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理性的、合理的、客観的に出す答えが自分の正解とは限らない。自分にとっての正解は、結局の所自分が望んで動いた先にしかない

『巫女よ。無用な慰めは役に立たぬ。本気でこやつを戦場に連れて行く気なら、必要なのは慰めではない。生き残るための指導だ。そして、アマネよ』

 目がついてるわけでもないのに、睨まれたと感じさせられる。それほどの怒気が、アグニから向けられていた。

『お主は、先程の戦いを見て何か気づいたか?』

「・・・気づいた、とは?」

 周の答えに、あからさまな落胆の様子をアグニは見せた。人間ならやれやれ、と両肩をすくめる姿が見えそうだ。

『お主は、守られている。気遣われておるのだ。完全な、お客様状態に置かれておるのだ。先程の巫女の戦いだが、彼女はお主に危害が及ばぬよう、自分に敵の意識を集中させていた』

 言われてみれば、と戦いを思い出し、反芻する。最初の一発は自分こそが敵であると知らしめる、わかりやすい自己紹介だった。その後も、彼女は跳ね回る犬に向けて銃を乱射した。あれはただ外していたのではなく、誘い込む罠であり相手を自分に誘導するためだった。

『気づいたか? 巫女はお主のせいで、わざわざ身を危険に晒したのだ。もしそれで巫女が傷つき、最悪死に至ったら、どうする? どうなる? ・・・無駄死によ。何も出来ないお主も、ここで死ぬ』

 アグニの責めるような口調に、周は何も言い返せない。全て事実だからだ。

『それが、今のお主の現実。どれほど甘い認識で挑んでいたか、思い知ったか?』

「いやいやアグニ。幾らなんでもしょっぱなから何とかせえて無茶やって」

『我は、無茶は言わん。『絶対に』だ。・・・そもそも、お主ら巫女たちにも問題がある。初めから、こやつを戦わせる気など無かったではないか』

「それは・・・」

【それについては、私に責任があります】

 言い澱む八田に代わり、話を聞いていた熊谷が説明する。

【仲間になって欲しいと言いましたが、今すぐ八田さんのように一線級の戦力として戦えるとは思っていません。今日は慣らし運転のつもりで】

『考えがぬるすぎる。だからお主らの部隊は衰退したのだ』

 ぴしゃりとアグニは熊谷の言い訳を切って捨てた。

『遊び感覚で戦場に立つな。ここは死と隣あわせなのだぞ。生半な気持ちでいるから、慣らしだのなんだのとなあなあの言葉が出てくるのだ。死んで生き返るのならそれも良かろう。が、お主らの生に二度目は無い』

 ぐうの音もでず、デッキブラシに説教される三人。

『ふん、この調子では、お主らの部隊が解体され、消え去る日も遠くはないな。認識の甘い軍師に、後輩の指導をまともに出来ぬ戦巫女。そこに臆病者を加えたところで、出来るのはおままごと程度であろう』

 好き放題アグニは辛らつな言葉を並べた。既に周はちょっと泣きそうになっている。例にもれず表には出ないが、心の中では掲げた白旗すら言葉の弾丸で撃ち砕かれて穴だらけになっている。男の自分でもこれだけ凹むのだ、女性陣はもっとショックを受けているのでは、と自分以外の事に気を回せるのは、周が凹むことに慣れて凹みながら他の事を考えられるからであり、彼の優しさの一つであるが

「何やとコラ」

 今回は、必要なかった。

「さっきから好き勝手ごちゃごちゃ抜かしよってからに。そない言うお前こそ、威張り散らすだけでなんもしとらんやんか」

 八田がキレた。寄せた眉根が富士山みたいなしわを作っている。どうやら、支部の衰退にまで言及された事や、今まで他支部から『おままごと』扱いされずっと我慢のしっ放しでそろそろ限界が近い所に最後の一押しが来て臨界点を突破、彼女の逆鱗に触れたようだ。

『言葉に気をつけよ巫女。我は』

「はいはい、古くから崇め奉られてきた祭具様やろ? ハン、過去に優れたエージェント見てきた、それはそれはお偉い祭具様こそ、若い使い手にアドバイスとか授けて、優秀な使い手に導くくらい出来へんのかいな。特級が聞いて呆れるわ」

『巫女、貴様っ・・・』

「大体、ほんまにめっちゃ凄い力もっとんか? あたし見た事あらへんよ? 口だけの嘘っぱちちゃうん? 口あらへんけど」

【ありえそうやね。おおかた、そっちが今まで使われへんかった理由ちゃうの?】

 イヤホンの向こう側で熊谷もキレていたようだ。周に気を使って可能な限り意識して話していた標準語が完全に崩れ、方言が飛び出している。どうやら、彼女たちは言われっぱなしじゃ収まらない強気な女性陣だったようだ。

