15話 迷宮
私がこの街に留まる理由はありません。目的地は遥か遠くなのですから、こんな旅も半歩な位置で地団駄を踏むことはしたくないのです。が、面白い話を聞きました。
ルーラさんに揉まれた翌日、私は次の街に行くついでに商人の護衛依頼を請け負おうと冒険者協会に来ていました。
昨日の魔物討伐で相応の実力を認められた私は早速昇級。四級冒険者として護衛依頼も請け負うことが出来るようになっていたのです。
そんな折です。昨日と同じ受付嬢さんが気になることを言ったのは。
「迷宮、ですか?」
迷宮。それは魔物達の巣窟であり、入り組んだ道が人を惑わす場所。これが一般常識であり、私も書物庫で軽く知っていました。
ですから、こんなところで迷宮の話題が出たことに驚いたのです。
「迷宮って、今は戦線付近じゃないとないのでは? ましてやこんな王都も近くに」
「いえ、ツキヨさん。一応迷宮はどこにでもあるんですよ」
「そう、なんですか?」
「はい。ただ、今はほとんどが封鎖されています。迷宮は騎士団が巡回していて、魔物が溢れないように定期的に討伐。そうやって魔物が生まれる素である魔素を枯らしいます」
「完全に枯らすことは出来ないんですか?」
「難しいですね。際限なしと言われているものですから」
これは初めて知りました。
受付嬢さんは話を戻しました。
「迷宮に潜ってみるつもりはありませんか?」
「それは、何かメリットが?」
「もちろんです。ツキヨさんは討伐依頼を主に受けたいのですよね?」
「いや、まあ、何か違う気もしますが概ねその通りです」
私、そこまで好戦的、バトルジャンキーに見えるのでしょうか。
「四級冒険者にはなられましたが、討伐依頼を受けるとなると制限が多いんです。具体的に言うと、報酬が少ないんですね」
「昨日はかなりいただきましたが」
「あれは少ない方です。それでも採取して来た素材を換金させていただいたので、少し増えましたが。旅を続けるのなら、それなりの費用が必要ですから稼げるに越したことはないんです」
「なるほど」
冒険者稼業はどうやらかなり稼げる職のようです。巷にあるという魔道具も機会があれば欲しいものもありますし、受付嬢さんの言う通りですね。
「そこで昇級させていただきたいのですが、さすがにまだ実績が足りないんです。でも協会としては有望株を腐らせるわけにもいきません。ですから、今回は協会から特別に依頼を出します」
「それが迷宮とどう関係があるのですか?」
「迷宮は普通三級から探索許可が降りるんです。そこを無事探索出来たら十分に昇級に足る実績です」
なので、と続けて受付嬢さんはカウンターに資料を提示しました。
「『特別昇級推薦書』です。試験としての迷宮探索許可を出しますから、受けてくださりますか?」
「構いませんが、私もうこの街を出ようとここに来たのですが」
「それは問題ありません。行き先はルーラさんに聞きましたので、その街の支部長宛に旨は書いておきました。幸い迷宮はその街の近くにありますよ」
「ルーラさん……」
完全に個人情報が流出してしまっているのですが。
「ルーラさんの推薦もありましたから、大丈夫だと思うので受けませんか?」
とどめもルーラさんでした。ですが断る理由もありませんから、
「迷宮探索は、魔物をいくつか狩ればいいだけですよね?」
「はい」
「そういうことなら、その推薦慎んでお受けいたします」
「ありがとうございますっ」
やけに喜びますね。まあ、いいでしょう。
そうしてどうにも美味しい話が詰まった手紙を受け取り、かねてよりの予定通り次の街へと護衛依頼ついでに出発しました。
***
「なぜルーラさんまで?」
「一応推薦した身だからよ。大丈夫だとは思うけど、念のためにということで」
場所は変わって隣街の近くにあるアイゼン・カローナ迷宮。私が特別昇級推薦の旨が書かれたカローナの街にある支部長に提出し、その足のまま迷宮へとやって来るとルーラさんがいました。その格好は先日初の魔物討伐依頼を受け、その同伴をしてもらった時と同じ、つまり冒険者モードのものでした。
