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子どもの頃の夢を抱き続けるのは難しい。成長と共に忘れ、記憶から薄れる。けれど、胸の奥ではずっと輝き続けている

『契約完了』

 渋い声でデッキブラシが何か言ってた。

「・・・一体、何を?」

 炎は消えたが、まだ燃えているような感覚が消えない腕を抱えて、周が問う。

『我の力が存分に振るえる様、お主と接続したのだ』

 接続? 力? とりあえず、意味がわからない単語について解説を願います。

「さっきの話の続き、しよか」

 八田の声に、周はすがるように顔を向けた。

「さっきも言うたように、今渡来君が持っとうのは祭具。それもうちらが管理しとった中でもいっちゃん強力なやつ。そん代わり、誰にも使われへんかった。確か、前回の使い手が引退してから、誰も選ばれへんかったよねえ?」

「ええ。だから、他の支部に『お前んとこみたいな弱小がようさん祭具持っとっても使わへんねんから宝の持ち腐れや』と嘲り混じりに持っていかれずに済んだんです」

 話を振られた熊谷は陰鬱な暗い笑みを浮かべて自嘲した。何があったかは、深くは聞くまい。

「使われへんには訳あってな。さっき脳の別領域使うとかなんとか話したやん?」

 覚えとう? と八田が尋ねた。周が頷くと、八田は話を続けた。

「別領域て一緒くたに言うけど、実は使えんのは個人差があるんよ。なんやようわからんねんけど。最近の研究でな、脳の別領域が魔法やら祭具やら使うとき、空間に漂う気とか自身の中の気を練って使えるようにしとんねんて」

 言うてる意味、わかる? と心配そうに八田は周の顔を覗き込んだ。どうやら彼女は、自分でも説明があまり得意ではない事を自覚しているらしい。だから、ほとんどの説明を熊谷に任せて、自分は相槌要員になっていたようだ。多分、と前置きして、周は自分の認識を伝える。

「ゲームの魔法使いのように、空気中の気をとり込んで自分用のマジックポイントに変えて、そうやって作ったマジックポイントを魔法に変換する、というような認識で間違ってませんか?」

「間違うてへん間違うてへん! そんな感じやわ。なんや自分、飲み込み早いやん。優秀やなぁ!」

 言いたい事が伝わっていたことに、彼女は酷く喜んだ。

「優秀なエージェントほど別領域を上手く沢山使える。使えるマジックポイント、うちらはまんま『気力』て呼んどるけど、それが多いわけや。で、これ。祭具アグニ。強いっちゃ強いんやけど、いかんせん燃費がアホみたいに悪い。一回つこたら使い手の気力全部搾り取ってへばらす位」

『それは我の責任ではない』

 アグニが憮然とした態度をとった。

『使い手が情けないからだ。過去に我を振るった使い手は我の他に幾つもの祭具を携え、何時間戦ってもピンピンしていたぞ』

「いや、そりゃ比較する人間間違うてるわ。あんたぶん回しとったんエージェントの中でも伝説級の人間ばっかりよ? 源さんちの祖先の頼光とかやで?」

「源、頼光って、確か鬼退治で有名な人、ですよね?」

 ゲーム脳に引っかかった知識が、無意識に周の口から出た。ゲームでも有名だったから、ネットで検索した事があったのだ。ということは、退治されたその鬼もストレスが具現化した姿だったという事なのか。

「そうそう。その人その人。よう知らんけど」

「知らんのかいィ!」

 八田の適当な発言に対して突然熊谷が叫び、鋭く八田の肩を手の裏で叩いた。スパァン、と乾いた良い音が室内に殷々と響き渡った。これが本場のツッコミかと、唖然とした周が見つめているのに気づいた熊谷は、若干頬を赤らめながら「失礼」と居住まいを正した。

