7話 師匠っ
評価等々ありがとうございます!
魔術言語の研究もあらかた進んだ時、それは訪れました。
「あ、読める。というよりは理解出来る?」
唐突に魔術言語の意味がわかるようなったのです。この感覚は間違いなく前回と同じです。
「『言語理解』もレベル3になりましたか」
アリサさんもいない書物庫でポツリと呟きました。
魔術言語は言葉というよりかは数字に近いものでした。ある程度のパターンが決まっていて、いくつもの組み合わせでもたらす結果が
変わるのです。
魔術言語が理解出来れば魔術式も出来るわけでして、研究は一旦終えることにしました。理解出来れば終わりというのは研究ではありませんし、そこから発展させる必要があります。
そのためにもまずは基礎を固めることにしましょう。
今は午前中ですがクラスメイト達の影はどこにもありません。ここ最近は実戦訓練ばかりらしく、城内で訓練しているところはほとんど見ません。なので、今訓練しているのは王城務めの騎士団員達だけでした。
城壁内側の広場は訓練場として使われています。初めて来る場所でした。というか陽の光をまともに浴びるのが久しぶりでした。私のまったく焼けていない肌がジリジリとしますし、眩い太陽光に視界がとられます。
そんな引きこもりの弊害を感じながら、
「すいません」
丸太に木剣で打ち込みをしている若い男性に声をかけました。男性は汗をぬぐうと爽やかな笑顔で対応してくれました。
「どうかされましたか? あなたのような女性がこのような場所にいかようで?」
「魔術の練習をさせていただきたいのですが。構いませんか?」
私が訊ねると男性ははっとした表情をしました。
「もしかして勇者様方とご同郷の?」
「はい。でもどうして?」
「名乗り遅れました、私は第一騎士団所属一等騎士カレイン・エルバと申します。姉は文官長のエレン・エルバです」
カレインさんは姿勢を正してそう名乗った。様になるというのはこういう事を言うのでしょう。姉弟揃って美男美女です。
「ツキヨ様がそのうち来るかもしれないと聞いていました。こちらへどうぞ」
カレインさんは紳士的な対応をしてくれました。身長の低い私の歩幅に自然と合わせてくれるのです。
「カレインさんは私に付き合っていて大丈夫なのですか?」
「大丈夫です。今日は非番ですし、この時間は特にすることもないですから。こうしてお役に立てる方が騎士として光栄です」
「ありがとうございます……」
ここまでの対応をされると、少し気圧されてしまいます。私なんてこの国の人からしたら『おまけ』みたいなものでしょうに。
的である地面に突き刺さっている丸太から、10メートルほど離れた場所に立ちました。
「使われる魔術をお教えいただいてもいいですか?」
「水属性です。当面の目標は技術の会得です」
「では第一階梯ですね」
私はいくつもある魔術の中から『属性魔術水属性』を選びましまた。
もっとも普遍的な魔術である属性魔術の中で基本四属性の一つに数えられる水属性。
これを選んだ理由は、属性魔術は普遍的で、ならばそれ相応に習得しやすいだろうからです。そして水属性なのは思いつく限りでもっとも応用が利くから。
素人感覚の判断なので正しいかはわかりませんが、それも杞憂だったようであるカレインさんもうなずいてくれました。
「先手的に魔術系統の技術を持たないならば、属性魔術を選ぶのは無難です。どうやらツキヨ様は勤勉であらせられるようだ」
「いえ。このくらいなら」
実際少し魔術書を読めば似たような文句はよくある。
それに属性魔術ではなく、全く系統の異なる魔術にも挑戦していますし。こちらは特に急ぐ必要もないですが。
カレインさんが少し距離をとりました。
「では、早速お願いします」
「はい」
カレインさんの言葉に返事をして右手を前に突き出しました。特にこうする必要もないですが、一応格好はつけてみます。
水属性魔術第一階梯【アクア】。
虚空より水を生成しそれを放つ魔術。これくらい階梯の魔術ならば技術なしでも、ありとの差はほとんどありません。
私が魔術を発動する意思を持つと、【転写】による高速術式構築が始まりました。ここからはぼぼ自動のようなものです。
空中に魔術言語が魔力で刻まれ、それは一つの魔術式として連なります。何一つ間違いのない魔術式は正しい魔術を発動し、丸太に水を打ち出しましました。
