4話 役に立ちます
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この世界に来て一か月とちょっとが過ぎました。幸いなことに暦の刻みはほぼ同じで、呼び方だけが少し違うだけでした。
今は暖かい春の月アプリルと言います。城内に植えられている花や木も色鮮やかで、花見でもしたくなります。
そんな鳥達の眠気も誘う陽気の中、私はというと、夕暮れ時に少ししか陽の差さない書物庫に籠る時間を減らして、文官さんのお手伝いをしています。
きっかけは美人な文官長であるエレナさんが書物庫を訪れたことでした。何かの資料を取りに来たエレナさんの目に、アリサの隣で黙々と本を読んでいた私が目に止まったそうです。
エレナさんは私のことを仕事柄把握してはいましたが、私がここで本を読んでいたことに驚いていました。と言うのも、クラスメイト達は当然読み書きが出来ませんので、私もそうだと思っていたらしいのです。
集中すると周りが見えなくなるとはいえ、知らない人が部屋に入ってこれば気がつきますし、その人から視線を感じれば気にもなります。
見ていると少し多めの資料はエレナさん一人で運ぶには無理がありました。そこで私は栞を挟み本を閉じて、アリサの代わりに文官室まで一緒に運ぶことにしました。
反応はアリサと同じで申し訳ないといった様子でしたが、私が少し強引に資料を持つと諦めた様子を見せました。いくら本を読むのが好きとはいっても、少し気分転換をしたくなったのです。
廊下を二人で歩きます。エレナさんとは初対面ということもあってか少し距離があり、先導するその背中で揺れる結われた金髪に目が行きます。綺麗な色です。
すると不意に声をかけられました。
「何か不便なことはございませんかツキヨ様」
「いえ、特には。よくしていただいていますし、本の貯蔵もたっぷりあるみたいなので飽きることはなさそうです」
「そうですか。そう言っていただけてよかったです」
実際、困ることはありません。
そこからまた沈黙少しが続きました。
「着きました。ここです」
エレナさんに案内されたのは書物庫から案外近い場所にあった少し埃臭い部屋でした。唯一の窓は小さく換気には不十分ですし、積まれた資料の量には圧迫感があります。
「ここにお願いします」
「はい」
両手で抱えていた資料を机の空きスペースに置きました。その時私の目に映ったのは一枚の資料、そこにある決済報告。
私は本を大量にひたすら読んでいた結果【速読】を、勉強に書いていたこと結果【速筆】の技術を習得していて、そのスキルレベルは【言語理解】を上回る3です。
【速読】によって通常よりも早く文字を認識・処理できる私は資料の概要を掴み、答えを導き出しました。どうやら数字にも速読は作用するようです。
「ここ間違ってますよ」
「あ、本当だ……。ありがとうございます。よく一瞬見ただけでわかりましたね。ツキヨ様は素晴らしい頭脳をお持ちのようで」
「いえ、これくらいは」
「文官といえども、計算は苦手な者が多く時々このようなことがあるのです。私も確認はしているのですが」
やはり、この世界において数学の分野は発達していないらしい。そうだとは薄々思っていました。
理由としては書物庫に数学書がほとんどありませんでした。なけなしにあった数冊も内容は稚拙で、読まれた形跡が全く見当たらないほど綺麗な状態でした。掃除だけはアリサがしていたみたいですが。
仮にも王城の書物庫に数学書等がないのは、いささか疑問に思いました。わからなくなることがあるはずなのだから。ならどうして数学書あるいはそれに類似するものがないのか。
答えはこうして目の前にありました。
「あの、ツキヨ様」
エレナさんがおそるおそる声をかけてきました。そして少し遠慮気味に、ですが引き下がれないといった様子で、
「よろしければ、ほかの確認もしていただけませんか?」
「もちろんです」
「い、いのですか? 自分で聞いておいてあれですが」
「いつまでも働かないというのは、少し居心地が悪いですから」