「・・・なので、先代の使い手がこの巾着」

 何事もなかったかのように熊谷は先程の巾着を取り出し、周の前に掲げた。周も、掘り下げずに彼女の話に乗った。

「私たちが祭具入れに使っているこれにアグニを収納する際、自分と同等以上の気力を持った人間にしか触れられないよう、細工しました」

「使わへんのやったら邪魔やもんね」

『おい。我を邪魔者扱いするな』

「おっと、ごめん。でも、必要な処置でもあったんよ。下手なエージェントが持っていったら、要救助者増やすだけやから。使える人間出てくるまで保管されとったんやけど」

「それが今回、渡来さんが取り出すことに成功した。これが示す意味はただ一つ」

 ぐい、と熊谷が身を乗り出し、周に詰め寄った。幾分興奮している様子で、そこはかとない恐怖を感じさせた。

「あなたが先代以来の逸材だという事です。しかも、どの支部にも属していない貴重な人材。欲しい。なんとしてもあなたが欲しい!」

 女性からここまで強く求められた事はないが、この求められ方は理想とは違う。理想を見たことないけどこれだけは違うと怯える周は確信を持った。

 どうどう、と八田が熊谷を周から離し、椅子に座らせる。

「びっくりさせてごめんなぁ。でも熊先輩の必死さも苦労もわかったってな。この若さで結構苦渋舐めさせられてきたんよ」

 ちらと彼女は熊谷の方を見た。つられて周も様子を窺う。

「こちらの任務を子どものクラブ活動と馬鹿にして役に立たない貧乏弱小お守り支部とぬかしやがった大阪支部の連中を見返してやることができる。人が苦労して苦労して集めた情報を礼も言わずに当たり前みたいな顔して持って行くような京都支部の連中に泣く泣く手柄をやる必要がなくなる。私たちの担当場所に我が者顔で一言の連絡もなく入ってきてあろう事か人が作った中間拠点を踏み荒らして占領しやがった徳島支部の連中に二度とでかい面させないように出来る。好き勝手暴れるだけ暴れて私たちをただのお手伝いさん扱いして事務処理やら雑用を押し付けこき使いやがった岡山支部の連中に好き勝手な真似をさせずに済む・・・」

 その後も延々と他の支部に対してのうらみつらみが呪詛のように流れ出る。

 闇は、深そうだ。

「熊先輩の積年の恨みは置いといて、や。確かに他の支部に比べてうちらは弱小と呼ばれても仕方のない戦力しか持ってへん」

「他の支部の人員は、どの程度のものなのでしょうか」

「京都、大阪みたいにでかいとこやと、エージェントと事務員や後方支援など職員合わせて千人規模。他の支部も平均したら大体どこも三百から五百はおるんちゃう?」

「ちなみに、お二人が所属するこの祭早支部は」

 八田は人差し指でまず熊谷を指差し、次に自分を指差した。

「あたしと、熊先輩。祭早支部はこの二名しかおらん」

「・・・少ない、というレベルではないのでは?」

「これもなあ、しゃあないっちゃしゃあないんよ」

 八田は苦笑した。

「理由は二つ。一つは実績がここ数年あらへん。会社の部署と同じ考えでな。実績があるとこはどんどん資金回してもらえるから祭具も人材も確保できる。けど、実績なかったら資金削られる。資金なかったら給料払われへんから人は出て行くし、祭具は必要なしと判断されて没収される。二つ。立地が悪い。この街もうちらみたいなエージェント置くだけあって、比較的大きなレイポイントが存在する。普通、大きなレイポイントあるとこにはそれだけエージェント配置する必要あんねんけど、この街は全国屈指の大きさを誇る大阪支部から電車で二十分で来れる。また、大阪支部に勤めとるエージェントが、こっから電車で十分もかからんとこにある神戸、三宮、元町に西宮、芦屋と尼崎、ちょっと離れて明石、加古川、姫路に住んどったりする。配置せんでも電話一本の指示で現地集合できる距離に大阪が抱える優秀な人が来れるん。本部の経理からしたら、施設維持すんのにも金かかる。減らせるところは減らしたい。彼らの目から見て、ここは重要なレイポイントではあるけど、他の支部で補えてまうから金をかけるポイントやないんよ」

