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102 ルーズィヒ要塞攻略~前編

 エルバートには、コンスタン将軍から、既に今回の顛末(てんまつ)について知らされている。

 だから、外が暗くなっていることもあり、俺たちは明日の朝、エルバートと合流することにした。

 コンスタン将軍としても、こんなに早く解決するとは思っていなかったみたいで、「ゆっくり休んでから行くんだ。君たちにはその権利がある」と、休むことを勧めてくれた。


 翌朝。エルバートの元で。


「みんな、昨日は助かった。もう少しで軍を撤退させないといけなくなる所だった。本当に感謝するよ」


「当り前のことをしただけよ。仲間を助けなくってどうするの?」


「どちらにせよ、転移のできる俺たちじゃないと、間に合わないことだったしね。それで、戦況はどんな感じ?」


 エルバートは敵軍のいる北へと顔を向け、それからこちらに向き直して語りだした。


「頑張ってくれた、みんなには言いづらいことだけど、現在の戦況は(かんば)しくない。敵の援軍に、とんでもない魔法使いが現れて、進むことができなくなった。向こうから積極的に攻めてはこないが、こちらから接近すると、巨大な魔法で撃退される。だから、今は膠着(こうちゃく)状態になっている」


 巨大な魔法を撃つ魔法使い。

 特徴を聞いてみると、黒い馬に(またが)った、金髪ツインテール、黒っぽい服の女の子。

 白鳥城で会った魔法使いと特徴が合致する。

 同一人物だろうか? 名前はミーナクランだったっけ?

 そうであれば、向こうが撃つ魔法を、俺の魔法で相殺できる。


「白鳥城で会った魔法使いと特徴がよく似ているから、もしも、同じ魔法使いなら、俺が撃退してこようか?」


「そうしてくれるとありがたい。だけど、その魔法使いは敵部隊の後方から魔法を撃ってくるし、神出鬼没でどのあたりに潜んでいるかも分からない。だから、味方部隊を連れて行かないと近づくのは難しいだろう」


 エルバートは地図の上にミーナクランに見立てた駒を置き、それを左右に動かして見せる。それが、あたかも敵陣の中を自由に動き回っているように。


「そして、味方部隊が魔法で大きな被害を被るから、あまり好ましくないってこと?」


「そうなんだ。だから、困っている」


 たった一人の魔法使いを仕留めるのなら、ある程度の被害を覚悟のうえで強引に攻めるのが最も早そうだけど、エルバートはその手を使いたくないようだ。俺の魔法の射程にさえ入れることができれば、勝負がつくんだけどね。

