ゲームの知識ばかりと親に叱られて、ゲームの知識だっていつか役に立つと言い返す子どもは、その知識が役立つのは本当にヤバイ時だという事を知らない
「結局、ここでもぼっちとなる運命なのか・・・」
居心地の悪い一日を過ごし、放課後。新学期の挨拶だけだったため、昼前には学校は終わったが、周はまだ学校にいた。不良のように、体育館裏のジメッとしたところでジメジメしていた。タバコを隠れて吸っていた本当の不良たちは周が来た途端、火をつけて間もない長いメンソールを携帯灰皿の側面に押し付けて消し、そのまま逃げていった。最近の不良はマナーが良い。当たり前のように路上喫煙してる大人よりよっぽどいいなあと思いながら彼らの背を見送る。
ちなみに周は、彼らが自分を見て逃げ出したとは露ほども思っていない。不良が自分ごとき底辺のぼっちに喫煙しているのを見られたからと逃げる謂れはないからだ。何か他の理由があったのだろう、彼女との約束かもしれないし、仲間内で遊びに行くのかもしれない。昼前には終わっているのだから。
彼らがたむろしていた場所に、周も腰を下ろす。別れた彼女の名残を惜しむかのように、彼らが座っていた場所に指を這わせる。傍から見たら仕留め損なったターゲットの血痕を見つけた暗殺者だ。
「・・・羨ましい」
指を這わせながら、ポツリ。自分には、ああやって一緒に馬鹿をやる仲間もいないのだと思うと泣けてくる。
完全に出鼻をくじかれた形だ。彼の予定では、今日一日で最低一人とは面識が出来るはずだったのだ。たとえばゲームみたいに、自分と同じく都会から来て田舎暮らしに少し辟易していて、何か面白いこと無いかなと刺激を求めている大型ショッピングモールの店長の息子とか、カンフー好きで世話好きな正義感の強い女の子とか。やがて平和な街に起こる事件を彼らとともに追いかけ、仲を深めたりとか。
もちろん平和主義な周としては事件なんか起きて欲しくない。しかし、何かきっかけがあれば、とも思う。きっかけさえあれば、自分にだって・・・。
「ゲームは卑怯だ」
リアルでそんなイベントなんか起こるわけが無い。三角座りで、両膝の間に顔を埋める。気分的には外界を完全にシャットダウンして貝になりたいくらいだが、今はこれで精一杯。
塞ぎ込んでしばらく時間が経った。尻も痛いしいつまでもここにいても仕方ないので立ち上がる。対人恐怖症まで拗らせつつある周は、帰宅時に大勢の人間がひしめく玄関付近から人がいなくなる頃合を見計らっていた。伊達や酔狂でジメジメしていたわけではないのだ。
誰もいなくなった玄関に辿り着く。真っ白な上履きばかりの玄関に、自分のスニーカーの黒だけがぽつんと残っていて、まるで空の青にも海の青にもクラスの色にも染まれない自分の状況を表しているようで辛い。靴まで疎外感を味わわなくても良いのに。ため息と一緒にスニーカーを下に落とす。新学期という事で小遣いをはたいて買った新品の滑らかな表面が、辛気臭い自分お顔を映した。ひとまず帰ろう。そう思い、玄関を出る。
「この学校ってクラブ活動とか無いのかな?」
そういえば、と気づいた事が口から出た。コミュ症型は人とは喋れないが独り言は多いのだ。テレビやゲーム、SNSや掲示板の前では一人でツッコミを入れたり共感したりと忙しく、また多弁だからだ。心の声は人がいなければ結構ぽろぽろ零れ落ちる。
玄関のある南口から、校舎をはさんで反対側の北口を出ればすぐにグラウンドだ。前にいた学校では休みだろうと半ドン授業の放課後だろうと何かしらのクラブ活動を行っていた。野球部やサッカー部が声を出していたし、体育館ではバスケ部のドリブル音や卓球部のボールを打ちあう音が響いていた。体育館の外にいたにも関わらず室内球技の音は聞こえなかったし、通り過ぎたグラウンドに人気は無かった。
まあ、もしかしたら学校のルールか何かで、今日は部活が休みなのかもしれない。深く考えず、周は校門へ向かう。
「姉ちゃんは、もう帰ったのかな」
ポケットからスマートフォンを取り出す。周の双子の姉も、自分と同じくこの学校に編入した。母親の胎内にいるときに社交性の才能を弟の分まで持っていって生まれたような、高い社交性と人を楽しませるのに特化した話術を持つコミュニケーションお化けだ。会話は『場の空気の読みあい』と『間』よ、とは彼女の弁。気難しい相手の懐にも易々と飛び込み、すぐに親しくなれる彼女の事、既にクラスメイトたちと打ち解け一緒に遊びに行ったかもしれない。連絡するのも野暮かな、と思いつつ律儀に切っていた電源を入れる。
「・・・あれ?」
電源が入ったのに、電波が入らない。圏外だ。いくら田舎だからって街の中心付近で携帯基地局のハニカム構造からはみ出た場所にいるとは思えないのだが。
「え、何で、何で?」
