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新入りだからとか、慣れてないとか。こちらの都合を相手は考慮してくれない。ヒーローが変身するのを律儀に待つ怪人など、リアルには存在しないのだ

【ではこれより、祭早迷宮の探索を開始します】

 周の耳に填まったイヤホンから、熊谷の声が響く。

【私、熊谷がナビゲーターを担当します。お二人とも聞こえていますか?】

「はい」「大丈夫や」

【こちらも、お二人の声や居場所をきちんと把握できています。イヤホンには着用者のバイタルをリアルタイムで計測できる機能が備わっていて、体調管理もしております。なので、お二人のどちらかのバイタルが不調に陥った場合、すぐに撤退を指示します。これには必ず従ってください】

 二人は頷く。

【さて、迷宮探索ですが、先程渡来さんにご説明したように、迷宮の中に迷宮化現象の原因があります。それが何なのかは現時点では不明、渡来さんが見たという子どもが怪しいですが、断定は出来ません。原因の多くは、神話や伝説に登場する魑魅魍魎、怪物、幽霊に精霊、天使や悪魔の姿をとります。これも感情を吸収する人間の知識から、特に恐怖、畏怖を抱く何かが影響されていると言われています】

 ゴーストバスターズのマシュマロマンみたいなものか。

【原因は迷宮の奥深くに居座っていることが多いようです。原因が消滅することで、迷宮も消滅します。ですので、まずは迷宮の最奥を目指してください】

 迷宮の最奥、この場合は校舎の最上階、屋上という事になるのだろうか。

【八田さんには現場指揮をお願いします】

おう、と隣にいる八田が頷く。

【渡来さんは、八田さんの指揮に従ってください。八田さんは彼のサポートを】

「わかった。渡来君、よろしゅうね」

 彼女が握り拳を周に向けた。まさか、これは、憧れの拳同士をぶつけ合う、スポーツものでよくあるあれか?!

「よ、よろしく」

 恐る恐る拳を彼女の拳にぶつけた。コツン、と骨同士がぶつかった感触。なるほど、これがスポーツでリアル充実してらっしゃる、略してスポ充の方々がやってる奴ですな。たまらないね。未知の刺激に酔いそうだ。

【渡来さん】

 熊谷が呼びかける。

【あなたは初の実践、そして祭具アグニは、逸話は多くあれど実際に使用されるのは何十年、下手すれば百年以上前で、どれほどの効果を持つ祭具かわかっていません。こちらから頼み込んでおいてなんですが、けっして無理はなさらないように】

