が、涼しい顔で俺を警戒する言葉を発する。


「そうよ、おかしいわ! なんで魔法使い一人でこんなことができるのよ。どんな手品を使っているのか教えなさいよ!」


 何故か先行せずに残っていたミーナクランが、それに同調するかのように言う。


「手品って何も使ってないよ。ミーナクランだって魔法の熟練度を上げれば、できるようになるよ」


「魔法の熟練度なんて、そう簡単に上がるものじゃないわ。あんた、オツム弱いでしょ?」


「これからもずっとローズ・ペガサスのメンバーでいるって言うのなら、簡単に熟練度を上げる方法を教えるよ?」


「ふん! そんなにしてまで残って欲しいって言うのなら、残ってあげないでもないわ」


 目線があさっての方を向いている気がするけど、暗いからかな?

 別にメンバーに残って欲しい訳でもないけど、残るって言うのなら、教えてあげよう。


「じゃあ、この戦いが終わったら教えてあげるよ」


「もったいぶらないで、早く教えなさいよ!」


「お熱いところ申し訳ありません。お二人さん、城門が見えてきましたよ」


 ジェルマン将軍の指差す先には城門があり、既に開いていた。


 先行隊、やるな!


 そのまま城内へと駆け込む。


「争った形跡が見当たりませんね」


 ジェルマン将軍の言う通り、飾ってある花瓶はそのままだし、敷いてある絨毯(じゅうたん)が乱れている訳でもない。血痕も一切ない。


  ★  ★  ★


 パンダを残して、私たちは城へと先行することになったわ。

 あのミーナクランって魔法使いの子が残るって言って聞かなかったから置いてきたけど、ちょっと気になるわ。あの子、私の(・・)パンダに気があるんじゃないかしら?


 私たちは、町の中を城に向かって走っている。


「レイナさーん、城門を壊して入るんですか?」


 時々、建物の隙間から城を囲う城壁なら見えている。でも、城門はまだ見えてはいないわ。

 まだ視界にも入っていないうちから、城門についての質問ね。

 確かに、今のうちに方針を決めておくのもいいかもしれないわね。


 魔法使いがいないから、壊すことは無理。

 それなら、城壁を乗り越えるのはどうかしら?

 城を囲う壁はそれほど高くはなさそうに見えるわ。

 私もこれまでの冒険でレベルが39にまで上がり、身体能力も上がっているのよ。

 壁にちょっとした足場を作れば、きっと乗り越えられるわ。


「破壊はしないわ。その近くの壁を越えて侵入して、中から門を開けましょう」


「残念ですー。どかーんと、やってみたかったですー」


「ユーゼよ。どかーんだけでは城門は壊せないのである。もっと、どどどどかーんとやるのである!」


「私も、どかーんと、やっちゃうのニャ!」


 どうやって城内に侵入するかを話しながら、走り続けたわ。


 この町には、本当に人が住んでいるのかしら?

 どれだけ進んでも、灯りのついた建物はなく、街灯も灯っていない。

 この暗さは、潜入するには助かっているけど、ちょっと不気味ね。


 狭く入り組んだ町の中を進み、ようやく大通りに出て城を一望できた、そのとき。


「みんな、気をつけるんだ。城門が開いている。これは罠かもしれない」


 エルバートが手を広げて制止を呼びかけ、盾を構えて一人で城門の近くまで行って様子を(うかが)う。

 そして、周囲を念入りに確認してから、手招きする。


「大丈夫そうだ。でも何があるかわからない。注意して進もう」


 城門を通り抜け、正面から堂々と城内に入った。

 ところが、誰一人として襲ってこない。

 どういうことかしら?


 ホールに飾ってある花瓶には花が生けられていて、誰かがこの城に住んでいることには間違いはないわ。


「まずは謁見の間に向かってみよう」


 エルバートが盾を構えたまま先頭になり、私はその左後ろを歩く。いつものポジション。でも後ろにパンダがいないから少し寂しさを感じるわ。


 赤い絨毯に沿って進んで行くと、豪華な扉があり、とくにそこを守備する兵士はいなかった。


「みんな、武器を構えるんだ。……よし! 開ける」


 エルバートが覚悟を決めて扉を開けると、謁見の間の玉座に、ただ一人貴族服の男が座っていた。

 そして、ここでも誰も襲ってこない。


「皆様、よく参られました。私はアルバン・ドーレス。シュイブンバーグを治める領主にございます」


「僕はエルバート・サンモニグ・ラウニールだ。この城を制圧しにきた。何故抵抗しない?」


 領主のアルバンは、真っ直ぐにエルバートを見据え、こう話したわ。


「私にとって、ベイム帝国は仕えるに値しない蛮国(ばんこく)。恨みこそあれ、恩など一切ありません。それに対抗するラウニール王国の皆様に、危害を加えることなどあり得ましょうか?」