 もちろん、俺も、味方に損害が出る手段は取りたくないというのが本音だ。


「うーん……」


 良い方法がないか、考える。


「…………。そうだ! 敵が使ったのと同じ手を使って仕返ししたらどうかな?」


 敵は、内通者を使って、ラウニール王国軍の兵糧を奪った。

 兵は兵糧がなくては戦えない。だから、それを奪うのだ。

 おおまかな作戦を説明する。


「えー、食べ物を取り上げちゃうんですか? 食べ物を粗末にしてはいけませんよ」


 食べ物のことに敏感なユーゼが、懸念を示す。

 ユーゼにとって、いつも食べ物を無駄に多く消費していることは、粗末にしているのとイコールではないようだ。


「奪うだけで、捨てたり燃やしたりしないから、粗末にはしないよ」


「食料を奪う作戦か。それは名案だ。よし、やってみよう」


 エルバートの承認を得て、兵糧強奪作戦が開始された。

 まずは東西に斥候を放ち、兵糧の輸送経路を調べる。


 二日かけた調査の結果、どうやら北北東の方角から兵糧が運ばれてくるらしいことが分かった。

 その知らせを受けて、すぐにジェルマン将軍が呼び出された。青い長髪の将軍だ。


「ジェルマン将軍。君の部隊にローズ・ペガサスと獣人部隊を加えて、敵の兵糧を奪ってきてくれ!」


「はっ。仰せのままに」


「パンダ。ジェルマン将軍はラウニール軍きっての知将だ。共に相談し合い、戦果をあげてくれないか」


「分かったよ。ジェルマン将軍、よろしく」


「お互い、任務に励みましょう」


「ワックも頼む」


「よっしゃ! エル兄の頼みだ! 俺に任せてくれ!」


 俺たちはジェルマン将軍の部隊と共に、戦場から離脱するように東へと進み、そこから北上する。


「敵兵の追撃があると思っていましたが、静かな物ですね」


 ジェルマン隊は、追撃に備えて、部隊の西側に盾を構えた兵を並べて進軍している。


 ようやく、ベイム帝国軍が兵糧を運ぶのに使っている街道に辿り着いた。ここまで、一度も敵兵との戦闘は発生していない。弱い魔物に何度か遭遇しただけだ。

 この辺りには、部隊を隠せるような遮蔽物はほとんどなく、ただ、街道を塞ぐ形で輸送部隊の登場を待つ。


 やがて、ジェルマン将軍の放った斥候が戻ってきた。


「およそ二キロメートル先、輸送部隊がこちらに向かってきます!」


 しばらくして、敵輸送部隊が視界に入る。

 輸送部隊からもこちらが見えているはずなのに、構わず近づいてくる。


「向こうも我々のことが見えているはずです。そのまま進んでくるのは、おかしいですね。罠でしょうか?」


「もう少し様子を見て、逃げ出すようなら追いかけて、近づいてくるようなら戦ってみる?」


 あれは罠で、荷馬車の中身が敵兵だったりするんだろうか?


 平然と近づいてくる敵輸送部隊に対し、ジェルマン隊は臨戦態勢を敷く。

 荷馬車を囲む兵は多くない。あの数だと魔物を倒せても、軍隊は倒せそうにない。

 でも、逃げることなく接近してくる。


「頃合いです。仕掛けましょう」


「腕が鳴るぜ!」


「蹴散らすのニャ!」


 ジェルマン将軍の指揮で、兵士が輸送部隊に襲い掛かる。

 輸送部隊を守る兵士には、鬼人族が憑りついているようで頑強だけど、数の暴力には敵わず、すぐに消滅していった。


「あっけなかったね」


「荷物を(あらた)めましょう」


 荷馬車に積んであったのは、兵士ではなく、大量の食糧。


「毒も仕掛けてないようです」


 ますますもって、輸送部隊が止まらなかった理由が分からない。


「これは推測になりますが、ベイム帝国の兵士はすべて鬼人族と同化しています。それが何者かに統率されていて、その命令を遂行することしかできないのではないのでしょうか?」


 命令にのみ忠実に動き、各自が考えることを放棄している……。

 プログラムに書いてあることしかできない、ロボットのようなものかな?

 確かに、戦場においても、敵兵はバヌーナの皮を次々と踏んで転んでいた。

 見て考えれば分かることだけど、あたかも学習能力がないかのように、同じ手にひっかかっていた。


「アマンフォード伯爵の屋敷にいた、家令のカジミールは考えて行動していたけど、あれは特別なのかな?」


「そちらが特別なのではありません。ベイム帝国にいる兵士が特別なのです。通常は鬼人族に憑りつかれると個人の欲望に忠実になりますから、その程度に応じて他人の指示を受けつけなくなります。ところが、この兵士たちは、鬼人族に完全に呑み込まれているにも関わらず、自己の欲望を前面に出すことはしていません」


 シャルローゼの感覚だと、ベイム帝国の鬼人族が、今までムートリア聖国で見てきた者とは違う、ということだ。


「だとしたら、このまま輸送部隊を襲い続ければ、簡単に勝てそうだね」


「それはどうでしょう。敵が命令を変えるかもしれません。ですから、我々はこの街道の先にあるルーズィヒ要塞を叩くのが良いのではないでしょうか?」


 ジェルマン将軍は、このまま敵領内へ進軍することを提案する。

 部隊兵数は三千程度だと思うけど、無謀じゃない?