【文句だけやったら誰でも言えるんよ。不服あるんやったら最初の話し合いの時に言えや。後出しじゃんけんやこ卑怯やわ】

「ホンマやわ。この卑怯もん。卑祭具! お前なんぞ永遠に誇りの代わりに埃かぶって寝とけ!」

『き、貴様らァっ! 許さんぞ!』

「なんや、やんのかブラシ。自慢の毛並みへたるくらい便所掃除したろか」

【偉けりゃ使い手無しで動いてみい】

 険悪な空気どころではない。一触即発の空気だ。ちなみに周はこういう空気は大嫌いだ。大嫌いなのに、周をはじめとしたコミュ症型ぼっちは空気を読むのに長けた人間が多い。それをどうにかしようとして悩み、しかしそれが返って悪影響になるのではとさらに悩み、結局何もできない自縄自縛の状態に陥る。手元のアグニとそれを睨み付ける八田とイヤホンから不穏な空気を漂わせる熊谷にオロオロするばかりだ。

 だが、ある意味彼にとって救いが現れた。救いの主はそろりそろりと天井の隅を通り、彼らの意識外から突然『伸びた』。

「はい?」

 ぐるり、と八田の胴体に黒い紐状のものが巻きつく。周の視線が彼女、彼女に巻きつく紐へと移動する。

「・・・触手?」

 十八歳未満お断りのゲームに良く現れる、綺麗な女性限定で捕縛し、捕らえた相手を殺すでもなくただただ衣服を破いたり溶かしたり衣を破くような悲鳴を上げさせたりする男子の味方。十八歳未満お断りなのに十六歳の彼がなぜ知っているのかは永遠の謎。

 ぎゅるん

 伸びていた触手が勢い良く収縮した。

「はぁっ?!」

 声を置き去りにして、八田が消えた。

「はぁああああああ?!」

 ドップラー効果と壁反響を存分に使った悲鳴が廊下の向こう、階段へと飲み込まれていく。

『何をしている!』

 アグニが目の前の突然の出来事に呆けていた周に喝を入れた。

『追え! 巫女が危険だ!』

 言われるがまま体を動かす。

『どういうことだ軍師! 新手の出現、接近に気づかぬなど軍師失格ではないか!』

【すみません私の落ち度です! 現場にいながら異変に気付かないどこぞのブラシと言い争ってたもので!】

『喧しい! 安全なところでふんぞり返ってないで役目を果たせ!』

 ひいいこんな時まで喧嘩しないで、と心の中で周はひやひやしていた。階段を三段飛ばしで駆け上がり二階へ。

【八田さんの反応は二階からです! 東階段付近!】

 熊谷の指示に従い、階段を上がりきって右へ、廊下に出る。発砲音がとめどなく聞こえる。廊下の奥の方に触手に引き摺られながらも銃で反撃している八田と、黒くうごめく何かがいた。

「植物、なのか?」

 廊下にとどまらず、教室、階下、上階までぶち抜いて縦にも横にも広がった、真っ黒な大木が圧倒的な存在感と共に鎮座していた。階下まであのぶっとい幹があるのなら、シャッターがあろうが無かろうが通過するのは不可能だ。伸びていたのはその大木の蔓や根だったのだ。

「この、離せ、や!」

 八田は本体から自分を捕らえる蔓に照準を合わせて、銃弾を撃ち込んで拘束を解こうとしている。しかし、いまや彼女の胴に巻きついている蔓や根は三本、四本と増えていて、一本銃弾で引き千切ったとしても、新たな一本が彼女に巻きついてしまう。また、犬と同じように学習したらしく、今度は彼女の四肢にまで蔓を伸ばし、完全に動きを封じようとしていた。巻きつき方がちょっとエロいと思ってしまった周に罪は無い。男なら誰もが、今の彼女の状況を見れば思うだろう。ひらひらしていた服がきゅっと引き絞られ、彼女の体を強調する形になっている。引き締まっているのはわかっていたが、出るところは出ていて、失礼な話だが意外にグラマーだ。想像の斜め上だ。着やせするタイプだろうか。このままではその着やせグラマーな彼女が触手によって特殊なプレイに突入してしまう。

 助けに、助けに行かなきゃ。焦るばかりの頭ではわかっている。

 しかし、周の足は再び二の足を踏んでしまった。深い夜の闇のように、何の光も通さず飲み込んでしまいそうな黒がそのまま形を成したかのような、異様で威容を誇る大木。その迫力を前にして、周のちっぽけな勇気もプライドも消し飛んでしまった。アグニが彼を叱咤するが、その声も遠い。気すら遠くなりかけている。呼吸も勝手に荒くなっている。無理だ、やっぱり自分には無理だったのだ。臆病者は一生臆病者なのだ。人間は変わらない。変われない。定着した性根は叩いたって弾性で戻ってしまうのだ。逃げよう、逃げなきゃ、次は僕の番だ。右足のつま先が前から横、後ろへと向こうとした、その時

「あ、ぐっ」

 苦しげな彼女の悲鳴が聞こえてしまった。彼女の喉に、蔓が巻きついて絞めている。このままだと、窒息してしまう。つい、見てしまった。周の目は彼女を捉えた。締め付けられ、こすれた皮膚からは血が滲んでいた。細い手足は、圧力に負けて今にも折れそうだ。

