11話 悪役
旅路の前に、私には最後にやるべき事がありました。私は私を否定はしませんが、けじめをつける必要はあると思うのです。
「何してるんですか?」
「あ? 月見里かよ。なんか文句あんのか?」
「ええ。弱い者イジメは楽しいのかしら、近藤くん」
以前見捨ててしまったイジメ。それを今、私は助けようと思いました。
別に正義の味方になりたいと思ったわけではありません。見るもの全て、朽ちて行くもの全てを助けたいとは思もいません。
ですが、もし私の手の届く範囲で理不尽がまかり通っているのなら、それを見て見ぬ振りをするのはもうやめます。
「大丈夫ですか志村くん」
「月見里さん、どうして……」
「助けたいと思うのは当然です」
私は近藤くんと取り巻き男子を押しのけ、倒れている志村くんの側に膝をつきました。起き上がる事のできない志村くんは苦しそうです。
志村くんは見た目こそ服が汚れているだけですが、【解析】で診る限り内臓にダメージがあるようです。
「少し待っていてくださいね」
治癒魔術第四階梯【ハイルング】。
もちろん技術の【治癒魔術】を会得していて、以前とは比べものにならないほどの効果を発揮します。
優しく温かい光が志村くんを包み込み傷を癒していきます。表情も良くなりました。とりあえずこれで志村くんは大丈夫でしょう。
私は立ち上がり近藤くん達に向き直りました。
「お前、治癒魔術使えたんだな」
「ええ。隠れて特訓してましたから」
「まあいいけどよぉ。それより、退けよ月見里ィ。女だから手ぇあげてねえだで、邪魔すんなら容赦しねぇぞ」
「何故、彼をイジメたんですか」
「あ? ンなのよえーからに決まってんだろうが。特訓してやってんだよ。なあ?」
近藤くんの呼びかけに取り巻き二人は気持ちの悪い顔で頷きました。下卑た声など聞きたくもありません。
「弱いならイジメてもいいと。暴力を振るってもいいと。そう言うのですね」
「だから特訓だってーの」
「では、私があなた達の特訓をして差し上げましょう」
「あ?」
近藤くんが口上を述べる前に彼ら三人は纏めて吹き飛びました。義憤に駆られているのではなく、嫌悪から来たものです。
属性魔術風属性第三階梯【ヴェーエン】。それが彼らを抵抗する間もなく吹き飛ばした魔術です。
私は訓練場まで吹き飛んだ三人のところまでゆっくりと歩きました。どうやらクラスメイト達は訓練中だったようで、突然吹き飛んできた三人にどよめいています。
「ほら、まだ始まったばかりです。さっさと立ったらどうですか?」
「月見里さん!? まさか、これは君がやったのかい?」
明智くんです。
「そうですが、何か問題でもありますか明智くん」
「あるに決まっているだろう! どうしていきなり彼らに攻撃を。仲間だろう!」
「彼らは志村くんを虐めていたんです」
「なっ!? ……それは本当かい?」
クラスメイト達のどよめきが一層大きくなりました。……この人達は、本当に。
「今気がついたのですか? 私に言われて? 虐めはかなり前からあったのですが、私よりも一緒にいたあなた達が気がつかないなんて、とんだ仲間もあったものですね。それとも、気がついていて何もしなかったのですか?」
何人かが反応しました。もっとも、これを咎める気はありません。私だって以前は簡単な応急処置をしただけで、助けてあげられなかったのですから。
「まあ、それは置いておきます。
彼らは虐めを特訓だと言っていました。志村くんが弱いからだそうです。なので、私も彼らのルールに則って特訓して差し上げただけなんですよ」
「それは、君が彼らよりも強いということかい?」
「ええ」
ノータイムでの返答に明智くんは口をつぐみました。流石にここで即答されるとは思っていなかったのでしょう。クラスメイトの間では『ハズレ』というあだ名が密かに流行っていたようですから。
「何あんた? 今まで引きこもってた癖に何様?」
「自分に合った方法をとる。何かいけませんか?」
明智くんグループの嬢王様的女子勝瀬さんの問いにも即答します。イラッとした勝瀬さんを同じグループの水井さんが宥めます。
「退けぇテメェらッ」
「おや、ようやく復活ですか?」
近藤くんと取り巻きが立ち上がりました。さすがは実戦訓練をしているだけあってタフですね。これくらいではダメージにはなりませんか。
「調子乗ってんじゃねえよ。さっきは油断しただけだ。もうそうはいかせねえ」
「では続きをしましょう。みんな下がっていた方がいいですよ」
私が促すとクラスメイト達は円状に広がりました。まるで小さな闘技場です。
舞台が出来上がると近藤くんは目を凄ませ、低い体勢から一気に加速しました。
「行くぞオラッ」
雄叫びをあげ一直線に向かってくる近藤くんは、おそらく魔術を使用しない純粋な近接格闘タイプ。武器を持っていないこと、魔術を使わずにここまでの身体能力を見せることからも間違いないでしょう。技術構成も近接格闘系でまとまっているはずです。
