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え?いらないの?

え?本当にいらないの?

作者: 燦々SUN

「私、勇者様と結婚することにしたの。だからもう気安く話しかけないでよね」


 そう俺に宣言したのは、俺の幼馴染であり婚約者でもある少女、テナだった。


 場所は王城の廊下。テナは、他にも2人の美少女を侍らせて厭らしい笑みを浮かべている勇者に寄り添い、俺に対して冷たい目を向けていた。




 テナは元々、小さな村に生まれた農夫の娘だった。

 近所の薬師の息子であった俺とは昔から仲が良く、家族ぐるみで付き合いがあったため、村中の大人が、俺とテナはいつか結婚するものだと考えていた。そして、俺もテナと結婚できたらいいな、と子供ながらに漠然と考えていた。


 しかし5年前、俺達が12歳の時に、神託によってテナが運命の巫女の1人として見出されてから、状況は変わってしまった。

 運命の巫女とは、同じく神託によって選出される勇者と共に魔を討ち払い、世界に安寧をもたらす使命を帯びた3人の少女だった。

 一介の村娘が神託に逆らうことなど出来るはずもなく、あれよあれよという間にテナは王都から来た使いの者に連れられ、勇者と共に世界平定の旅に出ることになってしまった。

 そして、その旅立ちの前夜、俺達は互いの想いを打ち明け、結婚の約束を交わしたのだ。


 それからというもの、俺は頑張った。

 過酷な旅から帰って来たテナに、少しでも楽な生活をさせてやりたい一心で、必死に頑張った。

 1年掛けて両親の元で薬師としての腕を徹底的に磨き、王都でその腕に更に磨きをかけ、努力の甲斐あって2年で国家公認薬師に、その更に2年後には国家公認薬師筆頭の地位にまで上り詰めたのだ。なのに、なのに……




「そんな……俺達は、ずっと一緒だったじゃないか! 別れの前夜、あの丘の上で! 旅が終わったら結婚しようって! 約束をしたじゃないか!!」

「そんな昔のこと言われても困るわ。もう5年前のことなんて時効よ時効。大体、私は運命の乙女、救国の英雄よ? アンタみたいなただの村人とはもう立場が違うの。そんな私が今でもアンタみたいな田舎臭い男のことを想い続けているだなんて、本気で思ってたの?」


 そう告げるテナは、5年前の彼女よりもずっと美しくて……でも、その表情は今まで見たことがないくらい冷たくて……俺は、俺の知るテナがもういないということをはっきりと思い知らされた。


 いや、今思うと前兆はあったのかもしれない。

 テナが旅立ってしばらくは定期的に村に届いていた手紙が、ある日を境に届かなくなったのだ。

 その時は他国に入ったせいで連絡が取れないのか、あるいは単純に忙し過ぎて連絡を取る暇がないのかと思った。いや、こちらから世界各地を飛び回るテナに手紙を送る手段もなく、確認のしようもなかったせいで、そう思うしかなかったというべきか。

 だが、まさかあれは、単純にテナの心が俺から離れただけだったのか……?

 会うことは出来なくとも、交わす言葉はなくとも、心は繋がっているはずだと。そう思っていたのは、俺だけだったのか……?


「君の為に……俺は頑張ったんだ。君に楽をさせられるように、一生懸命腕を磨いて、ちゃんと稼げるようになったし……家だってもう用意したんだ……君が見たいと言っていた、真珠薔薇だって……」

「知らないわよそんなの。大体家って言ったって、どうせあの小さな村の家でしょ? 私はこれから勇者様と一緒に、王都の屋敷で暮らすのよ。それに……真珠薔薇? あんなのおとぎ話に登場する伝説上の存在でしょ? 万病を治す癒しの花なんて、本当に存在する訳ないじゃない」


