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ストレス社会を生きるのは大変だと思う。だが、ストレスをもし吐き出すのなら、吐き出した先に誰かがいないか前後左右を教習所の訓練よりも確認した方がいい

「協、力?」

「はい」

「僕に、どうしろと」

「この地に蓄積した『負』を、祓い清めて頂きたいのです」

 それこそどうしろと。聞き覚えのない、いや、正確にはあるといえばあるが、リアルでめったに聞く事のない単語を聞かされてOKと気軽に言えるほど主人公耐性があるわけではない。

「きちんと、最初から説明いたします」

 周の困惑を見てとった熊谷が椅子を勧めた。隣では八田が自分の椅子と飲み物を用意してくれている。どうやら少し長い話に付き合うことになりそうだ。お願いします、と周は椅子に座りなおした。

「まず、私たちのことをお話ししましょう。私たちは『祭典機関』西日本祭早支部に所属するエージェントです」

「・・・ふむ」

 周はあごを撫でた。色々と無視して、目の前に散らばった情報を真として受け入れて、話の続きをおとなしく聞く。

「祭典機関は、公にはなってませんが、れっきとした、国家が運営する機関です。古くは神代の時代から存在し、時の権力者を支え摩訶不思議な事象を解決してきました。わかりやすいのは平安時代の陰陽師。安倍晴明や陰陽寮が有名でしょうか。ご存知、ですか?」

「とても、良く」

 力強く頷く。陰陽師の安倍晴明を知らないオタクはまずいない。

「過去は表舞台、今は裏舞台と変わってしまいましたが、やっている事は今も昔も変わりません。各地で起こる異常現象を解決するのがお仕事です」

「各地に起こる?」

 熊谷の言い方に引っ掛かりを覚えた。摩訶不思議な事象は、人為的な、誰かの意思の元で起こる『事件』ではなく、もっと広範囲の、天気のように大雨や酷暑、もっと言えば地震や台風などの『災害』のような扱いなのか? 直接疑問をぶつけると、熊谷は「惜しい」と微笑んだ。

「渡来さんの考えは近いところまできています。確かに日本、ひいては世界各地で現象は起きます。『迷宮化現象』と我々は呼んでいるのですが、それはひとまず置いといて。誰が引き起こしているかは、既に判明しています」

「誰かわかっているのなら、そいつを捕まえればいい事では?」

「ちょっと難しいですね。私たちは、その上に暮らしているのですから」

 その上に暮らしている? どういうことだ・・・まさか。素直に受け取って、解釈してしまって良いのか。ぽつりと周の口から答えが出た。

「地球、なのですか?」

「その通りです。私たちが暮らす地球こそが、犯人です」

 確かに捕まえるとか捕まえないとかの話じゃない。直径一万二千キロの手錠が必要になるし。

「渡来さんは『龍脈』『レイライン』という言葉を?」

「僕の認識だと、漫画とかゲームでよくある、大地に流れる気の通る道とかのことだと」

「おおむね、その認識で間違いありません。占い用語だと気は山の尾根伝いに流れていて、その形が龍のようだから龍脈と呼ばれたとか。地質学の方面から見れば、地球を覆う岩盤『プレート』の境目、地震などの原因となる『断層』など、大きなエネルギーが生まれる場所の事を龍脈と呼ぶ事もあります。難しい説明は省いて、このレイラインが地球上に沢山走っているということを知って頂ければ大丈夫です。そして、地中を走るレイラインが地表に噴出する場所を『龍穴』『レイポイント』と呼びます。ほら、よく旅番組でパワースポットとか、そういう言葉を耳にしませんか?」

「します」

 むしろ信じる方です。これまで多くの神社仏閣を巡った記憶がよみがえる。今のところ加護・恩恵は無し。対人関係の改善は、神仏にすらは見放されているんだ、と思うとちょっと涙がホロリ。

「レイポイントには、確かに地球のエネルギーが満ちています。レイポイントにある家は栄えると言いますし、昔の都はレイポイントを意識して作られています。なぜかと言うと、実はこの世の生きとし生けるあらゆるもの、森羅万象には気が宿っている、と業界では昔から考えられています。体にも気は巡っていて、血液のように循環しているんですよ。一種の小さなレイラインですね。体調が悪いとレイラインは細く、滞る。逆に調子の良い時はレイラインの活動も活発です。パワースポットに行って元気になったという話は、体が大地の気を取り込んだからです」

