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わからないことばかりでもう何がわからないのかすらわからないのだが、一番わからないのは結局自分自身の事だ

「八田さん。おかえり、どうし・・・」

 組み立て式の簡易机でPCに向かって作業をしていた熊谷は、顔を入り口に向けたまま固まった。仲間である八田が、彼女と自分しかいないはずの空間から、妙な男を連れてきたからだ。しかもその男は、どっからどう見ても堅気には見えない迫力を纏っていた。

「・・・どちらさん?」

 当然の疑問に八田は「わからん」と肩を竦めた。自分でもわからんものを勝手につれてくるな、と喉までせり上がってきたが、何とか口内で押し留め、飲み込む。大粒の錠剤を水無しで飲み込むがごとき苦労を熊谷がしている間、八田は「どうぞどうぞ」と後ろにいた男を招き入れる。ずい、と少し頭を屈めて扉をくぐる様がなんだか難波、ミナミの金貸し屋みたいに堂にいっていて、借金がある訳でもないのに「あと三日待ってください」と平伏しそうだった。

「そこ座って?」

 八田が促し、男をパイプ椅子に座らせた。男から八田が離れたのを見て、すかさず熊谷は彼女の腕を掴み、部屋の隅に連れて行く。

「ちょ、何なん? 痛いんやけど?」

「何なん、やないでしょう。任務中に見知らぬ誰か連れてくるて、どういう神経しとうの?!」

「いや、しゃあなかってんて。この人怪物に襲われとったし。ほっとくわけにいかへんやん?」

「そりゃそうやけど・・・」

 ぼそぼそ小声で言い合いながら、二人はおとなしく椅子に座ったままの男を盗み見る。長い銀髪から覗く鋭い目つき、服の上からでもわかる鍛えられた体。数多の任務を潜り抜けた熊谷でさえ、ちょっとびびっている。

 二人の女性に観察されている本人、渡来周はというと

「すごいな・・・」

 部屋のあちらこちらを珍しそうに眺めていた。

 八田に連れられ、周は部室棟の一室に連れて来られた。グラウンドに近いプレハブ数棟が体育系部活の部室、昔の旧校舎をそのまま使用しているのが文化系部活の部室で、そのうちの一つ、旧校舎の隅っこにあるのが『歴史を科学的側面と宗教的側面から考える会』略して『歴会』の部室だ。

 部室内は部の名前を現すように国内外を問わず様々な歴史的場面の絵や写真が壁に貼られ、部室のそこかしこに古い本や資料、旗や剣、銃などが飾られている、というよりも無造作にほったらかしになっている。

「さすがに、レプリカだよね」

 歴史的価値のある刀剣類が無いわけではない、というか、現存するのは貴重品ばかりだ。学校の部室に、そんな貴重品が置かれているわけが無い。

 それでも、周の好奇心及びサブカル好き精神を刺激して止まない物に変わりは無い。壁に立てかけてる旗なんて、大人気スマホゲームにご登場の戦う聖女が持ってた物にソックリじゃないか。振ってみたくなっちゃうじゃないか。他にも装飾の多い、おそらく儀式用の短剣とかマスケット銃とか、手にとってじっくり見たい。

 といった具合に、女子二人に困惑と不審の目で見られていることに気づかないほど興奮していた。そんな彼を眺める二人は、彼の取り扱いを決めかねていた。

「せや! この人なぁ、何の祭具も持ってへんのに、あたし行ったらもう怪物一匹倒しとってん」

「えっ・・・え?!」

 彼を見つけた時の状況を楽しそうに話す八田の言葉を、熊谷が聞いてから理解するまでにすこしのタイムラグが発生した。どこうをどうすれば、何の祭具も持たない一般人が、現世に顕現した神魔妖霊を調伏できるというのか。やっぱり堅気ではない。どころか、今回の『迷宮化現象』の元凶なのではないかとすら勘繰ってしまう。

