表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/15

獲らぬ狸の皮算用と良く言うが、皮算用をしているときが意外と楽しい事を誰もが知っている。なぜならそれを希望と呼ぶから

 熊谷の報告を聞き、二人はその場にへたり込んだ。体から力が抜けたのだ。

「ふへ」

 気の抜けた笑い声が、八田の口から漏れた。残り少ない歯磨き粉のチューブを折りたたんで搾り出すように、足から腰からぐにゃぐにゃに崩れ落ちて折れ曲がった時に、肺に残った空気が無理やり搾り出されて声帯を振るわせた、そんなような声だ。

「はは」

 つられて、小さく周も笑った。今思えば、外で笑った事なんていつ以来だろうか。男子が外に出れば七人の敵がいると言うが、周の場合は全方位敵だらけだった。いつも脅かされていた。

 けれどそれは、自らが作り出した幻影だったのかもしれない。真実を知るのが怖くて目を背け、勝手な想像で誰もが敵だと思い込んでいただけ。

「お疲れ、渡来君」

 ほら、意外と世界は微笑んでくれるようだ。

「はい・・・。そちらこそ、お疲れ様でした」

 普通に返事をしたつもりだが、八田は顔をしかめた。

「・・・何か?」

「何やなあ、渡来君。硬いわ」

「硬い?」

「話し方よ。うちら同い年、同級生よ? もっとフランクに行こうや。一緒に死線潜り抜けた仲やん?」

「はあ・・・」

 そう言われても。家族以外に話しかけること自体が稀な人間に、いきなりフランクに喋れと? それも女子に、だ。どうしろと? イエァ! とか叫びながら親指と小指を立てて小刻みに振れば良いのか?

「壁が見えるわぁ。あたしと君との間に」

 歌の歌詞みたいなことを言い出した。どうしよう、そろそろキャパオーバーしそうなんですが。

「・・・なあ」

「・・・はい」

 しばらく黙っていた八田が、おもむろに口を開いた。嫌な予感しかしない。

「アサシンと万田はんと雷光とRX七十八-二、どれがええ?」

 何その選択肢。意図が見えないから余計怖いんですが。そもそもRX七十八って、連邦の白い奴じゃ・・・。

「どれ、と言われても。その四択は、一体・・・」

「ん? あだ名」

「あだ名? 誰の?」

「そんなん、君やん?」

 当たり前だろ? みたいな顔で言われても。

 あだ名って、仇の名って書くらしい。つまり、憎い相手に贈る蔑称のことなんだね。

「なぜ・・・どこからその選択肢が・・・」

「え、見た目とか、印象?」

 彼女の認識を疑う。もしかして、彼女が見えている世界と自分が見えている世界の認識に、致命的で決定的なズレが生じているのではないか。彼女の将来が少し心配になる。

【私はアサシンに一票】

 熊谷が一票入れた。

「なんで・・・」

【なんでって・・・最初の印象?】

 熊谷は初めて周とあったときの事を思い出す。ただただ威圧されたあの時。万田はんとどっちがいいか悩んだが、西洋っぽい見た目の彼に合わせてアサシンを選んだ。ゴルゴでも良いかもしれないと思っている。

「そっかぁ。熊先輩はアサシンかぁ。雷光も捨てがたい思うんやけどなぁ。ゲームに君似のええキャラ居んのよ」

 そっちも悩むわぁとあごに手を当てる八田。

「あの、あだ名って普通、その人の名前をもじったり、するものじゃ」

 もちろん、あだ名をつけられることに対して、周に否やはない。むしろ友達っぽくて憧れていた。ドンと来いだ。しかし、あまりに自分からかけ離れたあだ名に愛着は湧かないし定着しないと思うのだが。指摘すると、あからさまに気分を害したように顔をしかめる八田。自分のセンスが悪いとでも? と言いたげだが、その通りだし一体誰がアサシンとか雷光があだ名の男と仲良くなってくれるというのか。周は勇気の出しどころを知っている男だ。なけなしの勇気を振り絞り、主張を押し通した。しゃあないなあ、と不満げにではあるが、八田は折れた。

「じゃあ、わたらい、あまねやから・・・あまちゃん?」

 じぇ?!

「国営放送から苦情が来そうなので勘弁してください」

 あとちょっと古くない?

【ではもっと短縮して・・・あーちゃんとか?】

「キレのあるダンスは踊れませんので・・・」

 後SNSが炎上しそうなので勘弁してください。さっきから、なんだろうこの方々は。ふざけてるのか?

