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女猫たちの戯れ  作者: 南あきお
女猫たちの戯れ
7/10

再会



「……クミ」



やっと会えた。

話したい事は山ほどあったのに、私は、幼い男の子を連れているクミに面食らってしまい、彼女の名前をつぶやくように呼ぶ事しかできなかった。

オーガナイザーのマユコさんからは、子供がいる事は聞いていなかった。

他に何と言葉をかけて良いのか分からない。


きっと、彼女の子供だろう。

駆け落ちした彼にそっくりな顔をしていた。

妊娠の話は本当だったのか……。



「先に中、入ってなさい」



クミの指示で、男の子が部屋の中に入って行く。



「久しぶりだね、マミ」



クミはあっけらかんとしていた。



「クミ……あの、私……」

「どうしてここに住んでるって分かったの?」

「それは……私、マユコさんに教えてもらったの。あのイベントのオーガナイザーの」

「あぁ~、マユコさん、なんで教えちゃうかなぁ~」

「私が強引に教えてもらったの! マユコさんは悪くないわ。全部、私のワガママだよ……」



クミはスーパーで買ってきたと思われるレジ袋を持ちながら、腕を組んで言った。



「私の事、なんて言ってた?」

「なんてって……。可愛い子だって言ってたよ」

「ふ~ん。それで?」

「あの……、いろいろ聞いたよ。今やってる、仕事の事とか……」

「フフフ……、笑っちゃうでしょ? 私ね、今、ストリッパーなの。フフフ……、笑っちゃうよね」



クミは少し照れくさそうに言った。



「マユコさんに声かけてもらって、クラブイベントでストリップショーする事もあるんだよ。この前みたいに」

「この前って……」

「ステージから見えてたよ、マミの顔」

「え!?」



クミもあの夜のクラブイベントで、私の存在に気づいていたようだ。



「私の事、怨んでる? お金借りて逃げたんだもんね。そりゃあ怨んでるよね」

「……どうして……どうして、あの朝、居なくなったの!? 妊娠の話は本当だったんだよね!? あの男の子、アイツとの子供でしょ!?」

「そうよ、私と彼氏の子供。彼氏とはもう別れたけどね」

「別れたの?」

「うん、結婚もしてないし、籍も入れてないし、今はシングルマザーっていうの? 私、ソレなんだ」



彼女の表情が少し悲しげになった。

夕陽に照らされる、哀愁のあるクミの姿。

生活感のある出で立ちで、どこか儚げだった。

彼女は物悲しげに言った。



「あの朝ね、マミん家に泊まって、それで居なくなったのは……怖かったからよ」

「何が?」

「あんたを愛してる、私が。だから……逃げた」



……私を愛してる?



「私、ずっとマミの事が好きだったのよ。でも、そんな自分が受け入れられなくって、いろんな男と付き合ってきた……」

「クミ……私の事を……好きだったの?」

「そうよ。彼と駆け落ちしたのも、好き過ぎるあんたから逃げたかったから。でも、妊娠しちゃって、どうしようもなくなって、ふと気がついたら、マミに会いに行ってた……」

「また居なくなったあの日ね」

「うん。それで、あんたの優しさにまた触れて……。昔っからマミは、私のワガママを何でも聞いてくれたよね……。それで、これ以上、一緒に居たら、気持ちを抑えられないと思った。……だから、逃げた」

「……そんな!」

「でも笑っちゃうよね。この前の夜、レズビアンのクラブイベントに出てみたら、マミが居たんだもん。あんたもコッチ側の人間だったんでしょ? フフフ……神さまって、いじわる……。正直に伝えれば良かったね、あんたの事が好きだって……」



