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ユニオン

「ああ、やっぱり来たか」


 謎の軍団が世界各地に現れ、破壊行為を行っている。その話を聞いたジョージは、半ば予想していたかのように口を開いた。彼のいた酒場ではどこもかしこもこの話でもちきりであり、耳をそばだてるまでも無く、様々な情報が向こうから耳に飛び込んできた。

 

「北の都市国家はもう何か所もやられてるらしい。最近じゃ、空飛ぶ物体まで来てるって噂もあるぞ」

「俺達どうすりゃいいんだよ。魔法の武器が効かないんじゃ、どうしようもねえじゃねえか」

「いっそ降伏するか? 必死で謝れば、もしかしたら助けてくれるかも」

「馬鹿。そんなことしても意味ねえって。あいつらきっと、血も涙もない連中なんだ。無理だって」


 もっとも、ここで話されていたのは確たる証拠も無い、憶測と見聞から成り立つ噂話の類が大半で会った。有用な情報は殆どなかったし、ジョージもそれを期待してはいなかった。だから彼は耳に意識を傾けるのを止め、カウンター越しにいた店主に追加の酒を注文した。

 

「やっぱりこれ、向こうの世界の人間が復讐しに来たのか?」


 するとその店主が、注文した通りの酒を差し出しながらジョージに話しかけてきた。彼はずっと前にワイズマンに銃の確保を手伝うよう依頼した当人であり、その縁からジョージとは顔見知りの関係になっていた。彼はカウンターに両手を置き、重心を傾けてジョージをじっと見ながら言った。

 

「俺達、もしかしてかなりヤバい連中に喧嘩を売ったんじゃないかな? あんたどう思う?」

「お前の言う通りだよ」


 ジョージは面倒くさそうに答えた。しかしこの言葉自体は嘘ではなく、彼は本気で「この世界の連中は馬鹿なことをした」と考えていた。

 

「正直言って、あっちの奴らはかなり強いぞ。練度も装備も桁違いだ。まともに戦争したら、こっちの奴らはまず勝てないだろうな」

「そんなにまずいのか?」

「ああ、まずい。あいつらはボタン一つで国を滅ぼせるからな。本気にさせたらかなりまずいことになる」


 店主の問いかけにジョージが答える。それを聞いた店主はへらへら笑って「まさか」と信じてない風を装っていたが、その顔は引きつっていた。しかしジョージは店主の顔を見ていなかった。彼はただ寄越されたグラスに視線を向け、沈黙を保ったまま人を待った。

 待ち人はそれから数分経った後に来た。

 

「お待たせしました」


 ロンソは後ろからジョージに声をかけた。ジョージは片手を挙げてそれに応え、ロンソは速足で彼の隣に腰を下ろした。彼女はその後適当に酒を注文し、それからジョージに視線を向けた。

 

「全都市国家の三割が征服されました」


 ロンソが彼だけに聞こえるよう、小声で告げる。ここでジョージは初めて、ただの風の噂ではない、もっとも信用できる情報を手に入れた。

 

「魔界の方にはまだ手は伸びてきていませんが、戦々恐々としています。人間界の方にも混乱が広がっています。向こうの世界の軍隊は迅速で、無駄のない動きで制圧活動を続けています」

「プロは違うな。で、こっちの人間はどうなんだ? 都市国家同士で団結する動きはあるのか?」

「無いですね。一日二日で他人を信用できるほど、彼らは出来た人間ではありませんから」

「終わったな」


 ジョージがため息と共に言葉を漏らす。店主はこの時別の客の相手をしていたが、ジョージの方を横目でちらと見た時に、彼がそう漏らすのを耳にしていた。そしてそれを見て、彼もまた「ああ、もうここは駄目なのか」と暗い気持ちを抱いた。

 その店主の視線の先で、ジョージが再度尋ねる。

 

「征服された町はどうなってる? 皆殺しにされてるのか」

「住民に危害は加えていません。情報や物資を提供すれば、寛大な扱いを約束しているようです」

「ただの蛮族とは違うということだな」

「全くその通りで。彼らほど洗練された軍隊は見たことがありませんよ」


 どこか羨むようにロンソが言った。一方でジョージは「褒められても嬉しくないんだがな」と複雑な感情を抱いた。

 

「それで本題なんですが、我々はどうしましょう?」


 そのジョージにロンソが問いかける。ジョージは少し考え込む素振りを見せた後、彼女を見ながら言った。

 

「あの装甲車は隠そう。目立つ。それから仕事も一旦中止。今は隠れて状況を見守る」

「賢明ですね。下手に動くとこちらにも火の粉が飛んできますから」

「そういうことだ。他の奴らにも後で教えておこう」


 そう言いながら、ジョージはまた新しい酒を注文した。ロンソもそれを咎めず、彼に続いて酒を頼んだ。

 二人とも口では深刻なことを言っていたが、心から今の状況を不安視してはいなかった。後でなんとでもなるだろう。二人して本気でそう思っていた。

 長く生きる秘訣は、肩の力を抜くことだ。

 