「ひひ」

【ふふ】

 あ、ふざけてるみたいだ。

「まあ、あだ名は後々考えるとして。とりあえず帰ろか」

「・・・はい」

 立ち上がり、帰路についた。屋上の出口も、中の崩れた階段なども元通りになっていて少し驚く。

【結界が消えたら後に残るのは無事な方、本物の学校だけですからね】

 だから遠慮なくぼかすか出来るわけです、と熊谷が説明した。そうか、そんなものなのか。

【だからと言って、先程の大破壊が許されるとは思わないでくださいね。許容範囲はありますよ】

 熊谷が念を押すように言った。

『わかっておるよ。しつこい軍師だ』

 うんざりしたようにアグニが呟いた。後半は幸い熊谷の耳には届かなかったようだ。届いていたら、また喧嘩が勃発するところだった。

「? あれ?」

 周が首を傾げた。

「どしたん?」

「いや、結界が消えたから元に戻ったんですよね?」

「うん」

「迷宮化が解消されたら、迷宮にあった物も消える、という認識でいいんですよね?」

【まあ、そうですね。その認識で間違いないかと】

「じゃあ、これなんだろう?」

 周が今まで握っていた手を開く。小さな周とつないでいた手だ。今は変わりに、ピンポン玉位の大きさの塊があった。ダイヤモンドや水晶のように表面は透明だが、中心部に行くにつれて白、黄、オレンジと色が移り変わっている。この色の配色どっかで見たことあるなと思ったら、まさに今の景色、夕焼け空の色だ。

「・・・え?」

 綺麗だなと漠然と眺めている周に対し、彼の手の中にある物を見た八田は絶句した。目をこれでもかとかっ開き、零れ落ちそうになるくらいに。白目は充血し、ちょっと女子としてあるまじき形相をしている。

「く、くくく、熊、熊先輩」

 自分ではどう反応して処理していいものか分からなくなった彼女は、頼りになる先輩にヘルプを求めた。

【どうしました?】

「け、っけっけ」

【け?】

「け、結晶・・・結晶っ! 結晶ある!」

【・・・は?】

 言われた意味が良く飲み込めていないのか、熊谷は怪訝な声で尋ね返した。

「やからっ! 気の結晶渡来君持っとる!」

【え、嘘、え?!】

 イヤホンから熊谷の絶叫が聞こえた。事情がさっぱりわからない周はただただうるさいなぁと迷惑そうな顔でイヤホンを外し、耳を押さえた。

【す、すぐ戻ってきてください! とにかく戻ってきてください! 大至急!】

 何なんだ、一体。二人がここまで驚くので非常に気になってきた周は急ぎ足で熊谷のいる部室に戻った。戻る間も、八田は口元に手を当てて「ありえへん」「わけわからん」と連発していた。


 部室に戻った周が手のひらを開いて中の結晶とやらを見せると、熊谷はへなへなと腰砕けになり、椅子に落ちるように座った。

「ホンマや、結晶やわ・・・」

 椅子の背にしなだれかかって、額に手を当てて呻く熊谷。口調も砕けている。

「なっ! やっぱそうやんな!」

 興奮気味に騒ぐ八田。熊谷に確認が取れるまで懐疑的だったのが一気に開放された形だ。

「あの、これ何なんですか?」

 一人置いてけぼりの周は、まさか良くないものなのではと思い始め、早く自分の体から離したくなってきた。

「いや、悪いもんや無い。その逆や」

「逆、というと、良い物?」

「うん。とびきり」

「それは、気の結晶です」

 八田の後を継ぐように熊谷が言った。

「空気と同じで、気は通常は目には見えません。視覚化できるのは八田さんのような巫女のみです。が、ごく稀に、高密度の結晶体が生成されることがあります」

「それが、これ?」

 周の確認に、二人は何度も頷く。

「気の結晶は非常に希少で、我々の間では高額で取引されます。一グラムが数十万から数百万です」

 グラム数十万円? え、豚コマ肉百グラムが百三十円くらいだから、ええと、何倍?