まるで巨大な砲弾です。巨漢な彼らしい戦法です。魔術が詠唱を必要とするのは知っているはずですから、詠唱を完成させる前にケリをつけるつもりでしょう。
ですが忘れていませんか? 先ほど私が詠唱をせずに魔術を行使したことを。
属性魔術土属性第二階梯【ヴァント】。
近藤くんの進む直前上の地面が盛り上がり壁を成しました。しかし近藤くんはそれを殴り破りました。
「こんなものかぁ!?」
と、壁を破ったことで油断し叫ぶ近藤くん。私はその瞬間を待っていた、あるいはおびき寄せたと言っていいでしょう。
「少し、痛いかもしれません」
私がそう告げた刹那、近藤くんの四肢を私の魔術が穿ちました。
属性魔術水属性第五階梯『シュピッツ・ヴァッサー』。
高水圧の水の槍で対象を貫く魔術。力量により数を増やすことが可能で、今のは四連です。
力を奪われた近藤くんは勢いよく倒れ込み私の足下までず滑りました。穿ったことで出来た細い穴からは血が流れでており、彼の服を血が濡らしていきます。
「誰か治癒魔術でもかけてあげたら?」
私は驚愕に固まるクラスメイト達を見渡しそう言いました。それもそうでしょう。自分達と違って力がないから引きこもったいたはずの私が圧倒的なさを見せて勝ったのですから。
あるいはどこか見下していた私が、自分達と同じくらいの近藤くんを倒したから。
「あなた達も特訓、しますか?」
私は一歩も動けていない取り巻き二人に笑顔で訪ねました。すると二人は腰が抜けたのかへたり込み、プルプルと首を横に振りました。
「……いいでしょう」
正直情けないとは思いますが、正しい判断です。
なんとも言えない静けさが場を包むなか、王というのはそれを気にしません。明智くんは笑顔で寄ってきました。
「凄いじゃないか月見里さん! これからは一緒に戦えるな!」
「? 何を勘違いされているかはわかりませんが、私はあなた達と一緒に戦おうとは思っていません。とてもとても、弱い私には無理ですし、特訓、されたらかないません」
「そんなことないさ」
「それだけじゃありませんよ。
この世界に来てから私を気にかけもしない人達を仲間だとは思えません。
何よりも私は魔王と戦うことを了承したことはありません。明智くんがかってに代弁しただけではないですか」
「それは……。じゃあ、この世界の人がどうなってもいいのか!?」
「よくはありません。ですが、それとこれとは話が別です。この世界を守るというのはすごく高尚な正義なのでしょう。けど、それを私に強要しないでください」
「……」
「明智くん。あなたのその正義感は素晴らしいものです。が、正義とは矜持です。強要した時点で悪と同義であることを知りなさい」
明智くんは悔しそうに口を顔を歪ませていますが、何も言い返せないようです。
私は興味の失せたように踵を返してその場を去りました。
訓練場から離れて自室に戻ろうと廊下を歩いていると、カレインさんが待ち伏せていました。
「少しお聞きしたいことが」
「なんでしょうか?」
「なぜ、あのような事を?」
見ていたのですか。
「……今、クラスメイト達はレベルという概念で上下関係が出来ています。命を賭さなければいけないのに、仲間内がそんな状態ではいけません」
「はい」
「そこで私という悪役に近くて強いと認識できる存在があれば、少なくとも同じ方向は向くはずです。団結するには敵がいるところが一番ですから」
「それなら魔王でもよかったのでは?」
「そんなの実感がわきませんよ。身近にあるから効果があるんです。それに、見下していた筈の相手が自分より優秀だなんて、皮肉が効いてますから」
「嫌われてもよいのですか? ご学友なのですよね」
「気にしませんよ。嫌われても死にはしませんから」
「そうですか」
カレインさんは悲しげな……表情をしていません。え、なんで笑っているのでしょうか。
「ツキヨ様。思っていた形とは違いますが、同じ方向は向かれたみたいですよ」
「え?」
私はカレインさんに促され訓練場を見ました。窓から見えるそこにはクラスメイト達がいて、先までの雰囲気から一変何やら興奮しているようでした。
「月見里さん凄かったな!」
「だよな!」
「いつのまに強くなったんだろう」
「きっと頑張ったんだよ」
「謝りたいなぁ」
クラスメイト達が口々にしているのは私に対するヘイトの言葉ではなく、賞賛や後悔の言葉でした。
そんな、だってそうならないようにしたのに。
「後ろ髪を引かれてしまうじゃないですか」
「それが本音でしたか」
「っ!?」
カレインさんは私の顔をにこりとした表情で見やってきました。カレインさんには旅に出る事を最初に伝えていたので、どうやらお見通しのようでした。
「素直じゃないのですね」
「私、部屋で明日の準備してきますっ」
きっと私の顔は今真っ赤っかでしょう。自分でもわかるほどに熱いですから。
「認められるのは、嬉しいですね」
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