「ちょ、どど、どういうこと? どうやって!?」

「いや知らんし。やから色々話聞こかなて連れてきてん。もしかしたら何か知っとるかもしれんし」

 二人の視線が再び周に向く。二人の視線を受けた周は、じろじろ物色していたのがバレたのかと気恥ずかしくなって、若干俯きながら彼女らを見上げた。銀髪の奥で輝くスカイブルーの瞳が覗く。吸い込まれそうなほど深い青の瞳に異様な迫力を感じ、飲まれるな、と自分に言い聞かせて熊谷は彼に向き直った。

「放置した形となってしまい、申し訳ありません」

 彼の正面の椅子に腰掛け、居住まいを正す。

「私は熊谷美野里、彼女は八田美咲と申します。二人ともこの学校の生徒で、私が三年、彼女が二年になります。あなたは?」

「渡来周、といいます。二年です。今日、転校してきました」

「転校生かぁ! 道理で見たこと無い顔やな思うとったんよ。そんな派手な頭しとる子おったかな思てずっと考えとってん」

 気にするのはそこじゃない! と再び怒鳴りそうになったが、今は渡来周と名乗る男に集中する。

「渡来さん、とおっしゃいましたね」

「はい」

「なぜ、ここに?」

 単刀直入に、熊谷は尋ねた。駆け引きは得意ではない。相手が見た目通りの曲者なら、下手に探りを入れようとしてもすぐに看破されるだろう。どうせはぐらかされるのであれば、直球でこちらからたずねる。そうすれば、相手は開示可能な範囲の真実を話すだろうと踏んだのだ。だが、周から返ってきたのは、熊谷を肩透かしにする答えだった。

「わかり、ません」

「わからない?」

「帰ろうとしたら、学校から出られなくなっていました」

 真正面から、この言葉を受け取るべきか熊谷は迷った。嘘をつくならもっと巧妙な嘘もあると思う。だがこれがもし真実で、本当に撒き込まれただけなのなら・・・いやしかし、しかしだ。撒き込まれた哀れな被害者を出さないために改良型の結界を張ったわけであるからして、やはりそんなのは万に一つもありえない。・・・いや、万に一つの可能性が、あるにはある。

「なあ、熊先輩」

 つんつんと八田が熊谷を後ろから指で突いた。耳元に口を近づけ、小声で囁く。

「何?」

「もしかして彼『天然』ちゃうかな」

 八田も万が一の可能性に気づいた。熊谷も辿り着いた、彼が同業者でも敵対者でもなく、本当に撒き込まれた被害者だという可能性だ。

「確かめる?」

「価値ある思うよ。もしかしたら、この弱小支部に期待の大型新人が入るかも知らんで?」

 あっけらかんと八田は言うが、熊谷はまだそこまで楽観視していなかった。

 だが、八田のいう事も一理ある。何より、これで彼が敵か味方かハッキリする。周に断りを入れ、一旦席を離れる。雑多に置かれた書類の山を崩しながら、その下に埋もれる桐箪笥の引き出しを空ける。舞い上がる埃に顔をしかめながら、引き出しから目当てのものである黒い布巾着を取り出す。赤い紐で口を固く結ばれたそれを周の前に差し出した。

「・・・これは?」

 周は当然の事を尋ねた。いきなり目の前に巾着袋を差し出されてどうしろと。透明な牌がある特殊麻雀でも打とうというのか。掛け金は己の血液なのか。倍プッシュか。

「ここに手を入れてください」

「・・・なぜ、です?」

 熊谷が赤い紐を緩め、巾着の口を開いた。覗き見るが、真っ黒で中に何が入っているのか窺い知れない。

「あなたが、私たちの敵ではないという事を証明するためです」

 敵? 一体何を言っているのだ。敵なんていうのは、僕を襲ったあの犬っころみたいな凶悪極まりない奴らだろうに。大体、手を入れてなにがわかるというのか。周の理解がさっぱり追いつかない。しかも彼女たちは、それをしないことには何の説明も話してくれなさそうな雰囲気があった。それは周にとって都合が悪い。ここから出る方法すら目処が立っていない中、おそらく彼女らは話が通じ、なおかつこの状況を説明でき、もっとも重要な出口について知っているからだ。巾着に手を突っ込むだけでその情報が手に入るというなら、やってやろうじゃないか。人の頭がギリ入る位の大きさだ、大したものは入ってないだろう。

