後一回
完全に思いつきの作品です
「はぁ~、今日のテスト駄目だった」
夕暮れの放課後、通学路を歩きながら溜息を吐いて私は誰に言うでもなくそう呟く。今日の英語のテストは山が外れて碌に回答出来なかった。これでは又、母が煩くなる
そんな憂鬱を感じて再び溜息を吐いて帰路についていると誰かに呼ばれる声が聞こえた
「そこの溜息を吐いているお嬢さん」
少ししゃがれた女性の声に立ち止まって辺りを見回すと建物と建物の間の狭い隙間に、水晶玉が乗った赤いテーブルクロスが掛けられた机の向こうに座る黒っぽい紫のフードを被った如何にも怪し気な人物がいた
「…私ですか?」
「そうだよ?何か悩み事かな?」
「えぇ、まぁ」
「どれ、少し話を聞いてあげよう。無料でね」
フードの人物の言葉に怪しさを感じつつも無料と言っているし少し位良いかな?と思ってその人物の下に行き、椅子に座る。そこで初めて気づいたが目深に被るフードの下に見える赤い口紅をした口元には皺があり、如何やらこの人物は4、50代である事が分かった
「それでどうしたんだい?」
「ちょっと学校のテストで失敗して…」
「ふむ」
「点数が悪いと親も煩くて憂鬱なんです」
「そうか…。やり直したいかい?」
「出来るならしたいですよ」
私の言葉に女性は不気味にニヤリと笑うと口を開く
「ではやり直す力をあげよう」
「え?」
私はその言葉に思わず気の抜けた声を漏らす。何を言っているんだろうか?私がそんな事を思っている間に女性は左手を水晶玉に添え、右掌を私に数秒向けると言う
「…はい、これで君はやり直す権利を得た」
「は、はぁ」
「さて、私のやる事は終わったしもう帰りなさい」
「わ、分かりました」
訳も分からぬまま女性の言葉に促されて席を立った私はそのまま歩き出し、家に着いた
「…ただいまー」
玄関の電気を付けてそう言うが誰の声も返ってこない。如何やらまだ仕事の様だ
私はそのまま二階に上がって自室に入るとカバンをベットに投げ捨てる。一階の冷蔵庫にあるジュースでも飲もうと思って階段を下りていると、うっかり脚を滑らせてしまった
ゴロゴロと転がり、壁に頭をぶつける!そう思った時、私はジリリリッ!という音で目を覚ました
「あれ?私、何で寝て…」
そう疑問を口にして枕元のスマホを見る
2017.9.16
「え?」
そこに表示されていたのは何故か昨日の筈の日付だった
「あれ?もしかして今までのは夢?」
そう考えこみながら学校に行く準備をして、登校する。何時も通りの時間が流れ、三限の英語の時間になる
「今日はテストだ」
教師の男がそう言ってテスト用紙を配る。前の席から回されたテスト用紙を見て私は目を見開いた
(え?夢と同じ!?)
内心で驚きながらも私は回答欄を埋めていく。最後まで同じだったそれを書き終えると、終了のチャイムがスピーカーから鳴り響いた
「綾香、今日のテスト難しかったね」
「え、う、うん。そうだね」
友人の言葉に動揺しながらそう答える。それ以降も全くあの夢と同じ事が起こり、やがて放課後となった。私は呆然としながら歩いていると聞き覚えのある声が聞こえた
「どうだった?」
「え?」
その言葉に辺りを見回すと夢と、或いは前回と同じ場所にあの女性が座っていた
「それって…」
「あの時、貴女にあげたのは《死に戻り》の力さ。貴女は昨日、自宅で階段から足を滑らせて死んだ。そして二度目の今日の朝に戻ったのさ」
「そんな、あれは夢じゃ…」
「信じる信じないは貴女の勝手さ。これ以上、私に出来る事はないからね」
私は女性に詳しく話を聞こうと歩みを進める。しかし急に強い風が吹いて思わず目を閉じると、そこには女性どころかあの水晶玉が乗ったテーブルすらなくなっていた
その数日後、私はまた失敗した。友人の家に遊びに行った時、大切にしていたガラスの兎の置物を壊してしまったのだ。それが原因でその友人と喧嘩してしまった
「はぁ~」
思わず溜息が零れる
「《死に戻り》、か」
ふと、あの時の事が蘇る。もし本当ならば…
私はロープを買うと自室で首を吊った。多少の息苦しさの後、ジリリリッ!という目覚まし時計の音で目覚める。スマホを見るとその日の日付だった
「出来た…」
成功した。この力は本物だ!人智を超えた力を手にしたという実感が沸くと共に興奮を覚える。この力さえあればなんでも出来る。どんな失敗をしてもやり直せる!