「何か策でもあるの?」


「いいえ。ですが、ルーズィヒ要塞が我が国への侵略の足掛かりになっています。兵士が野戦へと出ている今が、それを叩く好機だと思いませんか?」


 現在、両軍はラウニール王国内で衝突している。その状態で、まさかベイム帝国内にラウニール王国軍が侵入してくるとは思っていないのではないか。だから、油断しているであろう今は攻め時なのだと。

 また、食料を奪ったから、まだまだ進軍可能だとも。


「俺にも策はないけど、実物を見て、さらに敵の手の内が分かれば、何か思いつくかもしれないし、行ってみる?」


 何も思いつかなければ、撤退すればいい。

 レイナの顔を見る。俺が仕切っているような気がするけど、一応、彼女がリーダーだ。


「わかったわ。行きましょう」


 マジカルレターでエルバートに方針を知らせ、了承を得る。

 奪った食料を魔法収納に仕舞い終えると、ジェルマン将軍が率いる部隊は、ルーズィヒ要塞へ向けて進軍を開始した。


  ★  ★  ★


 将軍職に就いて、もう五年になるでしょうか。私は、今までで一番の衝撃を受けています。


「あれが、ルーズィヒ要塞ですか!」


 スープ皿をひっくり返したような、黒い円盤状の巨大な建造物。

 外壁で囲うこともなく、それ単体で何者も寄せつけないような圧倒的な存在感。

 (とげ)のように幾重にも並んでいる突起物は、恐らく魔導砲。


 魔導砲は、ベイム帝国で開発された、魔法をより遠くに飛ばす魔道具で、射程にしてもその破壊力にしても、弓の比ではないと聞き及んでいます。


 噂には聞いていたのですが、まさかこれほどの物とは思っていませんでした。

 通常の砦なら、手兵で占拠する自信はあったのですが、私の知識ではこの要塞を攻略するはおろか、近づく手段さえ思いつきません。


「ジェルマン将軍、どう? 何か策が浮かんだ?」


 どうしたものかと、要塞を凝視したまま考えに(ふけ)っていたら、客将のパンダ殿が尋ねてきました。


「いいえ。パンダ殿は?」


「まだ何とも言えないなあ。それにしても、要塞の側面にたくさんある、あの黒いでっぱりは何だろう?」


 ああ、パンダ殿は知らないのですね。

 魔導砲について私の知っていることを教えてあげました。


「その射程距離って、だいたいどのくらい?」


「それは分かりません。私としても実物を見るのは初めてですから」


「そっか。ポップ! ちょっと頼まれてくれる?」


「なんなのニャ?」


 猫獣人の娘がポップ殿ですか。


「あの要塞に向かってゆっくりと歩いて、挑発しながら近づいて欲しいんだ。それで、要塞から何かが発射されたら全力でこっちに戻ってくる。それだけのことなんだけど、いいかな?」


「そんな簡単なことでいいのかニャ? まっかせるのニャ!」


 ああ。かくも危険な任務をあのような華奢な女性に任せるとは、パンダ殿も人が悪い。


 ポップ殿が我々の元を離れ、ルーズィヒ要塞に向かって歩いて行く。途中何度も大声を上げたり、手や足腰を使って挑発しながら。まあ、お尻を叩くのは少々下品ですが、遠くから見れば一番分かりやすいかもしれませんね。


 何事もなく近づいていますが、要塞からおよそ四百メートルの距離に至った所で、魔導砲が三門、火を噴きました。そして、何らかの塊が猛スピードで飛来します。


「ビギャー! 聞いてないのニャ! あり得ないのニャ!!」


 それを見て、ポップ殿涙を流しながら大慌てでこちらに戻ってきます。


 ドドドカーン!!


 三発の塊は、ポップ殿の元居た地面に当たって、そこに半球状の大きな穴をあけました。

 その反動でポップ殿は地面を転がり、何回転かしたところでシュタッと音を立てて立ち上がりました。両手を広げていますが、何かのアピールでしょうか?


「ポップ、よくやった!」


「よくやったじゃないのニャ! めっちゃ危なかったのニャ!」


「ははは、素早いポップにしかできない任務だったんだ。他に誰ができると思う? ほら、いないよね? ポップお手柄だよ、偉い!」


「そ、そうかニャ? てへへ」


 パンダ殿はうまくポップ殿を言い(くる)めました。

 そして、私に向かい、頭を掻きながら、


「思ったよりも遠くまで届くんだね。しかも速い。これだと地上から近づくことができそうにないね。ちょっと遠いけど、要塞攻略の常套(じょうとう)手段をやるしかないかな?」


「常套手段? そんなものがあるのですか?」


「え? こっちだと使われていないのかな? 穴を掘って地下から侵入するんだよ?」


 そんな大胆な作戦、初めて聞きました。パンダ殿の国では、そのような戦争があるのですね。

 穴を掘る道具は持参していませんが、どうするのでしょうか?


