バニッシュ
メルヘムが向こう側の世界と提携を結んだという情報は、あっという間に世界全土に広まった。その国の決定を興味深いと思う者もいれば、裏切者と詰る者もいた。自分達もメルヘムに続いて彼らと融和し、被害を受けるのを避けようと目論む者達もいた。
実際にそうした国はいくつも出現した。彼らは制圧軍が来ると同時に彼らに向かって無条件降伏を申し入れ、その代わり自分達に危害を加えるのはやめてほしいと嘆願した。鎮圧軍はそれを喜んで受け入れ、ついでに自治権を奪うつもりが無いことも明示した。
「我々は目に見える者すべてを破壊するつもりで来ている訳ではありません。我々の国で破壊行為を行った者達に対し、制裁を加えるためにこうして来たのです」
各地に展開していた鎮圧軍の中には、交渉担当の外交官が何人か混じっていた。そしてその外交官は、門戸を開いた都市国家の代表者を前にして、決まってそのようなことを言った。大切なのは飴と鞭である。そして軍事で劣る都市国家たちは、素直にその飴に食いついた。鎮圧軍がカインズロアに出現して一か月と経たないうちに、こちらの世界にある都市国家の四割強が彼らの「制圧下」に入ることとなった。
「本当にこれでよかったのか……?」
「死ぬよりましだろ」
「それにあいつら、変に横暴って訳でもないしな。窮屈だけど」
町の中には銃と戦闘服を身に着けた歩兵が至る所で巡回するようになり、時折見たことも無い鉄の塊――兵員輸送用のジープや戦車が我が物顔で通りを走ったりもした。元からそこに住んでいた人達からすれば窮屈な光景であり、また余所者が堂々と行き来する様を見て忌々しく思う者もいた。しかし彼らは一方的に暴行や略奪を行うことはせず、「治安維持のため」という初志を徹底して守っていた。
能力優秀であり、かつ品行方正で命令を厳守する。そのような理想的な兵士だけが鎮圧軍に選定され、そして彼らは望まれた通りの活躍をした。彼らは町の人達に高圧的に接することはせず、制圧された都市国家の面々も次第に彼らに心を開いていった。
「実はこの世界には、明確な指導者がいない状態が長く続いているのです。おかげでそれぞれの都市国家が好き勝手に権利を主張し、至る所で争いが起こっております。盗賊や犯罪組織も各地に勃興し、各地で起こる争いに乗じて悪事を働く始末。まさに乱世であり、都市国家の外に安全な場所は無いと言っても過言ではありません」
そして鎮圧軍の面々は、そうして制圧した都市国家の代表者から、この世界が今どのような状況にあるのかを詳しく知らされることとなった。そして彼らはこちら側の世界が、自分達の予想していた以上に世紀末な状態であること知って慄然とした。
「そこまで酷かったのか」
「これは、思っていたより酷いですね」
「ううん、酷い」
「お前らそれしか言えないのか」
「でも、実際酷いんですからしょうがないじゃないですか」
そしてその情報は、通信機によって瞬時に各地の鎮圧軍へと伝わった。その見知らぬ機器によって各鎮圧軍は得た情報を共有しあい、瞬く間にこの世界の情勢や各地の現況を把握していった。
「マスクの連中?」
その中で、鎮圧軍の面々は一つの情報に注目した。それは制圧した都市国家のいくつかから同時に得られたものであり、それぞれ違う地域の場所から出てきたにも関わらず、内容はどれも同じものであった。
「動物のマスクを被った連中が悪事を働いている?」
「我々の持っているものと似たような装備を使っているとかなんとか」
「これは装甲車で、こっちはロケットランチャーで……うわ、本当だ」
「我々が来るよりも前からこんな連中がいたのか」
こちらの世界でワイズマン達のしたことは、その一つ一つは規模の大きなものであったが、それでも世界的に悪名を轟かせるだけの大犯罪と呼べるものでもなかった。しかし彼らの持っていた「魔法の武器」と、それを見せびらかすように使いまくった結果、彼らは下手な犯罪組織よりも悪目立ちすることになってしまった。鎮圧軍の者達も、自分達と同じ武器を扱って悪事を働く連中がこの世界にいることに驚き、余計彼らの印象を色濃く心中に残すこととなった。
「この、ワイズマンとかいう連中のことも、気にかけて行くべきではないのか? ひょっとしたら我々と敵対することもあるかもしれないし、その時に備えて警戒を強めていくべきでは」
「そこまでする必要があるか? 所詮は他より強い武器を使っているだけの、ただの子悪党共だ。そいつらのためだけに特別神経質になる必要はないだろう」
「だが捨ておくわけにもいかん。今後はそいつらの動静にも注意を払う必要があるだろう」
鎮圧軍はそのワイズマン達を徹底的にマークすることはしなかった。しかし見逃すつもりもなかった。彼らは連絡を密に取り合い、ワイズマンを含む犯罪組織に対抗していくことで合意した。都市国家の中には、そんな犯罪組織達の壊滅を彼らに頼み込んだ者もいたが、鎮圧軍はそれをやんわりと拒絶した。
「我々は我々の意志だけで動くわけにはいかないのです。どうかご容赦願いたい」
制圧下にあった手前、都市国家はこの言葉を受けて沈黙するしかなかった。
「しばらくは仕事を止める?」
同じころ、ワイズマンの面々は魔界に作っておいたアジトの中で、リーダーのジョージからそのような話を切り出されていた。いきなりそのような話を切り出され、残りの面々は等しく面食らうこととなった。
「それはつまり、あれか? チーム解散ってことか?」
フリードが驚いた調子で問いかける。ジョージは頷き、彼を見ながら言った。
「みんなも知ってるように、今こっちの世界で向こう側の世界の連中が幅を利かせてる。まあ俺達の世界から来た奴らなんだがな。で、そいつらが活躍してるおかげで、俺達としては非常に動きづらい状況にある」
「下手に暴れれば、即座に目をつけられて一網打尽、てわけだ」
ユリウスがジョージの言葉に合わせる。残りの者達は、それを黙って聞いていた。
ジョージが言葉を続ける。
「俺達の世界から来た連中は、こっちの奴らとは一味違う。統率のとれた、プロの軍隊だ。悪党を見つけたらどこまでも追いかけて、必ず捕まえる。そういう連中だ。俺も正直、奴ら全部と正面から戦うことはしたくない。リスクが大きすぎる」
「だからほとぼりが冷めるまで、身を潜めているべきだと?」
「そういうことだ」
エリーからの問いかけに、ジョージが頷く。そして彼はまた周囲を見渡し、念を押すように口を開いた。
「だからみんな、わかったな? 絶対に派手なことはするな。どこで誰が見張っているかわからない。常に警戒して、本性を悟られないようにするんだ。わかったな?」
そのジョージの宣言を受けて、全員が首肯した。リーダーも彼らの素直な反応を見て、満足げに頷いた。
「だが言っておくが、俺は別にこれを機に、このチームを永久的に解散させるとかは思っていない。あくまで一時的に、向こうの目がよその方へ向けられるまでの措置だ。時が来たら、俺達は必ず表舞台に返り咲く。絶対にだ」
そしてジョージは力強く宣言した。他の面々も彼に負けじと大きくうなずき、ジョージもまた彼らを頼もし気に見ながら口を開く。
「少し窮屈な日が続くかもしれないが、なんとか耐えてくれ。日はまた昇る。その時を待つんだ」
こうしてワイズマンは、表の世界から姿を消した。