 彼女の事を、どこかで自分とは違う人種だと思っていた。エージェントだと。特殊な訓練を受けていると言ってたから。だからきっと安心安全で、隠し玉とか必殺技とか持っていて、きっと最後には逆転して勝つ。勝手にそんなイメージを押し付けていた。

 そんなわけない。そんなお約束はリアルには一切存在しない。

 がらん、と彼女の手から銃が落ちた。木が顔も無いのに嗤っている。これで、抵抗出来まいと。彼女の首に巻きついた蔓が、さらに力を込めた。八田の口元からよだれが泡になって垂れている。まずい、あのままじゃ死ぬ。

 苦悶の表情の八田が、涙の溢れる瞳で廊下奥にいる周を捉えた。呼吸すら辛いだろうに、彼女は口を動かした。声無き声で、必死に訴えかけた。


 に げ て


 この状況でなお、彼女は周の身を案じた。エージェント故の責任感か、彼女本来の優しさ、自己犠牲の精神か。

 プツン、と何かが周の中で切れた。

 それは、できっこない、限界、無理、不可能などというネガティブな言葉で作られた鎖。鎖によって繋がれ、封じ込められていたのは彼の素直な感情。その感情が訴えた。

 あれを許すのか、許してしまうのか。

 最も強く、激しく湧きあがった怒りが、否と叫ぶ。

 彼は自分の事を臆病者と卑下した。三つ子の魂は百まで変わらないと諦めていた。それは半分正解で、半分不正解だ。彼の中には、臆病以外にも、一生変わらない魂が存在する。冒険活劇作品によって育み、確かに胸の中に持っていた、悪に対する義憤。人を守らんとする慈悲。正しきを成さんとする意思。それらは怒りを動力とし、これまで周を支配していた弱気と臆病で創られた壁を突き破り、打ち崩し、がんじがらめで囚われていた自分自身を解放した。

 右足の裏に力がはいり、大腿とふくらはぎが強力なバネとなって体を前に押し出した。一度走れば止まる事はない。あれほど重くさび付いていた足が、今は羽のように軽く、列車の車輪のように回転数を上げていく。八田の目が驚きに見開かれ、大木は新たな獲物だと嬉々として蔓と根を伸ばした。迫る何本もの凶器は、しかし

『我を前に』

 言葉に従い、周はアグニを片手で面前に掲げた。途端、アグニ本体が燃え上がり、炎の盾を形成した。盾に触れるやいなや、蔓も根も跡形もなく消し炭と化す。

 引き摺られていた八田に追いつく。彼女を捕らえる蔓を、空いた方の手でむんずと掴む。

「彼女を、離せ」

 五指を食い込ませた場所から煙が上がり、すぐに炎へと変じた。全身に巻きついていた蔓や根が一斉に燃え上がり、彼女を炎が包んだ。救出すべき人間まで丸焦げ、と思いきや

「っだ!」

 ずるり、と八田が落下し、尻餅をついた。その体には絞められた跡は残っていても、火傷一つ負ってはいない。

「熱ない・・・、これ、浄火・・・?」

 喉を押さえて咳き込みながら、八田は正解を言い当てた。

『然り。我が炎は邪悪不浄、その悉くを灰燼に帰すが、味方に害は及ぼさぬ』

 八田を救出した周は、アグニを掲げ、大木に向けて疾駆する。大木は彼を接近させてはならないと察したか、さらに攻撃に厚みを持たせた。それはもはや、点ではなく面。廊下一杯に広がる剣山だった。しかし、人間など簡単に串刺しに出来るであろう鋭い切っ先もまた、一瞬の存在も許されず、炎の前に消えていく。

 周に振るわれながらアグニもまた、満足していた。自分に流れ込んでくる力が、久しく感じた事のないほどの容量を計測していた。道具にとっての喜びは、自分の能力を最大限まで引き出され、最大の効果を生む事。何十年、いや、何百年かぶりに、アグニはその喜びを味わっていた。

『内部機構開放』

 ブラシの先、長方形の部分。縦横丁度真ん中で切れ目が入り、パカッと四方に一段階広がった。中身は無数の歯車とタービンが詰まったエンジンだ。周からの気力が存分に流し込まれたエンジンは唸りを上げて高速で回転する。

『強制功徳形態へ移行。仮想祓所構築。配管内部加圧正常値。気力充填完了。安全錠全解除・・・確認。第一種殲滅祓【真言/六根清浄】起動』

 アグニの柄に入った線が輝く。燃え上がる炎はさらに激しさを増し、ブラシ先端に集約される。

 剣山を潜り抜け、大木の前に立った周は、両手で大きくアグニを振りかぶった。大きく踏み込むと、つま先、腰、肩の全てが理想的な回転運動を行い、移動の力を一切殺すことなく腕へと伝達し、理想的なスイングを生み出した。

 一人と一つは、偶然にも同じセリフを吐いた。

「『消えてなくなれ』」

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