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フィフティオーバー

 そのエルフの少女は、簡単に言えば人身御供であった。


「盟約?」

「はい。私達の集落と彼らの間で交わされた取り決めなんです。エルフの中から美人の女性を一人差し出して、その見返りとしてオーク達に村を守らせる。そういう盟約を結んでいるんです」

「で、お前がその美人エルフに選ばれたって訳か」


 ワイズマンに保護された少女は、ジョージからの問いに黙って頷いた。その少女は見るからに幼く、背丈も彼らの半分しか無かった。

 犯罪とは無縁の、ちんちくりんの少女であった。


「で、お前はここで何をしてたんだ。奴隷か?」

「慰み者です」

「あ、おう」


 彼らはこの時、たった今自分達が占拠した洞窟の中にある空間の一つに腰を落ち着けていた。件の少女もそこで、彼らの話の輪に加わっていた。そしてそのエルフは、それまで自分が受けていた理不尽な扱いに対する悲憤を全く表に出そうとしなかった。

 人当たりは良かったが、どこか淡泊な印象を与えるエルフだった。


「しかし、エルフか。本物なのか?」

「失礼ですね。私は正真正銘、本物のエルフですよ」


 なお彼らがここにいたのは、洞窟内の探索を行うついでにこの少女から話を聞き出そうとしたからであった。「ここが一番落ち着いて話が出来る」とこの部屋にワイズマンとロンソを招いたのも、このエルフであった。


「それにしてもお前、よくこんな場所に長いこといられたな。暑いし暗いし、俺だったら数日も保たねえぞ」


 ジョージが顎の汗を拭きながらぼやく。彼の言う通り、洞窟の中は薄暗く、蒸し暑かった。松明やランタンと言った灯りの類もあるにはあったが、空間全てを照らし出すだけの量は確保されていなかった。空調も悪く、空気は淀んでいた。

 それは彼らが今いる場所も同じだった。装甲車から強力な白色ライトを持ち込まなければ、彼らはここがいわゆる「食堂」である事に気づかなかっただろう。


「あそこがキッチンで、あそこがカウンター。あそこで飯を貰うのか」

「はい。外で焼いてきた肉を給仕係が切り分けて、あそこで仲間全員に配るんです」

「配給制か。ここのオークは随分と文明的な暮らしをしてるんだな」

「まあ、変わってると言えば変わってますかね。オークは基本的に野蛮で、文明や文化とは無縁の存在ですから」


 ライトで照らされた室内は広く、大テーブルが規則的に並べられていた。しかしそれらは全て薄闇のベールに包まれ、裸眼でそれら全てを認識するのは不可能であった。当然、エルフの少女の説明を理解するのも不可能であったろう。


