女と女と女の修羅
その日、一睡もせずに私は会社に出勤した。
午前中、仕事をしていると、クミから着信があった。
昼休み。
仕事の休憩中に、私はクミに電話をかけた。
「クミ、電話ありがとう」
「マミ、昨日は大丈夫だったの?」
「……うん。私ね、ちゃんとお別れしてきたから」
私は、アサカと別れた事をクミに告げた。
そして仕事が終わってから、クミと会う約束をした。
※※※※※※※※※※※※
夕方。
仕事を終え、私はクミのもとへと急いだ。
クミの部屋へ行くと、彼女は優しく出迎えてくれた。
八畳くらいの部屋の中に、クミと、彼女の子供の男の子が居た。
クミは夜の仕事の出勤前だった。
化粧中だったようだ。
「マミ、顔色悪いよ。大丈夫?」
「昨日、眠れなかったから……」
「眠い?」
「うん、そりゃあ眠いよ」
「よかったら、今夜はここに泊まっていったら? 晩ご飯も作ってあるし」
「え、でも悪いよ」
「私ん家、狭いけどさ、ちゃんと布団も二組あるし、大丈夫だよ」
「本当にいいの?」
「うん、いいよ! タカシ、こっちにおいで」
それまでテレビを見ていた男の子が、クミのそばに近寄った。
クミが『タカシ』と呼ぶ子供に言った。
「夜は、このお姉ちゃんと仲良くするんだよ。わかった?」
「……わかった」
クミはさっさと化粧を仕上げて言った。
「私、先にご飯食べたけど、マミ、タカシと一緒に晩ご飯食べてやってくれない?」
「う、うん。分かった。でも私で大丈夫かな?」
「大丈夫、大丈夫、タカシはしっかりしてるから! ねぇ~、タカシ?」
クミがタカシくんのほうを向いて言った。
「うん」
とだけ言って頷くタカシくん。
「フフフ……。タカシ、知らないお姉さんだから、ちょっと人見知りしてるのかも」
「本当に私で大丈夫?」
「大丈夫だってば」
なんだか子供の世話を押し付けられているようだった。
そんなワガママなところも昔っからクミは変わっていなかった。
料理を皿に盛り、ちゃぶ台に置いてゆくクミ。
何種類もの料理がちゃぶ台の上に広げられた。
白米、味噌汁、煮物、炒め物、おひたし。
とても良い匂いがした。
「これ、クミが全部、自分で作ったの?」
と私が言った。
「そうよ。料理、昔から好きだったし」
そうだ、クミは料理が趣味だった。
学生時代はクッキーやケーキを手作りしていたし、クミの実家に遊びに行った時は、クミとクミのお母さんが一緒になって私にご飯をご馳走してくれたっけ。
とても美味しかった。
「マミ、それじゃあ私、仕事に行ってくるね!」
「うん、行ってらっしゃい」
「マミとはもっといっぱい話したい事もあるし、また仕事から帰ってきたら、いっぱい話そうね!」
「うん!」
「タカシ、行ってくるわね!」
「わかった、お母さん」
クミが仕事に出掛け、私とタカシくんは、クミの作ってくれた晩ご飯を食べた。
すごく美味しかった。
どれも美味しかったが、特に煮物が美味しかった。
私は料理が苦手で、とてもこんな風には作れない。
クミは昔から料理が上手だったが、ちゃんとおふくろの味を受け継ぎながらも、母親になってからさらに腕を上げたようだった。
タカシくんは大人しい子供だった。
黙々と晩ご飯を食べ進める。
いつもクミの帰りを一人で待っているのだろう……。
私とタカシくんは、晩ご飯を食べ終えた。
タカシくんはご飯を食べ終えると、きちんと食器を流し台に持って行った。
確かにクミの言うように、しっかりしている子供だと私は思った。
満腹になった途端、私は睡魔に襲われた。
無理もない。
昨日から一睡もしていなかったから。
食後、タカシくんはテレビを見ていた。
私は昔から男性と会話するのが苦手だった。
社会人になってから少しは改善されたものの、男の子と、どんな会話をすればいいのか分からなかった。
テレビには、古めかしい特撮ヒーローものの番組が放送されていた。
タカシくんは、その番組を夢中で見ていた。
「タカシくん、これ、なんて番組?」
「コスモレンジャーだよ!」
「面白い?」
「うん、すっごい面白いんだよ!」
「お姉さん、初めて見たよ」
「あのね、クビチョンパ星からやってきた悪者をね、コスモレンジャーたちが退治していくんだ!」
コスモレンジャーという番組は、どこか聞き覚えがあった。
確か私が子供の頃に再放送されていた番組だったような……。
同級生の男子たちが、この番組の話題を口にしていたような気がする。
じゃあこの番組は、その『コスモレンジャー』の再放送だろうか?
