36話 救世の妖精
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エルミダは妖精使いとして最高の資質を備えている。神代の大英雄である女傑アルテミシアにここまで言わせるエルミダは、たしかに妖精使いとしては才覚に溢れている。
妖精を捉える眼に、妖精と絆を結ぶ純粋な心、そして妖精を使役する能力。妖精に愛されていると言っても過言ではない。
しかしだ。それは戦う者の資質があるというわけではない。エルミダはまだ子供だ。人の生き死になどとは遠い平和な村でのんびりと育った子供だ。
故に、
「うっ……」
鼻を着くような漂う悪臭と眼前に広がる無惨な光景は、エルミダに吐き気を催させるのには十分過ぎた。
さらに恐怖よって涙は止まらず腰が抜けた。手をついた時のついたのは泥と混じった血だった。
「あ、あぁ……」
これが、戦争だ。エルミダはこの現実を認めた。
漠然と抱いていた戦争に対する悪感情。駄目だ、悲劇だ、害悪だ。そうなんとなくわかっていた、つもりだった。
それがたった今、確かに現実となったのだ。決して遠いものではない、身近な物へと。
「大丈夫かいエルミダ」
軽薄な口調でエルミダに言葉をかけたのはエルミダの眼前をふわふわと浮く紅いオーラを纏う男の妖精ーーフォイだった。
「やっぱりまだエルには早かったのよ」
今度は優しい口調をした翠のオーラの女の妖精ブリーゼだ。彼女は優しくエルミダの頬を撫でた。
「早くしてよね、疲れたわ」
やや棘のある口調で蒼いオーラの女の妖精ーーロゼが言う。彼女は結界を張ってエルミダを守っていた。
「決めるのは君じゃよエルミダ。儂らは君に力を貸すだけじゃからね」
そう諭したのは茶色いオーラを纏った、豊かな髭に優しい目つきをした爺の妖精ーーカイユーだった。
この4妖精はエルミダと契約を交わした中級妖精達だ。下級妖精としてエルミダと契約を交わす時、名前を貰ったことによって一つランクが上がったのだ。
名前をつけることでランクが上がるのは透視眼を覚醒させた者の特権だ。眼によって本質が捉えられた妖精らふさわしい名を得ることで、より世界の中で唯一性が増し、進化するのだ。
もちろんどんな妖精でもとはならない。下級が殆どだ。あとは形なき状態の妖精もだ。そういった位の低い妖精が進化する。
まあ、透視眼なんて保有している者が少ないために滅多にないが。
4妖精の中でエルミダの相談役となるのは主にカイユーだ。エルミダが妖精を使役する修行をしていく中で自然とそうなった。だからエルミダもカイユーの言葉は重く受け止めていた。
「わたしはーー」
そう、エルミダが言い始めた。
「戦います。怖いし、ほんとは殺したくないし、ヤダよ。でも、護りたいものがあるから」
それは自身を奮い立たせるための言葉だ。同時に、妖精達に対する懇願でもあった。
「私に力を貸してください、みんな」
「もちろんじゃよ。君の心はとうに知っている。じゃが、その言葉が聞きたかったんじゃ」
カイユーが優しく微笑んだ。人に比べると遥かに小さい筈のカイユーの手は、ゴツゴツとしていて、温かかった。その温もりが恐怖と共に消えていたエルミダの体温を元に戻し、小さな決意の灯火に風を注ぐ。
この戦場において最も幼い少女の戦いが始まった。
「皆さん! まずは味方を安全にしましょう! 巻き込まないように!」
妖精使いの指示としては具体性のないものだ。しかしそれがある意味最良とも言えた。なぜならばエルミダに戦術・戦略の知識はない。下手にあれこれと指示を出すよりは、長き時を生きる妖精に任せた方がいいのだ。
それに大事な目標は設定している。4妖精はその目標に向かって各々が取れる方法を自由に行使する。
カイユーはごつい両手でパンっと地面を叩いき、同盟軍を守るように土の壁を出現させた。魔物が壁を這い上がろうとすれば壁からは槍が生え、一切の抵抗を許さずに貫いた。それが続くとカイユーの作った土壁は随分過激なアートにも見えた。