「では、なぜお二人は、ここでエージェントを?」

 給料もあまり出ないのに危険な仕事なんて割に合わないと思うのだが。

「あたしは地元民やし。学校の裏手にある神社の巫女さんやもん」

 ほう、巫女さんで在らせられましたか。メイドやアイドルと並ぶ人気の属性ではないですか。コミュ障である周だが、脳内は割とフィーバーしたりして忙しかったりする。ただ、表に出ないだけである。

「祭早神社は結構古くからここのレイポイントを押さえてる施設なん。で、うちのご先祖さんが代々護ってきた。ほんまはうちの父ちゃんが神主しながら祭早のエージェントしとってんけど、東京の方に引き抜かれて、今は代理でうちがやっとんのよ」

「では、熊谷さん、は?」

「熊先輩もあたしと似たようなもん。ここでエージェントしとったお祖父さんに憧れてエージェント目指してんて。若いのに優秀やったからそれこそ京都、大阪から何度もオファーきとってんけど全部蹴って、お祖父さんの時、それ以上の活気を取り戻す言うてここ希望したらしいわ」

 まあ、そのせいでだいぶ恨み買うてもたんやけど。と八田は一瞬辛そうな笑みを漏らした。だがすぐに切り替えて、周に向き直った。

「これが、悲しいかな今のうちら、祭早支部の現状や。本部からはおってもおらんでもええみそっかす扱いされ、他支部からはけちょんけちょんや。けど、もし渡来君が入ってくれたら、今の状況を打破出来るかもしれん。何の祭具もなしに怪物を屠るなんて、うちらの常識やったらありえへん。とんでもない才能や」

 でもこれは、と八田は少し次の言葉を口から出し辛そうにした。話そうとしたのは、デメリットだからだ。マイナス面を伝えるのは怖い。しかしきちんと伝えるのが誠意だと八田は考えている。頼む相手に全てを伝えないなんてことは、八田には出来なかった。

「ありていに言えば、あたしらの個人的な感情や。恥ずかしながらそれしかない。散々馬鹿にしてくれた連中を見返したい、過去の活気のあった支部に戻したい、てな。渡来君は、この因縁には全く関係ない。メリットもない。迷惑しかかけへん。さっきみたいな危険は山ほどあるし。けど」

 八田は頭を下げた。会って間もない、敵ではないが得体の知れない男に対して。闇から帰還した熊谷もすぐに彼女の隣に立ち、同じく頭を下げた。

「それでもどうかお願い。お願いします。仲間になってもらえへんでしょうか」

 彼女は、やろうと思えば先程助けた事を持ち出して、恩に訴える方法もあったし、協力しなければここから出さない、という脅迫も使えた。だが、あえてしなかった。それをすれば今は協力してくれるかもしれない。けれど、いつか。のっぴきならないときに見捨てられる可能性が出てくる。恩も利益の一つとすれば、恩を返しきったら離れる可能性が多いにある。

 彼に選んでもらうべきだ。もちろん、今選んだからと言って裏切らない保障はどこにもない。最悪、今協力すると申し出てくれても、再びあの怪物どもと相対した時、逃げ出すかもしれない。その可能性は十分ある。恐怖に打ち勝つことが、エージェントとしての基本であり、おそらく最大の責務だからだ。何の訓練も受けていない彼がそうなっても仕方がない。その時は、ここでの記憶を消して、すぐに解放しよう。

 彼女たちのつむじを見ながら、周は考えた。数秒の間に脳内の議会は喧々囂々、荒れに荒れた。反対派の意見は自分には関係ない、命の危険がある、協力する義理はない、などだ。他にも断る理由が山ほど反対派から飛び出した。反対多数だ。議案は否決されること間違いなしだった。通常であれば。

