8話 フェアリーテール
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この世界に来て4ヶ月です。この世界の生活にはもうとっくに慣れています。それくらいの時間が経ったのです。
さて、クラスメイト達は異世界人補正を全面に受けた、この国期待の星です。その成長速度はカレインさんから教えてもらった限り相当なもので、明智くんはやはりその中でも勇者の名に恥じないものだそうです。
つまり、時が熟したという事です。
「ツキヨ様は出られないでよろしかったのですか?」
そう私に問いかけてきたのはエレナさんです。エレナさんの視線は城門の上から見渡せる第一大通りにあります。そこでは現在予てから計画されていた『勇者召喚パレード』が執り行われていました。
もちろんクラスメイトは勇者明智の仲間として参列しています。
王都中の人間が噂の勇者を一目でも見ようと大通りに集まっているので、かの有名な台詞を使いたくもなりますが、それ以上にこれだけの人が王都にいたことに驚きます。
やはり、こうして俯瞰している方が私にはちょうどいいですね。
「この国に求められているのは強力な戦力であって、私はそこに含まれません。国民を騙す詐欺師に私はなりたくないですよ」
「そうですか」
なら、とエレナさんは呟いて、
「観客として街に出かけてみられてはいかがですか?」
***
アルカンティー王国王都グランツ。
中心に王城を構えて、円状に広がる街は活気に溢れ人と物が飛び交います。裏路地は蜘蛛の巣のように入り組み、中心より伸びる9本の大通りをそれぞれ繋いでいます。
この木組みの建物と石畳の道が西ヨーロッパを思わせる街を、この世界での暮らしに慣れた私は一度も歩いたことがありませんでした。ずっと引きこもっていましたし、そもそも出かけるというアイディアがありませんでした。
そういえばクラスメイトは訓練の終わった午後は、国から支給されたお金を持って街に繰り出していました。
「ツキヨ、どこに行く?」
「案内してもらってもいい」
「もちろん」
そして私は今、いつもと違って少し着飾ったアリサと一緒に街を散策していました。出かける事を提案してくれたエレナさんは仕事があるとかで断られてしまったので、二人きりです。
アリサは書物庫唯一の司書ですが毎日が仕事ではありません。そもそも書物庫の利用者が少ないのが現実で、実際には週一でもいいくらいだそうです。地球の司書さんと違ってそこまで仕事量が多くないのです。
と言ってもアリサは書物庫に住んでいるようなもので、本来仕事をする場である司書室は完全な私室と化していて、ベットまである充実ぶりでした。……私が誘いに行った時エレナさんは寝起きでした。
「すごい人だね」
パレードで雑然たる人垣をなるべく空いている方へと歩きます。パレードを見るつもりはありません。
「うん。アリサは見なくてもよかったの、パレード」
「興味ないかなぁ」
「ならなんで一緒に出かけてくれたの?」
「ツキヨとお出かけしたかったっていうのと、パレードで美味しいものが安く大量に出回ってるから」
「お祭り騒ぎだよね」
「あ、あっちの美味しそう」
「ふふふ。行こっか」
パレードが行われているのは第一大通り。それに沿うように入り組む路地に露店が沢山出ていて、どこもかしこも美味しそうな匂いや物珍しい装飾でごった返しています。
「はいこれ」
「ありがとう」
私は露店で買ったくし肉を渡しました。エレナさんのお手伝いで貰っていたお金を一切使っていなかったので、私の懐はかなりあたたかいです。
アリサにはお礼も兼ねて今日は全て奢るつもりです。かなり多めに持ってきてはいますが、エレナさんに管理をお願いしている貯金にも余裕はあります。
買ったくし肉は焼きたてで食べ応えがあり、噛むと滴る肉汁が口に優しく広がります。シンプルな塩だけの味付けがそれを引き出していてとても美味しいです。