時間にしておよそ1秒もかかりませんでした。最下位階梯の魔術なので魔術式は比較的短く単純で、それも相まってのこの速さでしょう。【速筆】のスキルレベルを上げたのならどこまで早くなるでしょうか。
私が魔術の成功に喜んでいるいると、カレインさんが少し落ち着きを失って話しかけてきました。
「今のは……? いくら第一階梯とはいっても速すぎました。それに、詠唱していませんでしたよね」
「えーと……」
本当なら公開しなくてはいけない情報なのでしょう。しかし今はまだ私の持ち札として隠しておきたいのです。カレインさんに見られたこと自体は想定内とはいえでもです。
なので困ったわたしは、
「秘密ですっ」
と柄にもなく言ってしまいました。かわいい女の子がやれば、例えば美島さんがやれば様になるのでしょうが、私がやったからでしょうか、カレインさんはあっけにとられた様子でした。
……訓練、始めます。
***
私のステータスはレベルが上がったとは言え総じて低く、多少は高い魔力量も30分以上にわたって魔術を行使していれば底が尽きます。
とはいえこれでもかなり持った方でしょう。使った魔術は魔力消費量の少ない第一階梯のみですから。
「おつかれ様でした」
「ありがとう、ござい、ます……」
息も絶え絶えに私は答えました。
「魔力切れの影響ですね。初めてでここまで使い切ってしまえば、そうなるのも無理はありません」
「そうなの、ですか?」
「はい。慣れれば大したことはなくなります」
「事前に知っていましたが、ここまで、とは、思いませんでした……」
魔術師基本の書。そう題された本には魔術式等はまったく触れられておらず、その名通り『魔術師』そのものに主観を置かれたものでした。
その中の一つ、魔術師のステータスについて記述されるものにある一文があった。
『通常、全てのステータスはレベルの上昇に伴い各能力値も上昇する。しかし重作業をしているものの筋力値は平均より高くなる。
これは魔術師にも当てはまり、魔力を限界まで使えば使うほど、レベル上昇時の魔力値の伸びが大幅に増幅する。
以上のことから、魔術師として大規模魔術を使いたいのであれば、日々の研鑽が大事な事がわかる』
要するに、筋肉痛と同じ効果でしょう。筋肉が傷ついた時に起きる超回復で筋肉をより強くするように、魔力量も使えば使うほど強くーー限界値も上がっていくのです。
「これを飲んでください。楽になるかと」
「ありがとうございます……っ!?」
辛い臭い甘い苦いアクが強いです……!
「こ、これはなんですか?」
「魔力補給薬です。とてつもなく不味いのですが、効果は抜群です」
改めてカレインさんに渡された瓶を見ると、紫の液体が少し量を減らしてありました。
「魔力が回復すれば、かなり楽になるはずですが」
「はい。ですが違う意味での疲れが……」
「まあ、気持ちはわからなくもありません。騎士団員の中でも不評の一品ですから。もっとも、効果は先ほど言った通り抜群なので使わざるをえないのですが」
うう、確かに体は楽になりました。気怠さも抜けました、息も整いましたから。ですがあまりにも不味いです。けれども効果は抜群。
心の満足を取るか身体の万全をとるか、究極の選択にです。
……いつか、美味しい魔力補給薬を作ります。絶対です。
「水で口直しでもしてください」
「普通の、ですよね?」
「美味しい水なので安心してください」
今度はコップを受け取りました。確認してみても普通の水ですし、冷え冷えで美味しそうです。
「ようやく力が抜けましたね」
「え?」
「ツキヨ様はどこか鬼気迫るものがありましたので。自分を鼓舞するものではなく、追い詰められているような」
カレインさんが優しい表情をしていました。
「今日みたいなことが続くと、どこかでガタがきてしまいます。ツキヨ様はツキヨ様のペースで頑張りましょう」
「……はい」
どうやら、自分でも知らないうちに力んでしまっていたようです。冷静でいると思ったのですが、案外私も子供っぽいのですね。
「明日もここに来てもいいですか?」
「もちろんです。この時間なら勇者様方もいらっしゃいらないので、ちょうどいいですよ」
それもバレていましたか。
「では、明日もよろしくお願いします。師匠」
「師匠!?」
意趣返しをしたつもりでしたが、カレインさんが驚いてもミーハー女子が喜ぶ結果になるだけでした。
ありがとうございました!