「それは、ありがたいのですが。私は一人じゃなくて大丈夫なのですか? 」
「本当に危険になるまで手出しはしないわ。じゃないと意味ないし」
「そうなのですか。では、早速行きましょう」
「どうぞー」
アイゼン・カローナ迷宮は洞窟型の迷宮です。少し奥に進めば光は消え、一寸先も闇に閉ざされます。ただ、この点に関して言えば魔術でなんとかなるレベルです。
問題は反響でした。
魔物の接近は洞窟内ということもありよく響く音でわかります。そう、魔物がいるということは。
複雑に入り組んだ洞窟内では常に騒音がひかれています。これは私との距離に関係なく存在している魔物の移動する音が幾重にも反響し、それが一定音量で響いているのです。
そのため近くにいる魔物でさえも、いえ、どの程度魔物との距離があるのかがわからないのです。
一寸先も闇にぼんやりと浮かべいるのは、火属性第一階梯【ケルツェ】。
私は鬼火のように5個ほど浮遊させて、ある程度の視界を保っています。しかし、十分な視界を保てているのは精々が半径5、6メートルほど。それが私の視認できる範囲です。
しかしこの程度の距離ならば、魔物もその外から攻撃することが可能です。故に、私は後手に回ることが自然と多くなりました。
「っ!?」
飛翔する石飛礫を水属性第四階梯【ブラーゼ】で防ぎます。攻撃が止んだ一瞬の隙をつき、同属性の第五階梯【シュピッツ・ヴァッサー】で反撃をします。石飛礫の飛んでくる軌道を頼りに放っているので、命中率は最低。
ですがそれでもなんとか私は迷宮を進み、特別昇級推薦、その討伐目標を探します。
「見つからないわね」
「はい。もっと奥に行かないと駄目みたいですね」
魔物数匹を狩ればいいというあの受付嬢さんの言葉は、半分本当で半分嘘でした。たしかに魔物は数匹狩る必要があります。しかし、同時にとある討伐目標が定められていたのです。
このことを私はカローナの支部で知りました。
「魔力は大丈夫なの?」
「はい。一応最低量しか使っていませんから」
とは言うものの、考えて使っていかなくてはいけません。
今も【ブラーゼ】を常時ではなく随時で発動していますし、【ケルツェ】の操作には気を使っています。
私は現在レベル18で魔力値も高水準に位置しています。ですが、それはあくまでこのレベルにしてはというだけで、純魔術師として単独活動をするにはいささか不安の残る量なのです。
これがパーティだったらある程度は大丈夫なのですが、私は単独ですから、感覚的に把握している魔力量に常に細心の注意を払う必要があるのです。
迷宮を進みこの環境にも慣れてきた時、それは訪れました。
ーードスンッ
明らかに違う魔物の足音。有象無象の軽いものではない、重圧的で重量的な砕き鈍い足音。あまりの存在感に反響など関係なく、それがいる方向がわかります。
「ルーラさん、これ」
「うん。多分間違ってないと思うわ」
「ですよね。……なら、行きましょう」
「やる気ね」
「私も女の子ですから、いい加減風呂に入りたくなってきたんです」
「それだけ余裕があれば大丈夫。さあ、ツキヨの実力を証明しにいくわよ」
「はい」
私は、誘うかのような、挑戦者を待つかのような足音のする方へと踏み出しました。一歩、また一歩と近づく中でやがてその姿を【ケルツェ】が照らし出します。
先程まで倒していた豚頭人の強化種と言われ、三級冒険者が主に一対一で倒すことが出来ると分析されている魔物。鈍い緑の重厚感ある肌を晒し、どこから拾ってきたのか石棒を担ぐその巨躯の魔物の名は、
「ウルク」
醜悪の限りを尽くしたその顔は、獲物を見つけたようにニタリと嗤いました。
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