 未練がましくそう呟く俺に、テナは半ば呆れたようにそう言った。

 そして、呆然と立ち尽くす俺の前で、テナは見せつけるように勇者の腕に自ら腕を絡めると、勇者の頬にキスをした。


「そういうことだ、元婚約者君。テナはもう俺の女なんだから、諦めてさっさと田舎に帰るんだな」


 そう嘲笑うような表情で言い放った勇者に、他の2人の少女も群がった。彼女達も運命の乙女であり、同じく勇者と結婚するのだそうだ。この国では一部の王侯貴族を除いて重婚は認められていないが、わざわざ国王に直談判して法律まで変えてもらったらしい。


 もはや俺のことも気にせず、他の少女と勇者を取り合うテナを見て、俺は、自分の心がビキビキと音を立ててひび割れて行くのを感じた。




 ……全て、無駄だったらしい。


 5年掛けて辿り着いた国家公認薬師筆頭としての地位も。


 王都の一等地(・・・・・・)に用意した屋敷(・・)も。


 伝説上の代物と言われ、“天上の花”とも称される真珠薔薇を、命懸けの旅の果てに秘境で見付け出した努力も。


 試行錯誤の果てにその真珠薔薇の栽培に成功し、作り上げた庭園も。


 ……彼女の為に用意したその全てを……彼女はいらないと言う。……その、全てが……無駄だった。




 その時、ふと勇者達の視線が俺の背後に向けられた。

 勇者と3人の少女の目が、驚愕に見開かれる。

 中でも勇者は、大きく目を見開いたと思った次の瞬間、でれっとだらしない笑みを浮かべ始めた。


 何だ?と疑問に思う俺の右手に、背後からそっと誰かの手が添えられた。


「おめでとうございます、テナさん。レオさんのことはわたくしが責任を持って幸せにしますので、どうぞお幸せに」


 その唐突な宣言に慌てて横を向けば、そこにいたのはこの国の第6王女、ブルゾア姫だった。

 この国随一と言われる美貌を持ち“王国の星”とも称される、国民から絶大な人気を誇る王女様だった。


 そんな彼女が、何故ここに? いや、そもそも彼女は先程何と言った?


 全く予想だにしない事態に混乱する俺に、ブルゾア姫はその美しいかんばせを向けると、俺の右手を改めて両手で握り直し、照れくさそうに、しかしはっきりと告げた。


「レオさん。あなたが好きです。わたくしと結婚して頂けますか?」

「は……?」

「「「「えぇ!!?」」」」


 視界の端で勇者達が驚愕しているのをぼんやりと認識しながら、しかし俺はまだ現実に認識が追い付かず、思い浮かんだ疑問をそのまま口にしていた。


「な、なぜ……俺なんかを?」

「まあ!史上最年少の国家公認薬師筆頭であり、陛下の覚えもめでたいあなたがご自分のことを“なんか”などと言っては、国中の薬師に怒られてしまいますよ?」


 またしても「えぇ!!?」と声を上げて驚いているテナを尻目に、姫は更に続けた。その頬をバラ色に染め、その瞳に強い意志の光を宿しながら。


「それに…あなたは、奇病に侵され、身も心も醜く成り果てていたわたくしを、決して見捨てず、献身的に寄り添い、支えてくれたではありませんか。あの時から、わたくしの心はあなたのものですわ」


 それは、今から1年前のことだった。

 奇病に侵され、全身に不気味な吹き出物が出来てしまった姫は、自室に閉じ籠り、近付く者全てに当たり散らすようになってしまったのだ。

 当時、まだ新人の国家公認薬師でありながら真珠薔薇の栽培に成功した俺は、国王の命で姫の治療を任せられた。そして1月通い詰めてやっと部屋に入れてもらい、それから更に1月掛けて真珠薔薇から姫の奇病を治す薬を作り出し、そこから半年掛けてようやく完治まで漕ぎ着けたのだ。


「婚約者がいる、というお話を聞いて、この想いはずっと胸に秘めておこうと思っておりました…。ですが、その婚約者があなたを捨てるというなら、もう我慢などするつもりはありません。どうか、わたくしと結婚してくださいませ」