 エルバートは、やや困った顔をしているわ。

 王族が感情を顔に出したらいけないでしょ。私だって小さい頃、剣を教わる傍らで、そういった教育ぐらい受けてきたんだから。


「それだけでは納得できない。もう少し詳しく聞かせてもらえないだろうか?」


 アルバンは大きく頷いて、遠くを見るような目をして語りだしたわ。

 (おおむ)ね、こんな感じかしら――


 ここから西にある広大な土地は、元々アルバンの一族であるドーレス家が先祖代々切り拓いてきた土地だった。

 ベイム帝国が大きくなり始めた頃に、その土地が強制没収され、そこに新しい帝都の建設が始まった。

 ドーレス家には、代わりにこの城塞都市シュイブンバーグとその周辺を与えられた。

 けれども、大半の住民は新しい帝都ブリュンベルトへと移住を強制され、この城塞都市はまるで幽霊都市のように閑散とした街となった。

 住民が少ないため、収入がままならず、また、働き手も少ないため周辺を開発することも困難だった。

 さらに、住民の数に比較して無駄に広いこの町では治安を維持するのも大変で、衛兵を増やすこともできなくて頭を抱える経営が続いている。


 元はここが帝都であって、この城はベイム城という名前だった。でも、それが気にくわないからライヒバーグ城と改名した。それくらいにベイムという響きが嫌いなんだと。


 このような境遇の所に現れたラウニール王国軍の旗印。

 何も知らされていないけど、ここまでラウニール王国軍が来るということは、ルーズィヒ要塞がラウニール王国軍の手によって陥落したに違いない。

 ルーズィヒ要塞がなければ、南への備えは要らなくなる。そして、そこを制した国に恭順するのが最も理に叶っている。

 兵士には争うことなく招き入れるよう伝え、町を囲う城壁の城門の付近で歓迎の準備をしていたとのことだった。


「それでは、城壁を破壊して侵入した僕たちは、無駄骨だったってことなのか」


「左様でございます。我らドーレス家は、これよりラウニール王国に恭順(きょうじゅん)いたします。どうか我々の悲願、打倒ベイム帝国を成し遂げてください」


 ベイム帝国の旗を床に投げ捨てて、足で踏みにじるアルバン。


「どうか、お持ちの軍旗を、この城に掲げてください」


「貴殿の覚悟、見せてもらった。では、恭順の件、承知した。城にはラウニール王国の旗を掲げさせてもらおう」


 エルバートとアルバンが握手を交わし、周囲にいる皆が拍手をする。


「エル兄、やったな!」


「暴れ足りないのニャ」


 皆が賞賛を送る中、ようやくパンダがここにやってきたわ。

 私たちは慎重に城内を進んだから、すぐに合流すると思っていたけど、結構遅かったわね。

 って、なんでミーナクランの手を握っているのよ!


「エルバート、敵は? ぶごっ!」


「あら、手が滑ったわ」


 モヤモヤ感が抑えられず、パンダの顔面に平手打ちをしてやったわ。 


「……。アルバン・ドーレス殿がラウニール王国に恭順の意を示してくれた。だから敵はいない」


「いつまで握っているのよ! 離しなさいよ! べ、別に嫌だって訳じゃないけど……」


「ごめんごめん。走るの遅かったから握ったままだったね」


 ふーん、そうなんだ。

 遅いと手を引いてくれるのね。

 今度からはパンダの後ろを歩いてみようかしら。


曲者(くせもの)! であえ~!」


 何かしら? 誰かが走ってくるわ。

 服装から、女性騎士かしら?


「父様に危害を加える奴は、ボクが許さない!」


「出番なのニャ! 断空飛翔拳(だんくうひしょうけん)ニャ!」


 ポップが一瞬で間合いをつめてしゃがみ込み、下から拳を振り上げて女性騎士の顎を直撃!


