ワールド
メルヘムと国連の間で行われる同盟調停式典は、その日つつがなく進行した。カインズロアがいわゆる乱世の状態であり、世界全てを代表する国家や統一機関が無いことを知った国連は、こちらの世界への進出の足掛かりとして、一番話のわかりそうなこの国へコンタクトを取った。そしてその努力が結実した結果が、今回の式典であった。
「今日我々がこうして、異界の方々と友好的な関係を結べたのも、ひとえにお互いの相互理解と協力があってのもの。そして私達はこれから、お互いにわかりあえるということを、他の国々に示していかなければならないのです」
式典会場である王宮前広場にて、女王オルリー・ルド・ラーシュがスピーチを行う。彼女が使っていたマイクは向こう側の世界から持ち込まれてきた物であり、拡声器と組み合わせることで街の隅々にまで女王の声を届かせることが出来た。オルリー自らこうした異界の道具を使っていくこともまた、メルヘムと向こう側が親密な関係にあることをアピールする一助となっていた。
事実、この国の動向をうかがうために他国から派遣されてきたスパイたちは、オルリーが未知の道具を慣れた調子で使いこなしている様を目の当たりにして、言いようのない危機感を募らせていた。これ以上メルヘムに遅れを取るわけにはいかない。早く向こう側とコンタクトを取らなければ、時流に乗り遅れる。彼らは焦燥感を抱きながら、それでもオルリーの持つ「魔法の道具」に釘付けになっていた。
これは国連側のアイデアであり、一国でも多く同盟を結びたいとする彼らの作戦の一つであった。当然オルリーも、彼らの真意には気づいていた。しかし断ってもメリットは無いので、彼女は癪に思いながらも進んで「見本役」を引き受けた。
「ですので、私はここに、彼らとの同盟を結ぶことを宣言します。これからはお互いに喜びや苦しみを分かち合い、共に未来を歩んでいくことを、固く誓います。我らが民、そして我らが世界の、永遠の繁栄のために!」
オルリーのスピーチはそうして締められた。そして彼女が話を終え、ややぎこちない動きでマイクをスタンドに戻した後、広場からは万雷の拍手が鳴り響いた。否、町中が称賛と喜びに打ち震えていた。メルヘムの全てがオルリーの宣言を評価し、彼女と共にあることを拍手という形で表現した。その団結ぶりを見た向こう側の世界の代表団は軽く気圧され、特に次にスピーチを行う予定だった老人は困ったように苦笑しながら額の汗を拭いた。
拍手は暫く鳴り止まなかった。向こう側のスピーチ代表はそれが終わるまで待ち、その歓喜の波が引いて行くのを確認してから、ようやく腰を上げた。そうしてマイクスタンドに向かう老人の姿を、広場に集まっていたメルヘムの住民は固唾を飲んで見守っていた。向こう側の世界の代表である彼が、自分達と同じ姿をした人間であることを知って、驚く者もいた。
「皆様、本日はこの式典にお集まりいただき、誠にありがとうございます」
異界の者達の視線を一身に受けながら、老人が口を開く。第一声は当たり障りのないものであり、異界ならではの刺激的な展開を期待していたメルヘムの住民は、それを聞いて少し肩透かしを食らった。
老人は気にせず、マイクをスタンドに挿したまま話を続けた。
「今日この日、我々が同盟を結べたのは、誠に喜ばしいことでございます。しかし皆様も知っての通り、こちらの世界にはまだ多くの都市国家が存在しております。そしてその大半が、未だ混迷と混乱の中にある。我々の力が、これらの問題を解決する助けに慣れれば、とても幸いでございます」
老人は半分本気でこの台詞を言った。彼の本音は、こちらの世界の技術を持ち帰り、自分達の世界にある問題――エネルギー問題や食糧問題――を解決したいということであった。こちらの世界の国々と同盟を結ぶのは、それを円滑に行うための下地作りであり、完全に善意でやっているわけでは無かった。
オルリーはそれを知っていた。同盟を結ぶ際、彼らがなぜ自分達と仲良くしようとしているのか、その理由を直接聞いていたからだ。自分達の世界のものを好き勝手に使われることに対して、オルリーは少しカチンと来たのだが、その感情は胸の奥にしまっておくことにした。彼らの技術を好き勝手利用していたのは、自分達も同じだったからだ。
