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若い内の苦労は買ってでもしろというのは、苦労の筋トレをして耐性をつけておけという意味

 音は無かった。ただただ白い闇が周と八田の目を眩ませた。視力が回復した時、二人とも自分の目を疑った。唖然として、しばらく言葉も発せずに目の前の光景を眺めていた。

 がらがらと瓦礫が崩れ、階下に落ちていく。彼らの目の前に広がるのは教室の連なる廊下ではなく、徐々に薄暗くなり始めた夕焼けの空だ。あったはずの廊下も、その先の階段も、綺麗さっぱり無くなっていた。

 足元がぐらっと揺れる。

「え・・・うおっ」

 慌てて周はその場から飛び退いた。ジャンプで蹴った反動か、彼の立っていた床が崩れ落ちた。ぎりぎりの際のところに立っていたことに、そこでようやく気づく。

「大木が、消えたから、か?」

【違います】

 周の独り言を、熊谷が否定した。どこか、頭痛をこらえているような声だ。

【確かにさっきの木は、校舎の一階から根を張り、四階まで突き抜けていました。ですが、それだけです。“その後ろ”が消滅したのは、先程の呪法が原因です】

「・・・呪法?」

【・・・知らずに使ったんですか?】

 どこかぽんやりとした周の返答に、ますます熊谷は頭を抱えた。周とアグニの力は期待以上だった。期待を飛び越えすぎて厄介なほどに。

「いやあ、えらい威力やなぁ」

 周の隣に八田が立った。手を額にあててひさしを作り、眺めを堪能する。

「やりすぎちゃう? 祭具アグニさんよう」

 目を細め、若干批難気味に原因である祭具を睨む。

『ふむ、久しぶりで加減が分からなんだ。お主ら風に言えば、【ぶらんく】があったのだ。許せ』

 どうせ結界内の出来事だ。迷宮が消えれば消滅するだけの建物を、いちいち気にしてはいられない。

「その割に、何やすっきりした感じやん?」

『そうか? まあ、肩ならしには丁度良い相手だった。・・・さて、どうだ我の事を見くびっていた巫女に軍師よ。これで、我の力が本物だという事がわかったであろう?』

 讃えても良いのだぞ? とアグニは自慢げに言った。

【何が・・・】

『うむ?』

【何が讃えても良いだアホォ! 威力あるにも程があるわ! なにしょんなもおぉ!】

『な、なんだ? どうした軍師!?』

【なんだやないわこのボケ! そんな戦略級の呪法雑魚一匹にぶっ放してどないすんの! 外よう見てみい!】

 熊谷に言われ、周は目を凝らして外を見る。

「・・・ん?」

 彼の視線が、風景の中にある違和感を捉えた。

「空に、亀裂?」

 夕焼け色が広がり、雲が薄く伸びる空の中に一箇所、ガラスがひび割れたような部分があった。

【呪法の余波です】

 一旦大声を吐き出して落ち着いた熊谷が、それでもまだ荒い息を整えながら解説した。

【先程の呪法が敵のみならず校舎、そしてこの空間を形作っている結界にまで影響を与えました。ぶっちゃけ壊しました】

 ちょっと投げやり気味だった。機嫌はまだ直ってないらしい。

【この影響により、結界を維持するのが非常に困難な状況に陥りました】

「その、もし結界が無くなると、どうなるんですか?」

 恐る恐る周は答えを求めた。

【元の空間に戻ります。きちんと迷宮を解除せずに元に戻ると、同空間内に同一の物が二つ存在する事になり、セルフアイデンティティが崩壊します】

 人間以外にもアイデンティティって適用されるんだ、と新たな豆知識を得つつ、崩壊という言葉にさらに不安を募らせる。

「崩壊すると、どうなるんですか」

【最悪の場合、どちらか、あるいは両方が消滅します】

「・・・最悪じゃないですか」

【そうですよ。最悪です! まさかこれほど他の支部の介入がない事を恨めしく思う事になるとはね! こんな時に限ってどこも動きゃしない! いらんときにばっかりしゃしゃり出てくるくせに!】

 罵詈雑言を連ねる熊谷に、今度は八田が問う。

「熊先輩、後どんだけ持つ?」

【十分、あるかないかです】

 答えを聞いて、八田が口角を上げる。

「充分やろ。そんだけあったら」

 なあ、と八田は周に同意を求める。

「そう、ですね」

 人の攻撃性を高める脳内物質がドバドバ出ている状態の周は、臆することなく言い放った。

「さっさと終わらせちゃいましょう」

 臆病な自分が復活する前に。周の言葉に、八田は満面の笑みを見せた。


「前方、犬二匹! 後方に小型の木ィ有り!」

 敵数を確認した八田が指示を飛ばす。

「犬牽制して!」

 軽くアグニを振るう。炎を纏ったアグニを、迫っていた犬は本能からか急停止し、それでも足りずに後ろに飛んで避けた。空中から、床へ着地。いかに強靭なバネを持っていようと、着地の瞬間は硬直する。八田はその隙を見逃さず、引き金を引いた。過たず、銃弾は犬一匹の頭部を吹き飛ばす。