「頭を、上げてください」

 二人に声をかける。

「期待を、裏切るようで申し訳ないのですが。僕は、あなた方とは違い、何の訓練も受けていない素人です」

 素直にそう言った。二人の顔には、やはり駄目か、という諦めの色が浮かんできた。

「お役にたてるとは、思えません。僕は臆病で、意思も弱い。病弱だった頃と比べれば、体力は少しあると思うけど、それでも、お二人には敵わないでしょう」

 周の独白に、二人の右手がピクンと跳ねた。彼女たちの体中にある『ツッコミ細胞』が周の言葉に脊髄反射のように反応しかけたのだ。熱いものにうっかり触ると、脳が熱いと判断する前に離れようとするように、彼女たちはボケ、あるいは自分たちがボケと思ってしまうモノに対して、脊髄反射でツッコミを入れてしまうのだ。だが、今回は左手が間に合った。叩きかけた右腕をギリギリで押さえつける。

「・・・何か?」

 彼女たちの不可解な行動に、不思議そうに首を傾げる周に対して「気にしないで?」「ボケ、ちゃうんよね? 真面目な話やんね?」とぎこちない笑みを浮かべて二人は大きく深呼吸した。

「渡来さんの仰りたい事はわかりました。無理を言って、申し訳ありません」

 有望な人材だが、だからといって強制してはならない。熊谷は諦め、これからの計画を見直す。

 大小関わらず、支部では人材確保のためあらゆる手練手管を用い、本人の意思を無視してエージェントに組み込むところもあるという。詐欺スレスレのやり口だが、そうでもしないと小さな支部はいつまでも弱いままだし、報酬も出ない。報酬が出なければ、さっき八田が周に話したような悪循環に陥るからだ。

 しかし、それだけは出来ない。無理強いして怪我をすれば、きっと無理強いされた方は支部を、自分たちを恨むだろう。憎むだろう。その恨み、憎しみは新たな負の感情となり、次は己を殺す敵となる。歴史だけは長い祭早支部にはそういったケースの報告例がわんさとある。自分たちが駆除すべき負の怪物どもを、自分たちの我がままで増やすわけにはいかなかった。

 さて、そろそろ準備を始めなければならない。既にここで結界が展開された事は近隣の支部に伝わっている。どうせ祭早の連中の手には負えない、すぐに泣きついてくるだろうと待つのは大手の京都、大阪。やつらは傲慢だが、まだ良い。こちらが頼んでから動くから。厄介なのは勝手に介入してくる連中だ。結界の手間が省けてラッキー、くらいの軽いノリで無断進入してくる。やつらに先を越される前に、自分たちで解決したい。仲間にならないのであればここは危険だ。早急にお引取り頂かなければならない。しかもその後のことも考えなければ。彼が天然である事に変わりはなく、今後は彼の居場所に気を配って・・・

「いえ、気に、なさらないでください。僕も、これからお二人に無理を言いますので」

 周の発言に、二人の意識が再び彼に向けられる。

「無理?」

「ええ」

 頷き、周はデッキブラシ、アグニを両手で持った。

「どう、すれば良いですか?」

 二人が固まった。

 周は自分でも言っているように臆病者だ。

 でもだからこそ。

 なけなしの勇気を振り絞る場面を心得ている。格好をつけるタイミングを知っている。

 女の子に頭まで下げられて助けを請われて、見捨てて逃げるという選択肢は彼にはなかった。彼の知っているゲームの主人公なら、絶対に見捨てないからだ。脳内議会の反対派大多数。だが、議案は賛成派に押し切られ、可決される。少しの勇気と、優しさと、子どもの頃の夢に後押しされて。

「戦い方を、教えてください」

 彼の子どもの頃の夢は、ヒーローだ。

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