クミは、泣きながら笑っていた。


男の子が入って行ったクミの部屋の中から、鼻唄が聞こえてくる。

このメロディ……

昔、クミとよく歌ったCyber Babeの曲だ。

クミが教えたのだろう。



「クミ……私たち、両想いだったんだね。私も、クミの事をずっと好きだったんだよ。大好きだったの!」

「でも、もう私の事なんて嫌いになったでしょ? 許されない事ばかりしてきたから……。本当にダメな私でごめんね……お金も、ちゃんと返すから……」

「お金は返さなくてもいいって!」

「でも……。ソープランドで働かないかって誘われてるの。……だから私、ソープで働いて、お金ちゃんと返すよ」

「あんた、借金あるんでしょ!? マユコさんから聞いたよ!」

「うん、前の彼氏のギャンブルのせいでね……。私が連帯保証人になっちゃったから」

「そんな借金、クミが返す必要ないよ! 彼氏の実家の両親に押し付けなよ!」

「それはそうだけど、私たち、反対されたまま駆け落ちしちゃったから……なんか向こうの両親にも会いづらくって……」

「クミ……、辛かっただろうね……」

「でも、その借金とマミに借りたお金は別よ。ずっとマミには悪かったって思ってたし……お金、返すわよ」



私は、小さくなるクミを抱き寄せて言った。



「今でもクミの事、大好きだよ! 何度も忘れようと思ったけど、やっぱり無理みたい。お金の事は、もういいから」

「マミ……」



ピピピピピピピピピピピピピ……



その時、私の携帯電話が鳴った。

アサカからの電話だった。



「……出なよ」

「でも……」

「いいから」



クミに言われて、あの日以来、何度もかかってきていたけれど、ずっと出なかったアサカからの電話に出てみる。



「やっと繋がった!!」

「アサカ、ごめん……」

「マミちゃん、今すぐアタシに会いに来て!!」

「え!? 今から?」

「今すぐ来てくれないと、アタシ……死ぬからね……死ぬからねッ!!」



アサカの声は正気を失っていた。

クミは、受話器から漏れるアサカの大声から状況を察したようで、こう言った。



「行きなよ……私は、大丈夫だから」



私は、受話器の向こうのアサカに言った。



「……分かった。今から行く」

「本当!? 絶対よッ!?」

「うん。ちゃんと行くから」

「マミちゃん、アタシ、待ってるからね!」



私は一旦、電話を切った。

そして、自分の携帯電話でマユコさんから教えてもらったクミの電話番号に電話をかけた。


目の前に居るクミの携帯電話が鳴った。

クミは携帯電話を見つめて言った。



「あれ? この番号、何度かかかってきた知らない番号……。もしかして、マミの番号だったの?」

「うん、私の番号。マユコさんからクミの番号教えてもらったんだ。登録しておいて」

「うん、分かった。なんだ、借金取りの番号かと思ってた」



私は、クミと電話が繋がるか確認した。

昔のように『現在、使われていない番号』ではなく、ちゃんと通じる番号であると確認した。


そして私は、アサカのもとへ向かった。


※※※※※※※※※※※※


私は電車を乗り継ぎ、アサカの住むアパートに到着した。

もうすっかり夜になっていた。

アサカの部屋の扉の鍵は開いていた。

中に入る。

部屋は照明が点いておらず、真っ暗だった。



「アサカ?」



ユニットバスから、すすり泣くような泣き声が聞こえる。

ユニットバスだけは、ぼんやりと照明が点いていた。

私がその中に入ると、アサカが包丁を片手にうなだれていた。

手首には幾重ものためらい傷が付いており、少しだけ出血していた。



「アサカ!?」

「……マミちゃん……ずっと待ってたよ」

「どうしてこんな馬鹿な真似を!? アサカはモデルなんだよ!? こんな事しちゃ駄目だよ!」

「モデルとかモデルじゃないとか……そんなの、もう関係ない。アタシはただ、マミちゃんに会いたかっただけ……」



アサカを落ち着かせる。

私に未練があるようだ。

しかし私の気持ちはもう、クミに向かっていた……。



「アサカ、死ぬだなんて言わないで」

「ごめんね……マミちゃん。でもアタシ、もうどうしたらいいのか分からなくって……」

「アサカ……」

「マミちゃん、あの夜からずっと様子が変だった。あのストリップ嬢が気になってるんでしょ?」



ここで嘘をついても、彼女を余計に傷つける事になる。


私は、アサカをユニットバスから連れ出した。

そして部屋の照明を点け、彼女の手首の傷をティッシュと消毒液と絆創膏と包帯で処置しながら、ゆっくりと順を追って、今までの私とクミの経緯を打ち明けた。



「そっか……、クミって女の事、本気で愛してるんだ」

「うん。アサカには本当にすまなかったと思ってる」

「そんな自分勝手でダメな女より、正直、アタシのほうが魅力あると思うんだけどなぁ……」

「アサカは美人だし、もっと素敵な人が現れるよ」

「マミちゃん……、どういう意味?」

「きっと、私じゃなくっても、もっと素敵な恋人ができると思う」

「アタシはマミちゃんじゃないと嫌よ!」

「でも私、ずっと昔からクミの事を……」



アサカは観念したかのように、うなだれながら言った。



「そうよね……マミちゃんはクミって女の事、昔からずっと本気で愛してるんだもんなぁ……。まだ付き合って数ヶ月しか経ってないアタシじゃあ敵わないわ」

「アサカ、本当にごめん……」



アサカは顔を上げ、こう言った。



「今ね、アタシはモデルだけど、今度、テレビドラマに出てみないかって事務所の社長から言われてるの」

「女優もやるの? すごいじゃん!」

「うん。演技の勉強もしてるわ」

「アサカ、私、応援するよ」

「マミちゃん……ありがとう。短い間だったけど、マミちゃんと過ごした時間は忘れないよ。上京してから、一番の良い思い出になったわ」

「私もアサカとの時間、忘れないよ」

「マミちゃん、ありがとう……。そして、さようなら」



私はアサカと別れ、部屋を後にした。


もう、空には朝陽が昇ろうとしていた。

今日は徹夜で仕事に行かなければ……。


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