「確かに、我々の最初の出会いは良からぬものでした。しかし、それでも我々は前に進むことが出来た。互いに滅びるのではなく、互いの世界を知り、わかりあい、共に前を向くことが出来た。手を取り合えたこと、それ自体が大きな一歩なのです」
老人のスピーチは堂々としたものだった。メルヘムの住民は、皆それに聞き入っていた。オルリーも、そして彼女の側近も、同じように彼の言葉に耳を傾けていた。町は静けさに包まれ、その中で老人の言葉が朗々と響き渡った。
老人は熱のこもった言葉で話を続けた。
「そしてこの相互理解は、他の国でも出来ると、私は信じております。メルヘムだけが特別なのではなく、全ての国が人道的な国であると。誠意をもって接すれば誰もがわかってくれると、私達はそう自信をもって」
老人がそこまで言った直後、王宮の一角が爆発した。
ワイズマン達の「謹慎」は、結局のところ三日しかもたなかった。この機に普通の生活に戻ってみようと思う者もいたが、結局はそれまで自分達の使っていたアジトに戻ってきてしまっていた。あのスリルを知ってしまった後では、もはや平凡な暮らしには何の魅力も感じなくなってしまっていたのであった。
「まあ、こうなるよな」
そして三日後、しっかり全員集合した様を見て、リーダーのジョージはため息交じりにそう言った。なお彼が真っ先にこのアジトに戻ってきていた。人間界に用意していた方は危なっかしくて使えなかったので、魔界の方に厄介になっていた。
「で、どうするんだよ? さっそく仕事でも受けるか?」
全員集合した後、ユリウスがいの一番に口を開く。すると待ってましたと言わんばかりに、ロンソが手を挙げながらそれに答える。
「実は何件か、依頼を用意してあるんですよね」
「いつの間にそんなことしてたんだ」
「謹慎中にです」
全く悪びれる素振りを見せないまま、ロンソが持ってきていたバッグの中からいくつかの封筒を取り出してテーブルに置く。他の面々がそれに注目し、その中でロンソが言った。
「どれでも好きなものを一つ。選んでください」
ロンソが催促する。しかしいきなり選べと言われても選べきれず、暫くはにらめっこが続いた。
その内、ジョージが封筒の一つに書かれた依頼主の名前に気付いた。
「これ、オルリーって書いてあるぞ」
オルリー・ルド・ラーシュ。彼らとは少なからず面識のある人間だった。一国の女王の名前を見たジョージとその連れは、どことなく懐かしさを覚えた。
そして彼らの引き受ける仕事が決定した。
メルヘムの片隅にあった教会の尖塔、そのてっぺんにある鐘の隣に腰を下ろしながら、イヴァンが双眼鏡で成果を確認する。彼の視線の先には一部から煙を上げる王宮の姿があり、イヴァンの手には彼方で起こっている混乱を引き起こした原因であるロケットランチャーがあった。
「どうする? もう一発ぶちこむか?」
耳掛け式のマイクに手をやり、イヴァンがマイク越しにいる人間に指示を請う。彼のマイクはジョージと繋がっており、ジョージは今混乱の只中にあった広場に潜入していた。と言っても変装の類はしておらず、彼は私服の上から目立たない柄のコートを羽織っているだけであった。
「もう十分だろう。撤収しろ」
「了解」
ジョージがマイク越しに指示を出す。それを聞いたイヴァンは即答し、マイクのスイッチを切る。ジョージは向こうがスイッチを切ったのを一瞬混じるノイズで判断した後、自身もコートに両手を突っ込んで広場を後にした。あとは目立たないように町を出て、外にある馬で脱出するだけだ。イヴァンの方もロケット砲を鐘の中に隠し、教会の中を通って町の外へ向かった。神父の格好をしていたので、誰も彼を疑わなかった。
自国で行われる同盟式典で混乱を引き起こす。手段は問わないが、決して関係者や民を傷つけてはならない。それがオルリーがワイズマンに対して出した依頼の内容であった。なぜそんなことをするのか、オルリーは詳しい説明はしなかった。ワイズマンも追及はしなかった。代わりにワイズマンは一つ提案をした。