そして友人の家に行き、ガラスの置物を私は壊さずに終わった。代わりに別の友人が壊してしまい喧嘩が起きてしまったが
私はこの力の全能感に興奮して眠れずにいたがやがて睡魔が襲い、気付けば眠りに落ちていた
それから嫌な事がある度に何度も《死に戻り》をした
何度も
何度も、何度も
何度も、何度も、何度も、
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、ナンドモ、ナンドモ、ナンドモ、ナンドモ、ナンドモ、ナンドモ、ナンドモ、ナンドモ、ナンドモ
何度も繰り返した
一年後、高校二年生になって直ぐに私の下にある女子生徒が来た
その生徒は同じクラスで霊感があると言われている少し暗い地味な娘だった。その娘は真剣な表情で私を見ると口を開いた
「貴女に何があるか分からないけどこれ以上、妙な事は止めてお祓いに行った方が良いよ。じゃないと貴女、大変な事になる」
「それってどういう―」
その娘はそれだけ言うと立ち去り、廊下に消えた。私は内心で見透かされた様な感覚と今まで考えていなかった代償の事が頭に浮かび、焦りで思考が鈍る。額には冷や汗が浮かび、ストレスによる吐き気にも襲われた
しかし、そんな心配をよそに何事も無く《死に戻り》は出来た
私が彼女の警告を忘れた頃、私はある失敗をして《死に戻り》の為に廃ビルの屋上に立っていた。涼やかな風が鳴り響く場所で私は呟く
「何で今回は何度やっても駄目なんだろう?後一回だけやってみよう」
そしてその言葉を最後に既に何度も飛び降りた屋上から身を投げ出す。全身に吹き付ける風を感じながら暗転する意識の中で小さく『後0回』と聞こえた気がした
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そしてまた、駄目だった。私は再び廃ビルの屋上に立っていた
「後一回だけやろうかな?でももう無駄な様な気がするから止めようかな?」
涼風が吹く屋上で後一歩で落ちる所までいた体を後ろに下げて帰ろうと思った時
『次は大丈夫さ。後一回だけやろうよ』
そんな声が聞こえた。その声は妙に誘惑的で安心感があった
「そう、だね。後一回だけやってみるか」
何処からか聞こえてきた声に疑う事も無く受け入れた私は一歩前に出ると、そのまま前に倒れた
既に慣れ親しんだ風の感覚を感じているとある疑問が浮かぶ
(暗転しない…?)
アスファルトの地面が近付く中、閉じていた目を開けてギョッとした
「ヒッ!?」
薄汚れた廃ビルの窓に無数の青白い全裸の女がびっしりと貼り付いてこちらを見ている。恨めし気に、そして怒りと憎悪に満ちて歪んだ顔は一様にこちらに向けられ、暗く濁った刺す様な視線で私を見ている
不思議と理解出来た
あれは私だと。私の自分勝手な行いで死んでいった私自身であると
その時、嘲る様な嗤い声と共にはっきりとした声が聞こえた
『言ったでしょう?後0回と。もう死んだら終わりさ』
その聞き覚えのある声は―
―ゴキッ、グチャァ
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「次のニュースです。都内の高校の女子生徒が廃ビルから飛び降り死亡しました。現場には遺書などは無く―」
ある朝、自宅で朝食のトーストを食べながら自分で消して暗くなったテレビを見て部屋の主である少女はポツリと呟く。その声は平坦でありながら何処か嘲りの色が混じっている
「だから言ったのに」
少女はそう言って最後の一口を口に入れると空になった皿を持って台所へと歩いて行った
【刻界の転生魔術師】と現在、休止中の【教団殺しは異界を彷徨う】も宜しくお願いします