タカシくんはこの番組のファンのようだった。
毎週見ていると言う。
私はこの手の番組は見ないが、テレビに夢中になる彼は興奮気味に話していた。
コスモレンジャーというヒーローたちは、それぞれレンジャーごとにカラーがあり、五人組だった。
「タカシくんは、何色のレンジャーが好きなの?」
「あのね、僕はね、リーダーの赤レンジャーが好きなんだ! ほら、敵をいっぱいやっつけてく!」
タカシくんはテレビに夢中になりながらも、私の質問に答えてくれた。
少しずつだけれど、私とタカシくんは打ち解けていったように思えた。
テレビの中には、きぐるみを着た怪物と戦うコスモレンジャーたち。
タカシくんは夢中で見入っていたが、子供向け番組だからなのか、昨日から一睡もしていなかったからなのか、私は眠くなってしまった。
番組が終わり、タカシくんは次回のコスモレンジャーも楽しみそうにしていた。
夜になり、私はタカシくんをお風呂に入れようと思った。
クミのアパートはボロボロだったが、一応、お風呂が備え付けられてあった。
「タカシくん、もう夜だし、そろそろお風呂に入ろうか」
「うん」
私は一緒に入ろうかと思ったが、男の子と一緒にお風呂に入って良いものか迷っていた。
するとタカシくんは、スタスタと自分一人で服を脱ぎ、お風呂に入って行った。
タカシくんは、本当にしっかりしていた。
私が一緒でなくとも、自分の事は自分でできていた。
一緒にお風呂に入ろうなどと、いらぬ心配だったようだ。
私はタカシくんがお風呂に入っている間に、ちゃぶ台を部屋の隅に起き、押入れを開いて、布団を二組、床に敷いた。
いつもクミとタカシくんが使っている布団だろう。
クミの良い匂いがした。
懐かしい匂い……。
タカシくんがお風呂から出た後、私もお風呂に入ろうかと思ったが、私は疲れていた。
着の身着のまま、少し布団に横になる。
アサカに別れを告げ、一睡もせずに仕事をこなし、クミの作ってくれた晩ご飯を食べ、満腹中枢が満たされ、そして体力の限界がおとずれようとしていた。
クミの布団。
良い匂い……。
これからは、またクミと一緒に居られる。
だって本当は、私とクミは両想いだったのだから……。
昔、思い描いていた夢。
クミの子供を、私が父親として、クミが母親として育てていける。
これからは、ずっと、一緒……。
疲労のせいか、私は、いつの間にか眠りに落ちていた。
「ギャーーーーーッ!!」
けたたましいタカシくんの叫び声で、私は目を覚ました。
すると、何故かアサカがクミの部屋の中に居て、タカシくんに包丁を向けていた!
「アサカ!?」
「それ以上近づくと、この子の命はないよッ!! アハハハハハ!!」
アサカは狂っていた。
彼女の腕の中で、震えながら固まるタカシくん。
「アサカ!? どうしてここに!?」
「……後をつけてみれば……サッソク幸せそうにしやがって……アタシがアレで納得するワケないよねぇ? 納得したフリしただけだよねぇ……そうだよ、演技してただけだよ……」
「もうやめてッ!!」
「アタシがしてるんじゃない!! 東京の電波が、アタシに命令してるの!! 東京の電波……東京の電波……」
アサカは意味不明な言葉を繰り返す。
「あの女は何処……? 殺さなきゃ……みんな……みんな、殺さなきゃ……」
アサカが挙動不審に辺りを見回している隙を狙って、私はアサカに飛び掛かった。
「タカシくん、逃げてッ!!」
私はアサカに捕まえられていたタカシくんを逃がし、アサカから包丁を取り上げようと格闘する。
タカシくんは玄関の扉を開けて、外に出て行った。
それを見て安堵する私。
私とアサカは、もみくちゃになった。
「アサカ、やめなさい!!」
「アタシが悪いんじゃない!! 東京の電波のせいよ!!」
「何わけの分からない事言ってんの!! こんな事したって何にもならない!!」
「アタシとマミちゃんの幸せを……誰にも壊させはしない!!」
──その時だった。
アサカから取り上げようとした包丁が、私の腹部に刺さっていた。
私の腹部が赤く染まり、血が滴る。
「イヤァァァアアア!! マミちゃん!!」
アサカが絶叫する。
しかし、私の腹部からは血が止まらない。
徐々に意識が遠のいていく……。
「うッ…………」
遠のいていく意識の中で、私はクミの事を思い返していた。
走馬灯のように、小学生の時に初めて会った、スカートの良く似合う可愛い少女のクミ。
中学生の頃のクミ、高校生の頃のクミ、大学生になったクミ、そして、失踪してしまってからの彼女、再開した時の派手な格好の彼女、ストリップ嬢として再び出会った私たち。
実は両想いだと知った私たち……。
手料理を作って仕事に向かった彼女……。
もうクミには会えないの……?
クミ…………