「うは、やりやすぅ!」

 感嘆の声を上げる。前衛がいるだけでここまで楽になるものなのか。前衛が盾の役割をして敵をひきつけ、後衛の襲われるリスクを下げる。後衛はリスクがないから集中して銃を撃てるし、防御に回す手間や集中力が必要なくなり、より攻撃に専念できる。結果、命中率も上がるし、仕留めやすくなる。後衛が確実に敵を減らせれば、前衛のリスクが下がり、さらに盾としての役割を果たしやすくなる。好循環の良い見本だ。これまで一人で戦ってきた八田が感動するのも無理はない。

「くそう、他支部のエージェントってこんな楽しとったんかァ! 羨ましぃー!」

【集中してください! 時間無いんですよ!】

「わかっとう、わ!」

 銃弾が再び犬を骸に変える。

 犬二匹が居なくなった事で、周の前に道が出来た。奥の木が蔓を伸ばすが、通用しないのは確認済みだ。迫る全てを燃やし、接近。振りかぶってアグニで殴る。威力を最小にしたアグニでも、木の一本程度なら燃やし尽くせる。

『他愛ない。この程度とは』

【この程度の相手なら、最初の一撃も調整して頂きたかったものですね】

 アグニが燃え行く敵に向かって放ったセリフを熊谷は聞き逃さなかった。チクリチクリと嫌味で刺す。

『いつまでもうじうじとうるさい奴だ。嫌味を言う暇があったら頂上までの進路を案内しろ』

 ほら、また出るぞ。アグニが言うやいなや、新手が湧いて出てくる。教室の中から、窓の外からガラスを突き破り犬が飛び込んできたかと思えば、床をえぐり天井を破壊して木が生える。

「確かにキリ無いなぁ。熊先輩、どうやろ?」

【わかってます】

 イヤホンの向こうで、熊谷がパソコンのキーボードを打つ音が響く。

【映像確認しました。お二人がいる四階の東に、かろうじて屋上までの階段が残っています】

 映像で確認した? でも、最初に音声とバイタルだけだって。

【それだけですまそうと思ってたんです!】

 周の指摘に、熊谷は悲鳴のような涙声を出した。

【虎の子の探索型式神だったんです! 使い捨ての癖に馬鹿みたいに高いんです! 時間勝負のために急遽飛ばしました!】

『ふん。次があるかもわからんのに、出し惜しみしてどうする』

【うちの懐事情を知らないくせに・・・っ!】

「ああもう、喧嘩しいな。渡来君行くで!」

 銃火が轟き、犬を撃つ。目指すは東階段。次々と溢れ出る敵の波を周がアグニを振るいながら掻い潜り、敵の追撃を八田が銃弾の雨を降らせて足を止めさせる。

「見えた」

 東階段だ。残っていると言えば、残っているが

「半分やんか!」

 八田がやけ気味に叫んだ。丸々綺麗に残っているわけではなかった。先程のアグニのせいで下り階段は言うまでも無く、上り階段も最初の三段ほどは消えていて、そこに至る道筋も鉄骨があらわになったぼろぼろの足場があるばかり。しかも途中三メートルほどが無くなっていた。当然、その下は何もない空間だ。

『何の事はない。飛べばいいだけだ』

「簡単に言うなぁもう!」

 怒鳴りあう間も二人は速度を緩めず走っている。目的地はもう目の前だ。

「僕が先に飛びます。八田さんは僕に向かって飛んでください」

 ぐん、とスピードをさらに上げる。上下に揺れる狭い視界の中、周は比較的無事そうな足場を見繕い、三段跳びの要領で踏み切った。一瞬の滞空から、階段半ばに着地する。アグニを置き、千切れた手すりを左手で掴み、振り返る。踏み切る直前の八田と目があった。彼女に向かって手を差し出す。リボルバーを腰のホルスターに仕舞い、八田も同じように踏み切る。

「ぃいっ?!」

 踏み切ろうとした足場がわずかに沈んだ。あれでは力が上手く伝わらず、飛べない。かといって、すぐに代わりになりそうな足場も見当たらない。止まる事も出来ない。それに、止まれば後ろから来る敵に飲み込まれる。万事休すか。

「来い!」

 周が叫んだ。彼目掛けて八田は足場を蹴って無理やり飛んだ。やはりいつも通りのジャンプが出来ない。彼女の目線の高さがゆっくりと下がっていく。彼がいる場所から、階段の一番下、床、そして、何もない虚空へ。

 ガクン、と落下が止まった。代わりに右腕が抜けそうになる。見上げれば周が八田の腕を捕まえていた。

「しっかり!」

 ぐい、と強い力で引き上げられる。八田の体重など気にならないとでも言うのか、軽々と階段に乗せられた。

「し、死ぬか思たわ」

 ふう、と大きく安堵の息をつく。

「大丈夫ですか」

「うん。助かった。ありがとな」

 感謝し、しかしすぐに意識を切り替える。

「よし、もうちょいや。はよ終わらそ」

 頷く周を連れ、八田は階段を上りきった先にある、屋上のドアを開けた。

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