魔物側に僅かに取り残された同盟軍は、ブリーゼが繊細な風で壁のこちら側に運んだ。手早く、丁寧に。さらに同盟軍が殺されてしまわないように援護もした。高い自由度とそれを遺憾なく使いこなす様は、流石は風の妖精といったところだ。
生きている同盟軍を魔物から切り離し終え、攻勢に出る。
「まとめてお願い!」
「フォイ! 特大の準備しておきなさい。じゃないと私の水を飛ばしきれないわよ!」
「わかったよ」
ロゼの言葉にフォイが応えた。
ここは平原だ。川もない平原だ。そこで突如として津波が発生した。全てを飲み込むように意思を持って魔物を襲うのは、抗い難い自然の脅威だ。津波、ロゼの本気に近い力だった。
そしてフォイが動く。何かを支えるように天へと伸ばされた腕。いや、実際フォイは支えていた。
赤、というより白に近い炎の球体。太陽と言うには弱すぎるものを、しかし全てを焼き尽くすであろう純粋な炎。その熱は周囲にも十分過ぎる影響を及ぼすが、エルミダはブリーゼの気体操作で守られている。それ以外の一般兵は、まあ肌を焼くような熱に晒されているが、命に関わるほどではない。
「いくよ」
フォイがそう呟いた瞬間、カイユーとブリーゼが全力で力を行使する。カイユーは維持していた壁をさらに分厚く、広く、高くし、ブリーゼはその壁に沿って上昇気流を作り、風の壁のようなものを作った。
その直後、フォイの炎塊がロゼの津波に落とされた。
それによって引き起こされるのは類を見ない規模の水蒸気爆発だ。
空間そのものを打撃するような衝撃が同盟軍を襲わんとするが、ブリーゼの風の壁が衝撃を上空へと逃し、それでも捌けなかった衝撃はカイユーの土壁で防がれる。よって同盟軍にダメージを与えるような衝撃や熱はなかった。極めて近い距離ながらも遠くで爆発が起きたような感じだ。
エルミダは光景として爆発を目視しただけだ。衝撃はなく、熱もない。妖精達にとって大事なのはあくまでエルミダなのだ。重点的に力を入れていた。
しかし、魔物はこの爆発に直撃している。
白煙のような水蒸気がだんだんと晴れていくと、広範囲にわたって地面が抉れていた。霞んで見える中に魔物の姿は一体たりともない。死体も、破片も。全てが爆発の衝撃によって砕かれ、熱によって蒸発されたのだ。
エルミダはカイユーが作った土壁の上に立っていた。自身が命じた結果に畏怖しつつも、同盟軍を救えた事への喜びや妖精達への感謝。なによりも死ななかったという事への安堵が溢れた。
自然と目尻が濡れて、ブリーゼにあやされる始末だ。
「妖精だ……」
そう呟いたのは誰だったのか。とある村から徴兵されたごく一般の兵だろう。特別な力もない、当然妖精を見ることは出来ない。それはこの戦場にいる者全員に当てはまることだ。
だから、4妖精を見て呟いたのではない。突如起きた埒外の力を見て妖精の存在を推測したのでもない。
ただ純粋に、エルミダを見てそう感じのだ。
沈み行く夕日。茜に染まる空を背に、一番星のような涙を目尻に溜めたエルミダ。純粋無垢な可愛らしげな女の子だ。その可憐さ、幻想さ。今にも消えてしまいそうな儚い少女に、絶対絶滅の危機を救われたのだ。
「妖精だ……」
だから、その呼び名は直ぐに伝染した。誰もが自分の命を助けてくれた存在を、その名を讃えて感謝したかったのだ。
「妖精」「救世の妖精だ」「妖精様が助けてくれたぞ!」
新たな宗教ーー元々あるがーーが誕生した瞬間だった。
「……え?」
当の本人は困惑と、大勢の大人からの歓声に怖がっていたが。その直後、アルテミシアに回収された。……それが妖精のあだ名をより一層強めることになった。
お読みくださりありがとうございます!
いやあ、大学大変ですね。慣れていないせいか、毎日疲れちゃいます。皆さまも環境が少なからず変化していると思いますが、お体に気をつけてください。
その際、今作が少しの楽しみになってくだされば幸いです。
次話もよろしくお願いします!




