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103 ルーズィヒ要塞攻略~後編

 ジェルマン将軍の用意した決死隊十人と獣人兵十人が、ルーズィヒ要塞の地下に設けた広い空間に集まった。

 ジェルマン将軍にはそのまま決死隊を率いてもらい、俺たちローズ・ペガサスのメンバーは、ワックス率いる獣人兵とともに行く。


 二組の部隊が、いよいよルーズィヒ要塞に侵入する。


「準備はいい? 穴をあけるよ? ランド・コントロール」


 岩盤の天井にぽっかりと穴をあけ、そこに登れるようにスロープを生成する。


「行こう!」


 要塞の中へとなだれ込む。

 そこは予想の通り、通路の南の端で、敵兵はいない。


 通路が交差する地点で、壁から顔を半分だけだして、敵兵がいないことを確認してから進むジェルマン隊。

 彼らには東回りをしてもらう。

 俺たちは西回りで、敵司令室を探す。

 探すと言っても、通常であれば司令室は上層にあるものだから、上への階段を探すことになるのだけど。


 俺たちは地下から出てきたから、今は最下層にいる。


「サーチ」


 敵兵が近くにいないか確認しながら進む。


「敵兵がいないのニャ。つまんないのニャ」


 俺が遭遇を避けているだけで、いないわけじゃない。

 しばらく進んで行くと、ポップの念願の、敵兵との遭遇が避けられない状況となった。


「右の通路から敵兵が来る。ポップ、出番だ!」


「任せるのニャ!」


 魔法によって、敵兵は全て鬼人族に同化した兵だと判っている。

 だから、遠慮せず、全力で戦っても問題ない。


「俺もやるぜ! アイス・ソード! おらあ!」


渾身烈破(こんしんれっぱ)ニャ!」


火炎撃(かえんげき)芍薬(しゃくやく)!」


 最後にユーゼも混ざって、敵兵を霧に変える。


 それからすぐに階段が見つかり、上へと向かう。

 二階も一階と同じような通路の構造で、敵兵もまばらということもあり、すぐに三階に到達できた。


 三階では、魔法を使う敵兵が現れだし、こいつらが魔導砲を操作しているのだろうと予想する。


「グググ……。アイス・ウイップ」


 敵兵の発動した魔法のムチを、飛んで(かわ)すポップ。床に手を突き、反動で壁を蹴って敵兵の頭上へと舞い上がる。それと同時に、「ウオーン! ウオーン!」とアラームが鳴り響く。


 それに構わず、ポップやレイナが攻撃を加え、敵兵を霧へと変えた。


「ポップが蹴ったの、あれだよね?」


 壁には、赤いボタンのような物があった。

 恐らく、侵入者を知らせる警報ボタン。

 ポップのワナ発動スキルはこんな所でも発動したのだった。常時発動(パッシブ)スキルだから、どうしようもない。ボタンがあると、無意識に押してしまう。


 そうこうしているうちに、部屋で待機していた敵兵が、ぞろぞろと通路へと現れ、こちらに向かってくる。


「フレイム・ソード! どんだけいやがるんだ! キリがないぜ!」


「魔法が飛んできて、危ないのニャ!」


 瞬く間に、獣人兵も交えての大乱闘となった。

 しばらく、この場での戦いが続く。


「ハァハァ。全部倒したのニャ」


 ミリィとシャルローゼの二人がかりの回復魔法で、全員の怪我が治って行く。


 その後も、四階、五階と多くの敵兵に絡まれながら進んで、六階への階段の前に辿り着いた。

 今までは階段は要塞の端の方にあったのに、ここだけ中央付近だ。

 もしかすると、次が最上階?


「サーチ」


 上の階からは、鬼人族の気配は一体しか感じられない。


「多分、この上の階が司令室だ。将軍クラスがいるかもしれないから、警戒しながら進もう」


 ゆっくりと階段を上って行く。

 その先には装飾された扉があり、そこが指揮官クラスの者がいる部屋だと思われた。


 ミリィが「フォース」と「シールド」を更新し、チャムリが「ふんぬ~」と結界を張り直す。

 獣人兵もいるから、全員に行き渡るまで待つ。


「開けるわ。みんないい?」


 レイナが開けた扉の向こうには、豪華な執務机にペンを持って座っている、軍服の胸に勲章をいくつもつけた男と、もう一人、その隣に軍服が張り裂けそうになっている筋肉質な男が立っていた。

 魔法で感知した鬼人族は一人だけだった。ということは、どちらかは鬼人族の憑りついていない普通の人間だということだ。


「お客様のご入室かな?」


「あなたには、逃げ場はないわ。おとなしく捕まりなさい」


 レイピアを突きつけて降参を迫るレイナ。


「おやおや、威勢のいいお嬢さんだ。私はリュデイガー・ブッケル。この要塞を預かる司令だ。君たちがどうやって侵入したのか知らないが、私に剣を向けるのは、いささか、場違いではないかな?」


