33話 月夜の実戦
今週もお疲れ様でした!
バレンタインに投稿しようか迷いましたが今日に。
古代魔術は難敵でした。あれからおよそ一週間を経てようやく読み終え、さらには解析等もあらかた終えることができました。その成果はアルテミシアさんも認めるところで、修行は次の段階へと移行していました。
机に齧り付いていた前段階と比べ、今は実践あるのみというものです。すなわち、アルテミシアさんの指導の下、跋扈する幻獣と濃密な神秘を吸収して強化された魔物の狩り。
私が今いるのは、アルテミシアさんが灰の渓谷と呼ぶ幻想郷でも危険な地帯です。三歩歩けば幻獣に出くわし、さらに振り返ると魔物が牙をむき出しにしています。そんな巣窟で私はひたすらに魔術を行使していました。でなければ迎えるのは死です。
渓谷の側面に張り付いた巨大なサソリ型の魔物が、猛毒を滴らせる尾の毒針を猛烈なスピードで私に突き刺して来ました。弓のように空を貫く毒針に本能的な危険を覚えた私は、防御ではなく回避を選択。【意識加速魔術】によって引き延ばされる時間の中で最適な魔術式を構築、そして実行。私の体を固定したまま無理矢理な力で横に加速させます。短距離限定における擬似瞬間移動です。
私を回避させた魔術が完了した刹那、
「ひっ!?」
サソリ型の毒針が地面を突き砕きました。
しかし私も驚いている暇はありません。正確には驚いて次の行動に移れなくなるようなことは。そんな事があれば、今も空間魔法によって絶対防御を築くアルテミシアさんに叱咤されてしまいます。
サソリ型が身に纏う甲殻は神秘を吸収したこともあり、虫系の魔物では考えられないほどの防御力を得ています。その強硬さは先程の突き砕きにも見られるように攻撃力にも活かされています。その上擦れば致死の猛毒に、これまた何でも砕く鋏を持っているのですから厄介なことこの上ありません。
しかし注意するべきはやはり毒針のみでしょう。毒針による突きの速さは【意識加速魔術】をかなり用いなければ対応できないほどですから。
私は観察をしながら安全な立ち回りをします。平面的な動きだけでは捉えられてしまうかもしれませんが、立体的な動きをすることで撹乱します。もちろん魔術を行ていますが、先程とは違うものです。先程のは緊急用ですしね。
「では、サソリの解体作業といきますか」
魔術師はその時の天候や地形、自身の状態などを加味して最適な術式を行使することが理想とされているそうです。ですが現代の魔術師の多くが一つの魔術に縛られています。その原因が私にも与えられているステータスです。スキルという目に見てわかる基準があることで、その基準をクリアすることだけに視野が限定されてしまうのです。
しかし神代の魔法使い達にはステータスなどなかったというのです。当然スキルもありません。ですから自力のみで魔法をーー魔術を使っていたそうです。
スキルに頼らない魔術運用。それはアルテミシアさんが私に課した修行テーマでした。
「小娘、今日はこいつで最後だ。ぬかるなよ?」
「わかっています!」
アルテミシアさんの言葉に私は応じました。やっと、今日の修行が終わります。
ここは渓谷。周囲は岩が飽きるほどに転がっています。ですから土属性の魔術を軸に攻撃をしていきます。
私の立体機動に翻弄され、苛立たしげに鋏を無闇に振るうサソリ型はいとも容易く壁を砕きました。しかしそのせいで自身を支えていた脚が突き立てていた壁にひびが走り崩れました。巨体は底に落ちましたが傷一つなく、寧ろ怒りが燃え上がったようでしたら。
サソリ型の六本脚の付け根に狙いを定めます。サソリ型は全身を硬い甲殻に覆われていますが関節部は例外です。脚を捥いで鬱陶しい動きをやめていただきます。
対処座標把握。環境干渉術式決定。形状・性質変化術式決定。魔力操作順調。
一秒にも満たない刹那、サソリ型は私の魔力を感知したのかその場からあらん限りの脚力を以って離脱しようとしました。が、もう遅いです。
即興・土属性第八階梯魔術【槍刺し、槍走り】。