「式典中にそっちの王宮を破壊すれば、いい感じに騒ぎになるんじゃないか?」
これはフリードの案だった。オルリー側はそれの意味を理解し、王宮の見取り図を用意した。ついでに式典中は王宮に誰も入らせないことも約束した。これでワイズマン側は、ぐっと仕事をやりやすくなった。
後は実行するだけだった。そしてそれは成功した。少数精鋭の短期戦に臨んだのも功を奏して、誰一人ヘマをせずに逃げおおせることに成功した。こうしてワイズマンは自分達の痕跡を一切残さず、メルヘムから姿を消したのだった。
「こ、これはいったい、どういうことなんだ?」
そしてワイズマンが脱出した頃には、混乱もあらかた収まりつつあった。広場にいた民は全員が地下の避難所へ向かい、代わりに武装した国連軍の兵士とメルヘムの衛兵隊が町のあちこちに展開し、次の攻撃に備えていた。軍隊以外に広場に残っていたのはオルリーとその側近、そして向こう側の世界からやってきた代表団だけとなった。
そんな厳戒態勢の中、爆発が起こるまでスピーチを行っていた老人は怯えた表情を浮かべたまま、ここの主であるオルリーに説明を求めた。
「何が起こったんだね? 今のはいったい?」
「都市国家も、決して一枚岩ではないということです」
その問いに対し、オルリーが残念そうな顔で真実を告げる。それから彼女は神妙な面持ちを浮かべながら、老人と代表団に向かって言った。
「我々とあなた方の同盟を、快く思わない者達もいるということです。彼らはこちらの世界に流出したあなた方の世界の武器、魔法の武器と呼ばれているものを使い、私達を亡き者にしようと企んだのです」
「しかし、その攻撃は我々には当たらなかった。これには何か理由があるのかね?」
「今回の攻撃はただの警告だったのか。それとも単に習熟が足らず、当てることが出来なかったのか。詳しい所まではわかりません。ですが、彼らに敵意があったこと、そしてそれに対する対抗策を我々が持っていないことは、紛れも無い事実です」
代表団の一人からの問いかけに、オルリーは淀みのない口調で答えた。それから彼女は改めて彼らを見据え、懇願するような口調へ変えて言った。
「今や魔法の武器は世界中に広がっています。それら全てを私達だけで防ぐことは不可能と言っていいでしょう。今回の件はただ運が良かっただけ。次も無事で済むとは思えない。そこでお願いがあります」
「つまり、どうしたいのかね」
「どうか我々を助けていただきたいのです。あなた方の装備や知識を、私達に貸していただきたいのです。和平のためには、自らを守る力もまた必要なのです」
必死の表情でオルリーが頼み込む。代表団は呆気に取られ、しかし頭ごなしにそれを拒絶したりはしなかった。攻撃を受けたのは事実であり、身を守る必要があるのもまた事実だったからだ。それにこちら側としても、せっかく手に入れた足掛かりをこんな所で失うわけにはいかなかった。
だから代表団は、その彼女の要求を受け入れた。
「わかりました。こちらからいくつか手解きをしましょう。我々の装備を使っての共同訓練です。我々の使っている設備も、いくらかお贈りしましょう。それでどうでしょうか?」
「ありがとうございます。これで我が国は、より長く繁栄することが出来ますわ」
オルリーは心から嬉しそうに言った。ただで向こう側の世界の装備を受け取ることが出来たのだ。嬉しくないはずがない。代表団やワイズマンの中には彼女の思惑に気付いている者もいただろうが、それでもオルリーを止めることは出来ない。彼女の言い分は真っ当で、この国がなくなればどちらにとっても困るからだ。
「それでは、よろしくお願いしますね」
そうして相手の足元を見るように笑みを浮かべながら、オルリーが代表団に言ってのけた。代表団も彼女の要求に従うしかなかった。
こうして二つの世界は交わり始めた。
しかしそれでもなお、混迷の時代はまだまだ終わりそうになかった。
そして混迷が深まる程に、賢者もまた必要とされたのであった。




