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序章

※まったり更新を予定しております。

 貿易の国 ラカーナ。

 砂の多いこの土地は、舗装された道は少ない。黒い外套を纏った人影が、商店の並ぶ大通りをするすると縫うように進んでいた。


「ねえ聞いた?魔法剣士の話」

「あ、もしかして商隊の護衛の話?」

「そうそう!まあた一人で盗賊をやっつけちゃったんですって!」

「すごいわよねぇ。一度で良いからお目にかかってみたいわー」


 通り過ぎた女性二人の会話に思わず耳を立てる。深く被ったフードの下で、こっそりと口角を上げた。

 日も暮れ始め、やれ今日も良い商売が出来ただの出来なかっただのと各々が体を伸ばしながら店仕舞いの様子を見せる横で、さて今日も一杯どうだいと客引きを始める店がある。それらの声を通り過ぎ、一本脇へ、さらに裏道へと行った所に目的の店はあった。誰でも入れる店ではあるが、出てくる料理や酒、店内の行き届いた清掃や接客の質とそれへの対価によって、入る者を自然と選び、良い雰囲気の均衡が保たれている店だ。


「いらっしゃい!あら、お久しぶりねぇ!」


 フードを被ったままだというのに、店の女将が気付いていつもの奥の席へ通してくれた。会釈をして席につき、やっとフードを外す。夏も過ぎたというのに、この国の陽射しは強い。魔法使いの自分にとってさして問題はない、が、砂が入り込むのは厄介だと軽く頭を振った。その拍子にはらり、と黒髪が柔らかく揺れてこぼれる。一つに結い上げた長い髪が、白い肌を際立たせていた。髪と同じ色の睫毛に縁取られた瞳は、意思の強さを秘めた黒曜石のように輝いている。

 彼女の名前はジルコニア・ローディナイト。今日はここで弟子と待ち合わせをしていたが、彼より早く到着したようだ。

 先に一杯始めてしまおうか。そう思って、店員を呼ぶ為の小さな銀のベルへ手を伸ばした所で、先程の女将が丁度よく現れた。


「今日は待ち合わせかしら?」

「そうなの。先に一杯頂いちゃおうかしら」

「あら、おひとりでは寂しいんじゃなくて?」

「慣れてるから大丈夫よ」


 やんわりと相席を断った。先程耳に入ってきた噂話のせいか、これから会う弟子のせいか、少し思い出に耽ってみたいと思ったのだ。できれば、ひとりで、静かに。


「そう?先に一杯とは言っても、どうするのかしら?」


 面白そうにこちらの様子を伺う女将は、ジルコニアの酒癖をよく知っていた。


「……葡萄酒を、葡萄割りで」

「いつものね。すぐ持ってくるわ」


 にこにこと去っていく女将に、ジルコニアは溜息をつく。嫌な気持ちになった訳ではない。葡萄酒を、葡萄を絞った果汁とで半分ずつに混ぜてもらった物でないと飲めないのだ。それが少し情けなく、弟子に負けている部分でもあるのでなんとかしたいと思っているのだが、こればかりは体質でどうにも出来なそうだ。

 女将は他の接客へ入ったらしく、店員の女性が飲み物を持ってきてくれた。礼を言って受け取ると、ぺこりと頭を下げてたどたどしく離れていく。褐色の肌に濃い瞳、金色の短い髪、新しい子かな、なんて思いながらグラスの中を確認して、氷は不要であると言い忘れたことに気付いた。いつもは魔法で自分で作ってしまうのだが、女将は律儀にも貴重な氷を割いてくれたようだ。

 くい、と一口含んで、舌で転がす。少しだけ酒の風味がして、後から広がる葡萄の甘味と、ほんのりとした酸味が長旅の疲れに効く。

 ふう、と一息つくと、テーブルの上に明り取りとして置かれたランタンが目に留まった。ゆらめく炎をぼんやり見詰めると、当初の予定通り、意識は二年前の弟子との出会いへ遡っていった。


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