「なんでそんな高いか言うと、新しい祭具作んのに絶対必要やから。今市場に出回っとる祭具って、古なって壊れたりしたやつを解体して、そっから結晶取り出して再利用しとんのよ。だから、新しく作る事がほぼ出来へん状態なん」

「効果の高い祭具ほど、使われている結晶の量が多いですしね。そんなわけで、我々エージェントからすれば垂涎の品です。百グラムはありそうですから、数千万から数億円の価値ですね」

 転校初日に大金を手に入れてしまった。喜びより戸惑いと不安の方が大きい。なぜなら、金は時に、命よりも重い、と彼は漫画によって教育されたからだ。金はいろんな物を変える暴力的な力を持つ。大事な事は、周は全て漫画で学んだ。

「しかし、どうして気の結晶が生まれたんでしょう? 今までこんなことなかったのに」

「結晶って、あれやん? 特にレイラインが密集しとるとこで、しかも何百年もかけて形成されるもんちゃうかった? 日本やったら富士山とか伊勢とか出雲とか淡路島とか」

「ええ。そういう特殊な地形でしかとれなかったはずです。迷宮で採取できるなんて聞いた事ありません」

『それは、お主らが荒っぽいやり方でしか迷宮を解決してこなかったからだろう』

 アグニが口を挟んできた。

『お主ら、迷宮化がただの厄介としか思っておらぬか?』

「違うん?」

『違うさ。当然だ。お主らは、自分が病に倒れた時、治療を施してくれた医者、看病してくれた家族、見舞いに来てくれた友に感謝しないか?』

「そりゃするけど」

『同じ事だ。穢れた気を浄化すれば、大地も感謝する。その見返りとして報酬を授けてくれるのだ』

「え、ちょっと、待ってください。私たちの常識を根本から揺るがすようなこと言いましたよ」

 熊谷がこめかみに指を当てて険しい顔で目を瞑った。

「え、っと。つまり。迷宮化現象を解決すると、気の結晶が報酬としてもらえる?」

『然り』

「いや、でも。これまでそんなもろたいう話聞かへんけど?」

『それは、今までの解決方法が間違っているからだ。今回我らはどうやって解決した?』

 少し思案して、周が答えた。

「彼の、正体を言い当てた」

『そう、その通り』

 我が意を得たりとアグニが肯定した。

『迷宮は、ある特定の方法で【解決されたがっている】のだ。多分、大地はもっとも効果的な浄化方法をあらかじめ指定している。お主らはその指定された方法を知らぬから、根源を破壊してしまえば全て消える、という強引な解決方法をとっている。それでもまあ、間違いではないのだが、主にも言ったが美しくない』

 なんとなくアグニの言っている事を三人とも理解できてきた。

 肩こりだけ治して欲しいのに、肩こり改善のツボがどれか分からないから全部のツボを押しているようなものだ。

『なぜ根源を強引に消す方法の場合、結晶が得られないかだが、強引に消すやり方は、穢れた気も正常な状態の気も一切合財を吹き飛ばしてしまうからだ。反対に、正しい方法の場合、穢れた気がその場で転化する。その際に現れる副産物が結晶ということだな』

「それって、もしかしてどの迷宮でも」

『適用される』

 巨額の富を得られるチャンスが、女子高校生たちの目の色を変えた。

『ただし、ただしだ。注意事項が・・・おい、聞いてるのか?』

 経験豊富な祭具からの忠告は現状からの脱却、下克上を狙う二人のエージェントの右耳から入ってすぐに左耳へと抜けていく。

『やれやれ。いつの世も過ぎたる金は人を変えるな』

「仕方ないよ。人間が事件を起こすのは人間関係か金のどちらかが原因だってテレビで言ってたし」

『そういうものか。ではなおさら言いづらいな』

「言いづらい? 何を?」

『いや、先程言いかけた注意事項なのだが。確かにこれは気の結晶で相違ない。しかし、特殊な龍脈から鍾乳洞が形成されるように、大地の生命を少しずつ含ませながら形成される、先程こやつらが言っておった通常の気の結晶とは違い、迷宮で取れる結晶は人間の負によって汚されていたわけだから、少々癖が強い。今回ので言えば、主の癖というか、人間性のようなものが染み付いている』

「人を汚れみたいに言うなよ。・・・で?」

『富士山等でとれる純粋な結晶は誰にでも相性が良い祭具が作れる、が、迷宮の結晶は、その迷宮を解決した者か、その者と相性が良い人間にしか使えない祭具になる』

「つまり、僕や八田さんたちにしか使えない祭具しか作れないって事?」

『そうだ。そんな特定の人間しか作れないものが、果たして彼女らの思惑通り高値で取引されるかどうか・・・』

 もちろん、作られる祭具は、使えれば強力である事は間違いないのだが、とアグニが続けるのを、周はただ聞いていた。すぐ傍で今後の改善計画を練る二人を、遠い目で見つめながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