昔の人が電波を探してアンテナ伸ばして彷徨ったように、周も電波が入る場所を探して歩く。学校外に出たら戻るだろうか。高い建築物が電波を遮断してるとか、そういう理由で入りにくいのかもしれない。校門を抜けようと一歩踏み出し
「むぎゅいっ?!」
よそ見していたら何かにぶつかった。ちょっとばかし涙で潤んだ瞳を前に向ける。
疑問符が脳内を飛び交った。
どう見ても、目の前に壁は無い。よく熱血教師が、悩みが解決した生徒に対して『君の前に壁は無かったんだよ』とか語るが、ああいう比喩的表現ではない。だいたいそれだと壁がない事になる。さておいて、どう見ても目の前には物理的障害があるようには見えないのに、出ようとしたら
「・・・進めない」
周の進路を塞いでいる。ぺたぺたと手で触れる。熱くも冷たくも、何も感じない。空気が固まってしまったらこんな感じだろうか。試しに学校を取り囲む壁を乗り越えようとしてみる、が、あえなく失敗。空気の壁が聳え立っていて向こう側に出る事が出来ない。電波も入らず、外にも出られない。
「どうなってんだ?」
まさか、本当に事件に撒き込まれた系か? とゲーム脳が唸りを上げる。
不安が周の腹の中で渦巻く。パニックにならなかったのは、これまで積み上げたサブカルチャーの知識が彼を支えたためだ。常人がパニックになる状況でも、中学生がよく罹る疾患に今現在でも慢性的に侵されている周は、脳が不安と恐怖によって充満するよりも早く、該当、あるいは類似案件が過去のゲーム、アニメ、漫画、小説の詰め込まれたアーカイブより勝手に掘り返されて満たされる。そっちに注力しているため、不安や恐怖を感じる容量が少ない。結果、現状について考える事になるため、現状の把握につながる。
昼の十二時は越えたけど、TVに入ったわけでも謎アプリのナビに従ったわけでもない。何が引き金だろう? あごに手を当て、周は思考を巡らせる。この真剣な表情を一つでも見せられれば、男子からは頼りがいのある存在として、女子からは羨望の目で見られるだろうに。見られたら一気に瓦解してしまうものではあるが。
とにかく、何とかして外に出るか、外と連絡をつけなければならない。まずは連絡だ。来た道を引き返し、職員室に戻る。職員室には固定電話が存在する。玄関を入って右手がすぐ職員室だ。学生たちが帰路につこうと、授業以外の雑務が多い教職につく者は居残っているはず。
なのに、扉の先に人はいない。朝入った時には耳障りなほどの雑音で埋め尽くされていたのに。ずかずかと無遠慮に入り、受話器の一つを取り上げ耳に当てる。電話からは、番号を押す前の『ツー』という音が無い。電話線が切れているか、電話に電気が通ってないか、はたまたその両方か。
「期待してなかったけどね・・・」
誰も先生が残っていないのも、電話がつながらないのも、ある意味お約束、想定どおりだ。おそらく、学校の周囲を歩きまわっても、あの空気の壁はずっと続いていて、抜け出せる隙間が無いのだろう。お約束だからね! 大事なことだから二回言った。脳内で。たらりと汗を額から流しながらも、次の手を考え始める。
何はともあれ、道具は持っておきたい。辺りを見回すと、おそらく教頭など偉い人間が普段陣取るであろう座席を見つけた。そちらに近づく。
「やっぱり、ここか」
周の想像どおり、座席の後ろの壁に、何束もの鍵がかけられていた。おそらく各種教室、倉庫の鍵だろう。鍵はハードでもソフトでも管理者が管理しているものだ。遠慮なく物色する。彼は人見知りだ。したがって、人がいなければ結構大胆に思い通りの行動ができる、内弁慶の究極版なのだ。
物置、倉庫と名のつく鍵を全て借りる。ついでに、万が一に備えて教頭や先生方の机の引き出しを開ける。長期戦になった場合、必要になってくるのは食料と水。水は、試してないが水道が出るならそれで何とかなる。食料も併設されている食堂に行けば未調理の肉、野菜はあるかも知れない。が、期待はあまり出来ない。新学期が始まったばかりの食堂に大量の食料をおいてあると思えないし、そもそも調理なんかしたこと無いし。なので、彼が探しているのは職員たちが買い込んでいるおやつやインスタント食品だ。インスタントのカップ麺なら、保存が数ヶ月持つから、春休み前からおきっぱなしの職員がいるのでは、と睨んだのだ。結果は当たり。特に、体育教師だろうか、ジャージの上着を椅子にかけっぱなしの先生の机にはカップ麺にペットボトル飲料まであった。両手を合わせて感謝の意を表し拝んでから、遠慮なく頂く。生徒がピンチの時に、がたがた言う先生はいないはずだ。再三お伝えするが、人の目が無ければ周は大胆な子なのだ。
空っぽに近かったリュックにパンパンに食料と飲料を詰め込み、次に各教室を回る。同じように取り残されている生徒がいないか、もしくは答えを知っている人物を探すためだ。気をつけなければいけないのは、Pシリーズのシャド〇、HOTDのゾンビのような敵対者の存在―
―カタン