 俺の右手を祈るように胸の前で捧げ持ち、姫はそう言った。

 あまりにも予想外の事態に呆然としていると、今度は背後から左手を誰かに取られた。


「ご無礼お許しください姫殿下。しかし、そういうことであれば私も黙ってはいられませんわ」


 反射的に振り向けば、そこにいたのはこの国一番の歌い手にして踊り手でもある美女、ナオミさんだった。

 その美しさ、そして何より歌と舞の見事さから“天女”とも称され、王城で何度も各国の重鎮相手にその腕を披露している彼女は、その豊満な肢体を俺の左腕に押し付けながら耳元で囁いた。


「レオさん、私もあなたのことをお慕いしておりますわ。事故で麻痺を抱え、二度と踊れないと言われていた私を救ってくださったあの時からずっと……。……婚約者のことを語るあなたがとても幸せそうだったので、今まで言うつもりはありませんでしたが……」


 その言葉と妖艶な仕草に、思わず身体が熱を持つ。

 熱がぞわぞわと背筋を這い上がるような感覚に思わず身震いしていると、背後から聞き慣れた声が聞こえた。


「あぁぁーーーっ!! ナオミさん! 何やってるんですかぁ!! 師匠から離れてください!!」


 振り返ると、そこにいたのは眼鏡をかけたスレンダーな美少女。俺と同じ国家公認薬師であり、俺の弟子でもあるミツラだった。


 ミツラは素早く俺に近付くと、俺の腕に抱きつくナオミさんを全力で引き離そうとする。


「ぬ、ぎ、ぎぃぃぃぃ、離れてくださいぃぃぃ!」

「あら無粋ね、ミツラちゃん。私は今、レオさんに一世一代の告白をしているところなの。邪魔をしないでもらえるかしら?」

「なっ! なら、尚更放っておけません!! アタシだって……アタシだって、ずっと師匠のことが好きだったんですからぁぁぁ!!」

「はあぁぁ!!?」


 一体何だこれは? ミツラも俺のことが好き? これは……夢か? テナにフラれたショックのあまり、妄想の世界に逃避してしまっているのか?


「ちょ、ちょっと待って! あなた達、皆コイツのことが好き? っていうか国家公認薬師筆頭って……」


 俺がそんな風に現実逃避していると、勇者に擦り寄っていたテナが慌てたようにそう叫んだ。それに対し、ナオミさんが冷たく返す。


「あらあら、あなたは婚約者の身でありながらそんなことも知らなかったのですか? 今の王都に、レオさんの名前を知らない者などいないというのに……。薄情な女に捕まってしまった可哀想なレオさん。でも大丈夫です。過去の女のことなんて、すぐに忘れさせてあげますわ」

「そうですよ! 気にすることないです! 女1人にフラれたからって、そんなのなんだっていうんですか!!」

「ミツラさんの仰る通りですわ。この王都に、レオさんのことを慕っている女性が何人いると思ってますの?」


 そう言うと、ブルゾア姫は俺の手を放し、廊下の端に並んでいる柱の方に向かって行った。

 その背を眼で追っていると、柱の陰から2人の女性が現れ、姫の両隣りに控えた。

 そしてその2人を背後に従えた姫は、振り向き様に神託を下す神官のような面持ちで告げた。


「35人ですわ。わたくしが知る限りですが」

「はっ……?」

「少なくともここにあと2人」

「はぁ!!?」


 そう言って背後の2人を指す姫に、思わず素っ頓狂な叫び声をあげてしまった。


 その背後に控える2人は、姫の側仕えである女性騎士のコーゼットさんと、専属メイドのダイアさんだった。

 2人とも非常に見目麗しく、“王国の星”と称される姫の側に常に侍る2人は、国民の中で“星の輝き(ブリリアンス)”とも称されている。


 その内のコーゼットさんが進み出て俺の前にひざまずくと、俺の右手を取って自分の額に押し当てた。


「利き腕を怪我し、二度と剣を握れないだろうと言われていた私の腕を治してくださったあの時から、私の剣は貴方のものです。私は、私の全てを貴方に捧げたい」


 そう言ってコーゼットさんが俺の手を放すと、今度はダイアさんがその手を取り、同じように額に押し当てた。


「……使用人の分際で、このような感情を抱く不遜をお許しください。ですがどうか、貴方様を慕うわたくしのことを、心の片隅に置いて頂けないでしょうか?」


 どこか苦しそうな声でそう言い、2人揃って俺に乞うような視線を向けて来る。…跪いたまま。上目遣いで。ダイアさんに至っては少し目を潤ませながら。控えめに言って破壊力は抜群だった。


