27話 フェンリル
遅れてすいません!
淡く浮かぶ月や星々の夜から、煌々と輝く太陽の昼へ。
不気味と静寂の森から、温和と平穏の花畑へ。
まるで正反対の時と場所に私達を誘ったのは、謎の転移現象です。迷いの森を抜けた刹那の浮遊感は、この異世界に召喚された時に感じたものと酷似していましたから。
この強制転移を起こしたのはなんなのかという疑問は、真っ先に思い浮かびました。妖精です。なにせ妖精が私達ここに来るようにエルミダちゃんに話していましたから。
しかしエルミダちゃんによると妖精は否定しているそう。そもそも自分にはそんな力がないと。
ただそれを素直に信用することが出来るほど私もルーラさんも純粋ではありませんので、ひとまず事の真偽については保留となりました。
目下の課題はここがどこで、どうすれば村に帰ることが出来るのか。試しに来た方に戻ってみましたが転移の予兆すら起きず、ただ花を散らし歩いただけでした。
「うーん、どうするツキヨ」
「ひとまず妖精について行きましょう。エルミダちゃん、妖精はまだ道案内をしてくれるのですよね?」
「うん。そわそわしながら待ってます」
「ではその通りに。ここまで来て中途半端では、意味もありませんし」
「なるようになることを祈りましょうか」
と、それは凡そ私達が取れる行動の全てでした。あまりにも未知の状況に、確実なことを積み重ねて予測を立てるしかなく、あまりにも怪しい妖精の道標に縋るしかなかったのです。
そして一面の花畑を行こうとした時、私の感知魔術の範囲外から来る何かを目視しました。嵐が如き疾駆で花を撒き散らしながら突進してくる何かは、次第にその姿を大きくしていきます。そして大地を揺らす音も、徐々に地を裂く音に。
こちらに向かっているのは明らかでした。
「ツキヨ、とりあえずタイミングを見て退避するわよ。あれはやばいわ」
「はい。エルミダちゃん私に掴まってください」
「う、うん」
私は私達に付与魔術を施しました。俊敏性を強化する第三階梯【シュネル】と耐久力を強化する第三階梯【ハルト】。第三階梯から使える項目別の強化を、スキルレベルギリギリでなんとか使いました。見える猛威にはなけなしな気もしますが、ないよりはいいでしょう。
こうしている間に何かが、正体を視認することができるまでに近づいてきました。地平の彼方にいたはずがです。
何かを見て、ルーラさんが慄き始めました。
「ツキヨ、あれは本当にやばいかもしれないわ」
正体を知らない私でも分かる何かの覇気は激烈です。
震える手を抑え、ルーラさんが言いました。
「その毛皮はあらゆる攻撃を弾き、その爪あらゆる物を裂く。何よりも神さえも噛み砕く牙を持つーー神話に生きた巨狼フェンリルよ! なんで幻想種がここにいるのよ!?」
幻想種ーー今となってはその確認すらされない神代を生きていたとされる最強の種。いずれも名だたる逸話を残しており、私も王城の書物庫で軽く触れていました。
そこには行動記されていました。
ーー近寄ることなかれ。出会った場合は死を覚悟せよ。
「ルーラさんどうしま、す……?」
私はその言葉を言い切る前にフェンリルが私の感知魔術圏内に入りました。それと同時に私はその認識したくない現象を漏らしました。
「魔術が、消されてる?」
そう、フェンリルが駆け抜けるその道筋の感知が消されていました。正確にはその四肢に付き大地を砕き刺している大爪が、魔術までもを裂いていました。
「回避っ!!」
足に力を込めエルミダちゃんを抱きながら、私とルーラさんは両方に開くように避けました。
まだ50メートルはある段階での回避。そうでもしなければ避けれないという判断です。実際それは正しく、私達いた場所は一瞬にしてフェンリルの手足によって砕かれたのですから。
飛び散る破片に気をつけて避けた私は、フェンリルを観察しました。
私達の10倍は軽いだろう大きさをし、視線
で殺せるのではと思える赤い目がギラついていました。銀と黒の毛皮を纏い、神をも砕くという牙を並べた口を開いたフェンリルは、
「名を申せ人間ども」
問いかけられました。それに私達は色々な戸惑いを浮かべながらも、しかし答えなくては死ぬという直感から声を絞り出しました。
「私は、ツキヨです」
続いてルーラさんが、最後にエルミダちゃんが怯えながらも名乗りました。
「アルテミシアの言っていた小娘か。ふん、ちょうどいい。オレが直々に試してやろう」
私達の返答に何か思い当たることがあったらしいフェンリルは、極太の前足を振り上げ、
「っ!?」