そうなのです。いつまでも働かないのは心象が悪いのです。事実一部のクラスメイトや使用人達の間では私に対する評価が悪いですし、同じ城内にいるのでそういった不満が少なからず耳に入ります。
宮古先生は気にしなくていいと、仕方がないと言ってくれましたが、それ以前に私が私自身に納得出来ないのです。
「さあ早速仕事を始めましょう」
「は、はい! よろしくお願いします」
そうしてそのまま私はエレナさんの執務室で、会計の仕事を始めました。いい機会です。どんなものがどれくらいの価値で取引されているのか、この際勉強をしてしまいましょう。本よりも実践的な経験は大変に貴重なものですから。
エレナさんから渡される資料の計算が間違っていないか、間違っていたら再計算を、表記におかしな点はないかまで確認していきます。
処理をしても処理をしても来る仕事。単純作業を繰り返すのは嫌いではありませんが、あまりにも多かったです。そこで顔を上げれば部屋に積まれていた資料の塔の一つが消滅し、箱の中に片付けられていました。
……仕事を溜めすぎではないですか、エレナさん。
とはいえ、一度引き受けた仕事をかってに放棄してはいけませんから、黙々と作業を繰り返していきました。
時間が過ぎて行き、とりあえずひと段落が着く頃には太陽も傾き始めていました。
椅子に座り凝り固まった体を伸びをして解していると、エレナさんがお茶を淹れてくれました。
「本当にありがとうございました。こんなに早く片付くなんて思ってもいませんでした」
「いえいえ。けど、普段からあんなに忙しいのですか?」
「そんなことはありません。ただ今は、勇者の召喚の式典の準備が通常業務に上乗せされていて、凄く忙しくなっているんです。下級文官もてんてこまいでして」
「それは、なんと言えばいいのか、ごめんなさい」
「いえいえ! ツキヨ様に非はありませんので」
どうやら私が召喚されたことが原因のようでした。ですが、なぜまだ式典が開かれていないのでしょうか。
「エレナさん。式典はいつあるのですか?」
「勇者様方が一定の力を身につけてから、と聞いています。大々的に発信してしまえば、魔王にも情報は流れてしまいますから。せっかく召喚した勇者があっけなく倒されてしまっては、元も子もないありません」
「なるほど……」
しかし同時に反魔王勢力、特にアルカンティー王国の民には希望を与え、戦線で戦っている兵には士気の向上が望めるでしょう。もちろん、アルカンティー王国以外の諸大国にも。何せ伝説の勇者と強力な異世界人の集団が召喚されたのですから。
私がどこか他人事なのは、やっぱり私事ではないからです。私はその中に入っていないですので。
「ツキヨ様? 」
「え、あ、すいません。少しぼーっとしていました」
「ああ、お仕事をしていただいたから」
「ではなくて、考え事をしていただけですから。それよりも、何か言っていませんでしたか?」
いけませんいけません。
「ならいいのですが。私が話したかったのは、今回の報酬のことです」
「報酬なんていりませんが」
「いえ! 労働には正当な報酬を。これは守るべきものです。ツキヨ様のご助力で終わったことですので、払わないなんてことあってはいけません。でなければ、私達文官も給料をいただけません」
「……わかりました」
「それと、これからも時々お手伝いをお願い出来ますか? 情けない話、ツキヨ様ほどの教養を持つものがおりませんので」
「もちろん。私からお願いしたいくらいです」
「ありがとうございます! よろしくお願いします!報酬の方は後ほどお部屋にお届けいたしますので」
「はい、おつかれ様でした」
勉強をしてお金を貰う。なんとも贅沢な状況になってしまい少し気が引けますが、貰える物を拒む理由もありませんし、お金はあって困りませので嬉しい誤算でした。
何よりも、誰かの役に立ちたいと思う気持ちが、クラスメイト達に劣っているという劣等感が小さくとも私の中にあったのです。
お読みいただきありがとうございます!




