18話 魔術開発
オルボア地方。魔王軍との戦線に一部食い込むこの地域は、はっきりと言って辺境の地です。何せ王都からは通常半年はかかるそうですから。
そんなオルボア地方には当然馬車で向かうのですが、直接行ける馬車がカローナからは出ていませんでした。
そこで頭を悩ます私に、旅の同行者となりましたルーラさんが助言をくれました。
「迷宮都市に行こう」
迷宮都市アインスは戦線少し手前にある、王都に並ぶ都市です。数ある迷宮の中でも大規模な地下洞窟型ーーアインス迷宮の上にこの都市はあります。未だ最深部の発見されていないアインス迷宮には多くの冒険者が挑んでいるそうで、冒険者の街と揶揄されるほどです。
ここまでが私の知っていたことでした。王城の書物庫でこの世界の地理をある程度勉強していたときに、特筆されていたのです。
では、何故迷宮都市に向かうのか。それは迷宮都市が様々な分野の中心、要の土地であるからです。
とりわけ今回気にするべきことは、商業の中心ということでしょう。
迷宮都市では魔物の素材が常に手に入ります。それは冒険者達が迷宮で魔物を狩っているからです。色々な用途に役立てることが出来る素材は、この世界での必需品となっています。
さらに言えば、アインス迷宮は他に追随を許さないほど深く、それに比例して進めば進むほど魔物は強くなります。それはつまり、手に入る素材はより強く、より希少なものになるということです。
そんな素材や、素材を使った商品を商人達は各地方へと売りに行きます。もちろん迷宮都市に店を構える富豪もいますが。
そのため、この都市からはあらゆる地方へと向かう馬車が出ているのです。それこそ他国にも。
とりあえず、例のごとくその護衛依頼を受けてオルボア地方へと向かう、という指針になりました。
今はまだ馬車の荷台の上。迷宮都市到着までにはまだ半日ほどかかるそうです。私は馬車に揺られながら、魔術の研鑽をしていました。
「へぇ、真面目ねツキヨは」
「時間は有効活用するべきですので」
私が今していることは二つ。
一つはこの馬車の護衛を兼ねて水属性第四階梯【ブラーゼ】を展開し、技術レベルのために魔術を行使しています。自分の意思で動いているわけではない馬車に合わせて発動し続けるのは、魔力量の上昇にも役立ちますし、魔術技能の面においても有意義な訓練になっています。
そして二つ目、新しい魔術の開発です。どちらかというとこちらの方がメインになります。
私は初の迷宮でのことから、感知系魔術を会得したいと思っていました。もし視覚が頼りにならない状況になってしまったら。あの暗闇の中を思い出すと、そう思ってしまうのです。
もちろん万能さで言えば四属性随一の水属性には、探知系ならばあります。第二階梯【ズーヘン】。水の鳥(人によりイメージはよりけり)で能動的に周囲を探索し、放った鳥の視界を術者が知覚するものです。
しかし、この魔術の発動中は水の鳥と視覚を共感させるために無防備となる上、視認できない(暗闇であったり遮られていたり)と意味をなしませんでした。
アイゼン・カローナ迷宮では二つの理由から、私は【ズーヘン】を使いませんでした。
そこで、私は新しい魔術を作ってしまおうと思い至ったわけです。ないのなら、作ってしまえばいいと。
私は、現代では珍しい魔術言語の完全会得者。どの文字が、どの文字列が、どんな効果を発揮するのかはある程度把握しているつもりです。もちろん王城の書物庫で得た知識の範囲に収まります。知らない言葉だってあるのと同じで。
それでも私が今、頭の中に思い描いている魔術を再現することは可能です。
基本的な用途は感知系。属性は万能な水属性を想定しています。おそらく第三階梯か第四階梯程度。
新魔術は水属性として、もちろん水を扱った探知をします。ただし、扱うのは空気中に分布している水分ですが。