「その自信はどこから来るのかしら?」


 レイナがそう言った瞬間、リュデイガー司令の隣にいた男が消えて、現れたときにはレイナの腹に拳を入れていた。


「ヴァルターは短気でね。私も扱いに苦労しているのだよ」


「ギシャア!」


 筋肉質の男ヴァルターは、世紀末な拳士のように筋力で服を破り捨て、躍り出たユーゼに瞬時に蹴りを入れる。


 (はた)から見れば、変質者だよね……。


「素早い動きもここまでです! 軽速重鈍(けいそくじゅうどん)!」


 シャルローゼが護符を杖で突き、素早さを減退させるフィールドを形成する。


「ギシャ?」


「よくもやったわね! ローズ・スプラッシュ!」 


 動きの鈍くなったヴァルターに向け、連続で突き出されるレイピアの先には、レイナの怒りが乗っている。一撃ごとに、怒りが発散して行く……。


「お返しです! 爆裂連撃!」


 ユーゼも棍に怒りを乗せている。

 ヴァルターは、女性を怒らせたら怖いことを、身をもって思い知ったに違いない。


「俺からも、プレゼントだ! ロア・ライトニング!」


 剣先から(ほとばし)る轟雷。

 ヴァルターは崩れ落ち、体から人影を浮かび上がらせて、霧となって消えた。


「ば、馬鹿な! これほどまでに鬼人族と調和のとれた男が敗れるとは!」


「観念なさい!」


 腰に手を当て、再びレイピアを顔の前に突き付けるレイナ。

 リュデイガー司令はゆっくりと両手を上げ、「降参だ」と告げる。


「どうやって鬼人族を操っていたの? 吐きなさい!」


「私の身の安全を保証してくれるのかね?」


「悪いようにはしないわ。……多分」


 最後の方が小声になっていたけど、捕虜の扱いを決めるのはラウニール王国のお偉いさんだ。俺たちには権限がないから、しょうがない。


「君たち、もう到着していたのですか。ハァ、ハァ。身の安全は私が保証しよう。ハァ、ハァ。私はラウニール王国軍の将軍、ジェルマン・マザランだ」


 ジェルマン将軍が、息を切らせて登場した。

 扉が開いたままだったから、階段を上りながら俺たちの会話を聞いていたみたいだ。


「では、話すとしよう。机の中から証拠の品を取り出すことを許可願いたい」


「私が取り出そう。リュデイガー司令には、そのまま両手を上げたままでいてもらいたい。それで、どの引き出しですか?」


「右の一番上だ」


 机の引き出しを開けるジェルマン将軍。


「これでしょうか?」と、白い半球状の物体を取り出す。


「それだ。それは鬼人族を操ることのできる統鬼魔片(とうきまへん)で――」


 統鬼魔片は、先史文明時代の遺跡から発掘された物で、当時、逢魔の霧の中を彷徨(さまよ)った者が、霧の中で(ほこら)のような建造物を見つけ、その中に安置されていたのを失敬した物だった。

 この者は逢魔の霧から生還し、これがなんであるかを研究した。

 その成果が、入手の記録と共に遺跡に残されていて、鬼人族を呼び出すこと、そして呼び出した鬼人族を使役することができると記されていた。


 逢魔の霧が発生していない状態では、呼び出した鬼人族を長時間顕在化させることは困難で、人に憑依(ひょうい)させることで定着が認められた。ただ、憑依先が意志の強い人間でなければ、自我を保てなくなることも、研究の末、判明した。


 しかし、統鬼魔片を使えば、鬼人族が憑依して自我を保てなくなった人間さえも操ることができ、当時のS級危険物として認定され、封印されていた物だった。


「これがあれば、誰でも命令できるのですか?」


「そうだ。この要塞の兵士全員に命令が届く」


「じゃあ、命令します。今後の戦闘行為を禁止します。また、ラウニール王国軍を味方と認識してください」


 ジェルマン将軍の握る統鬼魔片が怪しく輝いた。


「ヒュー。こんな危ない物は御免ですね。レイナ殿、君たちが預かってもらえないでしょうか?」


 恐らく、統鬼魔片から意図せずに鬼人族が発生したら、ジェルマン将軍の部隊ではそれに対処するのは荷が重い、という思惑があるのだろう。


「いいわ。パンダも、いいわよね?」


「うん」


 ジェルマン将軍の手に白い魔法陣を浮かべ、魔法収納へと仕舞う。


 事の顛末(てんまつ)をマジカルレターでエルバートに知らせ、占拠したルーズィヒ要塞の調査に入るジェルマン将軍。

 俺たちも調査につきあって、要塞の各所を見て回る。


  ★  ★  ★


「なによ! 今日の食事も少ないわね! どういうこと!?」


 ここでラウニール王国軍と戦端を開いているからと援軍に来てみれば、毎日、徐々に配給される食料が減って行く。


 兵士に強く言っても、「グシャア」とか訳分かんないことしか言わないし、頭に来たわ!

 ここへ食料を運んでいるのは、()まわしきルーズィヒ要塞の将兵。

 今の私なら、ベイム帝国の一員だから、要塞に入ることだってできるんだから!

