3話 成長
10時から12時に投稿することしました。どちらの方がより多く見てもらえるのか、わかりませんが。
では、よろしくお願いします!
アルカンティ語の勉強を始めて一週間が経ちました。午前中訓練だけのクラスメイト達とは違い、相変わらず私は朝から晩まで書物庫に篭り勉強をしています。
ですから、クラスメイトと顔を合わせるのは朝と晩の食事の席だけでした。が、一人だけ訓練していないこともあって微妙な溝が生まれていますし、それを明智くんは埋めてくれようとしていますが、やんわり拒否をさせてもらいました。
私がクラスメイト達と無理に足並みを揃える必要はまったくないからです。私と彼らの見る先は違いますし。
ですがそれを放っておけないのは明智くんだけではなくて、当然宮古先生にも心配をかけてしまっていました。
「そこに座って月見里さん」
夕食の席で私は宮古先生に声をかけられました。あとで先生の部屋に来て欲しいと言われ、私は断る理由もないのでこうして先生の部屋を訪ねました。
先生の部屋もやっぱり寂しいもので、何も置かれていませんでした。ただ少し、大人の女性の香りがするだけです。
私は先生に言われた通り一人部屋なのに 四脚もある椅子の一つに座りました。
「月見里さん、この世界での生活はどう?」
「どうとは?」
「一人だけ訓練に参加出来ていないでしょう。あ、責めてるわけじゃないの。心配なだけ」
「そうですか。なら大丈夫です。当面の目標は立ってますし、私は私が出来る形で行動しますから」
私が答えると先生は肩を撫で下ろして安堵の表情を浮かべました。
「目標が何か聞いてもいい?」
「本を読むことです。本には知識が詰まってますから。私達は、知らないことが多すぎる」
「偉いのね、月見里さんは」
先生がふと溢しました。
私が不思議そうにしていると先生は小さな両手を胸の前で振って、求めてもいない弁明をし始めました。
「あ、いえ違うの。月見里さんは冷静に状況を見れているんだと思ってね。私なんてどうしたらいいかわからないから」
「先生だって凄いです。この世界でもやっぱり大人と子供の差はあって、先生は唯一意見をまともに言える人です。
明智君は、少し無鉄砲が過ぎますから。クラスは先生が支えているんですよ」
「ふふふ。生徒に慰められるなんてみっともないわね。でも、ありがとう月見里さん。少し軽くなった気がするわ」
「お役に立てたのなら」
少しお疲れ気味だった宮古先生の顔色も良くなりました。
それから少し世間話ーーこの世界の世間なんてよくわかっていませんがーーをしました。
「じゃあお話はお終い。おやすみなさい、月見里さん」
「おやすみなさい先生」
部屋を出て魔術で照らされている廊下を一人歩きます。先生の部屋と私の部屋は少し離れているのです。そういった何気ない時間というのは、無駄に思考が巡るものです。
先生は私を冷静だと褒めていたけど、違います。私はただ理不尽な召喚をされたことから、また理不尽なことが降りかかるのではないかと臆病になっているだけなのです。
知らない事は怖いですし、だから知らなくちゃいけないし知ろうとしなくてはいけまけん。そうしないと、私達は考えなしの人形になるだけだから。
いけません。余計な事を考えてしまいました。とりあえず、部屋に戻ったら食後の勉強にしましょう。
***
さらに一週間が経った日。私は自分に起きている変化に気がつきました。
「あれ? 読めてる?」
アリサさんとの勉強の休憩時間、私は本棚にある本の背表紙をぼんやりと眺めていました。
あー、早く読みたいです異世界の本。そんな軽い気持ちで本当にただ眺めていました。
人はぼんやりと眺めていても意味が理解出来れば、自然とその背表紙のタイトル読んでしまうものです。……多分。
だから私は気がつきました。興味の惹かれる本はないかと書店で適当に見ている時と同じように。日本語で書かれている本のタイトルを見ているかのように。そんなごく当たり前の母国語としての感覚で、アルカンティ語で書かれた背表紙のタイトルを理解していることに。
「ツキヨ様どうかされましたか?」
「本の背表紙が読めています」
「本当ですか?」
「はい……」
アリサさんは凄いですと褒めてくれていますが、私は自分で自分のことを信じられませんでした。
なぜなら私は、こんな短期間で見たこともない言語を理解できるほど優良な頭脳を持っていないからです。時間をもっとかければそこそこの理解出来ると思いますが、それでもやはり理解度は母国語の人と比べると浅いでしょう。
だとするとなら、まさか。
「少し待っていてください」
私はそう言ってステータスを確認しました。私の予想が正しければ上がっているはずです。
「やっぱり、そうでしたか」
ステータスの技術の欄。そこにある私が唯一持つ【言語理解】のスキルレベルが初期の1から2へと上がっていました。
ついでに全体的に数値を引き上げる『レベル』が3へと上がり、ステータス全体が少し上昇していました。どうやらスキルレベルの上昇は『レベル』の上昇に必要な経験値にもなるようです。
つまり、唐突として私が異世界の文字を読むことが出来るようになったのはスキルレベルが上昇したことによる恩恵なのでしょう。
私はアリサさんに事の概要を話しました。するとアリサさんは自分の事のように喜んでくれました。
「おめでとうございます! スキルレベルは上げるのに苦労するものですので、こんな短期間で上げられたのはひとえにツキヨ様の努力の賜物です」
「いえ、アリサさんが根気よく指導してくださったからですよ」
「私は少し準備をしただけです」
勉強をして身についたという感覚ではなく、なぜか自らの知識として収まっている感覚は新鮮なものでしたが、きっとアリサさんの指導と私の努力も無駄ではなかったはずです。アリサさんの言うように、スキルレベルの上昇には努力が必要なのですから。
「ツキヨ様。読めるということは書けるようにもなられたのですか?」
「試してみます」
確かにそうでした。
アリサさんから貸してもらっているペンを握り、地球と比べると粗悪な紙に自分の名前をアルカンティ文字で書いてみます。ここまではスキルが働いてなくても文字を習いなんとか出来ていました。そこから先、さらに細かい自己紹介は出来なかったのですが、スラスラと筆は進みました。
五文ほど自己紹介を書きました。
「書けるみたいですね」
「おめでとうございます。こうなれば、私は、もう用済みですね」
どこか寂しげなその言葉を私は否定した。そんなの、私が嫌でした。
「アリサさんにはまだ教わりたいことが沢山ありますし、なによりも友人として付き合いたいと思っているのですが。駄目ですか?」
「そんな! 私がお教え出来ることならなんでも。ですが友人としてなんて、私みたいな低俗でいいのですか?」
「もちろんですし、もしアリサさんが低俗なら私だって似たようなものですよ」
「そんなことは」
「はい。ですから、アリサさんも低俗なんてことはないんです」
「わかりました。では、これからもよろしくねツキヨ。私のことも呼び捨てでお願い」
「うん。よろしくお願いしますアリサ」
こうして出来た年上の友人に、私はこれから大いに助けられるのです。それを知るのはきっと、もっと先のことなのでしょうが。
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