「不足した分を補った、という考えですか? 食事で栄養を取るみたいに?」

「はい。これだけ見れば、良い事尽くしのように見えますが、そうは問屋が下ろしません。問題もあります」

「それが、今の状況、ということですか?」

「はい。先程も少し話に出ました『迷宮化現象』です。なぜ迷宮化現象が発生するかという問題ですが・・・たとえば渡来さん。あなたは風邪をひくとどうなります?」

 風邪、というと、熱が出て鼻水たらしてせきとくしゃみが止まらない、頭痛が地味に苛立たしいあれか。

「はい。その風邪です。風邪を引く原因は細菌によるものですが、実際細菌は普段から身の回りに存在します。ストレスや疲れなどから抵抗力が低下した時に細菌によって汚染され、風邪となります。風邪になると、人間の体に備わった免疫が機能し始めます。熱が出るのは殺菌効果、鼻水やせきやくしゃみは体内に入り込んだ細菌を排除する効果、頭痛は血液中の白血球を増やし、血管の循環を促した場合に周囲の神経を圧迫するため。つまり、熱も鼻水もせきもくしゃみも全て、細菌を駆除するために起こっています」

 対して、地球はどうか、と熊谷は続ける。

「地球もストレスを抱え、風邪を引きます。ストレスの原因は様々あり、風邪の症状にもいくつか種類が存在するのですが、その中の一つ。人の持つ負の感情によって引き起こされる風邪が存在します。それが迷宮化現象です」

 人の感情が、地球に影響を与えるというのか。ずいぶん飛んだなあ、という感じが否めない。量子力学では人の意思は粒子に影響を与えるというが、人の感情が地球をどうこうできるものなのだろうか。

「レイラインに流れる気は、本来はニュートラルな存在です。ただ、川が周囲の土を削り、塩分などが含まれていくように、レイラインも途中で成分を吸収します」

「それが、人の感情だと?」

「ええ。『気』というくらいですから、それに類する感情も吸収します。それこそ吸引力の変わらない掃除機のように吸い込みます」

「その話で行くと、他の感情も吸収されているのでは?」

「もちろん。喜怒哀楽あらゆる感情に感化されます。だからこそ、こうも言えます。この世は喜びや楽しみ、幸せの分を差し引いても有り余る、怒りや悲しみの方が多い、と。憎しみや妬み嫉み、恨みつらみが溢れている。そして、地球にとってそういった負の感情は、人で言う風邪の細菌にあたります」

「ナイーブ、ですね」

 弱酸性でも傷つきそうだ。

「ナイーブなんです。共感性が高いんでしょうかね。地球上に現在人口は七十億。それだけの人間が自分の上で不平不満を募らせているのですから影響されもしますよね」

 さて、と熊谷の話は本筋に戻した。

「風邪をひいた地球は熱、鼻水、せき、くしゃみを出します。人間は汗を汗腺から噴出し、鼻水を鼻から垂らし、せきやくしゃみを口でします。つまり穴です。地球の場合はレイポイントで、迷宮化現象として表出します」

「ずいぶん捻くれた表出の仕方なんですね。直接的じゃない」

「本来は直接的やったんよ」

 これまで口を閉じていた八田が言った。

「火山とか台風とかの形で。でも、それじゃあ住んどううちらが被害受けて辛い。やから、うちらのご先祖さんが災害になる前に、どうにか別方向で解消出来へんかと色々考えた。そんで至った答えが、お星さん用のストレス解消法を作るいう事やったんよ」

 やんねぇ、と八田は熊谷に確認する。頷き、熊谷が話を引き継ぐ。

「レイポイント各地に社などの施設を建て、ストレス度を計測します。ある程度のストレスが蓄積されたら、各地域に赴任している私たちエージェントが社に赴きます。社には、レイポイントからストレス成分を含んだ『気』を抽出し、具現化させる機能が存在します。もちろん、火山などの自然災害とは別の形ですが。ちなみに、渡来さんはバッティングセンターに行かれた事は?」

「あります」

 何度も行き、空振り三振の山を築きましたが、何か? 涙で前が見えなかったからかな?

「ボールを思い切り叩くと気持ちいい。打った時の感触がたまらない。ボールが飛んでいくと爽快。人間は何かを叩いたり蹴ったり、破壊したりするとストレスを解消につながります。まるでストレスそのものを破壊しているみたいで」

 まさか、という思いが周の胸に飛来し、恐怖の記憶と結びつく。

「あなたが見た怪物、あれこそが具現化された地球のストレス、バッティングセンターのボールです」

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