アリサもはふはふしながら美味しそうに食べています。
行儀は悪いですが、食べ歩きながら話します。
「魔術の訓練はどう? 順調?」
「うん、一通り使いたい魔術の技術は習得出来たよ。今は地道にスキルレベルをあげるのと、カレインさんに戦い方を教わってる」
「やっぱり凄いねツキヨは。私はその手は全然出来ないからさ」
「一応異世界人だから」
「関係ないよ。ツキヨが頑張ってることはには変わりないんだから」
しかし実際、そこのところはどうなのでしょう。カレインさんも私の技術を習得する速度は群を抜いていると言っていましたから。
異世界人補正がかかっているのかもしれませんし、私の知らない条件があるのかもしれません。
まあ、確かめようがないのですけど。個人差があるのですから。
入り組んだ路地もだいぶ進んだところでベンチに座ることにしました。もちろんデザートを買ってのんびりと食べるためです。
「そういえばさ」
凍らせたフルーツの盛り合わせを食べるアリサに訊きます。
「意外と他種族のというか、あれは獣人種? もいるんだね」
「もちろん。なにせ勇者様だからね。一目見たいっていう人は人間種だけじゃない。獣人種は隣国だから見にくるだろうし、交易もよくしているから普段からいるの」
「そうなんだ」
地球では見たこともない、動物の耳に尻尾を生やした人間が行き交っていました。勇き誇りと様々な武勇を持つ獣人種です。
獣人種の国ーーシュトルツ連邦は大陸の端にはあるアルカンティー王国の西隣に位置します。
「初めて見たけど、本当にいるんだね」
「ツキヨの世界にはいないの?」
「うん」
なので、少し興味があります。少しです。
……あ、猫耳。あっちはうさ耳です。尻尾がゆらゆらしてかわいいですね。
「あはは。ツキヨ見過ぎ」
「……」
「あっち面白そうだし行こうか 」
「……うん」
売っているのは食べ物だけではありません。これだけのお祭り騒ぎです。稼ぎ時ですから色々と売りに出ていますし、客も羽振りが良くなっています。
アリサが見つけたのは本屋でした。と言っても立派な建物に店を構えているのではなく、地面に広げた布の上に本を並べているだけのです。しかし本の種類も豊富で、書物庫ではあまり見ないジャンルのものもあります。
「ん?」
「何か見つけた?」
「これ」
私の目に止まったのは古びた薄い本。手にとって開いてみるとそれは絵本で、内容は妖精の国のおとぎ話でした。
「妖精……この世界にはいるのかな」
「いる」
「え?」
私の呟きに答えたのはアリサではなく、露店の主である顔の皺が深い無骨な人間種の壮年でした。日焼けの色も濃く外働が日常だのわかりますが、だからといって身嗜みが雑なわけではありません。むしろ好印象を与える、清潔感のある格好です。
店主は私の手にあった絵本を取ると、低く唸ったような声で話してくれました。
「オルボア地方の街で見つけた絵本だ。向こうの方じゃ妖精信仰がされていてな、口伝だった話を纏めたのがこれだ」
「どうしてそれで実在すると?」
「向こうの方では魔物が出ない。なんでも妖精がいるからだそうだ」
「なんか胡散臭いなぁ」
アリサ……。
「ふんっ。信じるも信じないも嬢さん達のかってだ。俺は信じているがな。その方が楽しいだろう」
「ですね」
妖精。かわいい印象でしたりイタズラ好きな話を聞いたりと、その形はあやふやだと私は思います。
「これ、ください」
ですが、なぜでしょう。知らなきゃいけないではなく、知りたいと思います。妖精を知りたいと。
フェアリーテール。妖精の話。おとぎ話。
そんなものありもしないのかもしれません。けれども、信じたいと思えるものがあって、あってほしいと思えるのなら、それはもう存在しているものと同義でしょう。
盲目はいけません。無根拠の信頼も。
だけど夢は必要です。
「まいどあり」
なんてことない絵本。しかし寄る辺となる絵本。私はこころの一冊を見つけました。
お読みいただきありがとうございます!