「ここだとバレるから、ちょっと隠れるよ」と言って、パンダ殿が、後方の林の中に入って行きました。


 軍隊に待機を命じ、副官に後を任せて、私も彼の後をついて行きます。


 ラウル平原を抜けたこの周囲には、岩山や林があって、あのルーズィヒ要塞の近くを通らないと北上や東進ができない要衝の地となっています。


「ここなら、向こうから見えないと思う。ランド・コントロール!」


 なんと! 地面に大きな穴があいたではないですか!

 はて。その魔法は、畑を作ったり、道を整備する物ではなかったのでしょうか?

 その魔法で穴を掘るなど、聞いたことがありません!

 穴を掘ると言えば、落とし穴を作る特技という物しか知らないですね。


「方向は大体こんなもんだね。ミリィ、明かりをお願い!」


 一度、穴から顔を出して、方向を再確認するパンダ殿。

 ローズ・ペガサスの一行と獣人の将二人が穴の中に入って行きます。

 私も穴の中に踏み入ります。


 ミリアム殿が魔法で光の玉を浮かべて、穴の中を明るく照らします。


 なんと、パンダ殿はほとんど休みなく、魔法で穴を掘り進めて行くではないですか!

 リキャストタイムはどうなっているのでしょう!?

 それに、一度の魔法で二十メートル程度、穴が作られているように見えます。


「壁は硬い岩へと変質してあるから、崩れてこないよ。安心してね」


 立ち止まって考え事をしていたら、パンダ殿が(とど)めの一言を告げました。

 短時間で長い穴を掘るだけではなく、壁のすべてを岩へと変えていると言うではありませんか!?


 なんだか、私の魔法に対する常識が、音を立てて崩れて行くような感じがします。

 今後、敵軍と対峙する際には、このような魔法使いがいるかもしれないと、想定を上方修正しないといけないでしょうか。


「ずいぶん進みました。これはまっすぐに要塞に向かっているのでしょうか?」


 ずっと穴の中を進んでいるので、一体、どれだけ要塞に近づいたのか、分かりません。


 王国の魔法工事士が街道を補修するのに、何カ月もかけて行うというのに、パンダ殿は、短時間で、このような大きな穴を、このように長く掘り進めています。彼に街道の整備を任せれば、数日で完了できるのではないでしょうか?

 それにマナも尽きる気配がありません。どうなっているのでしょう、本当に。


「サーチ!」


 パンダ殿が自分で掘った穴だから、魔物がいないことは自明です。なぜ、彼は魔物を探す魔法を唱えたのでしょう?


「もう少しだね」


「何がもう少しですか?」


「もう少しで要塞の下に届くよ」


 詳しく聞くと、「サーチ」の魔法で敵兵の位置を探っていたとのことでした。

 敵兵? 魔物ではなくて? 魔法で敵兵を探せるのですか? そんなことは聞いたこともありません。

 私は、魔法に対する知識を学び直さないと駄目かもしれません。

 ああ、眩暈(めまい)がしてきました。


 私がフラフラとよろめいている間に、パンダ殿は、穴を広げ始めました。


「敵兵の動きから、この上が通路なんだけど、敵兵の往来が頻繁過ぎるから、もっと人通りの少ない通路を見つけるよ」


 歩いては止まり、歩いては止まりを繰り返し、「ここが良さそうだ」と言って上を向く。


「パンダ、今すぐ行くの?」


 レイナ殿が確認する。


「いや、まだだよ。ジェルマン将軍、外に戻って要塞に侵入する決死隊を組んでもらえるかな?」


 要塞に侵入とは……。まだ一戦も交えていないというのに、内部に侵入できると言うのですか。

 私は了承し、早速人選に取り掛かりました。

なっしんぐ☆です。

今週分(3/3火、3/5木)は、22時投稿になる予定です。

お含みおきください。

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