振り下ろした爪で無慈悲な威力を持って大地を割きました。疾走してきたフェンリルとしては遅いその予備動作があったからこそ、私はなんとかすれすれで避けることができました。しかし僅かでも遅れていれば体が真っ二つになっていたと、代わりに大地が教えてくれました。
「構えよ人間。貴様らがアルテミシアに相応しいか計ってやる」
出来る限り距離を取ったところてその宣言を受けた私は、フェンリルの言う“アルテミシア”に聞き覚えがありましたが、しかしそんなことに気を回す余裕はありませんでした。
目の前にいるのは正真正銘の怪物。私が放てる魔術では傷を付けることが出来るかわからない、圧倒的な強者です。
エルミダちゃんには離れてもらいました。フェンリルの眼中にはないようです。
「死んで、やるものですか」
私は意を決して相対する神代の巨狼を観察し、思考を巡らせました。この時間ですらフェンリルの情けから来るものでしょう。
フェンリルは圧倒的な速さによる接近離脱と、猛々しい爪と牙での一撃必殺を主としているのでしょう。この距離においてその速度は、私では反応はおろか認識した時にはお陀仏ということになりかねません。
そうであるならまずは出来る限りの防御を。
「ガァァッ!!」
襲い来る寸前に私は三つの魔術を発動しました。
まずは私が十全に使える最強の防御魔術水属性第七階梯【クヴェル・シルト】を二重にして発動。聖なる水の大楯が猛威を振るう爪と私を隔てます。
しかしこれは多少の拮抗を保ちながらも、魔術を裂くフェンリルの爪によって突破されてしまいました。
「ここですっ!」
そこまでは想定していました。ただ、二枚の大楯は守るのではなくその動きを視認出来るようにする意図を以ってのものでした。本命は【クヴェル・シルト】と少しズラして最後に発動した、水属性第八階梯【ヴォーゲン・ランツェ】。
同属性第五階梯【シュピッツ・ヴァッサー】の上位互換である【ヴォーゲン・ランツェ】は、荒れ狂う波の大槍です。
波打ち荒れる水の大槍を、動きの遅くなったフェンリルの前足の腕を照準に放ちました。刹那の縫うようなタイミングを狙いすまし放った大槍は、フェンリルの毛皮を貫きはしなかったものの、弾き返すことが出来ました。
「ふん、小賢しい真似を」
そうでもしないとあっという間に死んでしまいますから。ですがたった一度の攻撃を退けるだけでこの魔力の消費。長期戦は避けたいのですが、決め手となる攻撃は持ち合わせていませんし。
「何を考えている暇があるのだ小娘」
「っ!!」
一瞬でした。気がついたらフェンリルは私の背後に回っており、その凶悪な前足を振りかぶりていました。
私は出来る限りの防御をと、【クヴェル・シルト】を攻撃の阻害のために爪の軌道外に発動しました。爪よりは多少の効果は発揮しましたが、大楯はその筋力によって突破されました。
その隙に攻撃範囲外へ避けるために、風属性第三階梯【ヴェーエン】を自分に放ち強引に回避しました。【ハルト】で耐久力を上げておいたおかげでダメージは最低に収まりました。
「ほう、これも躱すか」
私ばかりを追撃してくるフェンリル。ルーラさんに目をやりましたがその速さに接近戦をすることが出来ていないようでした。
「ならば、これだ小娘」
そう言ってフェンリルは三度前足を振り上げました。
「あれはッ!」
フェンリルは今までとは違いその爪に魔力を纏いました。はっきりと目視出来るほど濃密な魔力。あれを放たれたら死ぬ。
「ではな小娘」
しかし、なす術もなくそれは放たれてしまいました。振り下ろした爪をなぞった魔力の斬撃は、極光を振りまきかながら私へと逼りました。
【クヴェル・シルト】を展開しましたが、まるで紙を切るように大楯は霧散しました。
「ごめんなさい……」
何故か、懺悔の言葉が溢れました。死を覚悟しました。が、いつまでたっても意識は保たれたままで、私を切り裂くことはありませんでした。
「この馬鹿者が」
凛然とした声が突き抜けました。
「私は殺していいなどと言ってはいないぞ」
それはフェンリルを諌める言葉でした。
「聞いているのか」
そう謎の女性がいつのまにかひれ伏していたフェンリルの頭を小突きました。小突いた、のですよね。もの凄い音がしましたが。
女性は暫くフェンリルを躾けるとこちらに向き直りました。
「よく来た異世界の小娘。幻想郷の王たる私がもてなそう」
お読みいただきありがとうございます! ブクマ等をしてくださる方や、あるいはしなくとも読んでくれた方々に感謝を。
次週もよろしくお願いします。