通常、属性魔術では火ならば火を、水ならば水を、土ならば土を、風ならば風を生み出して、それを扱うという工程が組み込まれています。しかし、新魔術にはその必要がないと考えているのです。
新魔術では空気中に分布する水分を把握、操作して外部からの接触による反応で感知をします。ならば殺傷レベルの水は必要なく、寧ろ満遍なく広がる水の方が好ましいのです。
その点、空気中水分は既に満遍なく広がっていますし、空気中ならば範囲は術者次第となります。さらに全方位対応、術者以外には気がつくことが出来ないと予想しているのです。
となると、風属性でもいいのではないかと思ったのですが、風属性には指向性を持たせなくてはいけませんので、この新魔術には向いていません。
……さて、メモ書きもほどほどにして、実験に移りましょう。
「ルーラさん」
「どうしたの?」
「今から少し試したいことがあるので、一時的に【ブラーゼ】を解きます。その間、護衛の方は任せてもいいですか?」
「いいわよ。ツキヨに任せっぱなしも悪いしね」
「ありがとうございます。では」
【ブラーゼ】を解除。馬車を守っていた鉄壁の防御である水の膜は、空気中へと飛散しました。
そして、私はメモ書きしてある新魔術の魔術式候補を順番に試していきました。一応どの魔術式でも予想通りの効果は得られはずですが、私が求めるのはより簡易で低燃費なもの。かつ、感知精度の高いものです。
発動をしては確認し、気がついた点をメモ書き。ひととおり終えたら改良した魔術式でまた実験。そんなことを何回か繰り返し、そして、とりあえず私の要求レベルに達するものが完成したのです。
「名前、どうしましょう。便宜上あった方がいいですし」
「何の名前?」
「新しい魔術のです」
「はぁ!? 新しい魔術って、さっきから何か書いてると思ったら、魔術作ってたの?」
「そうですが」
「そうですがって……。何年も研究して新しい魔術が作られるのよ? それを、今思いついたように」
「ええ、必要だと思いましたから」
「そんな気軽に言われても……」
ルーラさんは疲れたように言います。
「それで、新しい魔術の名前を決めるのね。どんな魔術なのって、見せてよ」
「あ、今も発動中ですよ」
「どういうこと?」
「目には見えない水……見えないほど小さな空気の中に漂う水を把握して、その変動で感知しているんです」
「……まあ、小難しい理屈は置いておいて。好きにつけたらいいと思うけど」
「そうですね……」
この世界の言葉で付けた方がいいのか、それとも日本語でつけるのか。迷いますし、何よりも痛い名前は嫌です。
……決めました。
「【水蒸気式感知魔術】とでも、しておきましょう」
「……ツキヨがそれでいいのならいいけど、長くない?」
「私は詠唱とかしないので、分類出来れば気にしませんし」
「そう」
しかし、この魔術思いの外変な感覚になります。意識が伸びているというか、広がっているというか。360度、全方位の水蒸気を把握しているので、その感覚の所為でしょう。
「ルーラさん、武装集団が左手の山の中にいます」
「盗賊ね。さっきの、ス、スイジョウシキ……新魔術の効果?」
「はい。数はおそらく30ほど。魔力反応もあるので、魔術師も数人いますね」
「逃げた方がいい?」
「それでも構いませんが、逃げ切れるとも思いませんね。倒してしまった方がいいでしょう」
「そうね。まあ、多分大丈夫でしょう。私が前衛、ツキヨは後衛で援護お願い」
「了解しました」
ルーラさんは作戦を伝えながら肩に立て掛けていた剣を手に取り、抜き放ちました。そして馬車から飛び降りると二級冒険者としての名に相応しい脚力で、山にいる盗賊達へと一瞬にして接近しました。
「馬車を一度止めてください。直ぐに終わらせますので」
私も【ブラーゼ】を展開。初の対人戦闘へと身を投じました。
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