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32話 エルミダの憂鬱

大変遅れてしまい申し訳ありませんでした。事情と今後の方針については、あとがきにて書きます。



 月夜の勉強地獄とルーラの対幻獣死闘。二人とはまた違った苦しみに陥っているのがエルミダだった。何か能動的な要因があるわけではない。むしろ何もする事ななかったのだ。


「暇……」


 森の中にあった湖の淵、一本の木に背中を寄せてエルミダはそう零した。完全に脱力仕切っている体に、虚ろな光を灯す目。エルミダはあまりの退屈さに耐えかねていた。

 この何もしていないが故の廃人状態に至るまで既に七日を擁していた。普段なら村の子供達と遊んだり、大人達のお手伝いをしたりしているが、この森では正しく孤独だった。

 何せ村では見えていた妖精達も、この森に放り出されてからは影も見えないのだ。完全に独りぼっちとなるのは生まれて初めてのことで、そのことに対する不安もあった。

 だからだろう。エルミダの胸中では吐け口のない愚痴やらが燻り、それが遂に限界を迎えたのは。


「もう! なんで私こんなところにいるの!? 別に透視眼を強くしたいなんて思ったことないのに! ああ、お母さんお父さん心配してるからなぁ。いつまでここにいればいいんだろう……」


 そこまで叫んでまた静かになる。聴こえてくるのは風に揺れて擦れる葉の音くらいのもの。目の前の湖は青く輝いており水面は穏やか。エルミダは馬鹿らしくなったのだ。


「何食べようかなあ」


 幸いなことで生きることには事欠かない。何せ周囲にはたわわに果実を蓄えた低木が度々あり、それを一つ食べれば不思議と空腹は満たされたからだ。

 エルミダは一つ果実をもぎり取って、さっきとは違う根元に腰を下ろした。かぷりと食らいついた果実はみずみずしく美味しくはあるが、何日も続けば流石に飽きが訪れる。

 エルミダはぼんやりと視線を虚空に彷徨わせながら、林檎に近いやや硬めの果肉をすり潰すように咀嚼した。


 風が木々の隙間を縫って走る。緩やかな風に撫でられた湖の水面が小さく波立つ。落ち葉が運ばれて水面に不時着すれば、今度は筏となり湖に航行する。

 何度も、何度も、何度も見たその光景は、もはやエルミダの一部となりつつあった。その時が訪れた。


「あっ……」


 ちらり。エルミダの透視眼は確かに揺らめいた何かを捉えた。ゆりかごのように揺れながら落ちる木の葉ではない。

 ふらり。今度はよりはっきりとエルミダの瞳に映った。湖の淵のエルミダの胸くらいの高さの空中を舞う、朧げな小さい人型。


 ーー妖精だった。


 弾けるように立ち上がったエルミダは妖精が舞う手前まで思わず駆け寄った。近づきより注視する事で、水彩画のようにぼやけた輪郭に確かな形を与える。より深く、より精彩に。エルミダは世界を視ることに慣れはじめていた。


「こ、こんにちは妖精さま」


 エルミダは宙を舞う妖精に声をかけた。その瞬間にもエルミダの透視眼は妖精をさらに捉えつつあり、細やかな部分まで視えつつあった。

 声をかけられた妖精は瞬間で空中に静止した。口の動きがようやく視えはじめていたエルミダは妖精が驚いていることに気がつく。礼儀を正しもう一度挨拶をしなくてはと慌てるエルミダに、妖精が愉快そうに口を開いた。


「わたしが視えているのかしらお嬢さん」


 鈴のようなではあるが落ち着き払った声だった。


「驚いたわ。わたしが見える人間なんて久しぶりよ」

「エルミダと、も、申します妖精さま」

「ふふふ、そんなに畏まらないでエルミダ。あなた急に駆け寄って来るんだもの、驚いたわ」

「ご、ごめんなさい」

「怒っているわけじゃないのよ。わたしのことずっと視えていたのかしら?」

「いえ。さっき急に視えてきて」

「まあ、ならどれくらい視えているのかしら。もしかして光の玉が浮いているくらい?」

「輪郭が視えて……あ、少しずつはっきと……」

「あら?」

「はっきりと視えます! すごい、綺麗です妖精さま」


 エルミダはついに妖精の姿形を細部まで視認することに成功した。妖精は片腕ほどの身長だった。彼女は虹の光彩を仄かに宿した白髪を背中に流し、煌めく青の瞳を備えた。恐ろしく整った顔に慈愛の色を浮かべた妖精は、


「ふふ、ありがとうエルミダ。あなたも透視眼の成長おめでとう」


 妖精はエルミダの周囲を飛び回って祝った。


「ありがとうございます!」

「それにしてもなんでこんなところにいたのかしら?」

「それはーー」

「私が修行を付けているからだ」


 音もなく前触れもない。空間魔法を行使して現れたのはアルテミシアだった。水面に立ち妖精とエルミダのやりとりを興味深そうに眺めていた。妖精はアルテミシアを視認すると顔を顰めてみせた。


「アルテミシア、こんな幼い子を放置するなんて酷いんじゃないかしら?」

「食料も水もある場所を選んだだけ喜んで欲しいものだ」

「で、どうしたのかしら」

「おチビがお前を視えるようになったらしいからな」


 アルテミシアは空間魔法でエルミダの背後に瞬間移動をすると、優しい手つきでエルミダを撫でた。


「よくやったおチビ。ここまで馴染むのが早いのは予想外だったよ」

「え、あの、その」


 言いつけるようにアルテミシアは修行の目的を話した。曰く、神秘そのものでもある妖精を視るには神秘に慣れる必要がある。曰く、自然の中で過ごすことが最も早く慣れることができる。曰く、エルミダの透視眼は無事に中位妖精を捉えるに至ったと。


「ひとまずは終わりだ」


 と、アルテミシアが告げた。しかしエルミダはそれよりも気になっていたことがあった。


「ツキヨお姉さん達はどうですか?」

「小娘はまあまあだな。もう一人は、まあ、頑張っているのではないか」

「よかったです」

「では城に戻って休め。自由に使うといい」

「待っーー」


 抗議する間も無く飛ばされたエルミダ。そんな一連の流れを見て妖精はアルテミシアのおでこを小突いた。


「何をする」

「ーーじゃないわ。もう少し言葉を尽くしなさよあなた」

「ふ、関係ないな」

「相変わらずなんだから……」

「また世話になるかもしれん。その時は頼むぞ」

「わかったわ。他の子達も程々にしてあげなさいよ。私達の間で噂になっているわ」

「ではな」

「ええ」


 アルテミシアは転移した。その場に一人残された妖精も腰に手をつきため息を吐くと、どこへと飛び去った。

お読みいただきありがとうございます!


更新できなかった理由は一重に私自身の実力不足です。定期更新をするだけの速さがなかったという。書ける時はすごく書けるのですが、全然書けない時もありまして。ご迷惑かとは思いますが、今後は不定期更新とさせていただきます。誠に申し訳ありません。


ブクマ等々ありがとうございます! 次話もよろしくお願いします!

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