 熊谷としては、彼とアグニの性能が見られるだけでも収穫だと考えている。今回は慣らし程度の位置づけだ。

「はい」

【では二人とも、よろしくお願いいたします】

 玄関の左右のドアを、周と八田がそれぞれ引いた。ドアの底についているホイールが、床に散らばる小石や砂を押し出し、壊れたスピーカーのような嫌な音を立てる。

 既に日は傾きかけ、斜陽が窓から差込み、二人の影を長く伸ばす。

【まずは屋上を目指しましょう。屋上に直接つながっている東階段から上って下さい】

「それなんやけどなぁ。熊先輩」

【はい。何かありましたか?】

「東側廊下、防火シャッター降りとるわ」

 入って右手側、職員室があり、周が最初に襲われた廊下があった場所には、今は代わりに、浅い蛇腹折の白い壁が屹立して奥を隠していた。

「さっきまで無かったのに」

【今ここは、学校とは似て非なる場所。極論ですが、迷宮という生き物の腹の中です。彼らの意思によって、姿や形が変わる事は多々あります】

 周の疑問を熊谷が解消した。

【・・・西側通路はどうなってますか?】

 八田が反対側に目を向ける。

「こっちは、見たところ塞がってへんけど。どうする? シャッターぶち壊す?」

【それは後の手段にしましょう。破砕音で敵を呼びたくありませんし。まずは行ける範囲の探索をお願いします】

「了解。西側から上がるよ・・・と」

 進みかけた八田が足を止め、銃を構える。


 ―ぐるる


 周の背筋が総毛立つ。蘇る悪夢。かりかりと爪がリノリウムを削っている。

 曲がり角より現れる、三頭の黒い犬。

「来よったわ」

 八田が笑みを見せた。先程部室で見たものではない。獰猛な、それこそ猛犬のように牙を剥いてみせる。

【戦闘開始】

 熊谷の合図で、八田が動いた。同時、犬三頭も床を蹴った。口からよだれを垂らしながら、犬が八田を目指す。その柔肉に喰らいつかんと気の早い真ん中の犬が大口を開けた。

その上あごが、突然消えた。

音は後から犬に届いた。上あごを打ち抜かれ、消し飛ばされた犬は、その後ろの頭も半分ほど消えていた。つんのめるようにして転倒する。

「残り、二」

 一匹倒した後、喜びもなく次のターゲットに狙いを移す。残った左右の二頭は、仲間が倒されても一向に介することなく八田に向かって突っ込んでくる。このままでは先の一頭と同じ運命を辿る、と思いきや、八田が引き金を引く瞬間、二頭は左右それぞれに飛んだ。銃弾が何もない空間を通り過ぎ、後方の壁に穴を開けた。左右に飛んだ犬は壁を蹴り、天井を蹴り、狙いを定められないように弾みながら近づいてくる。

学習しているのだ。仲間が何でやられたかを理解し、銃の軌道上にいてはいけないと。感心している場合じゃない。犬と八田の距離は徐々に縮まっている。八田も近づけまいと銃弾を放つも、その弾丸の軌道上に犬は既にいない。人間の反射神経を上回っているのだ。このままでは遠距離武器のアドバンテージが失われてしまう。助けに行かないと。

だが、周の第一歩目が出ない。先程の恐怖がどうしても振り払えず、体を縛る。そうこうしている内に、犬と八田の距離は三メートルも無くなっていた。犬にとっては一歩もない距離だ。犬が左と上に飛び、壁を蹴った。

「危ないっ!」

 声だけ何とかでた。馬鹿な。声で何が出来る?

「大丈夫や」

 悲痛な心配に対して、のんびりとした返事があった。返事をした本人、八田は、そこで体を前に投げ出した。目標を見失った犬は、空中にいるため止まることも出来ない。勢いあまって仲間に激突する。悲鳴を上げて転がる犬に、八田は銃口を向け、容赦なく撃った。顔を失った犬は転がったまま、二度と動く事は無かった。

「しゃあないとはいえ、生き物の形しとんのを撃つんは、なんかなあ」

【仕方ありません。仕事ですし、なにより倒さないとこちらがやられてしまいます】

「いや、わかってんねんけどね・・・ん、どしたん?」

 八田が黙ったままの周に気づいた。

「渡来君? 大丈夫?」

「大丈夫、です。・・・すみません」

「すみませんて、何が?」

「いや・・・、何も出来なくて」

 周がまだすくんでいる太腿を叩く。

「震えて、足が出なかったんです。戦い方を教えてなんて、偉そうなこと言っておいて、この様じゃ・・・」

 結局、役立たずのままだ。少しは何か出来るかと思っていた。伝説級の武器に選ばれた、なんてことで少しいい気になっていた。それがこの体たらくだ。どんなすごい武器に選ばれようが、どれほど才能が在ると褒められようが、本人に意気地が無ければ全て無駄なのだ。情けなくて涙が出そうだ。

「そんなん、気にせんでええよ。自分でも言うとったやん。素人やて。あんなん初めて見たら誰だって怖いよ。あたしかて怖いし」

「でも、八田さんは、戦えていたじゃないですか」

「そらそうや。訓練したし、環境もあったし、見本になる父ちゃんもおった。君とはスタートがちゃう。年季がちゃうよ。むしろいきなり平然と戦われたらこっちがドン引きするわ」

カラカラと明るく笑う。何の含みも無い彼女の笑顔は、周のどんよりじめじめした心を明るく照らして乾かす。

『甘やかすな』

 威厳と怒りを含ませた声が、周の手元から発せられた。

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