「ちょっ、え!? いや、だから待ってって!!」

「そ、そうだ! そんな冴えない男なんかより、勇者であり、英雄でもある俺の方が――――」


 あまりの破壊力にくらっとなっていると、テナと勇者が騒ぎ出した。

 そちらを見て、姫が興味なさ気に言う。


「あら? まだいたんですの? まあいいですわ。ここではなんですし、わたくしの部屋に場所を移しましょうか? 続きはそちらでということで」

「そうですね。きっちり話し合って、師匠にはアタシを選んでもらわないといけませんし!」

「あら?私は別に妾でも構いませんよ? レオさんに愛して頂けるなら」

「そうですね。そちらの勇者様のおかげで、重婚に関する身分の制限も無くなりましたし。そのことも含めて、きっちり話し合いましょう? コーゼット」

「ハッ! レオ殿、失礼します!」

「え? うわぁ!?」


 気付いたら、あっという間にコーゼットさんの肩に担がれていた。

 そのまま問答無用で姫の私室がある方へ運ばれて行く。うわぁ流石、たおやかな外見に反して力持ちぃ〜〜ってそうじゃなくて!


「ちょっ、待っ、ああぁぁぁぁ――――」


 抵抗も虚しくそのまま拉致される。

 そして俺は失恋の痛みに浸る間もなく、5人の美女に囲まれ擦り寄られ、これでもかとばかりに愛を囁かれることになるのだった。テナの裏切りに心がひび割れる暇なんて、微塵も与えてくれなかったよ。








 結局、その後の話し合いでも決着は付かず(というか俺が色々といっぱいいっぱいで結論を出せず)、俺はしばらくこの5人に延々付き纏われ、あの手この手で迫られることになる。

 そして、彼女達に散々翻弄されたり、俺の婚約解消を聞きつけて押しかけて来た女性達(本当に30人いた)を撃退(主にミツラとコーゼットさんが)したり、そんなこんなでドタバタとした日常を送っている内に、気付いたら俺は本当にこの5人全員と結婚することになっていた。しかも国王陛下のお墨付きで。


 ……何だか5人掛かりで全力で外堀を埋められた感がすごいが、まあ幸せなので別にいいかと思ってしまう俺は、この短い間に随分大人になってしまったのかもしれない。……ただ単に諦めの境地に達しただけという線も濃厚だが。




 ちなみに、テナはいつの間にやら他の2人の少女と共に勇者と結婚していた。

 しかし、結婚後も勇者の女癖の悪さが治ることはなく、夫婦仲はかなり険悪らしい。

 だが、ナオミの宣言通り、5人の妻に翻弄され続ける恋愛の実践経験値皆無な俺には、そんなことを気にする余裕は一切なかった。

今朝の4時半に唐突に目が覚め、水を飲んでいる最中に急に頭の中に降って来た短編です。

そのままベッドの中で1時間半掛けてプロットを固め、完全に目が冴えてしまったので仕方なく6時から起き出して執筆を始めました。いや、本当に。

王女とその側近が色々とネタなのはその深夜?早朝?テンションのせいです。調子に乗って他2人のヒロインの名前まで女性芸人から取ってしまいました。我ながら本当に何をやっているんだろう?



2018/5/27 感想欄で多くの疑問を頂いたので、手紙についての話を加筆修正しました。



2018/5/25 ヒロイン視点投稿しました。


https://ncode.syosetu.com/n9730et/



2018/6/24 後日談の連載開始しました。


https://ncode.syosetu.com/n5215ev/

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― 新着の感想 ―
「ナオミヨ」
作者は私立大薬学部かなって思ったらまさかのロシデレの作者さんでしたか...
[一言] 草
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