即興の魔術ではありますが、我ながらかなり上出来な魔術式ではないでしょうか。古代魔術に多く見られる、魔術式の単純さ故の速度と高威力。現代魔術に多く見られる、魔術式の複雑さ故の形状・性質の豊富さ。古今魔術の術式を掛け合わせたハイブリッド魔術です。
まだ不慣れな魔術スキルに頼らない魔力操作によって編まれた魔術式は、第一段階としてサソリ型の立つ地面に干渉しました。これがその時の環境を利用する環境干渉術式。次に形状・性質変化術式によって六本の土性槍の精製とその高硬質化。もちろんその他細かいプロセスが無数にありますがーー魔術の発動。
硬い灰色の地表をさらに硬い土製の槍が六本、大地の意思がもたらしたかのように地中より隆起しサソリ型の脚の付け根を貫き移動不能にしました。大地の槍は一切の抵抗をサソリ型には許しません。それどころか貫いた槍の側面が分裂し、サソリ型を体内を駆け巡りました。サソリ型は悲鳴を上げますが手を緩める気はありません。まだサソリ型は存命しており、もしかしたら最後の力で尾の毒針を差し向けてくるやもですから。
サソリ型は始めこそーーそうは言っても五秒ほどですがーーは悪足掻きに胴体だけで蠢こうとし、尾を振り回してあちらこちらを破壊しました。ですが次第に生命力は弱まっていき、ついには嵐の如く暴れていた凶悪な毒針の尾も、波が引いていくように力が抜けていきます。そしてまったく動かなくなったところで、念の為に魔術を放ってみるも反応はありません。絶命。
「ふぅ……アルテミシアさん終わりました」
「では帰るぞ」
アルテミシアさんの空間魔法で、私も一緒に城へと帰投しました。私が使った擬似瞬間移動とはまるで比較になりません。
転移させられたのは食堂でした。木製のテーブルには既に食事が並べられており、どうやらアルテミシアさんのもののようでした。いつ作ったのかは知りませんが。
アルテミシアさんは席に着くと早速食事をし始めました。私の分はありませんが、同じ部屋に転移させられたからには話があるのでしょう。……予想はついていますが。
芳醇な香りが弾けるようなワインを一口飲んだアルテミシアさんは口元を拭いました。
「選択する魔術は良くなった。が、まだまだ魔力操作に無駄があるな」
「はい」
魔力操作に無駄があることはわかっていました。今までは【速筆】スキルの派生アビリティ【転写】に頼りきり、事前に書いたことのある魔術式のみを発動していました。ですが修行ではそれは禁じられ、ひたすらに魔力操作の練習を兼ねて即興の魔術を使うことを命じられたのです。
魔術式をスキルに頼らず書くというのは、筆ペンで文字を書くのではなく、墨汁を付けた筆で文字を書くようなものです。浸らせ過ぎてドバドバになってしまうと紙は破けてしまいます。それはつまり魔術式のそのものが崩壊するということ。逆にカスカスでは碌に文字も書けません。これは魔術式が発動するのに魔力が足りないということ。
もちろん、集中の出来る静かな部屋で座れば綺麗に書けます。これは魔力操作も同様です。ですが動き回りながらでは書けません。私はそれを戦闘中にやらなければいけません。
私が渓谷での修行を始めたのは三日前です。渓谷への転写直前に魔力操作のことを伝えられ試しに三十分練習。その後はいきなり魔物・幻獣との実戦修行でした。アルテミシアさん曰くーー経験に勝る修行方法はないらしいです。
出来る出来ないとかは関係ありませんでした。出来なければ問答無用で死んでしまうからです。死ぬ気というか、全力の死なない気で私は頑張りました。
「明日からは違う場所に行くぞ」
「はい。あの、ルーラさんとエルミダちゃんはどうですか?」
「二人とも順調だ。お前は気にせず自分のことに集中しろ」
「わかりました、ありがとうございます」
私はそう言って部屋を出ました。もちろんその先は大量の魔術書を読み込んだ部屋です。私はその部屋でありとあらゆる本を読んでいます。知識は武器です。そのことを見に染みて実感しました。
何よりもーー妖精を見るということをあきらめてはいませんので。
「さて、取り掛かりましょう」
お読みいただきありがとうございます!
次話はいつになるかわかりませんが、なるべく早く投稿したいと思います。