 

 

 

 同時刻、都市国家メルヘムの女王オルリー・ルド・ラーシュは、王宮にある応接室の一つで、一人の人物と相対していた。オルリーの腰かけるソファの後ろには屈強な護衛が二人つき、対して彼女とテーブルを挟んでソファに腰かけていた男は孤立無援の状態であった。出入口の扉は彼の背後にあり、そこにも剣を携えた護衛が両側に一人ずつ立っていた。彼はたった一人で敵地に赴いていたも同然であり、実際空調が効いているにも関わらず、その額には汗が浮き上がっていた。


「落ち着いてください。我々はこちらからあなたに危害を加えるつもりはありませんから。彼らはあくまで保険です」


 そんな男に対し、オルリーがにこやかに話しかける。遠回しの脅しであることは誰の目にも明らかだった。男はそれに対して一度頷くと、おもむろに懐からハンカチを取り出し、額の汗を拭ってから口を開いた。

 

「この度は、私達の呼びかけに応えていただき、まことにありがとうございます。こちらとしても駄目で元々と考えていたのですが、まさか本当に応答してくださる方がいたとは」

「我々の世界にいるのは、何も野蛮な輩だけではないということです。もちろん、あなた方がこちらに対してどのような印象を抱いているかは、容易に想像がつきますが」

「それは……」


 言葉に詰まる男を見て、オルリーは静かに首を横に振る。そして彼女は沈鬱した表情を浮かべ、申し訳なさそうな口調で言った。

 

「そちらが気に病むことはありません。元はと言えば、こちらの世界が悪いのですから。力を求めるあまり、もう一つの世界に勝手に侵入し、略奪と破壊をほしいままにした。あなた方が悪印象を抱くのも当然です」

「……まったくその通りです」


 そこまで聞いて、男は誤魔化すことはしなかった。彼はありのままを、正直に告げた。

 

「はっきり言って、我々はそちらのことを憎んでいます。滅ぼしてやりたいと思っている者も多いでしょう。今現在、我々の軍が進んで制圧を行っているのも、その復讐心から来ているところが大きいです」

「返す言葉もありません。それだけのことをしたのですから」

「ですが、憎むだけでは駄目なのです。潰しあうのは簡単ですが、破壊からは何も生まない。互いに知恵があるなら、分かり合うことも出来るかもしれない。私達はそうも思っているのです。それに、実際にこちらの世界で破壊活動を行ったのは、そちらの世界の一部の人間でしょう? あなた方の全てが邪悪というわけでは無いはずです」

「だから、許すと?」

「許す許さないではありません。あなた方の大半は何もしていないのですから。ただ我々はファーストコンタクトが最悪だっただけであって、完全に敵同士となったわけではないのです。今ならまだ互いに剣を収め、歩み寄れるかもしれない」


 男が静かに、しかし強い語調で問いかける。オルリーは黙って耳を傾ける。

 男が続ける。

 

「だから私はここに来たのです。融和の道を提案するために。互いに滅びるよりも、こちらの方がずっと建設的と思うのです。どうですか?」


 男が尋ねる。オルリーの後ろにいた護衛は互いの顔を見合わせた。その顔には等しく困惑が浮かんでいた。

 その中で、オルリーは一人涼やかな表情をしていた。やがて彼女は男に向かって言葉を投げかけた。

 

「我々の世界がどのように成り立っているのか、ご存知ですか? この世界ではそれぞれの都市が自治権を持ち、一つの国として機能しています」

「はい」

「その全てを説得して回るのは、非常に骨の折れる作業ですよ。中には文字通り蛮族の集まりもある。それら全てに話をつけて回るつもりですか」

「そのつもりです」


 男は真顔で言ってのけた。あまりにも堂々とした態度だったので、オルリーは少し面食らった。本当に勝算があるのか、それともただ世間知らずなだけなのか。

 しかしオルリーは、ここまで来て態度を翻すつもりは無かった。どちらについた方が得か、彼女は既に答えを用意していた。

 

「わかりました。あなた方の側につくとしましょう」

「本当ですか?」


 男は目を輝かせた。オルリーは微笑み、彼に答えた。

 

「ええ。もちろんですとも」


 こちらについた方が得になる。オルリーの直感がそう告げていた。

 彼女は二つ返事で、男の提案を受け入れた。

 

 

 

 

 こうしてメルヘムは向こう側の世界との融和路線を打ち出し、その旨を他の都市国家に伝えた。

 世界はまた、大きく揺れ動こうとしていた。

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