「ありゃ? 一発で終わりかニャ? まだまだ暴れ足りないのニャ」


 女性騎士は天井に頭が刺さっているわ。大丈夫かしら?


「う~う~」


 足をバタバタと振っても頭は抜けそうにない。

 そこに、アルバンが歩み寄って女性騎士の足を引っ張ることで、なんとか天井から頭が抜けたわ。


「至らぬ我が娘の失態、どうか平にお許しください」


「ちょっ、父さ……」


 女性騎士の頭を押さえつけ、平服する。


「二人とも、頭を上げてくれないか。我々には何も危害が及んでいない。何も(とが)めることはないさ。むしろ、こちらがやり過ぎたぐらいだ。ポップ、謝るんだ」


「ニャニャ? ……ごめんなさいなのニャ」


「やーい、ポップ姉、怒られてやんの!」


 頭の上の猫耳がペシャリと倒れ、尻尾も垂れ下がっているポップを、ワックスが(はや)し立てる。

 その途端、「ニャー!」と叫んで、逃げるワックスを追いかけて部屋から出て行ったわ。仲の良い義姉弟ね。


「娘の咎を許して頂けるとは、感謝の念に()えません。不肖ながらも娘のエルナには、あとできつく言い聞かせます。これ、エルナ。この方はラウニール王国のエルバート殿下であるぞ!」


「え、エルバート殿下!? こ、これは失礼しました! ボクはてっきりベイム帝国の軍人だと思ってたよ! いえ、思ってました!」


 エルナって言うのね。直情径行(ちょくじょうけいこう)な子ね。

 濃い紫の前髪が少し目にかかっていて、騎士としては前が見えづらいのではないかしら?


「パンダ。友好の証に、エルナに髪飾りを譲ってあげましょう」


「髪飾りかあ……。これ、本当は仲間の証なんだけどね。レイナが言うなら仕方ない。うん、エルナ、今日から君もパンダタウンの仲間の一員だ」


 パンダが魔法収納から髪飾りを取り出し、テーブルの上に並べる。


「こんな立派な物、ボ、ボクにくれるの?」


「待ちなさい! 私が先よ! 最初っから気になってたのよね。ブツブツ……」


 ミーナクランが割り込んで、何かを(つぶや)きながら髪飾りに見入っているわ。

 そして、突然その動きが止まった。


「ね、猫ちゃん!」


 猫の顔の形の髪飾りを両手の平の上に載せ、「フフフ……」と口端を上げて笑みを(こぼ)してから髪に取りつける。


「こんなの、使わないで並べていても、もったいないでしょ? 私が使ってあげるって言ってるんだから、感謝なさいよね! べ、別にあんたの仲間になりたいとか、そういうのじゃないんだからね!」


「も、もういいよね? ボクは……、これにするよ」


 それまでミーナクランに場を譲っていたエルナは、猫の足跡の形をした髪飾りを手に取り、皆の頭につけてある髪飾りを見渡す。


「貸して。つけてあげるわ」


 そうね。こんな感じかしら。

 前髪の左手側を寄せて、額が見えるようにしてあげる。

 私が言うのもなんだけど、いいと思うわ。


「ありがとう。えっと……」


「私はレイナよ」


「レイナさん、ありがとう! 父様! どう? 似合ってる? 似合ってるよね?」


「あ、ああ。とてもお似合いだよ」


「ふん! パンダ、私も似合ってるでしょ?」


「も、もちろん似合ってるよ。はははは……」


 全然気持ちが入っていないわね。それでいいのよ。


 私も星の髪飾りをわざとパンダの目に入るようにしてみたのに、何も言ってくれないし!

 たまには、私のことだって褒めてくれてもいいのに。


「見てたのニャー! 私も欲しいのニャ!」


 ワックスを追いかけながら戻ってきたポップが、魚の形をした髪飾りに飛びついた。

 そして、髪に取りつける。


「ふっふーん。どうかニャ?」


「食えない魚なんて、邪魔なだけだーい!」


「ニャニャ!? ワックスー! お仕置きするのニャー!」


 また二人で部屋から出て行ったわ。ポップも仲間みたいなものだし、これで良かったんじゃないかしら?

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