 ちょっと文句を言いに行ってやるわ!


 ダークペガサスに(またが)り、ルーズィヒ要塞に向かって空を駆ける。


 平野に布陣する兵どもが小さくなり、平野が途切れて岩山と林が点在するようになる。


「あれがルーズィヒ要塞ね」


 高度を下げて行く。


 あれ? あの旗は?


 ルーズィヒ要塞の上には、ベイム帝国の黒と赤の国旗ではなく、青い旗が立っている。

 あの旗は……、ラウニール王国じゃないかしら?

 どういうこと?

 ラウニール王国軍は、後ろで戦っているはずでしょ?


 これは、きっちりと確かめてやらないといけないわね!


「可憐な妖精、ミーナクラン・スワンプ様が、わざわざ出向いてあげたわ! 門を開けなさい!」


 要塞の大きな扉の前に立ち、堂々と名乗る。

 しばらく待っても反応がなく、もう一度大声で叫ぶと、ようやく「待たれよ!」と誰かが奥へと走って行った。

 それから大分待って、門の隣の壁に設けられた覗き窓から声が発せられる。


「失礼ですが、もう一度名乗ってもらえませんか? 来訪者があるとは想定外でして、連絡がうまく届いていないのですよ」


「可憐な妖精、ミーナクラン・スワンプよ」


 何、向こう側でヒソヒソと話し合っているのよ。早くしなさいよね! 待ってあげてるんだから!


「貴方はベイム帝国の方とお見受けします。この要塞はラウニール王国軍が占拠しています。よって、無益な争いは避けたいと存じますので、お引き取り願えないでしょうか?」


「ここの指揮官に会いに来たのよ! 帰らないわ!」


「そうですか。戦いに来たのではないのですね?」


「当然よ!」


「では、案内の者に従って応接室までお越しください」


 ゴゴゴゴーと音を立てて大きな扉が開く。

 見るからに下級な兵士に案内されて、ルーズィヒ要塞の中を歩く。


 帝都にあった、あの嫌らしい趣味のグロシュベイム城と違って、ここは意外と質素ね。少し見直したわ。


「こちらです」と、案内されて応接室に入ると、そこには青色の長髪の男がソファに腰かけていた。


「どうぞ、お掛けになってください――」


 私が腰かけるのを待って、男は名乗り始めたわ。ふーん。ジェルマン将軍と言うのね。

 そして、この要塞が今どうなっているかなどを簡単に説明してくれたわ。


「それで、どういったご用向きでお越しになられたのでしょうか?」


「単刀直入に言うわ。私を雇いなさい!」


「…………。は?」


「分からないの? あなたの配下になってあげるって言ってるのよ。感謝しなさい!」


「何か見返りでも?」


「あんたたち、ベイム帝国に戦争を仕掛けるんでしょ? 私も一緒に戦うって言っているのよ。私は東の国グリンデルから人質としてベイム帝国に連行されていたのよ! このルーズィヒ要塞がラウニール王国の物になったのなら、東の国々はベイム帝国に従う理由なんてもうないでしょ。私が人質なんて役を演じる必要もなくなったんだからね!」


「自由な人質殿ですね」


「うるさいわね!」


 ここでジェルマン将軍はテーブルの上の鐘を一度だけ鳴らす。

 すると、扉を開けて、黒髪の男が入ってきた。


「あ、あんたは!」


 それまで魔法では誰にも負けたことのなかった私に、初めて屈辱を与えてくれた男。

 忘れもしないわ。


「パンダ・クロウデ。もしものために外で控えていたけど、大丈夫そうだね」


「パンダ殿。ミーナクラン殿を君たちのパーティに加えてもらいたいのですが、了承してもらえないでしょうか?」


「「え!?」」


 パンダと目が合う。相変らず、冴えない顔の男ね。こんな奴が私よりも大きな魔法を撃ったなんて、偶然よね。きっと何かトリックがあるに決まってるんだから!

 一緒に行動するなら好都合だわ。絶対にトリックを暴いてやるわ!


 でも、す、少しぐらいなら認めてやらない訳でもないんだから……。


「ラウニール王国にまで噂の聞こえし『黒炎の魔女』殿は、私の部隊だと少々役不足でしょう」


 何よ! その二つ名。ラウニール王国にまで広がってるの?

 誰よ、広めたのは! 見つけたら火だるまにしてやるわ!


「私は『可憐な妖精』って言ったでしょ! そんなはしたない二つ名なんて使っていないわ!」


「これは失礼しました。では、『可憐な妖精』殿。パンダ殿と行動を共にして頂きたい。よろしいですね?」


「ふんっ! しょうがないわね。可憐な妖精ミーナクランが、パンダ、あんたの手伝いをしてあげるって言うのよ。感謝しなさいよね!」


「まだ、いいとは言ってないけど……。ま、いっか。ミーナクラン、よろしくね。多分、リーダーのレイナも受け入れてくれるよ……」

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