 それに、と周は二人の顔を見比べた。彼女らの表情からは、こちらを何か探っているような、疑惑に満ちた感じは受けるが、自分を貶めよう、傷つけようというような、陰湿で悪意ある感じは受けなかった。

 意を決して、目の前の暗闇に手を入れる。剃刀とか画鋲とか入ってませんように。彼女らを信じた次の瞬間には彼女らに対して不安を抱く。いまいち人を信じ切れないのはこれまでの彼の境遇のせいか。

 周が巾着に腕を入れると同時に、熊谷もまた緊張し、八田はなにが起こるか楽しみ、という顔で事の成り行きを見守っていた。

「・・・ん?」

 広げて突っ込んだ右手の手のひらに、何かが触れた。驚いて手を引っ込めなかったのは、その何かが触れたのは、自分にとって全く自然なことだと体が認識したからだ。まるで最初からそうなることがわかりきっているかのように、その何かは手のひらのちょうど曲がる箇所に添えられた。感触はひんやり、動くこともないから生き物ではなさそうだ。ゆっくりと五指を曲げると、しっかりと握れた。その何かが円柱状の形を取っていることがわかる。ちょうど握り込めるほどの太さ、バットの持ち手くらいだろうか。握り心地がえらくしっくり来る。まるで体の一部だった物が何年も別れていて、今回ようやくめぐり合って元の位置に戻ってきた、それほどのフィット感。

 周が、熊谷の方を見た。そのままどうすればいいかわからない。次はどうすれば良いのかと視線で問う。

「何か、掴んだんですが・・・」

「では、そのまま腕を引き抜いてください」

 幾分緊張の和らいだ彼女の指示どおりに、周は何かを掴んだまま腕を引き抜いた。ずずずと掴んだ何かも当然ついてくる。

「ん、んん?」

 何だこれ。

 周の脳内を再び疑問符が占拠した。引っぱり出したは良いものの、明らかに巾着袋の寸法をオーバーしたものが出てきた。既に腕の長さを超える棒状のものが、未だに巾着から伸びている。立ちあがり、熊谷から離れながらさらに引っ張る。ずるずる、スポンと飛び出した。

「ブラシ?」

 長細い柄、その先についた直方体には磨くのに適した硬めの毛がまっすぐ生えている。まごうことなきデッキブラシだ。

 色々言ってやりたい事は沢山あるが、とにもかくにも

「・・・何これ」

 シンプルにして、究極。今この状況に陥った彼の心情がたった一言に凝縮されていた。濃縮果汁のジュースなら百パーセントを超えている。

 デッキブラシを掲げたまま固まる彼を観察していた二人も、同じように固まっていた。

 彼が巾着に手を『無事』入れられた時点で、彼が敵ではない事はわかっていた。熊谷が差し出した巾着には特殊な細工が施されており、彼女らに悪意や敵意を抱く人間が手を入れるとロックが作動し、電流が流れていたからだ。

 ではそうでなかった場合。本来の目的は、その人間に相応しい『祭具』が取り出せる仕組みになっている。

 しかし、まさか彼女らが所有する『祭具』の中でもとびきりのわけあり品を取り出すとは思わなかった。

「まさか・・・アレを引っ張り出すとは」

「熊先輩、これはもしかして、もしかするかもしれへんよ・・・」

 長年悩まされていた人材不足。いつも有望な人材は京都や大阪、中国・四国地方に流れてしまう。ここだって重要な『レイポイント』なのに。

 そんな時に現れた、業界に渦巻く偏見に晒されていない貴重な『天然』。しかもアレを引っ張り出す逸材。


 逃す手は、ない。


 二人は顔を見合わせ、力強く頷きあった。

「渡来さん」

 熊谷の呼びかけに、周は思考の迷宮から舞い戻った。

「我々に、協力して頂けませんか?」

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