「ここのオーク達は夜目が効くタイプなので、光に頼らなくても十分活動する事が出来るんですよ」


 その時、狙い澄ましたかのようにロンソが言葉を放つ。彼女は先程エルフから説明されたキッチンの奥から姿を現し、その手にはそれぞれ人数分の酒瓶とグラスが握られていた。


「本当は何か食べる物も見つけたかったんですが、生肉しか無かったもので」

「調理器具……は、ここには無いか」

「換気が出来ませんからね。ここで火を付けたら悲惨な事になりますよ。オーク達もそのことを理解してました」

「あの豚共は馬鹿じゃないって事か」


 少女の言葉にユリウスが答える。少女は「そういうことですね」と返し、その彼らの座るテーブルの上にロンソが酒瓶を置いていく。


「とりあえず、一杯どうですか? 異世界での初勝利を祝って」

「まだこんなんじゃ勝った内には入らねえよ。まあ、出された物は遠慮なく受け取るがな」


 それからロンソの言葉にジョージが答える。他の賢者ワイズマンの面々もそれぞれグラスを手に取り、自分達でグラスの中に酒を注いでいく。

 その中で、エルフの少女もしれっとグラスを確保し、当たり前のように酒を注いでいく。


「お前、それ飲めるのか?」


 それに気づいたユリウスが少女に声をかける。少女は驚くこともなく、自分が何か悪い事をしたのだろうかと言いたげな表情を彼に向けた。


「はい。飲めますけど?」

「でもお前、見るからに未成年だろ」

「みせい……? 子供だって言いたいんですか?」

「その子は今年で五十二歳ですよ」


 不思議そうに首を傾げるエルフの横で、ロンソがさりげなく声をかける。驚いたのはワイズマン四人だった。


「そうなのか?」

「はい。その通りです」


 イヴァンからの問いかけにエルフが答える。


「私は今年で五十二歳になります」


 一瞬、場を沈黙が包んだ。そしてその気まずい空気を破るように、ジョージがロンソに向けて声を放った。


「なんでお前、そんな事がわかるんだよ」

「魔力の波長も年齢と共に変化していくんですよ。その流れを読めば、相手の実年齢を推し量ることくらい容易に出来るんです」

「マジで?」

「はい。この世界での常識ですよ?」


 ロンソがさらりと言ってのける。少女の見た目をしたエルフもそれに同意するかのように首を縦に振る。賢者達は改めてエルフに意識を傾ける。


「いや、どう見ても」


 顔立ちも体型も、十代前半の少女にしか見えなかった。これを大人と呼べというのは、いくらなんでも無理がある。


「彼女の部族はそういう特徴があるのです。どれだけ歳を取っても、外見的変化が幼少期に比べて殆ど見られない。要はそういう事です」


 ロンソが説明する。ジョージ達は暫く呆然としたが、彼らはそれを否定しなかった。

 突っ込むだけ疲れるだけだったからだ。





「ところで、あなた方はいったい何者なんですか?」


 そして今度は、エルフが彼らに質問する番だった。話を振られたジョージ達は一度顔を見合わせ、それから一斉にエルフを見た。

 ロンソはこの段階ではどちらの味方もせず、ただ黙って事の成り行きを楽しげに見守っていた。


「正義の味方、には見えませんけど。何をしにここまで来たんですか?」

「ああ、それはだな」


 完全に失念していた。目の前にいる無関係なエルフに自分達の事をどう伝えようか、彼らは全く考えていなかったのである。

 正直に話すべきか? 自分達の正体をエルフ一人にバラしたところで、特に問題は無いだろう。素顔や名前まで明かす必要は無い。

 それにもし目の前のエルフが義憤に駆られたとしても、その時はまた別の解決策を実行するだけである。


「彼らはワイズマン。こことは違う世界で、犯罪者として名を馳せていた立派な悪人達です」


 しかしジョージがそこまで思案したところで、またしてもロンソが横槍を入れた。水を差されたジョージは即座にロンソを睨んだが、ロンソは澄まし顔のまま彼に言った。


「どうせ自分達の事を話すつもりだったのでしょう? なら誰が言おうが結果は同じでしょうに」

「そういう問題じゃ無いんだよ」


 ジョージはふてくされた。いちいち自分達の邪魔をしてくるこの女が気に入らなかったのだ。言い分が全て正論な分、余計に腹が立つ。

 こいつは絶対友達が出来ないタイプだな。ジョージはそう考えて、自分の心を落ち着かせる事にした。


「悪党なんですか?」


 その時、エルフが唐突に尋ねてきた。ワイズマンの四人がそちらに目を向けると、彼女はじっと彼らを見つめ返していた。

 その目は期待に満ちていた。


「本当なんですか? 本当に悪人なんですか?」


 返答するまで帰さない。エルフの少女はそんな雰囲気を全身から放っていた。ジョージ達は困惑したが、ここは彼女の要求に答える事にした。

 小娘を無力化する方法はいくらでもある。しかし穏便に済ませるに越したことはないからだ。


「まあ、その通りだ。俺達は向こうで色々やってきた」

「人殺しとか、物取りとか?」

「金をもらった殺しとかはしてない。銀行強盗とか、ヤバいブツの運搬とかだな。俺達は殺しもするが、殺しを専門に扱ってる訳じゃないんだ」

「殺し屋じゃないってこと?」

「頼まれればやる。だがそれはあくまで仕事であって、意味もなく殺しをしたりはしない。俺達は殺人狂じゃないからな」


 ジョージは包み隠さず説明した。その間、彼は相手のエルフが恐怖に竦み上がるんじゃないかと想像した。

 しかし実際は違った。テーブルを挟んで座っていた彼女は、息をのむどころか今まで以上に目を好奇心で輝かせていた。この見る限り人畜無害なエルフは、目の前にいる連中がどれだけ危険な存在か、まるでわかっていないようであった。


「じゃあ次は、そのマスクの下も見せてくれないかしら?」


 そしてエルフの少女は、次にそんな事をのたまった。これにはさすがにワイズマンの面々も唖然とした。ここまでストレートに素顔を見せろと要求してくるとは思わなかったからだ。

 それにどことなく、態度が馴れ馴れしくなっているようにも感じる。


「そこまでサービスする気は無い」


 ジョージはそれでも、平静を保つ事を忘れなかった。横でイヴァンとヨシムネがマスクの下で凄まじい形相を浮かべていたが、ジョージはそれを無視して言葉を続けた。


「悪いが、お前の要求をこれ以上のむつもりは無い。我が儘も程々にしておけよ」

「そこをなんとか。いつまでもマスクつけたままってのは、流石に余所余所しいじゃないですか」

「そういう問題じゃない。無関係なお前に顔を見せてやるほど、こっちはお人好しじゃないんだ」

「じゃあ、交換条件と行きましょう。私がとっておきの情報を教えますから、その代わりあなた達の顔と名前を教えてください」


 エルフは折れなかった。ジョージはいい加減イライラしてきた。ロンソは酒を飲みながら、他人事のようにそれを見ていた。


「私がいた村の場所です。金山もあります」


 しかし続けて放たれたエルフの言葉が、ジョージの琴線を僅かに揺らした。マスクの下で目を細め、ジョージがエルフに問いかける。


「なんでそんな事を教えるんだ」

「決まってるじゃないですか。次の襲撃場所の候補として提案したんです」

「俺達にそこを襲わせようってのか?」

「そういうことです」


 ワイズマンの四人は顔を見合わせた。ロンソはニヤニヤ笑って事の成り行きを見守った。

 エルフはしたり顔で犯罪者四人組を見つめていた。


「お前のいた村だろうが。なんでそんな事が出来る?」


 ユリウスが尋ねる。エルフは不敵に笑いながらそれに答える。


「私を捨てたからです」


 その目は笑っていなかった。

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